08


暗闇からの突然の声に一同はびくりと体を震わせた。


潮江は湧き上がってくる期待感を抑えることができず、即座に叫び返す。



「誰だ だと!?そういうお前こそ名乗ってもらおうじゃないか!」


茂みから、クスクスと忍び笑いをもらしながら草を掻き分け一人の男が出てきた。


「なんだ子供か」

そう言って冷たく笑う男の装束は、



「お前、忍者か」


仙蔵がぽつりと問えば、男は小さく頷いた。焚き火のオレンジ色の光が男に影を作る。
男は木にもたれかかり腕を組んだ。


「そういうお前たちも忍者だな。
そういえば、殿が優秀な忍者が欲しいと言っていたな。
どうだ、お前たち、この先にあるカラスタケ城に雇われてみては?」


(こいつは・・・・・・)


仙蔵は男の正体を まさかとは勘繰っていたが、まさしくこの男は・・・・・・。


いぶかしげな視線を投げてくる彼らに男は、


「なに怪訝そうな顔してるんだ。
俺はな、カラスタケ城の忍者だ」



(やはり、)



ごくり、と仙蔵は息を呑んだ。


この男はカラスタケ城の回し者。

まだカラスタケの領土には距離があると思っていたが、この男の嗅覚には嗅ぎつかれてしまったらしい。



だが、これはチャンスでもある。


ここで この男の誘いに乗り、城へ忍び込めればこっちのもの。



禁宿に取り入る習い。


(あっちから来てくれるとはな)


ほくそ笑みそうになるのを仙蔵はこらえ、



「ありがたいことです。実は私たち、ちょうど就職先を探していまして。」

「今氷河期だからねぇ」

「まったくです。そんな端に立っていないで、どうぞこちらへ」

「ああ すまんな」


仙蔵の口の運びどおり、男は仙蔵と中在家の間に腰を降ろそうと、よりかかっていた木から離れた。


そして、腰を降ろそうとした瞬間、



「しかし、忍術学園だっけ?あそこも気の毒だなあ。君たちのようにカラスタケの者に会っていれば
なんの犠牲も出さずに我がカラスタケ城へ仕えられたのに」



まるで小馬鹿にしたような言い回し。


それを聞いた瞬間、潮江文次郎の手裏剣が宙を舞った。

男はいとも簡単にクナイでそれを弾いた。
降ろそうとしていた腰をバネにして飛び上がり、しゅたりと木の枝に降り立つ。



「はははっ、やはり お前たち忍術学園の者か」

「貴様 図ったな!」


潮江がいかる。

仙蔵は舌打ちした。

「文次郎!お前のせいで城へ忍び込む機会を逸したではないか!」

「うるせえ!俺たちの学園をコケにされてたまるか!自分で落とし前くらいつけてやるさ!」


潮江は目を爛々と輝かせ、


「うおおおおお!」


男に向かって投げ縄をふった。


しかし、それはひらりと交わされ、男は潮江の目前に一瞬で降り立ち、


「俺はお前たちに忍者だと明かした。それが どういう意味か
わかるよな」




忍者が身分をバラす。
任務を遂行するにあたり、絶対に表立ってはいけない正体。
それをあっさり告げるということは−−−


「っ!」


潮江に鋭利なクナイの切っ先が突き立てられた。


「「文次郎!」」

伊作と仙蔵の声が重なり、中在家が武器を出そうとする。
しかし、そのどれもが間に合わない。




男は冷たく囁く。


「お前たちを殺すってことだよ」



潮江の目に焚き火の炎で切っ先がきらんと光るのが映った。



(やられる!)



潮江は大きく瞳を見開いた。

視界は闇に覆われた。

瞳の水分が乾いてしまいそうなほど目を開けているのに何も見えない。



(俺は死んだのか・・・・・・?)


の割には痛みは感じない。


そして、数秒後にぼおっとオレンジ色の明かりが灯った。

ミツが火のついた小枝を口にくわえ、男を木に縛り付けているところだった。

潮江は唖然として彼女を見た。


(俺は月ヶ谷に助けられたのか・・・?しかしいつのまに・・・・・・)


月ヶ谷に助けられたことで自身のプライドはいたく傷ついた。
第一、男に寸でのところにクナイを突きつけられた時点で自分の実力不足ははっきりしていたが、
それに輪をかけて潮江は傷心した。


そして安堵から 全身から力が抜けていくのを感じる。



視界が闇になりミツが明かりを用意するまでの数秒間。

数秒であったはずなのに、潮江は果てしない永遠のように感じたのだ。
一気に力が抜け、すとんと腰を地面に降ろした。


「も、文次郎、大丈夫か!?」

はっとしたように伊作が駆け寄った。

どうやら伊作も何が起きたかわかっていなかったようだ。

伊作は文次郎の額に手を当てたり脈を取ったりしながら、


「怪我はないようだね」

「・・・・・・・ああ」


潮江は腑抜けたまま力なく返すだけだった。


「でも一体なにが起きたんだ?」

首をかしげる伊作の横に仙蔵が立った。


「あの女が焚き火に砂をかけ、男の視野を奪ったところで捕らえたのだ」


仙蔵は、ぎりぎりと音が出そうなほど歯軋りしていた。



「ミツちゃんが・・・・・・」



仙蔵の恐ろしげな形相に恐怖を覚えながらも、伊作は学園長の言葉に今更ながら納得するのだった。


護れと命じられた少女ミツは黙々と男を縄で木にくくりつけている。


男はじたばた抵抗するが、ミツの手つきが素早すぎて、あっというまに十数センチの厚み
にもなりそうなほど縄を巻かれてしまい縄を抜けることはできそうにない。


苦し紛れに怒声を放つだけである。


「おい女!この俺に何をしている!」


ミツは顔をしかめた。
ミツは言い返そうにも口で火のついた小枝をくわえているので喋ることができないのだ。


十分に縄を巻いたところでミツは右手に縄の先を集め、空いた左手で小枝を伊作に放った。


「おっと」

伊作は綺麗にキャッチする。


ミツは空いた口で、


「長次!女より男の力の方がいい」

暗闇に紛れていた中在家は、こくりと頷きミツの横にきた。
ミツから縄の先を受け取り固く結んだ。



「くそう!子供にやられるとは!」


「諦めろや おっさん。
さてと、」


ミツは腰にさしていた忍び刀をしゃきりと抜いた。
それを男に突き立てる。




「足の指と手の指、どっちがいい?」



「ちょっ、ちょっと待て待て!まてって!」

「なんだ、手か?」

「ちち違う違う!」

「指が惜しいか?」


こうこくと降り子人形のように男は首を縦にふった。



「だったら忍術学園の見取り図のある場所を言え」


ミツの声は氷のように冷たかった。





(これが拷問なのか・・・・・・)


伊作の背筋を寒気が伝う。
自分の視線の先にいる少女から冷気のようなものが漂ってくるのを感じたからだ。

必要な情報とあらばどんな手を使ってでも手に入れなくてはならない。
それが忍びの絶対条件ならば。



確かに自分は忍者に向いていない。





しかし、それ以上に。



ミツとは一体何者なのか。
自分と同い年にして拷問までしてしまう技量。

伊作はここまで本格的な拷問を見たのは始めてである。
伊作だけでなく、仙蔵や文次郎、長次もそうであるはずだ。
なのにミツはもはや忍者として完成された技量を持っているのだ。
どこで得てきたのだろう。

仙蔵が嫉妬で苛立つのもわからないでもない。





「・・・・・・それはいえない」


男は小さく呻いた。


「そうか」



ミツはあっさり返答した。




先ほどミツの拷問を本格的だと感じたのは、彼女から流れる殺気からであり、
実際にミツが男に残虐的な行為を施したためではない。

それを匂わせるだけで、やはり実際にはミツにも男の指を切り落とすなどできはしないのか。



少しだけ伊作は安心しだのだが、それは無駄だった。




「手は縄の中で面倒だ」



ミツは刀を男の足元へ振り落とそうと腕をあげた。

男は諦めたようにぎゅっと目を瞑った。




それを見ていた伊作は叫んでいた。



「や、やめろぉっ!!」




なぜ こうも簡単に彼女は他人の肉体を傷つけることができるのか。


(大切な、いのちなのに・・・・・・)



伊作の制止にミツは空中で刀を止めた。
ゆらりと振り向く。




「どうした、伊作」

「どうしたもないだろう!指を切り落とすだなんて!
一本の指がどれほど人体に影響があるか知らないのか!」


必死になって伊作はミツに喰らいついた。
ミツは伊作の額に汗が滲んでいるのを見て、溜め息をついた。



「お前ね、文次郎はこの男に殺されるとこだったんだ。
そんな野郎、どうされたっていいじゃないか」

「だからと言ってこんな酷いこと!」

「月ヶ谷、伊作の言うとおりだ。鍛錬の足らなかった俺が悪かった」

「馬鹿野郎!苗字で呼ぶなとあれほど・・・・・・」

「月ヶ谷・・・・・・?」


それまで黙って事の成り行きを見守っていたカラスタケ忍者が口を開いた。


ミツは しまった とでも言うように舌打ちした。


「女、お前 家名が月ヶ谷なのか?そして、忍者・・・・・・。
生きていたのか」


ぐっとミツは男を睨んだ。


その彼女の表情を読み、


「いや、お前だけ生き残ったのか」





(カラスタケ忍者が月ヶ谷を知っている?)


文次郎は何がなんだかわからないと言うようにミツの顔を見つめた。


おい月ヶ谷、と言おうとして慌てて言いなおす。



「おいミツ、どういうことだ?この男と知り合いか?」


どこか力の抜けてしまった潮江とは対照的に仙蔵が威圧的にミツに詰め寄った。



「だいたい、さっきの身のこなしはなんだ。
一瞬であの大きさの炎を消し、暗闇のなか大の男を捕らえ縛り上げる」


「ねえミツちゃん、キミは、」



「「「何者なんだ」」」



無表情で立っている中在家もあわせ、四人の視線がミツを貫いた。








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