生け贄
内部抗争が始まった。発端は、関東でも1、2を争うという近藤組。
田嶋さんは近藤組の幹部ではあったが、実質No.5ぐらいの位置であった。
その近藤組の揺るぎなかったNo.2が突然の心臓発作で倒れ、その座をかけて幹部同士の争いが起こってしまったのだ。
組長の側近であり、時期組長となる絶対的な立場を我こそはと最大兵力を投じて勝ち取ろうとどの事務所も沸き立った。
それは田嶋さんも例外ではなく、普段クールな彼も燃え上がっていた。
構成員は待ち伏せ、奇襲、あらゆる手段によりヤクザを殺しまくった。
報復の繰り返しで、うちの構成員も何人かやられてしまった。
俺は田嶋さんの弾除けをするつもりで、いつでも引っ付いて行こうと思っていたのだが、田嶋さんはそれを許さなかった。
「お前は、この抗争が終わるまで隠れてろ。終われば必ずお前が役に立つ時が来る。」
まさか、逃がされるとは思っていなかった俺は猛反発した。俺も皆と一緒に死にたかった。
だが、田嶋さんに逆らえるはずもなく、俺はしばらく田舎に逃げ隠れた。
構成員の皆が、助かってくれることを祈りながら。
俺が再び呼び戻されたのは、2週間後だった。俺が事務所に戻ってみると、かなりの構成員が残っていた。
怪我を負った者は多かったが、ほとんど死ななかったようだ。
つまり、うちが勝利したのだった。
だが、組長たちは非情だった。
「お前のとこのモンによってどれだけの兄弟が殺されたと思っとんや!!!」
「けじめつけろやけじめ!!!」
「指詰めるだけじゃ足りんのや!!!」
開かれた会合について行った俺は、唖然とした。
田嶋さんに向けられた怒号が、耳に響く。
ヤクザの世界では、残ったものが勝ちというわけではないようだった。
組長の意向によっては反逆として捉えられるようで、今回はそのパターンのようだった。
元々組長と田嶋さんは正反対の考え方で対立していて、これを機会に組長は田嶋さんを葬りたいらしい。
他の幹部は田嶋さんによって殺されたが、繰り上がりで幹部になった者たちは、全員組長についたようだった。
いつもなら前もってうまく立ち回る田嶋さんらしくないな…と思ったが、今回は大きな抗争でそんな余裕もなかったのだろうか。
だが、そんな悠長なことを考える暇もなく、今にも田嶋さんは組長によって殺されそうである。
その時は俺が弾除けに…など思考を巡らしていると、突然田嶋さんが組長に申し出た。
「組長のおっしゃることは最もでございます。しかし、この田嶋、多くの構成員を持つ身であり、彼らを残していくことはできません。」
田嶋さんは臆することなく言った。
「生ぬるいこと言ってんじゃねえぞ!!!」
「死んで詫びろや!!!!」
他の組員からの罵声が続いたが、田嶋さんはまた冷静に話し始める。
「お咎めなしにしていただくつもりはございません。それなりの落とし前はつけさせてもらいます。
うちの御園を、献上させていただきます。」
いきなり自分の名前が出てきたことに驚愕した。
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