春のぞむ鋒(きっさき)



道士様ってのに人のキモチが読めねぇのか?

始まりはたった一言。訝しげに、しかし挑戦的に右の口角を吊り上げた次期君主の声だった。

大陸の中で南西に位置する西岐とはいえ、頭首一代でにわかに発展した文化で寒さをしのげる筈もない。そんな底冷えの雪原が広がった冬を終え、ようやく春の香りが風に混ざり出した頃だった。
「おい、あーた」
大して抑揚のない、そんな呆れ声が街角に響いたのは。
「だぁーーっくそ! まぁたオメーかよ」
背後に近づく物騒なブーツの物音に、そう肩を窄めるは自称・遊び人。振り返らずともわかるのは、発曰く“みょうちくりんな口調と服でいきがってる護衛ちゃん”の眉間にくちゃくちゃ皺が寄り、今まさに舌打ちをしたその薄い唇にはほとんど灰となった煙草が収まっていること。発自身には大した興味も関心も忠誠心もなく、ただ面倒くさい職務の一環としてこうして街まで逃げ出した次期君主をとっ捕まえに来ていること。自分が遣えてる王相手にとっ捕まえるってどうよ? と独りごつ発に、じゃああんたは王扱いされてぇんかい? と木の実のような垂れ目を、心底不思議そうに瞬かせていたのは記憶に新しい。
「はいはい、ゲームオーバーな」
それこそオーバーに笑い、
「可愛いお迎えじゃねぇか発ちゃんよー!」
「精々いい王様してやれや、護衛がかわいそうだろ〜!」
街の遊び仲間にはひとしきり笑われ、首根っこをつかまえられた背は、ぐずる子供のように街外れへ向かって小さくなった。

「あのさぁ。お前」
「うん?」
相変わらず荷物のように掴まれたままの首根っこに苦笑して、発が見上げる護衛の顔。
「なんでわざわざ俺のこと迎えにくんの?」
何度もこの質疑は繰り返された筈だが、答えらしい答えを得たことは未だない。何度も繰り返すほどに執務室からの逃亡を企てていることにはなけなしの良心が痛まないこともないが、発に言わせれば“大人になるための通過儀礼”として、家臣にも甘んじて受け入れてもらいたいところである。
ところがだ。
「別に迎えに来たくて迎えに来てんじゃねぇさ」

そう降り注ぐ言葉は、発の人権そのものを踏みにじるものではないか。武成王へ、兄へ弟へ、軍師へ、その軍師を支持するたくさんの官僚や兵士へ、人懐こい笑みを浮かべている護衛が、である。はぁ、と吐き出された大袈裟なため息にすら、
「ため息がでかすぎるべ」
「そうでもしなきゃやってらんねぇだろが」
的外れな返答は返ってくるのだが。
「だからよ、なんでわざわざ俺のこと迎えにくんの?」
「へ? さっき答えたっしょ」
そう飄々と脚を速める黒いブーツ。
「そうじゃなくてよ」
またこの押し問答に行きついてしまうのか、それこそため息ものである。
「なんだってこんな面倒くせぇヤローに毎度毎度迎えに来られなきゃならねぇんだ。お前だって御免だろ? 遣えたくもねぇいかにも軟弱な王の下につくのなんかよ。俺のこと心底嫌いって顔してんじゃねぇか」

「――はぁあ?」
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