夜を知らぬ幸福よ



ガサ、と衣擦れの乾いた音がやけに響く。夜明けも近付き空も白み始めた頃だった。平穏過ぎる中で王の護衛に飽きてしまった天化は、煙草を吹かしながら明るくなる空を見上げていた。流れる雲は流れが速く、風も少しあるためか肌寒い風が頬を刺す。
白み始めたら起こせ、と王からは伝えられている。しかし天化は動く気になれず、太陽がはっきりと姿を現すまでは此処に居座るつもりだった。(そもそも自分で起きねぇ王サマが悪いさ。護衛だってのに、なんで身の回りの世話まで。)欠伸を洩らしながら、肺一杯に溜まる煙を吐き出す。煙はふわふわと空気中に消えた。空気に溶け込んだ煙を無意味だと分かりながら、無意識に掴もうと腕が伸びる。掴もうとしても、やはり腕は宙を切るだけだった。
遠くからは囀る鳥の音が聞こえ始め、地平線近くにはすっかり太陽が姿を現していた。やっとの思いで重たい腰を上げ、彼の寝室へと向かう。

「なぁ、王サマ。起きろー。」

反応は無い。布団に埋れ掛かっている彼の顔を見るなり、天化はあからさまに盛大な溜息を吐いた。
幸せそうに涎を垂らしながら、表情は笑っているのだ。誰も王の寝顔がこんなにだらしないとは思わないだろう。プリンちゃんだなんて寝言を洩らす発の顔を天化は覗き込む。鼻筋は通っていて、普通にルックスだけを見るのであれば発は其れなりに美男子であろう。手入れが疎かな無精髭や、このだらしのない顔を除いて。

「そこそこ格好良いツラしてんのに、中身がなぁ。……王サマー、そろそろ起きねぇと布団から落としてやっからな。」
「ん…プリンちゃーん、」
「へっ、あ?」

ようやく反応したかと思えば、普段聞かないような甘ったるい声音でプリンちゃんと口にし、顔を覗く距離が近かった故に発にがっちりと顎を掴まれ、気付けば天化の目の前には彼の顔があった。思わずドキッとした鼓動を誤魔化すかの様に天化はすぐさま発の腹へと拳を振り上げる。呻き声が聞こえ、顎を固定する手先が緩んだところで寝所から一歩身を引いた。
寝呆けた様子の彼はいまいち状況を把握しておらず、少し苦しげに腹部を抑えていた。天化は正当防衛だと一人納得しながら、横目に発を見遣る。ふと各々の視線が重なり、天化はすぐさま視線を逸らした。

「ほんと、だらしのねぇ王サマだこと。」
「はあ?起きていきなり腹殴る奴がどこにいんだよ!」
「たいそう別嬪な姉ちゃんの夢見てただか知らねぇけどさ、気色悪いことすんなっての。」

暫くこうした言い争いを続けていると、周公旦が何事かと部屋へと訪れて来た所で二人はふと我に返った。そこからはお互い一言も言葉を発せず沈黙でいたが、天化は口寂しくなり新しい煙草を片手に部屋を出ようとドアノブに手をかけると不意に背後から声が掛かる。
その言葉を聞いた天化はどこか満更でもなさそうに口角緩め笑うと、返事をする事なく、部屋を後にした。

「…起こしてくれて、サンキュー」
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