俺が唯一勝てること
「徹」
なまえはいつも幸せそうに及川さんの名前を呼ぶ。
でもたまに一人で隠れて泣くんだ。
こうやって部活が始まる前に。
俺の役目は早く体育館へと来て、そんななまえを慰めること。
それだけが俺が唯一及川さんに勝てること。
「なまえ」
「…っ、国見ちゃん……」
俺の姿を見ると、急いで涙を拭って笑顔を向ける。
そんなことしなくていい、と頭を撫でれば、なまえは笑ったまま涙を流した。
「また及川さんのこと?」
「……」
なまえは黙って何も言わないけれど、その顔は肯定しているようなものだった。
俺が隣に座って頭を抱き寄せれば、なまえは少し驚いたあと、ゆっくりと俺に身を寄せた。
「国見ちゃんは優しいね…」
「お兄ちゃんみたい」となまえは笑った。
兄のような立場になりたいわけじゃないけれど、そんなことは言えない。
なまえをこれ以上、悩ませたくない。
「……徹ね、モテるじゃない?さっきも女の子と手を繋いでて、楽しそうに話してて…。私のこと好きなのかな」
及川さんは、ものすごくなまえのこと好きだと思う。
たぶん今のこの状態を見られたら、殺されるかもしれない。
でもなまえは及川さんと女の人が一緒にいるところのイメージが頭にこびりついてて、自分への愛情に気付いていない。
「…まぁ辛かったら、隣にくらいいてあげる」
それが俺からの精一杯の愛情。
本当は抱きしめたいけれど、そんなことはしちゃいけない。
置かれた手に自分の手を重ねれば、なまえは嬉しそうに笑った。
「ありがとう国見ちゃん」
「…どういたしまして」
その時、とても嫌なオーラを感じて振り向けば、いつもの笑顔は一切ない及川さんの姿。
「なまえと国見ちゃんなにしてるの?」
薄っすらと浮かべた笑顔は、とても怖くて。
なまえも同じだったようで、頭を俺の肩から浮かせたけれど、その代わりに重ねた手をギュッと掴まれた。
「…国見ちゃんに相談事してただけ」
「そんなにくっつく必要ある?まるで付き合ってるみたいだったよ?」
及川さんの声色はいつもと変わらずあっけらかんとしているけれど、表情が声色に伴っていない。
「なまえ、言うの忘れてたけど先生が探してた。行ってきて」
思わずついた嘘。
なまえにこれ以上辛い思いはさせたくない。
なまえさえいなければこの場はどうにかできる。
なまえは嘘だと分かったようで、「ありがとう、国見ちゃん」と違う意味を含めて小さな声で呟いたあと、俺と手を離すと走ってこの場を後にした。
「なに、国見ちゃん。俺に喧嘩売ってる?」
「売ってないですよ。でもなまえを泣かすのは許せません。俺、前に言いましたよね?なまえのこと好きだって」
そう、及川さんには言ったはずだ。
というより「国見ちゃんってなまえのこと好きだよね?」と及川さんに気付かれた。
「うん、聞いたよ。でもなまえは俺の彼女だから触れないでくれる?」
「なまえ、いつも泣いてますよ。それを慰めることくらい許してくれません?」
俺はわざと及川さんを怒らせるようなことを言う。これは宣戦布告。
及川さんのことも、好きだ。尊敬してるし、敵わないと分かっている。
ーーーけれど、なまえはやっぱり譲れない。これまでは、ただなまえのそばにいるだけだったけれど、これからは本気で奪う。
「俺、本気で奪いにいきますよ」
及川さんは目をすうっと細めた。
本気で怒っているだろう。
「俺にとってなまえが一番。他の女になんて興味はない。…絶対譲らないよ?」
すると及川さんはニコッと笑って、近くの自販機へと近寄ると、何かを買って俺に山なりに投げてきて、思わず受け取る。
「それあげる。なまえを慰めてくれたお礼」
そして俺に背を向け、なまえがいるであろう教室へと向かって歩いていった。
俺は受け取ったものを見て、思わず顔をしかめる。
「及川さん、これ俺が嫌いなやつなんですけど」
しかもそれを及川さんは知っているはず。
すると及川さんは歩みを止め、振り返ると、満面の笑みで言った。
「うん、知ってる。わざとだからね」
そして手を振ると、再び歩き出した。
及川さんには本当に敵わないと思う。
けれど、少しくらい悪あがきしてもいいでしょう?
俺が唯一勝てること
(それは弱みにつけこむこと)
あとがき
浮気ものというより、三角関係ちっくなお話になりました…。
浮気のお話はどうしても思いつかず。
今後、びびびっときたら、書いてみたいと思います。
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