スネイプとなまえは、再びホグワーツの地下牢に戻って来ていた。魔法薬学教授とその助手という肩書をそれぞれ持つ二人は、新学期が始まる少し前にスネイプ宅での休暇を終えてきた。
「セブルス、ちょっと良い?」
なまえがスネイプの部屋の扉越しに声をかければ、間もなくして扉の鍵が開く音がした。中に入ると、なにやら書きものをしているスネイプと目があった。
「ダンブルドア先生が呼んでいたわ。校長室で待ってるって」
彼女がスネイプの机に近づくと、年間授業計画表の文字が目に入った。ちょうど最終学年の分を作り終えたところらしく、スネイプは短いため息をついた。
ホグワーツに戻ってきてからまだ三日しか経っていないというのに、疲労困憊といった様子のスネイプに、なまえは苦笑しつつも彼の体調面を心配した。スネイプがこうなるのも無理はない。助手はあくまでも教授の手の足りない部分を助けるだけの役割でしかないため、必然的に多くの仕事はスネイプがこなすことになるのだから。
「分かった。……全く、一昨日に戻りたいくらいだ」
スネイプは、自宅でなまえと過ごした休暇を思い浮かべ、また一つため息を漏らした。仕事に追われることもなく、一日中本を読んで過ごし、疲れた時には二人でお茶を飲みながらたわいもない話をする。なによりいつも決まって大切な人が傍らにいてくれる。それは二人が教職に就いた時から毎年当たり前のように繰り返されてきたことだったが、スネイプにとってはこの上ない幸せだった。
「ローブも新調しないといけないね」
なまえが部屋を見渡せば、壁に掛っていたローブが目に入る。休暇中にマルフォイ家で行われた定例会で、どこかの誰かさんが“うっかり”インセンディオを掠らせたスネイプの外出用ローブは、裾が黒く焦げ落ちてちりぢりになっていたのだった。
スネイプは苦虫を噛み潰したかのような表情をして言った。
「……ああ。べラトリックスめ、あれは完全にわざとだった」
スネイプが校長室に行っている間、なまえは彼の部屋のソファーに座って深いため息をついた。
スネイプの事が気がかりで仕方がなかった。彼がどれほどリリーを愛していたのかも、ハリーに対する思いもよく知っていた。それだけに、かなり危険な立場に身を置き続けていることも。それに加えて賢者の石のこともある。ダンブルドアはどれだけ彼に苦しい思いをさせれば気が済むのか、憤りすら感じるくらいだった。
どうすれば、彼の負担を減らせるの。
なまえは両足を抱え込んで背中を丸めこむと、俯いた。あまりのやるせなさに、心が痛かった。
いつの間にか霞んでいた視界と頬を伝う感覚に気づき、切なくなった。彼はいつから人前で泣かなくなったのだろうか。真夜中、ベッドの中で苦しそうに寝言をこぼすようになったのはいつからだっただろうか。
ぽつり、ぽつりと溢れる涙が着ている服に数えきれないほどの染みを作った。
さて、これからどうやって、自分はこの悲しみを人に悟られないように生きていこうか。
スネイプが帰ってくる少し前まで、広い部屋には嗚咽が響いていた。
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