ダンブルドアの口が閉じるのと同時に、クィリナス・クィレルは立ちあがり、おどおどと言葉をどもらせながら職場復帰の挨拶をした。教師陣は彼のあまりの変わりように目を見開いている者がほとんどだ。――一部の人間を除いては。


「セブルス」
「なんだ」
「クィレル先生って前もあんな感じだったっけ」
「さあな。ルーマニアで吸血鬼に襲われたそうだがね」
「吸血鬼、ねえ」

 スネイプは食後の紅茶のカップに口をつけながら、クィレルを一瞥した。なんとかは口ほどに物を言うらしいが、今のスネイプがまさにそれだった。先程、クィレルが挨拶をしている時も、この男は胡散臭い物でも見るような目をしていたから、鼻からクィレルの事を信用するに値しない人間だと決めてかかっているのだろう。

「匂うわ」

 隣に座っているスネイプがかろうじて聞き取れるぐらいの声でなまえは言い放った。決して言葉の通りの意味ではない。

「……分かっているだろうが、間違ってもアレと深く関わるような真似はしないように」
「そこまで私は自分の力を過信してはいないわよ」

 ニヒルに笑うなまえの返事に納得がいかない様子のスネイプは、深い深いため息をついた。それに気がついたマクゴナガルが怪訝そうな顔をしてスネイプとなまえの顔を交互に見た。

「……食べすぎだ。太るぞ」

 皿にもう何度目になるか分からないおかわりを盛り付けていたなまえに、スネイプは冷やかな声をかけた。マクゴナガルはというと、なんだいつもの痴話喧嘩か、と視線を元に戻す。
 しかしなまえのスレンダーな見た目をふまえた上で、誰がこんなことを予想できただろうか。彼女は本当によく食べるのだ。昔からスネイプはその食べっぷりを見るたびに、胃の中にブラックホールでも仕組んであるのではないかと、よく思ったものだ。

「このくらいどうってことないわ。……セブルスはよくそんな量でやっていけるわね、私なんて、しっかり食べてもお昼には腹ぺこなのに。それに、今日は「入学式があるな」

 悠々たる面持ちでなまえの言葉を遮るスネイプも、やはり気になるようだ。それもそうか、となまえは小さく頷いた。何といっても、あのハリー・ポッターがこのホグワーツに入学してくるのだから。それは、特に大きな問題もなく彼が十一才の誕生日を迎えることが出来たという――喜ばしいことでもあるが、なまえは身の引き締まる思いでいっぱいだった。その気持ちはスネイプも変わらないだろうし、他のホグワーツの教師陣もまた然り、だ。

「ハリーはどこの寮に入るのかしら」
「仮にスリザリンになろうものなら、我輩が組分けのやり直しを直訴して差し上げようではないか」
「……あなた最低ね」
「どうとでも。……そんな我輩が好きなのであろう?」
「な、」

 スネイプはそれだけ言って口の端をほんの少しだけ持ち上げると、長いマントを翻して大広間を後にした。

「あんなの反則よ……」

 一人残されたなまえは、熱く火照る自分の顔に手を当てるので精一杯だった。










 まだ幼い顔をした新入生達がぞろぞろと先頭を歩くマクゴナガルの背中を追いかけるようにして大広間に入ってきた。その中にハリー・ポッターはいた。額を稲妻が走るその少年の姿をいち早く捉えたなまえは、思わず本音が零れ落ちた。
 ジェームズ。それを聞いたスネイプは苦い顔をしていた。
「……忌々しい」


 生き残った少年は、二人のかつての同窓生そっくりだった。遺伝の力とは恐ろしいものである。なまえは無意識のうちに身震いした。瞳以外まんまジェームズ・ポッターそのものではないか。

 椅子の上に置かれた組分け帽子が口を開く。その瞬間、ちらほらと新入生の一部が表情を強張らせた。そんなことは露知らずといった様子で帽子は歌いだした。

“グリフィンドールに行くならば、勇気あるものが住まう寮
勇猛果敢な騎士道で 他とは違うグリフィンドール”


 なまえはわずかに眉をひそめた。頭の片隅に思い起こされる、遠い昔の懐かしい記憶――。



“スリザリンではもしかして きみはまことの友を得る
どんな手段を使っても 目的遂げる狡猾さ”

 なまえははっとした。スリザリン。この単語で意識は一気に現実へと引き戻される。自分は昔、スリザリン生だった。どんな手段を使っても目的を遂げる狡猾さ。学生の頃はただただその言葉が嫌いだった。重荷だった。スリザリンの自分なんて存在価値が無いと思った。ところが今はどうだろう。なんて自分に相応しい言葉なのだろうか。
 やはり組分け帽子の判断はこれっぽっちも間違っていなかった。

 いつの間にか終わっていた歌に気がついたなまえは、雰囲気に流されるがままに拍手を送ると、組分けの次第を見守る。ウィーズリー家の子供はグリフィンドール。ルシウス・マルフォイの一人息子のドラコは勿論スリザリン。ここまでは順調だった。

「ポッター・ハリー!」

 ああ、来たか。大広間のざわめきに反して、なまえは至って冷静だった。当然といえば当然だが。
 誰もがハリーの組分けをいまかいまかと待ち構えていた。珍しく長い時間が経った後、高らかな声が大広間に響いた。




「グリフィンドール!!」

 同時に、グリフィンドールのテーブルからは割れんばかりの歓声と拍手がどっと上がった。心なしかマクゴナガルも嬉しそうな顔をしているように見えた。なまえはどこか楽しそうな声で言う。

「そんな気がしてた」
「……血か」
「それ、全く持って意味をなさないから」

 ばっさりと切り捨てたなまえを見たスネイプはすぐに目を逸らした。なまえの言葉には、確かな自信が込められていた。そして、じっと感情の読み取れない表情で遠くを見ている彼女の横顔を見つめ続ける自信がスネイプには無かった。
 ダンブルドアが宴の始まりを告げる声が、二人にははるか遠くに聞こえた。


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