雲の向こう側で雷鳴が響いていた。窓の外には大きな暗雲が立ち込めていて、今にも雨でも降りだしそうな天気だった。
 なまえは暗く長い廊下を抜けて、広い屋敷の外に出るとそこには、眉間に皺を寄せたスネイプが立っていた。どうやらなまえのことを待っていたらしい。

「随分と遅かったな」
「ごめんなさい。帰りにルシウス先輩とちょっと話したから」
「……そうか」

 スネイプはそれだけ言うと、両腕を広げてみせた。

「置いていかれたいのか」

 スネイプの行動の意味をいまいち理解出来ていないなまえが怪訝そうに顔をしかめていると、スネイプは器用に片眉を上げて言った。
 その言葉を聞いてなまえは初めて意味を理解する。つくづく分かりにくい人だ、となまえは思う。

「初めからそう言ってくれればいいのに」

 そう言ってなまえがスネイプの腕の中に飛び込めばスネイプはふん、と鼻で笑ってなまえの体を抱き寄せた。全身が圧迫されるような感覚が二人を襲ったのはそれから数秒もしないうちだった。
 独特の感覚からも解放され、スネイプの自宅の前に到着したなまえは、スネイプの腕の中から離れようと体を動かそうとするが、スネイプはそれを許さなかった。
 痛いくらいの力で自分を抱きしめるスネイプの顔を不思議そうになまえは見つめる。

「セブルス、寒いから中に「これで良かったのだろうか」

 ぽつり、とスネイプの口から言葉がこぼれ落ちた。その声に、いつもの余裕の色はほんの少しも残っていなかった。

「どうして?」
「……本来なら君は、こちら側に来るべきではなかった。むしろ、連れてこさせないつもりだった」
「それは、私が自分で決めたことよ」
「違うだろう」

 スネイプは目にうっすらと涙を浮かべ、悲痛な面持ちでなまえを見つめる。
 そして腕の力を緩めたスネイプは、ゆっくりとなまえの左手首に触れ、そっとローブの袖を捲し上げた。決して見慣れることの出来ない印が、そこにはある。

「お前の腕には似合わない、こんなもの」
「そんなこと言われても、もう消せないのよ」
「……やはりあの時、魔法を使ってでも止めるべきだった」

 彼は酷く後悔しているようだった。あの時、というのは周囲の反対を押し切って彼と同じ世界に足を踏み入れた日のことを言っているのだろう。
 なまえは在りし日の出来事を頭の片隅に思い起こした。それはもう十数年も前の出来事だった。

「きっとそれでも私は、ヴォルデモートの元に行っていたと思うわ。たとえ貴方に杖を向けられてもね」
「ならば君は、我輩と出会うべきではなかったんだろうな」
「セブルス。……もうこんな話は止めましょう」

 痺れを切らしたなまえは、強い口調で言い放った。何も分かっていない。そう、スネイプは何も分かっていないのだ。
 スネイプは開きかけた口を閉じ、なまえから目を逸らす。もうその目に涙は浮かんでいなかった。

「ここは寒いから中に入りましょう。そういえばこの間、ナルシッサ先輩から美味しい紅茶の茶葉をいただいたの」
「……すぐにお茶の準備をしよう」

 スネイプはなまえに腕を引かれながら、再び強く決意した。彼女は必ず自分が守らなければ、と。
 同時に、かつて愛した人の息子の存在を思い浮かべた。一度たりとも忘れたことの無いあの重大な事件から今年で十一年が経つ。
 そして秋には、ハリー・ポッターがホグワーツにやってくるのだ。


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