夢 | ナノ


▽ 6.風吹けば


「ただいまー楽しかったよ由夜!!」

「おかえり…そっかぁ楽しそうでなりよりだよ…よかったね…」

「ちょっと!!ひねくれないの!!お土産買って来たんだから!」

6.風吹けば

はいっと言われ手渡されたのは紙袋だ。

鬼灯さんが私の家に居候し始めて二日が経った。ようやく親睦旅行から帰って来たサークル仲間たちが一息休みを入れ、まともな夏季休業間サークル活動が始まった。
私は大学のオーケストラサークルに入っている。腕がとても良いという訳ではないが、なかなか楽しくやっている。

今日は久々のサークルだったので、個人的な練習を中心に、最後の一時間ほど合奏をして解散となった。
もう少し居残って練習していこうかと考えたが、鬼灯さんに言われたことを思い出した。

外を出歩く時は妖怪や幽霊に気を付けること。
危ない妖怪幽霊がいたら関わらず迂回してでも回避すること。
人気が少ないところには近づかないこと。
もし襲われたら、神社に駆け込むこと。必ず自分に電話すること。
そして、夕方五時あたりから六時あたりはできる限り一人で出歩かないこと。

なんでも、夕方五時から六時あたりは逢魔が時といって、この世とあの世の境目が曖昧な時間らしい。妖怪や幽霊が特に多い時間帯だと。

今は四時少し前。まぁ、これからどこも寄り道しないで行けば間に合うだろう。

私の大学は東京に建っているが、サークルを行うキャンパスは他県の、しかもやたらと山間…というか田舎にある。お陰で今は蝉の鳴き声が喧しいことこの上ない。
木漏れ日が唯一の安らぎだ。しかし直射日光ではないとはいえ、暑いことに変わりはない。

「あっついねーこの時間帯…」

「そうだねぇ」

「帰りにアイスでも買い食いするー?」

「うーん…ごめん私ちょっと急いで帰んなくっちゃ…」

用はないけど、早く帰らないと怒られます。

「アイス食べる間も惜しいってか。さては男か!」

「それならどれだけよかったことか…」

え?なんて?と聞き返されたが何でもないと言い返した。鬼灯さんはたしかに男だけど、そういう意味の男では間違いなくない。ぶっちゃければオカンに近い。

ひたすら下り坂を降り、ようやく森林を抜けたが、抜けたは抜けたで日光が眩しい。
しかしまだ山の中だ。下方は緑で埋め尽くされている。ここからしばらく車道を歩いていかなければならない。

いつもならバスが定期的に出ているのだが、この時間帯と夏季休業中ということもあり極めて本数が少ない。

「あぁ…バスの偉大さを身に染みて感じる」

「とかつぶやいてもバスは出てこないわよ」

友達のツッコミが痛いよ。暑さで弱った私にゴリゴリくるよ。

今度は日差しを遮る陰はない道だ。ところどころにある錆びれた「動物飛び出し注意」の看板から、どことなく田舎臭さを感じる。

ひたすらに青く、白の雲が一つもない空が憎い。なんでこんなに青いんだコノヤロー。ちょっとは黒くなりたいとか思わないのかー。

憎らしく空を眺めつつ歩いていたのだが、ふと目に留まったものがあって思わず足を止める。
雲が出てる。

いやにそれにしては小さい気が……

「ビニール袋が飛んでる」

「え?どれ?」

友達が空を見上げるので指を指した。ふわふわと飛んでいるビニール袋は頼りなく風に乗っている。空に白い雲がないからか、青い背景にやたらとそれは目立つ。

「ちょっとーどこにそんなん飛んでるのよ」

「ほら、あれだよ」

うわぁ結構おっきい。ブルーシートのブルーじゃないバージョンみたいだ。それビニールシートじゃん、と内心でボケとツッコミを一通りやりあった後、友達は日光に目を細めて瞬きした。

「…飛んでないわよ。由夜大丈夫?」

「…え」

私は改めて空へ目をやるが、やはりビニール袋は飛んでいる。
先よりこっちに近づいたようで、私には飛ばされているそれがはっきりと見える。

(……見えてない?じゃああれはきっと…)

妖怪か?

考えてみれば、なんだかあのビニール袋に違和感を感じる。
鬼灯さんから釘を刺されていることもあり、ああいうのとは関わりたくない。

「…ごめん!気のせいだわ!」

「ほんとに大丈夫?熱中症じゃないでしょうね?」

「大丈夫大丈夫!!」

早く帰ろ!と言って再び歩き出し、片目でちらりとビニール袋(?)を見てみれば、ここから下方の林に落下したようだ。
落下というには、なんの衝撃音もしなかったのだが。

わずかに感じた肌寒さ。これは、近くに厄介なのがいるかもしれない。
無駄に早く早くと友達を急かし、駅へ向かった。



「まじで…?」

電子看板に、「信号の故障で遅延」と書かれ流れている。そして、なんとその遅れが一時間以上。あまり人が集まらないこの駅にも、電車が来てない影響で、珍しくホームに人が集まっていた。

車掌さんに来たところ、まだ電車が動く目途がたってないと。
なんてことだ。このままじゃ五時までに帰れそうにないじゃないか。
そしたら悪霊に絡まれやすくなるうえに、鬼灯さんに間違いなく怒られる。それだけは、絶対に!嫌だ!!

とにかく時間通りに帰れそうにないという旨を連絡しようと携帯をタップする。鬼灯さんもちゃんとした理由があれば無駄に怒ったりしないだろう。
画面を数回タップし、この間鬼灯さんから教えてもらった携帯番号を表示する。

その時タクシーの存在を思い出し、駅前までもう一度出戻ってみつつ発信を開始する。

「……うわー、ホントついてないなぁ」

タクシー乗り場はおっそろしい程の人が並んでいて、それに比べてタクシーの数は少ない。そりゃそうか、まずタクシーがここに来ること自体少ないもんな。
やばい、本格的に帰る手立てが無くなってきたぞ。

そしてトドメといっていいのか。鬼灯さんの携帯にかかりません。
なんども電話をかけてもノイズ混ざりでかかりません。怖いよ。

これは本格的に詰んだか。どうしよう。

携帯片手にタクシー乗り場前で途方にくれる。ただいま四時四十分。

とにかく、人がいるところに私も行こう。

近くにスタバがあったっけ。みんな行き場が無いからそこに行ってるだろうだけど。すこし歩けば、なぜこんな田舎に建てたのだろうかという緑の看板が見えた。

中に入ってみれば、やはり人でごった返していた。困ったな、と思ったが、スタッフさんがやってきて席が空いていることを教えてくれた。
良かった、まだ席は空いているらしい。

適当に飲み物を頼んで、空いていると言われた窓側の席につく。
ガラス一枚隔てた向こう側は、
外は相変わらず明るい。いままで熱気に晒されていた肌が、クーラーの効いている室内に入ったことで急速に涼しく感じた。

(困ったな…)

もう一度鬼灯さんへ電話をかけてみる、通じない。ノイズは相変わらず耳元で鳴り響いてた。
メールにしてみるか。

『すみません、電車は信号故障で動かず、タクシーも使えず、電話も繋がりが悪いんです。電車が動くまで○○駅で待機してます。心配しないでください』

と書いて送信した。送信できなかったらどうしようかと思ったが、どうやら無事に送れたようだ。
とにかくメールが送れただけでも良しとしよう。

冷えた飲み物の、クリームを舐めつつもう一度鬼灯さんへ電話を発信する。
メールが送れるなら、電話も繋がるかもしれない。

しかし、やはりノイズが邪魔をした。
プルルルル、という発信音はかすかに聞こえる物の、それにかぶさるようなノイズが喧しい。ザザザザザッ、ザザザ、という耳障りな音はどうしても慣れない。

しかし、突然ノイズが止まった。

そして発信音が明確に聞こえ。プツンと切れる。

繋がった。

「もしもし、鬼灯さー「…ザザzザザzz、ザザッzzザ」」


突然ノイズが盛り返してきた。

さっきまで聞こえなかったことも相俟って、思いきりビクリと身体が跳ねてしまった。
なんなんだもう。電波が悪いのか。

いや、なんとなくわかってた。たぶん、これは、

ふと視線を感じて、左側の窓へ視線をやる。

べとりと、窓に張り付いていた。


「ッ!!!」

反射的に席を立ち、飲みかけの飲み物をそのまま席から後ずさる。

粘土のような、こげ茶で粘着質そうな肌。
顔は、こげ茶の顔に白い紙を貼り付けてできたよう。しかしそこに殴り書きのように書かれた、口と思われる、真横に紙を裂いたようなそれ。

悪霊だ。

いつの間に近づいてきたのか。ガラスにくっついていたそれの耳のような部位から、ぼとりと音をたてて茶色い液体が地面を汚す。

周りが私を見てざわついていたが、やっぱりこの悪霊の姿は見えていないようだ。私には、この窓ガラスに残る茶の跡まで見えるというのに。

とにかく、いつまでもここにいてはだめだ。

自動ドアを抜けて、携帯片手に走り出す。
ドアを抜けた瞬間あの悪霊の方を見てみたら、いままでずっと窓に顔をくっつけていたが、私が外に出てきたことがわかったらしく、ひどくのっそりとこっちを向いた。
そして、粘土へ突き刺してできたような、ひどく人間に似ている手足が一歩、前に出る。

(大丈夫だ、遅い)

これなら逃げ切れる。

とにかく地理にくわしい場所へ逃げよう。私は元来たキャンパスへ折り返す形で走り出した。このあたりに神社があるとは聞かない。ならばせめて、土地勘がある場所逃げなくては。

人の目を気にせず走り、先に通った車道に戻る。後ろを見ても、あの悪霊はいない。
足が遅いやつで良かった。

左足首の、この間つけられた痣が、不意に気になりだし、包帯の上からそっと抑える。やっぱりこれに反応しているのだろうか。

時間を見れば、五時十分。
逢魔が時である。
まだ日差しは強く、夕暮れの気配はない。

ふいに聞こえたぼとり。と重い音に背筋が冷える。

音の方へ視線をやれば、林の合間からあの悪霊が丁度落下してきたような形で崩れていた。

(…嘘)

あの足の速さで、ここまでこれるわけがない。

しかし実際に悪霊は目の前でゆっくりと身体を持ち上げようとしている。そのすがたはひどく不気味だった。

高いところから落としたような、ぐちゃりとした柔らかい粘土に、人間の手足をバラバラに刺したようなそれ。紙に書かれた口は、わずかに私を見て笑ったきがする。人間らしい歯がちらりと見えた。

あいつの前は通れない。

私はそれの動きを伺いつつ、仕方なしにキャンパスの下方の林へと続く下り坂を走った。
きっとあいつは二匹目だ。あの速さでここまですぐに来ることはまずあり得ないのだから。

これ以上あんなのと似てるやつがいると、本格的に逃げ切るのが難しくなってくる。
本当はこんな、いかにもな林の中に逃げたくはない。しかし、ここへ逃げるほかない。

日光が直接入らなくなるだけで、林は薄暗く感じた。一気に濃密な草の匂いが辺りを支配し、切り離された空間のような錯覚を生む。

草に埋もれた「山火事注意」と赤文字で書かれた看板。もはや字もよめるか危うい。薄暗いそこで見ると、一層不気味さが増す。
コンクリートで舗装されているだけマシな道だ。

背後から、悪霊の気配はない。
切れた息を整えるため、走ることをやめて薄暗くなった林を歩く。空を覆う枝と葉の重なりは、心なしか段々厚くなっていっている気がして。

暫く歩けば、トラックが一台とリアカーが一台、打ち捨てられていた。
そして簡素な紐で目の前は通せんぼされていて、何年前に書いたものだろうか、既に泥と草に支配された看板には「立ち入り禁止!危険!」の赤文字。

「…困ったな」

そろそろ足も痛みはじめている。そしてトドメのように通せんぼときた。
あの悪霊の移動スピードを考えれば、逢魔が時の時間帯までにここまで追いつかれるとは思えない。しかし、二体いたのだからもう一体ほどいてもおかしくはないのだ。

それも、どこからでてくるかわからない。

一か所にとどまっているのはよくないが、どうしよう。
辺りを見回していると、右側の草木に隠れるようにして下りの石階段が見えた。

下りだというところに少し気が引くが、もうすでにキャンパスからは程遠い。
草木をかき分けて、階段を降りることにする。

草の露が足を濡らして気持ちが悪い。あっという間に湿ってしまった靴の中だが、気にしたら負けだ。日当たりがあまり良くないらしく、階段を降りて舗装されていない道に入るとどことなくひんやりした空気に包まれた気がする。

ここが東京に隣接する県とは考えられないほど、木々が生い茂っている。一本一本の木が大きく、樹海の中のような感覚に襲われた。

その時、緑ばかりだった視界にふと他の色が入って来た。

思わず足を止めて見上げる。

それは、白だった。

特にここらでも多く天に向けて枝を伸ばしている大樹。その内の一本の枝に、白が引っかかっている。
なんだあれ。

じっと目をこらせば、人、のようだ。

ちょうど布団を干すような形で、ぶらんと枝に干されている。どうしよう、自分で布団って例えたらもう布団にしか見えなくなってきた。

だって、枝にひっかかっている人、ほんとに白いから。白衣らしいもので上下を固めているその人は恰好も相俟って布団だった。

(ていうか、なんであんなところにひっかかってるんだろ)

一番の疑問はそれである。その白い人が引っかかっている場所は決して低い場所ではない。登ってたどり着けるような高さではないのだ。
むしろどこからか転落してきて、運よくあの枝にひっかかったといったほうが納得できる。

どうやら意識がないらしく、脱力したままの手足に僅かに危機感を覚えた。

声をかけてみようとしたが、茂みが揺れる音に遮られた。
ずるずると、身体を引きずるそれ。
間違いなくさっきの悪霊である。

追いつかれた。

咄嗟に今来た道を戻ろうとしたのだが、ふと気が付いた。

あの白い人がひっかかっている大樹。その左向こうに一体。右に一体。
同じ恰好のヤツがいる。

(三…!!やっぱり一匹じゃないんだ…!)

幸いなことに、今来た道からはまだ悪霊らしき姿は見えてない。
戻ろう。ここから離れよう。

踵を返して走り出したが、思いついたことがあってわずかに後ろを振り返る。
すると、あの悪霊たちが追いかけてきていなかった。

「あれ…?」

なんで、と疑問を感じると同時に合点がいく。
急いで戻り、少し木の陰に隠れてみると、やはりそうだ。

気を失っている白い人を取り囲むように、あの悪霊達が集まっている。

何故かはわからないが、悪霊は皆白い人を見上げて指をさしたり何かをくらっているように口を開閉させている。
気持ちが悪いことには変わりない。

あの白い人が危ない。

しかし当人は目覚める様子がなく、ピクリとも動かない。
どうにかしないと。

咄嗟に、足元の石を掴むと、木々の陰になっていない場所にいる一匹ヘむけて思いきり投げつけた。
幸いといっていいのか、それは勢いが殺されることなく悪霊の頭部らしき部分に直撃した。

「…こっちだよ!!化け物!!」

そう叫べば、相変わらずゆったりとした動きでこちらをみる。
そしてそれと同時に、周りの二匹もこっちを見た。

目はないのだが、明確な視線を感じる。

その嫌な感覚。鳥肌がたった肌を気にする間もなく、三匹同時に、不恰好な足でこちらへ向かって一歩踏みだしてきた。

よし、かかった。

自分でも今自分がしている行為を馬鹿だと一蹴できる。バカだよほんとに。なんで見ず知らずの人を助けるために、囮になるようなマネを。

そして気が付きたくなかったことが一つ。
多分この悪霊、三匹以上いる。

走って階段を駆け上がり、坂道を息を切らしながら走っていると、所々で見かける、赤茶色の粘着質そうな滲み。
それが絶え間なく続いている。

そして、つい数秒前に私が通った場所へ、重い何かが落下してきた。
びちゃりと気持ち悪い水音。に間違いなく、もう一匹の悪霊だろう。
目で確かめる間も惜しく、私は身体に鞭を打って更にスピードを上げる。

上から降って来たということは。おそらく先回りされているということ。

分が悪い。
からからに乾いた喉は、ひりひりとした痛みさえ伴っている。
容赦なく降り注ぐ日光も、じわじわ体力を削ってくる。

一度大きく息を吐けば、更に後ろの方でまたも嫌な水音が響いた。

追手が増えている。
自嘲気味に笑って、一度携帯を強く握りしめた。






腹の息苦しさで目が覚めた。

なにか大声が聞こえた気がするが、視界が曖昧でよくわからない。
それと同時に、なにやらよくない雰囲気を持つ妖が周りにいることも察した。

なんとか身体を起こそうとした瞬、力を込めた腕はずるりとあっけなく滑った。

「嘘ッ…痛っ!!?」

思いきり地面に落下した。
落下したのがコンクリートではなくて心から良かったと思う反面、泥だらけになった服がわずらわしい。

あちこちが痛む身体を伸ばして、さて、とまわりを見渡す。

さっきの大声、姿は見てないけど、確かに女の声だった。
しかも、結構切羽詰っていたような。

だんだん赤みをおびてきた空を見上げつつ、そんなことをぼんやりと思い出す。



***
アトガキ

鬼灯さんが出てこないだと。
そしてひたすら夢主だけで進んですみません。

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