夢 | ナノ


▽ 4.夢と知りせば




「じゃんけんにしましょう」

そう提案すれば、仕方がないといった様子で拳を上げてくれた。

「…なんで頭覆うんですか」

「いや、なんか殴られる気がして」

思わず殴られる、と感じて頭を抱え込めば案の定不思議そうな顔をされた。そして「まだご健在な女性に手はあげませんよ」と不機嫌そうに続ける。
それはアレか、死んだ女性には容赦はしないってことか。


4.夢と知りせば

「じゃーんけーん」

ほい。私がパーで鬼灯さんがグー。鬼灯さんに向かって笑えば、さっきより重い溜息を吐かれた。

「じゃあ鬼灯さん先どうぞ」

「…ではお先にいただきます」

バッグの中から着替えと思われる服やらなにやら取り出して、あとさっき見たシャンプーやリンスの類のボトルも一緒に抱えて脱衣所に引っ込む。
そう、私と鬼灯さんはお風呂に入る順番をかけてじゃんけんをしていたのだ。

私は大事なお客様である鬼灯さんにどうしても先に入ってもらいたくて、断固として後には入ろうとしなかったのだが。
鬼灯さんは「私のことなど放っておいて家主なんだから先にはいりなさい」と主張し、しばらくお互い譲らなかった。
そこで埒があかないと私がジャンケンを切り出し、見事勝利を勝ち取った。やった。

がちゃんと風呂場の引き戸が閉まる音がして、水音が聞こえ始める。
他人の生活音がこうも聞こえると、やっぱり落ち着くんだなぁとしみじみ思った。いままで一人暮らしだった私にとってはなんだかこそばゆいようで心地いい。

そういえば明日も旅行のつもりだったから予定は入ってないのだ。
予定が入ってないときは大抵家でゴロゴロしてるか、誰かしらいるサークルに顔を出しにいくのだが。

(鬼灯さん…どうするんだろ)

結局そこに行き着くことになった。

鬼灯さんは現在地獄に帰れないということで絶賛迷子中のようだが、現世に来ることは何度もあるらしい。
なんでも彼曰く「なにも知らない上官からあれこれものを言われるのは、亡者も不服だろう」とのこと。
ほんとに仕事熱心だなと感心した。
もし私が社会にでて、働くことになったら鬼灯さんのような上司に恵まれたいと思うほど。
でも絶対怖いよね。上司となると。
今鬼灯さんの中で私は「一応宿を貸し与えてくれている人」レベルの立ち位置にいるだろうが、部下というポジションとなると話は変わる。

「……フッツーにしばかれそう」

だって亡者には容赦しないんだもんね、あの人。
そう思うと段々鬼灯さんに対する(あくまで人間的な)恐怖が感じられ、やっぱり部下にはなりたくないわと考えを改める。
だって絶対ミス一回することによって1HIT!とかになりそうだもの。もし私が鬼灯さんの部下になったとしたら、暫くは生傷が絶えない状態で仕事をすることになるだろう。
容易に考えられすぎて怖いわ。

「色々あったなぁ、今日だけで」

そう、まだ鬼灯さんと会って一日とたっていないのだ。それであそこまで達者に物を話せるようになったのは間違いなく成長だよ私。しかも見ず知らずの男の人相手に。
やっぱり鬼灯さんが人間ではなく鬼で、妖怪や幽霊に関することで親近感が湧いてからだろうか、余計な緊張を感じなくなったのは。

いまはまだ、話したくないと思う。

私がまだ小さい頃。地元の保育園で、送迎バスにお母さんと乗り込み席に座って発車を待っていた。すると、窓の外から手を振るお婆さんが見えたのだ。
ニコニコとしてこちらに、おそらく私に手を振っている。
私も振り返せば、とても嬉しそうにはにかんだのだ。
つられるように私も笑った気がする。

「由夜、お友達でもいた?」

お母さんが微笑みつつ聞いてきたのを鮮明に覚えている。
私は外のお婆さんを指さして、「あのお婆さんが手を振ってくれた」と言ったのだ。

その瞬間、母の微笑みは一瞬にして消え失せ、驚き、恐怖、それらが混じったものに変わる。

私と窓を交互に見て、最終的に「そっか」と、幼いながらもわかる作り笑いで呟いた。
不思議に思い、もう一度窓を見る。やはりお婆さんはニコニコと笑って手を振っていた。もう振り返す気にはならなかった。

それ以来、友達にも、両親にもこのことは言っていない。勿論、言おうとも思わなかった。
しかし、誰か相談できる相手がいたらなぁとは、よく思う。


「由夜さん」

「うわっはい!!!」

不意打ちだ。
いつの間にか私のすぐ近くに、タオルを首からかけた鬼灯さんが立っていた。
うわぁ、全然気が付かなかった。

「お風呂、お先に頂きました」

「あ、はい」

わかりました、と答えて早足にボストンバッグごと抱えて脱衣所へ急ぐ。
うーん、流石に今のは不審に思われるか。自分で思い返して挙動不審だと思う。

「長湯してはいけませんよ、考え事しすぎて」

「え」

脱衣所に入る間際、リビングからそんな声が聞こえた。
やっぱり考え事してるってわかったか。
どうやら鬼灯さんは、私の心中などお見通しのようだ。

「………鬼灯さんて」

「はい」

「優しいですよね」

「私はいつも優しいですよ」

嘘だーと言えば生憎本当ですと律儀に返事が返ってきて、無性に嬉しくなった。
やっぱり、誰か人と一緒にいるっていいなぁ、なんて。
今更のように思いつつ服を脱いで風呂場へ。本日二度目だが、今日は久しぶりにお湯を張ったのだ。
ここのところ掃除が面倒くさいのでお湯を張っていなかったのだが、鬼灯さんが来ているので久しぶりに張り切ってみた。
さすがにお客さんが来ているのにシャワーだけ、というには寂しい気がするので。

髪と身体は一度朝に洗っているので軽めに流して洗い、湯船へ浸かった。

「ふはー、久々だわー」

そういえばどれくらい湯船に浸かってなかったんだろう。すごく久しぶりな気がする。
少なくともここのマンションに来てから、あまり使っていないのは確実だ。
冬はさすがにシャワーだけでは厳しいので、使わないのは暖かいうちだけだろうが。
しかし、人が一人増えるだけで、こんなにも面倒だと思っていたことを進んでやるようになるものなのだろうか。

「不思議だー」

妙に響く風呂場の中、そんなことを呟いて肩まで湯船に浸かり直す。

鬼灯さんはどうだったんだろう。仕事がすごく忙しいみたいだし、やっぱりシャワーだけっていうのが多いのかな。
それとも疲れをとるためにお風呂には絶対入るとか?

「どっちもありえそうな…」

呟いても返ってくる答えはもちろんない。いや、あったらあったで困るんだけど。
それよりも、鬼灯さんが少しでもここを快適だと思ってくれたら、それは、すごく私にとって嬉しいことで。
お風呂、気持ちよかったらいいんだけど。

「……………」

ちょっと待って。
あれだよね、私より前に鬼灯さんお風呂に入ったってことは、湯船にももちろん浸かってくれたんだよね?
いや、いいんだよ。全然。むしろ浸かってくださいなんだけど。

不意に、この湯船に鬼灯さんがついさっきまで入ってたんだよな…とか考えだしたら、というか、意識してしまったら、なんかもう…
アレだ。恥ずかしい。

即座に湯船から飛び出た私は滑り込む勢いで脱衣所に駆け込み、乱雑にタオルで体をふきつつ何とか顔の赤みが取れないか四苦八苦した。
馬鹿か!馬鹿でしょ私!!いまいくつだと思ってんの!!お年頃な中学生男子みたいな発想して!!
と必死に心中で自分を責め立てるが、特にそれで顔が真っ青になるなんてことはなく。





「あがりました…」

なんか、お風呂にはいったのにめちゃくちゃ疲れた気がする。
それはあれだ、全て私の中学生なまま成長しない思考回路のせいだ。

鬼灯さんはというと、なにやらベッドに寄りかかって本を読んでいた。あれか、拷問百選か。

「…ああ、由夜さん。いいお湯でした」

「そおっ、ですか!?」

「?」

自分でもツッコミたくなるくらい声が裏返った。鬼灯さんもすごく不可解そうな顔をしている。
お願いですから突っ込まないでください。こればかりはなんとも答えられない。
そう思って鬼灯さんを見てみると、逆に私が驚いてしまった。

なぜなら、鬼灯さんが私のことを鋭い目付きで睨んでいるからであって。

思わずその場に固まる私を他所に、明らかに敵意を含んだ色の瞳のまま、鬼灯さんは立ち上がってこちらへ向かってくる。

えっ、と意識せずに声が出てしまう。決して優しいとは言えない手つきで私の肩を掴んだ。
竦んだわたしを他所に、鬼灯さんは口を開く。

「悪霊ですね」

「……鬼灯さ、」

「何故言わなかったのですか」

肩から手を話してそう言った鬼灯さんの視線は、私の足に注がれている。
そして気が付いた。

そうだ、昼間にあった妖怪の……

風呂上り、ソックスはすでに脱いでしまっている。
つまり、左足の痣を隠しているものはないわけで。

「………あ」

やっと合点がいった私を他所に、鬼灯さんは屈みこんで痣のある部分を容赦なく掴んだ。
鋭い痛みはないが、

「……具合は?」

「そんなには…痛くないです」

「痛みはあるんですね?」

「ちょっと鈍痛が」

二、三度痣がある部分を撫でてから、鬼灯さんに再び見下ろされる形になる。
うん、やっぱり、怖い。

「これはいつから?」

「…昼間、スーパーに行って帰ってきた時に…」

「その妖怪の姿は」

「背が高くって、首と手が長くって、お面をつけてました…」

「由夜さんは霊感を持っているんですね」

いや、霊感と言い切ってしまうには力が強すぎる、とまで付け足され。
とにかく座ってくださいと言われてベッドへ腰かければ、鬼灯さんはまたも屈んでもう一度足首を凝視する。
普通なら多少なりともどきどきする場面だが、今の鬼灯さんにはそんなことを言う余地なんて無い程の空気を醸し出している。

「もう一度聞きますが、何故早くに言わなかったのですか」

「…えっと、なかなか言い出せなくて」

「気持ちはわかりますが、この手の悪霊の悪戯は対処が遅れるとあなたの命にかかわります」

一度強く足首を掴まれ、思わず少し服の裾を握りしめる。
しかしふいに、鬼灯さんが顔を上げて私を見据えてきた。いつもなら視線を真っ先に反らしていたと思う。
しかし、悲しいことに反らすことも許されないような眼力に結局私は見つめ返す他なかった。

「今後、妖怪や幽霊などといった物と関わりあってはいけません。もし絡まれたら、遠慮など不要です、私を呼びつけなさい」

わかりましたかと念を押され、ただただ頷くのみである。
私が頷くのを見届けると、鬼灯さんは立ち上がって自分のバッグをごそごそとあさり始めた。私はただその後ろ姿を眺めている。
しかし、思いついたことがあって鬼灯さんに尋ねてみた。

「あの、鬼灯さん」

「はい」

「もしかして、私が霊感っぽいのあるって気づいてました?」

振り返った鬼灯さんの手には白い小袋が握られていて、三度私の前に跪く形となった鬼灯さんは私の問いに答えつつ手を動かす。

「霊感とまではいきませんが、違和感はありましたね」

「い…違和感」

小袋から取り出したのは包帯だ。それを器用に私の左足首へ巻いていく。

「あの、包帯巻くほど重症じゃないんですけど」

「悪霊は獲物にした人間に目印をつけておいて、後々見つけやすいようにする輩もいます。これも気休め程度ですが、晒しておくより幾分マシです」

どうやったのか、包帯を噛み切って包帯止めまでつけてくれた。用意周到だな鬼灯さん。慣れない感覚に、思わず左足を意識してしまう。
…あ、これサンダル履けないじゃん。

「いままでも、こんなことは頻繁に?」

明日からはずっとソックスか、と鬱になり始めていた私に、鬼灯さんの質問がまた飛んできた。

「いえ、こんなことになったのは小さい時以来です。見えることはあっても、あっちから絡んでくることは全く」

「…私もこの付近の現世に来た時からやたらと地縛霊やら良からぬものが多いとは思っていたのですが…」

これは烏天狗に言うべきか、とかなんとか呟いて鬼灯さんは小袋を仕舞う。ジッと音をたてて鞄のチャックを閉め、

「それで、私はどこで寝ましょうか」

と、新たな問題を投下してきた。

……うん、何も考えてなかったよ、ね。




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