夢 | ナノ


▽ 3.見えつらむ



「どうもありがとうございました」

管理人さんを訪ね、ここらで落し物がなかったか聞いてみればアタリだった。
正直そんなに期待していなかったのだが、いやぁ、見つかるもんだ。
黒ずくめの大きいバッグを受け取って、エレベーターを使って自室へ向かう。

嬉々とした足取りで廊下を駆け、ドアを開け…開…

「やべ、両手ふさがってた」

馬鹿丸出しである。
うーんインターホン押して中にいる鬼灯様に出てもらおうかと自室の前でウロウロしていたら、勢いよくドアが開いてきた。えっ、

「ちょ待っぶふっ!!」

思いきりドアと衝突する。よけるなんてできなかった。

「…あ、すみません由夜さん」

ちょうど鬼灯さんが出てくるところでした。
いや、ドアのまえでもたもたしてた私が悪いんだけどさ、地味に痛い。

「…だ、だいじょうぶれふ」

それより鬼灯さんの荷物見つかりましたよ!と言ってバッグを見せつければ、鬼灯さんは少し驚いたような顔の後、

「ありがとうございます」

と、お礼を言ってくれた。


3.見えつらむ


それだけで無性に嬉しくなった私は、満面の笑みで「あってよかったですね!!」と続けた。
何が嬉しいって、鬼灯さんとこのままお別れをしないですむってことだ。
一時は本気で寂しくなったのだが、どうやらほんとに地獄に帰れないようだ。

「ちょっともう一回連絡してみます」

「あ、はい」

バッグから携帯を取り出してベランダの方へ出ていった鬼灯さんの後ろ姿を見つめつつ、私はさっきから気になっていた鬼灯さんの荷物へ目を向ける。

…主に見えるのは衣服だ。
それも黒ばっかり。この人黒以外の服着ないのだろうか。
でもお陰で鬼灯さんのイメージカラーはすっかり黒で定着してしまった。白い服を着る鬼灯さんはあまり想像できない。

そのほかに、シャンプーかリンスか…のボトルの類。本。目を凝らしてみてみれば『拷問百選』の背表紙が見え、全力で見なかったことにしたいと思った。

それ以外には特にこれといって目につくものはない…と感じる。

「面白いものは入ってないでしょう」

「うわぁ!!」

いきなり背後から声をかけられた。
大げさな驚き方をした私をよそに、鬼灯さんは携帯を操作している。

「どうです?連絡つきそうですか?」

「だめですね」

話をきくと、ほんとに電波が一本も立ってない状態らしい。通話もメールも無理と。
なんと現代的なんだ地獄。

「…大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないですね」

困り果てたといった様子の鬼灯さんに、心配そうな声をかければ間髪入れずに拒否が帰ってきた。

「や、やっぱもとの場所に帰れないのは不安ですよね……でも大丈夫ですって、すぐに帰れま」

「なにが大丈夫でないって何より私がいないことでどれほど仕事に差し支えが出るかという問題で私が地獄に戻った際どれだけの仕事が溜まっているのかと考えるともう居ても立っても居られない状態で大丈夫とはいいがたい事態です」

私の言葉をさえぎって早口で紡がれた言葉に、鬼灯さんが地獄でいかに重要なポジションに立っているのかがよく分かった。
そして地獄に帰った後、鬼灯さんを待ち受けている仕事の量が尋常じゃないことも。
苦労してんだな、この人…と漠然と感じる。あ、人じゃなかったけど。

同情の念しか送れない私から言えることは一つだ。

「…ちょっと仕事休んでください鬼灯さん」

「休まざるをえないでしょう…」

そういってうなだれる鬼灯さんが段々哀れに思えてきた。社会人って大変だ。
まさか人間でない彼から社会の厳しさを学ぶ日が来るとは誰が思うだろう。誰も思わない。

「とりあえず、お昼にスーパーで何かしら食べる物を買ってきましたから…夕飯にしません?」

そう、なんだかんだ言ってもう夕方を過ぎている。
鬼灯さんを元気付けるようにそういえば、携帯にしか向いていなかった彼の顔がこちらを向いた。

「…ですが」

「もう二人分買ってきちゃったんで!!」

今度は私が鬼灯さんの言葉をさえぎって言えば、ではごちそうになります、といって折れてくれた。お昼もなんやかんやで食べなかったためにさっきから腹の虫がピンチを訴えている。
適当に座っててくださいと言って、私はキッチンへ向かった。
惣菜をお皿に出して、お茶を出すために冷蔵庫の取っ手を握ったところで、

「……………。」

見られている。

冷蔵庫の上の壁の隅。黒い髪がだらりと垂れ、こちらをじっと見つめる片目と目があった。
私が越してきた時からここにいる幽霊だ。
何もしてこないので放っておいたが、今も実際こっちを見ているだけで何もしてこない。
私は見慣れているから平気だが、何もしてこなくても、ただそこにいるだけで普通の人なら発狂するか失神するだろう。

鬼灯さんは、やっぱりこの存在に気付いているんだろうか。

思い出したように左足がじくりと痛む。昼間の光景を重い思いだし、一度強く目をつむった。
もう一度幽霊の方をみる。彼女はまだそこにいた。

「……何の用?」

鬼灯さんに聞こえないように小声でつぶやくが、相変わらずそこにいるだけだ。ただただこっちを見つめてくるだけ。
しゃべれないのかな、と思った矢先、幽霊はハッとした表情になった。なにかしてくるかと身構える。

「由夜さん」

ビクッと大げさに身体が揺れた。
はい、と上ずった声で返事をすれば、鬼灯さんがこちらをうかがっている。
見られたかな。

「…どうかされましたか」

「あ、や、なんでもないです!」

「何か手伝うことは」

「大丈夫です大丈夫です!」

とは言っても今度は折れてくれず、鬼灯さんはお客様だというのに惣菜を載せた皿と飲み物を運んでもらってしまった。
何気なくもう一度キッチンに戻ってみたが、あの幽霊はいなくなっていた。
またいつ姿を現すかわからないけど、とりあえず胸をなでおろす。

私が作ったものじゃないんですけど、と前置きしてここの家にきて初めて二人で食事をとった。
目の前に誰かが座って食事を一緒にしているだけなはずなのに、こんなにも嬉しい。
まぁ、人間じゃないんだけど。

「由夜さんは、一人暮らしなんですよね」

私が二人の食卓の嬉しさを噛みしめつつのんびり食べていたら、いつの間にか鬼灯さんは食べ終わっていて(早いにも程がある)、私に話を振ってきた。
使っていた割り箸を丁寧に置き、テーブルへ落としていた視線がこっちを射抜く。

悲しいことかな、それだけで多少なりともどきどきしてしまう自分の男性に対する免疫力の無さよ。

「そ、うですけど?」

「答えにくい質問だったら答えなくて結構です。これは単に私の興味ですので」

それは鬼灯さんが私に興味を持ってくれてると解釈してもよろしいか。
と、真面目に聞き返そうとしてしまったので無言で頷いて誤魔化す。

「ここに越してきてどれくらいになります?」

「えっとまだ三か月くらいです」

「由夜さんのご両親は?」

「地元…九州のほうに」

「由夜さんは大学生ですよね」

「はい」

「大学生が一人暮らしをするには大きすぎるマンションだと思ったのですが、いずれどなたかとルームシェアする予定でも?」

「いえ、ありません」

「では、なぜ?家賃の方も楽観視できるものではないでしょう」

質問は質問でも職務質問と大差ない内容である。

ちょっと興味と聞いてときめいていたさっきの自分を殴りたい。
というか鬼灯さんの興味って、私よりこの物件に傾いてませんか。
心のうちでは涙を流しつつ、私も順々に話していくことにする。

たしかに疑問に思うだろう。
都内で、最寄り駅から徒歩三分。しかも馬鹿にならない高さを持つここのマンションは、電車の窓からでもよく見える。

事実、ここのマンションに住んでいる人達は大抵お金持ちの家族だ。
そう一人暮らしでここに住んでいる人はいない。私の隣のカメラマンの人も管理人の人と旧知の仲だと聞いたことがある。だからここに居られるのだろうか。
あんまり詮索をしたくないのでここで考えるのをやめておく。

それに加え、ここのマンション、私と隣のカメラマンが借りているあたりの部屋は、日当たりの問題で安くなっているのだ。
そこまで値下がりしていなければ、さすがに両親も手が出なかっただろう。
それでも随分値切ったようだが。

また、私ももともとこんなブランド名が付きそうなマンションに住むつもりなんてなかったのだ。
合格確実と思われていた地元付近の大学を受けたのだが、どういうことか不合格。
泣く泣く学びたい学部があって、滑り止め感覚で受けた、並かそれ以下か程度の知名度である東京の私立大学へ行くことになった。

しかしその大学の寮が今年に建て替えるということで「さっさと住むとこ探せ」という通知が合格証書とともに送られてきた。
碌に行く気もなかった大学のことなんて調べていなかったので、寮建て替えの事実をその時知った私は家族を巻き込んで貸家大捜索を始めることになる。

しかし、受験期も後半になるにつれて恐ろしい勢いで良物件は無くなるというもの。
まるで勝者が早くに席を強奪できる椅子取りゲーム。戦いに惨敗した私に席は残されていなかった。

そこで父が下した苦肉の策が、知り合いであるこのマンションの管理人さんに泣きつくこと。
一体父とここの管理人さんの間にどれ程の絆があるのか知らないが、よくもまぁ承諾してくれたもんだと他人事のように思う。
だから、あまりここの管理人さんにはお世話になりたくないいのだ。なぜならお世話になりっぱなしだから。


………ということをつらつらと鬼灯さんに語った。
既に食べかけの私のご飯は冷め切ってしまっている。

なんだか自分で話していて、どれだけ私が不幸なのかを思い知らされた気がする。
思い返せば、こんなにも不運は続くものなのか。いや実際続いてるんだけどね。

そして私を見る鬼灯さんの目がなんだかとても可哀想な子を見る目になっている。いや、実際可哀想な子なんですけどね。

だめだ。どう否定しても「実際」という言葉が更に現実逃避を許してくれないぞチクショウ。

「……それは、御愁傷様です」

そして返ってきた言葉はこれである。
まぁ、それ以外なんと言えばいいのかと言われれば、どれをとっても同情の言葉になるだろう。

はぁ、と溜息か返事かわからない言葉を返して暫く間が空く。

かち、かちと時計が針を刻む音だけが鳴り響き、さっきまでの空間とは別の場所のように静まりかえった。
いまさら白米を喉に押し込める気はせず、ただお互いの言葉を待つのみである。

「あの、鬼灯さん」

「はい」

ごちそうさまでした、といって食器を持って立ち上がった鬼灯さんへ咄嗟に声をかけてしまった。

「えっと…鬼灯さんはこのあとどうするんですか」

食器を持ったまま鬼灯さんは「そうですね」と呟いて、

「とにかく屋根のある所を探さなければ」

「…お金とかは」

「短期のつもりだったので多くは持ち合わせていませんが」

「…いつ帰れそうとかの見込みは?」

「ありませんね。全く」

ぴしゃりと言い切り、またも携帯をいじる鬼灯さん。
電波は相変わらずらしく、眉をひそめてポケットへ押し込んだ。

一方私はなんとかして鬼灯さんとのお別れを引き延ばそうとしている。
なぜかと言われればちゃんとした回答を出すことができないのだが。

普通の人には見えない妖怪や幽霊が見えてしまう小さい頃からのトラウマを、唯一話すことができそうな人物だからか。
だけど、このまま秘密にしておきたいという矛盾な気持ちがあることも否定できない。

人間ではないが、極めてそこに近い存在だ。
妖怪や幽霊のことを差し引いて考えても、やっぱりお別れはちょっと以上につらい。


…というのはやっぱり二の次で、なにより常識を超越した話(幽霊とか妖怪とか)を遠慮せずに相談できる相手を、みすみす逃したくないからだ。
うん、打算的だ私!最低!知ってる。

何よりトラウマになりつつある昼間の出来事を思い出すと、あんなのが家まで来たらどうしようとか(すでに一人住み憑いてるけど)さらに絡まれるようになった挙句、呪われたり殺されたりされたらどうしようとか考えてしまう訳で。

「由夜さん、どうかしました?」

私が黙りこくったのを不審に思ったのか、鬼灯さんが怪訝そうな顔をして私を見下ろしている。
言うなら今しかない、と心に決めて私は思いのまま立ち上がった。別に立ち上がる必要はなかった気がするけど。

「あの!!」

「はい」

「帰る目途がたつまで、私の家にいてもらえませんか!?」

「お断りします」

一刀両断だった。

ズーンという効果音が聞こえる気がする。
うん、わかってた!この人ならそういうと思ってたよ!やっぱり打算的だったのを感じたのだろうか。

「なんでですか…」

「あなたはもう少し男性に対する危機感を学びなさい」

「いきなり厳しいんですけど鬼灯さん…」

「あなたの為を思って言っているんですよ」

「じゃあいっそ私のこととか思わなくていいんで!」

はぁ、と溜息を吐かれた。

大分不機嫌そうな顔をしているようだが、ぶっちゃけ顔見るのが怖いので目は合わせていません。チキン!!

「由夜さんにはお世話になりっぱなしですから、これ以上は」

「迷惑だなんて考えてませんよ!むしろ私ずっと一人暮らしに近い状態だったし、なんか、こう、ほかの人と衣食住…?…するのって初めてで、もう鬼灯さんがいなくなっちゃうとそういうのできなくなるなって思うと嫌なので!私は鬼灯さんとお別れしたくないなと思いました!!」

「感想文じゃないですか」

たどたどしい語彙を使って伝えたいことを伝えようとしたらこのざまです。
まさしく鬼灯さんの言う通り感想文か作文のような言葉しか出てこなかった。コミュ力云々以前にまずここから改善しないといけないのか。

とにかく言いたいことは言い切ったので、もうこれ以上は言葉は出てこない。
ここでやっと顔を上げて鬼灯様の顔を見たのだが、予想通りとても不機嫌そうにしていらっしゃった。見るんじゃなかった。

いつの間にか手に持っていた食器はテーブルに戻されていて、鬼灯さんは不機嫌そうなまま腕組している。さらにそれがプレッシャーを放っている気がする。

そして鬼灯さんは思いついたように顔を上げた。

それがいきなりのことだったので多少以上に驚いたのだが、気にも留めない様子で部屋の一点を見つめている。

「鬼灯さん?」

呼びかければ、少し間を開けた後に「なんでもありません」と言って再び私へ向き直る。なにか気になることがあったのだろうか。
例えば、この部屋にたまに現れる幽霊とか。
まぁ、さすがに口にはしないが。

「…どんな目に遭ってもしりませんよ」

「え」

いきなりそんなことを言われたら馬鹿みたいに聞き返すほかない。

「私が男で更に人でないと知ってもなお留まってほしいと言うならば、どんなことがあっても文句はありませんねと言ったんです」

なんで私が部屋を貸す側なのにこんなに追い詰められてるんだろう、とかは考えちゃいけないことにする。
しかしこれは、私の望む方向に話が傾いているのではないか?

「ありません!文句!全然!地獄に帰れるまでよろしくお願いします!!」

「…こちらこそ、よろしくおねがいします」

「ちなみに、どんなことが遭ってもの「どんなこと」ってなんですか?」

「……私に恨みのある亡者に、巻き添えくらって祟られたり呪われたり…とか」

「……冗談ですよね?」

「残念ながら大方本気です」

「嘘ー!!!」

もしかしたら鬼灯さんといることで益々妖怪とか幽霊に絡まれるようになる…って可能性もあるんじゃあ、と、ここで気が付いたがもうどうしようもなかった。

とにかく、今日から現世で迷子になった鬼さんとの共同生活が始まった。

初めてのルームシェアが人間じゃないって時点で、私はふつうの人間の生活を諦めたほうがいいのかもしれない。








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