夢 | ナノ


▽ 18.夏の夜を



僅かに震える振動で目を覚ました。なんだか妙に軽い身体を起こしつつ、思いきり伸びをすれば、もうすぐ秋だというのにそれを感じさせないぎらついた陽光に照らされた。

ぼんやりとした頭のまま振動の方を探り、いまだに一定に震えるそれを掴みとる。わずらわしく思いながらボタンをタップし、通話モードになったそれを耳に押し当てた。

「はい…」

「あっ!?ちょっと由夜!?アンタ一体どうしたのよ!」

いきなりはげしいモーニングコールだ。勘弁してくれ。身体は軽いはずなのに、あまり意識ははっきりしない。身体に頭がついていかない感じだ。そこへ透子の容赦ないこの罵声。二度寝したい。
めんどくさいなぁ、と思いつつ上手く舌が回らないながらにも会話を続けようと、言葉を必死に紡ごうとする私。

「ええ…なにがぁ…?」

「なにがって…三日前くらいから全然連絡取れなかったのよ!?家にまで行ったのに、インターホン押しても出ないしっ!」

早口で呟かれた言葉にようやく事の重大さを理解し始めた私。徐々に覚醒しつつある頭を働かせて、ファックスと電話がまとめておいてあるチェストへ移動し画面をのぞいてみれば、膨大な留守番電話が記録されていた。
それは大抵が透子のものであったが、中にはサークルの先輩であったり友達であったり、バイト先からも入っている。

「う、うわー…」

思わず漏れた声に携帯の奥でまたも高い声が飛んできた。

「由夜どこいってたのよ!?心配したんだからね!」

とにかく11時に駅ね!とも付け加えて。ぶつりと通話が切れた。
受話器の奥から聞こえる機械音に意味もなく耳をかたむけ、ぼんやりと留守番電話の記録を眺めていた。
透子の言う通り私は何故だかはわからないが、ここ三日間寝たままだったらしい。
理由はわからない。特に自分の体調が悪いとは感じないし、睡眠催促させる薬とかも飲んだ覚えはない。たとえそんな薬を飲んだとしても、三日間寝たままってどうなんだ。それはもはや睡眠と言うより気絶だ。

自分の身に起きた状態を理解できないまま、音信不通であった連絡先へ一応電話をかけまくる。みんなから心配の言葉とお叱りの言葉を受けつつ、留守電の記録を辿っていた中、気になった文字列を見つけてボタンをプッシュする手を止めた。
「母」と書かれた記録に、思わず少し考える。
声聞くのいつぶりかなぁ、なんて思いながら発信ボタンを押した。


18.夏の夜を


「遅いわよ」

「まことに申し訳ございません」

駅前のスタバ。その窓際のテーブルに座っていた透子は遠目でも不機嫌なのが見て取れた、両隣のテーブルが空席なのも、おそらく透子が近づくなオーラを放っているからで。
うわぁ、声かけたくない。そんなことを言ってもしかたない。というか、彼女が不機嫌なのは私がこの待ち合わせに遅れたからだ。おこらくここで私がこのまま留まり続ければ、間違いなく彼女の機嫌も降下していくに違いない。
まぁ、私が云々考えていたところ彼女に見つかったんですけどね。そしてこの状態。

「とにかく飲み物買ってきなさいよ」

「え、あ、うん…」

これから説教が始まるんだろうと思うと、私の気持ちも下降していくよ。受付のお兄さんがカップに描いてくれたスマイルマークに僅かに癒されながら、しかし足取り重く透子の座る窓際の席へ戻る。
透子は自分の半ばまで減ったフラペチーノを振りつつ、ジト目で口火を切った。

「それで、なんで音信不通だったの?正直に言ってみなさいな」

「そ、そんなこと言われても……ほんとにわからないんだよね…」

とたどたどしく言えば、さらに透子が怪しげな視線を送って来た。視線だけで殺されそうなんですけど。

「わからないって、どういうこと?」

ごめんなさい、と咄嗟に言ってしまったがいいから言ってみて、とゴリ押し。あぁもう怖いよ透子。きっと私を心配してくれてるからこんな問い詰めてくるんだろうとは思うんだけど、それにしても怖いよ。ていうか、ほんとに心配してくれてるからこんなにキレてるんだよね?そうだよね?

「なんというか、三日前?に寝てから…その間の帰記憶もなくて…今朝起きた、って感じ」

透子は少し顔をしかめ、ストローに口をつけつつ、再び言葉を紡ぐ。

「それはホント?」

「本当だよ!!」

「じゃあ、なんでそんなに目腫れてるのよ」

そういわれて、初めて気が付いた。
え、とか間抜けな声を上げつつ目元へ手をやる。流石に触っただけではわからないので、咄嗟に聞き返す。

「そ、そんなに腫れてる?」

「少なくとも、なんかあったんじゃないかと思わせるくらいにはね」

淡々と答える透子が片手でバッグを漁り、手鏡を出して見せてくれた。
うん、確かに泣き腫らしてる。
透子の電話で起こされて、そのあと鏡を見ることもそこそこに着替えて出てきたからなぁ。全然気が付かなかったよ。

「本当に大丈夫なの由夜。変な話だけど、最悪由夜が人さらいとかにあってるかもしれない、とか思ってたのよ。しかも会ったらなんか目、泣き腫らしてるし…」

なんかあったんじゃないの?と聞いてくる透子。あぁ、そんな心配してくれてたんだ、透子。
やさしい友達を持てたなぁ私、なんて思いながら私は「大丈夫」と答えておく。

それにしても、なんでこんなに泣き腫らしてんだろう私。いきなり気絶まがいな眠り方したのも気になるが。変な夢を見ていた記憶もないし、泣く理由が思いつかない。
実は、私が覚えていないだけで、三日前の自分に何かあったのかもしれない、とも思ってしまう。

「由夜?」

「…え、あ、うん。何?」

「いや、ぼぉっとしてるみたいだったから。…最後にもう一回確かめるけど、本当に何もなかったのね?」

そう言って真摯にこちらを見つめてくる透子に、私は素直にうなずいた。そして、

「もしこれからなんかあったとしても、透子ぐらいしか相談できる人いないよ」

とも笑って付け足せば、透子は少しぽかんとした後、「馬鹿ね」と言ってつられたように笑ってくれた。
本当に、地元を離れていい友達を持った。

「だけど、実際三日間眠りっぱなしって怖いわよ。その間の記憶はホントにないんでしょ?トイレとかに行った記憶も?」

「な、ないよ!!」

そういえば、全然ないわ。透子に突っ込まれて初めて気が付き、一体寝ている間私の身体はどうなっていたのだろうかと考えて少し恐ろしくなる。
良かった、寝ぼけつつも起きた後シャワー浴びてきて。あの時浴びてないと、三日間身体洗ってないことになってたんだと思うと…外出れない。
今気が付いたのか、とあきれて溜息を吐く透子は、

「またそんなことがあったらあたしも心配だし、ちゃんと一回診てもらいなさいよ」

「そうだね…」

でもこれ何科にかかればいいんだろう、と思いながら診察券の入った財布をあさっていると、不意に透子のケータイが着信音を奏で始めた。あぁもう、と呟いてそれに対応する透子はどこか鬱陶しそうだ。相手は誰だろうか。

「はい、…だから、わからないって。今由夜と………。……。はぁ、わかったわよ」

どこかいらだたしげに話していたが、観念したように電話を切ると再びバッグの中身を探り出した。私は忘れられた飲み物を飲みつつ、聞いてみる。

「誰から?」

「お父さん。すぐ帰って来いってさ」

「え、もう帰っちゃうの?」

「うん。実は、私の家空き巣に入られたみたいで今警察来てるんだ」

「ええっ!?」

予想の斜め上をいく透子の回答に、私は思わず声を上げた。周りに座っている人達が迷惑そうにじろりとこちらを一瞥したので、慌てて口を押える。
ていうか、それ、私が三日間音信不通だったことよりも遥かに大変な事件だよ。それなのに透子はけだるそうにバッグの中身を確認している。どう見ても切羽詰っている様には見えない。
それに、透子の家はたしか相当お金持ちだった気がする。やっぱり空き巣もいい家狙ってるんだなぁとか場違いなことを考えつつ、

「そ、それって大丈夫なの!?」

と聞けば、返ってくるのはやる気のない返事だ。

「うーん、別に私には被害ないし、家のお金も無事だから、正直捜査の協力をとか言われても面倒くさいのよね」

「じゃあ何盗まれたの!?透子の家のお宝とか!?」

「それが、おじいちゃんのコレクションしてた日本刀一振りだけなのよ」

「日本刀!?」

何故だか、日本刀が透子の家にあるのはすごく納得できた。まるで見たことがあるかのように想像できる。きっと床の間とかに飾られてるんだろうな。
しかし、犯人も何故日本刀だけなんだろうか。もっと、現金とか盗むもんじゃないのかな。

「その刀がすごい貴重だったらしくて、おじいちゃん大荒れでさ。私としては、そんな貴重な刀ならもっと厳重にしまっておけよって思っちゃうのよね」

「そ、そうだね…」

あながちまちがってない透子の指摘に思わずうなずいてしまう。
そして透子は、警察の捜査協力をしに帰らないといけないらしい。いそいで飲み物を飲みほし、席を立つ。

「犯人は?」

「見当もつかないのよね、それが。まぁ相当日本刀マニアなんじゃないかしら」

と言って片手に持っていたファイルを私に差し出してきた。さっきから透子はこれを探してバッグを漁っていたらしい。
わけがわからないまま受け取ってみてみれば、その中身は楽譜らしい。

「サークルで今度のコンサートでやる予定の新譜。由夜が寝てる間の活動で決まったから、アンタの分預かっておいたの」

「ありがとう透子!」

そう言えば、透子はクスリと笑った。そして一瞬、顔を曇らせると、

「なんか由夜、今日テンション低いし、具合悪そうよ。帰ったらしっかり休んだ方がいいわ」


と付け足して店を出て行った。
そんなに具合が悪そうだろうかと思うが、きっと透子が言うんだからそう見えるに違いない。テンションもいたって普通なはずだが。

さて、透子が先に帰ってしまった今、私も特に外に出ている理由はない。
無駄に日に照らされて焼けるのも嫌だし、さっさと家に帰って、楽器の練習もしよう。折角透子があずかっておいてくれた新譜があるのだ。

と、一通り今日の予定を決めて席を立ち、窓へ目をやったときだ。
窓に手形がある。

「っ?」

思わず目を見開き、目を擦って再び窓を凝視した。
しかし、思い違いだったようで、窓にはなにもついていない。小奇麗に拭かれていると思われるガラスがあるだけだ。
見間違え、と言い切ってしまえばすむ話なのだ。しかし、今一瞬感じたそれに、たしかに見覚えがある。

いつの話だっただろうか。

思い出そうにも、断片的な記憶では思い出せそうにもない。
特に、あの手形を見た瞬間のぞっとした感じ。これは多分、妖怪とか幽霊とか、そういった類のものを見てしまったときのそれ。
小さい頃からこういった人外のものを見ることができた私は、19になる今も時折妖怪やあやかしを目にすることがある。
実際目にとまるだけで、関わったりすることは滅多にないのだが。

何にしても、用心して帰るに越したことはない。私は早足で帰路へと急いだ。




「ただいまぁ」

今、私なんで「ただいま」なんて言ったんだよ、と内心不思議に思いつつ、何事もなく無事に帰宅。
家には誰もいないどころか、もともと私は一人暮らしだ。いや、地元の家でもほとんど家族は家にいなかったし、帰ってきても「ただいま」なんてここ数年以上は言ってない、と思う。
何故か無意識に出てしまった言葉に首を傾げつつ、バッグを床に置いて部屋着に着替え始める。

適当に箪笥から見つくろい、脱衣所へ行ってブラウスに手をかけたのだが。
うん、なんでわざわざ脱衣所に来て脱いでんの私。別に誰も見てやしないよ。とセルフツッコミをいれつつストッキングを脱いだ。
その瞬間、ぴりりとした痛みが走って思わずストッキングから手を離す。
何処か切れたような痛み。手探りで足を探り、脱衣所にぺたんと座り込んで足裏を見れば、

「うわ…」

細かい切れ跡がついていた。かさぶたになっているものもあるが、そのほとんどがまだ傷ついて新しいそれだ。
なんでこんな傷が、と記憶を辿ってもわからない。不意に透子の言っていた人さらい、という言葉が現実的に思い起こされる。実は私の記憶が無いだけで、この三日間の間、なにかとんでもない事に巻き込まれていた、とかじゃないだろうな。
そんな壮大な妄想を繰り広げたところで思い出すわけでもなく。

私は思いめぐらすことを止め、念のため靴下を履いてお風呂場を仕切っているガラス戸を開けた。そこに今朝つかったばかりのタオルがかけてあり、それを回収して洗濯器へ放り込む。

しかし、これ以降、私は自分の家の違和感に、思い悩まされることとなった。

例えば、湯船。
冬場はともかく、夏場に湯を張って湯浴みすることは滅多にない。掃除するのが面倒だからだ。
しかし、今風呂ふたを乾かそうと開けてみると、しっかりと水が張られていた。
なんの気の迷いだろう、とどこか戸惑う私に追い打ちをかけるように、自然と台所に向かった私はまたもはたと気が付いた。

自然と包丁を握り、まな板を用意し、野菜を刻んでいた。今まで自炊なんて碌にしようと思っていなかったのに。それどころか、お昼のご飯の献立について考えていたのだ。一人で作ったご飯を一人で食べるなんてむなしすぎる。それこそ血迷っていると形容するにふさわしい。
しかし切ってしまったものは仕方ない。そのまま切り終えて、適当に野菜炒めにして食べてしまおうと思い当たる。今までほとんど料理をしなかったというのに、まるで手慣れたように作っていく自分に違和感しか感じなかった。
二枚お皿が足りない、と思って五分近く食器棚を捜索したうえ、なんで三枚お皿を必要と思ってたんだよと思い返ったり。

一人前作ったつもりが、やたらと量が多く出来上がった炒め物を前にしてしばし考えることを放棄したり。

お皿に盛ってリビングへ運び、テレビをつけて食べ始めようとした時も、自然と声に出た「いただきます」が部屋に木霊したことが異様に寂しかったり。

結局食べきれなかった炒め物を捨て、食器を洗い、仕方なく風呂掃除を始め、綺麗に掃除し終わって達成感を得たその後、またもお湯を張ろうと無意識に蛇口をひねっていたのを慌てて止め。

しばらくテレビを見たり楽器の練習をした後、外がじわじわと暗くなり始めたので、シャワーを浴び、脱衣室を出た瞬間「あがりました」と声が出たことに驚愕する。

おかしい。なにがおかしいって、私が。
この部屋には私以外だれもいない。なのに、私のどこかが、誰かを意識して行動している。それは長年続けてきた習慣のように意識せずとも働いてしまい、いつもの自分が付いていけずに困惑するばかりだ。

「なんなのよ…」

わからない、自分がわからない。
まだ九時半なのだが、気分のすぐれない私は早々に寝ようと思ったので押入れを開け、布団を手に掴んで引っ張り出そうとしたところで我に返った。

布団なんか出してどうするの。お客さんが来ているわけでもないのに。半ばまで引っ張り出された布団が、乾いた音をたててフローリングへ落ちた。
それを押し込む気にはなれず、私はそのまま電気を消してベッドへ潜り込んだ。
まだ明るい外の電光と月明かりに照らされて、部屋の中は電気を落とした割にぼんやりと明るかった。
原因のわからない違和感に考えさせられることが嫌で、できれば早く寝てしまって思考することを放棄したかったのだが、こういう時に限って睡魔は一向にやってこない。

だらりと押入れから垂れた布団。やたらと広く感じるリビングに目をやり、こんなに広かったものだろうか、と思う。

「……だれか、いるの…」

そう呟いた言葉はすぐに消え、勿論返事は返ってこない。いや、返ってきたら大問題だ。
そんなこと、わかっているはずなのに。
どこかの自分は、返事を期待している。

「誰なの、誰だよ、もう」

こんなに存在があるというのに、思い出せない。
間違いなく、この部屋には誰かいたのだ。それが、思い出せない。

そんな自分にいらだって、気持ち悪くて。ベッドの上で肩を抱き、そこへ思いきり爪を立てる。じりじりと肌が痛んだが、構わない。
思い出せ、思い出せ、思い出せ。
誰かがいた筈だ。きっとそれは、忘れたくなかった人。

だからこんなにも、忘れてしまったことが苦しい。

ぶつ、と左肩から明確な痛みを感じ取る。しかし痛みと共に思い出すことなんてないのだ。
肩口を何かが伝う。それはやがて、ベッドに滲みをつくるだろうが、構わない。

「思い出せ、思い出せ…」

顔は?恰好は?性格は?名前は…?
なにか一つでも良いのだ。
しかし、いざ思い出そうと記憶を辿ると、それは蓋をされてしまったかのように何も情報が出てこない。
曖昧な、しかし存在したであろう違和感のみが私を苛んだ。

「なんで、どうして、思い出せないの」

目じりにたまったそれが頬を伝った。最早一度流れてしまったそれを止めるすべはなく、堰を切ったように溢れ出す。ただでさえ腫れていた目を更に泣き腫らすことになってしまう。しかし、止まらない。
血と涙で汚れた手の平で顔を覆う。乱雑に目を擦っても、涙は止まらない。
思い出したくても、一番大切な所が、思い出せない。
どうしよう。

不意に、物音がした。

咄嗟に顔を上げたが、どこから聞こえてきたものかわからない。
しかし確かに聞こえた。私はフローリングへと足をおろし、おそるおそる部屋の中を見渡す。
人影らしいそれはまったく見えないが。きっと、誰か、いる。

「………だれ?」

そう呟くと同時に。足に違和感が走った。

「うわぁああ!?」

虫が張り付いたような、鳥肌がたつようなそれ。
おもわず膝辺りにくっついている何かを瞬時に叩き落とし、私はベッドの隅まで後退した。生理的に無理、と表現できる感触に膝を高速で摩りつつ。
もしかしたらGかもしれない、と最悪の予想をたてて青ざめていると、

「……にゃあ」

となんともか弱い声が聞えた。

「……『にゃあ』?」

ね、こ?
そんなはずは、だってさっき肌に張り付いた感覚は、どう考えて見積もっても上限手のひらサイズ。猫の大きさではない。
まず、私の部屋に猫を上げた覚えもないし、勝手に上がってくるなんてこともありえない。

しかし、その生き物は私の全ての違和感を打ち砕くきっかけとなる。

暗闇の中、窓の外の明りに照らされたベッドの上。
そこへぶるぶると震えながら這い上がってきた生き物。
それは、

「……あ、……!!!」

たちの悪い落書きが、そのまま動き出したようなそれ。
思い出す。思い出す。
これを描いた人、その人と共に居た、二人とも、大切な―――

今までどうして忘れていたのか。私はベッドの上でこちらを見上げる白澤さんの落書き――猫好好ちゃん、と言っていた――を掴んで引き寄せた。
手の中でか細い声を上げたそれは、私の涙にぬれた手の中で顔を洗っている。

思い出した。何もかも全て。

鬼灯さんと出会った時のことも、散々寝る場所についてもめたことも、白澤さんが助けてくれたことも、買い物行ったことも、いつも二人が喧嘩していたことも、料理を教わったことも、お風呂をはいる順番を決めていたことも、鬼灯さんが二度も同じ悪霊から救ってくれたことも、二人の背中をベッドの上から眺めて眠りにつくのが幸せだったことも、不意に感じる二人の存在があまりにも、私の中で大きかったことも。

大好きだ。
だから、その全てを失った今が、辛くて苦しい。
私のことを思って、私の記憶を帰っていった二人が恋しい。
一時でも、二人を忘れてしまった自分が恨めしい。

ぎゅう、と猫好好ちゃんを抱きしめる。
今。私と二人が過ごした記憶を証明してくれるのは、この子しかいない。

それを形見のように強く抱きしめて、泣いた。

「会いたいよ……」

涙は、止まらなかった。
それでも、二人が目の前に現れるなんてことは、なかった。


***
アトガキ
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
とりあえず、ここで区切りとさせていただきます。
続きます。続きます。まだ終わりじゃないです。
次から心機一転、新しいページ作って始めたいと思いますので。
逆トリは一旦ここで終了なので(また彼らが来るかもしれませんが)、ここまでの感想等ありましたらこちらから 拍手 一言お願いします。次も早いうちに更新します。



ここお付き合いいただきありがとうございました!





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