夢 | ナノ


▽ 15.花ぞ散りける



※主人公の友達としてオリキャラがでてきます


「またあの夢か…」

目覚めがあまりよくない、というか、やたらとリアルな夢なので、寝たとか休んだとかそういう感覚があまりないのだ。
っていうかもはやあれは夢なのかどうかも怪しいところだけど。

私は変な姿勢のまま固まってしまった身体を思いきり伸ばし、時計を確認したら10時であった。


15.花ぞ散りける


え、いや待って10時!?

慌てて記憶をたどり、たしか昨夜いきなり友達から電話がかかってきたことを思い出す。
いきなりの「明日空いてる?」の電話。特にないと返すと、ちょっと付き合ってほしいとのこと。しかも待ち合わせが10時近くだった気が。
急な申し出だが、付き合いの問題もある。あまり無下にはできない。

なにより、もうすぐ元の世へ帰ってしまうであろう二人組と少しでも一緒に時間を共有していたかったのだが。

仕方ないと割り切って、まだ重だるい身体に鞭を打ち、なんとかベッドから抜け出す。

そして唐突に思い出した。

(鬼灯さん、どこだろ)

思い返せば私がこんな遅くまで寝ていられたのは久しぶりだ。鬼灯さんが来てから、彼が毎回私を遅くまで寝かせてくれたためしがない。
途端に二人の存在で頭がいっぱいになる。

帰ってしまったのだろうか。私が寝ている間に、黙って。
思うと同時に走り出し、部屋を慌てて見渡す。鬼灯さんの使っていた布団は畳まれて押入れの中だ。白澤さんの布団は残っているが、掛け布団が乱雑にめくれ上がっているのみ。

帰ってしまったのか。

「…っ、鬼灯さん!!白澤さん!!」

「え、何?」

ばたん、とドアが閉まる音。唐突に玄関が開き、そこにはラフな恰好をして片手にコンビニ袋を下げた白澤さんが立っていた。
いきなり自分の名前を叫ばれたからだろう。きょとんとした表情で私を見つめ返しているが、私はそんなことにかまってられない。

「うわぁああぁあ馬鹿ぁあああ白澤さんの馬鹿ぁああああ!!!」

「ぐっふぅ!?ちょっ、由夜ちゃんお腹お腹痛い痛い痛い!!!どうしたの急に積極的になって!?」

「帰っちゃったと思ったでしょ馬鹿ぁああああ!!」

思ったままに飛びついて抱き付くと、頭上からとても焦ったような声が聞こえる。構わず更に強い力でくっつけば、苦しいと言われたが。
帰っちゃったかと思ったと絶叫すれば、一瞬だけ口を噤んだような気配を感じた。

そして溜息を吐き、

「…とりあえず、離れようか…?」

「…………。」

「離れないと、襲っちゃうよ?」

「鬼灯さぁああああん助けてぇえええ!!!」

「残念ながらアイツは出かけてるんだよねー」

といって口許に笑みを浮かべながら靴を脱いで上がってくる白澤さん。私はその言葉に弾かれるようにして彼から離れ、部屋の奥へ退避する。
コンビニ袋を適当に置き、心なしか少し悪役じみた笑みを浮かべてこっちに近寄ってくる白澤さん。

あ、やばい。これ貞操の危機かもしれない。自業自得ですけど。

「は、白澤さん」

「なーに?」

「こっちに来ないでほしいんですけど…」

「酷いな由夜ちゃん…」

とか言いつつ、こっちに来てますよねあなた。
部屋の隅っこで固まる私を追い詰めるように、着々と距離を詰めてくる。

「なんか…白澤さん、雰囲気変わってません?」

「だってほら、前にも言ったでしょ?そういう感じの雰囲気ってあるよねって。」

そういって私の前にしゃがみ目線を合わせ、伸びてきた手が私の顎を掴んで上を向かせた。なにやら楽しそうな表情をしていらっしゃる白澤さんと目が合う。
待って待って、なんでいきなりそんなやる気なんですか。

そしてついに息がかかるほどにまで距離を詰められ、空いている片手で私の両手首も掴まれてしまった。文字通り逃げ場なしである。

「あいつもいないことだし、ちょっといいことするだけだよ?」

と、幾人もの女性を虜にしたであろうスマイル。

ち ょ っ と ま て ! ! !

やばい、やばい。このままだと本格的に私の貞操が!なんで、こんな朝からさかってんのこの人!そういやこの人と会ったときに鬼灯さんから「女好きだから気をつけろ」って言われてたのを今更ながら思い出す。
いや、今思い出しても後の祭りなんだってば!!

「大丈夫大丈夫。由夜ちゃん初めてでしょ?」

「うるさいんですけど悪いか!!悪いわ!!離してもらえませんかね?!」

「僕優しくするから。心配しなくていいからねー」

「聞 け よ!!」

そんなやり取りをしても白澤さんに引く気はないようだ。
男の人っていきなり獣になるっていうけど、ほんとうなんだなぁ。今身をもって感じてるよ。あ、でもこのひと神獣だしもともと獣だったわ。納得。

そしてふと香ったお香の香り。
白澤さんの匂いだ、と漠然と感じる。
これは、白澤さんが神獣の姿になった時に嗅いだそれだ。

不意に顎から手が離れ、まとめて掴まれていた手の内、利き手だけをとられた。
白澤さんは私の右手をゆっくりと口許へもっていく。

その次の瞬間、ぴりりとした痛みを右手首に感じた。

何をされたのかは言うまでもない。白澤さんが、私の手首に口づけをしたのだ。

「……!!っ、ちょっと…!?」

少し痛みを感じたのは、歯をたてたからだろうか。
顔を上げた白澤さんの目は、相変わらず金色に輝いている。その奥の動向が少し細まった気がした。
そして彼の額の参の目が、ぼんやりと赤い光を帯びた様に見えた。

あぁ、前もこんな白澤さん見たなぁ。

そんな現実逃避をしていると、さらに他人の体温が近づいたように感じる。
あ、これもうあかんわ。
諦めて目を瞑り、意識を遠くへ飛ばそうとした瞬。

♪〜〜♪〜

運よく部屋に鳴り響いたのは、私の着信音。

一瞬だけ、私の腕をまとめていた手が緩んだのを見逃さず、

「うらぁあああ!!」

「痛ぇえええ!!」

額に頭突きした。

なんだか白澤さんに頭突きする機会が多い気がする。いや、そんなこと言ってる場合じゃない。白澤さんが悶絶している間、私は着替えを速攻で選んでバッグに詰め込み、ついでにケータイを拾って部屋を飛び出した。

「いってきます!!」

ついでに追いかけてこないでくださいね!とも付け足して。






「いっつー…」

思いのほか響いた頭を押さえつつ立ち上がり、白澤は玄関の方を見つめるがもうすでに由夜はいない。
溜息を吐いてその場でうなだれるが、どうしようもない。

「失敗か……」

そうつぶやいた白澤の目は妖しく金色に光り、額には赤い瞳が浮き出ていた。
白澤のつぶやきに答えるように、その赤い瞳が一度瞬きする。

「またアイツに殴られるよ…」

そう呟き、額へ手を当てれば、赤の瞳はまたも同意するように、一度ゆっくりと瞬いた。





近くのコンビニへ急ぎ、トイレを借りてお着替えと化粧。
大幅に待ち合わせ時間に遅れてしまったが、友達も友達でいきなりな約束だったし、勘弁してもらおう。

それにしても、さっきの白澤さんには驚いた。
女好きっていうのは知ってたけど、あんないきなり急展開するなんて誰が思うだろうか。
神獣の時や、真剣な時の白澤さんは、普段がきっとアレだからかもしれないけど、やたらとかっこいい。いやいつもかっこいいんだけどね。
さっきも笑ってこそいたが、やたらと真剣味を帯びた表情をしていたし、そんなに私に対して本気だったり…

「そんなわけないか」

と、すぐ訂正した。
あんなイケメンの中のイケメン(性格は目を瞑る)が、私なんかを相手にするわけがない。というか、仮に相手にされたとしても、私が恐れ多い。

そんなことを思いながら、待ち合わせのスタバへ入り、友達の姿を探す。

「由夜!」

聞き覚えのある声が飛び、そちらへ目を向ければ顔見知りが座っている。

「遅いわよ、なにやってたの?」

「ご、ごめん…」

「とりありず、席はとっといたから。飲み物買ってきたら?」

といって、友達は私に千円札を手渡した。

「…パシリ?」

「違うって。いきなり呼び出したお詫び」

わぁツンデレ。まぁそんなこと口走ったら間違いなく抓られる以上のことはされるだろうし、ここは素直に友達の好意を受け取っておく。

「ありがとー!!」

「ほんと由夜って単純で助かるわ…」

「単純でもいいさ!やったー何飲もうかな!」

といってウキウキでカウンターに突っ込んできた私は、自分でも単純だと思う。いいじゃないか単純で。その方が難しいこと考えずに人生送れるよきっと!

こうしてフラペチーノを片手に戻って来た私は、友達の向かいへ座った。

「それで?急になんの用事?」

「うーん、ちょっと変な話なのよね。由夜、聞いてくれる?」

そういって神妙そうな顔をする友人…名前を透子と言う彼女は、私と同い年と思えないぐらい大人っぽい。
茶髪の髪は緩いパーマをかけ、背中へ垂れている。整った目鼻立ちは、そこらの雑誌のモデルと言っても過言ではない。
そんな私と対照的ともいっていい透子は、同じサークルで知り合い、おそらく大学で一番仲がいいのは透子だ。

そんな透子の話は、私にとって鬼門な話でしかなかった。

「なんか、この頃変なのよ。特に夜」

「夜?変って?」

「…信じてもらえないかもしれないけど。夜一人で寝てるじゃない?そしたら、玄関の方から足音が聞こえてきてね」

なんとなく話の展開が読め、ストローから口を話して真剣に聞き入る。

なんでも、この夏休みの間から夜に足音が響くようになったらしい。
それは、最初は玄関の方でとどまっていたらしいが、一週間前は寝室あたりまで。三日前はついに枕元までやってきたらしい。
来るだけではなく、行ったり来たりするとも。ゆっくり歩いてくるかと思えばいきなり駈け出したりするとも付け加えた。

透子は私と違って家族と暮らしている。一度お邪魔させてもらったが、都会の中にあるとは思えない古来日本のお屋敷だった。
ひろいお庭は庭師を雇っていると言っていた気がする。
お座敷の部屋のみで、洋室ないのだとか。

しかし、ここ三週間程、外国の知り合いの元へ家族が出かけてしまったという。家族がいなくなったとたんこんな現象が起きたのだとか。
家族がいるならばまだしも、一人でそんな心霊体験は怖すぎる。

畳みかけるように、昨晩透子が三面鏡に向かってドライヤーで髪を乾かしていた時。
乾かし終わって、ふと顔を上げたら、正面以外の左右の鏡に、長い黒髪を垂らした女性が立っていたらしい。
思わず叫んで、そのまま透子は漫画喫茶で朝を迎えたと言う。

「…見間違えじゃないんだよね?」

「私の頭か目が正常ならね…いや、もしかしたら逆かも。異常だからあんなの見えちゃったのかなぁ」

「でも、もしほんとに悪霊とかなら、早く対処したほうがいいよ…!」

そう私が言えば、たしかに疲れ切った様子の透子が目を丸くした。

「…由夜」

「何?」

「の、呑み込み早いわね…」

「そっ、そうかな!?」

普段からこういった話には慣れてる、なんて言えるわけがない。

「こんな話してすぐで悪いんだけどさ…ちょっと私の家に来てみてくれない?今日の夜も家には帰らないで、漫喫とかで過ごそうと思ってるんだけどカードが入ってる財布が家に置きっぱなしなの…明るい内でも、一人で取りに行くの怖くて」

と、いつになく申し訳なさそうに話す透子。
確かに私はこういった話には首を突っ込みたくはない。
でも、ここまで困ってる友達を放っておくわけにもいかない、と思うのは当然だ。

「うん、いいよ。じゃあ早いとこ行こう」



なんて大見栄張ったはいいですが、ぶっちゃけ早く帰りたいです。

電車で10分ちょいくらい。駅からタクシーを使い、都内でも比較的大きな家が立ち並ぶところへやってきた。
タクシー代はすべて透子持ちだ。何から何まですみません。

立派なお屋敷で、逆にこんなに大きな家に一人だととても心細いと思う。

「あがって」

引き戸を開け、下駄が並ぶ玄関だと私のパンプスが異常に浮いて見える。
ひんやりとした冷たい床だ。所々に盆栽や生花が活けてあり。風流を感じさせる。これぞ日本のお屋敷。

「まだ昼間…明るいうちに怖いことを体験したことはないから…大丈夫だとは思うんだけど」

と、透子が言ってもう道順を覚えるのも諦めるほど広いお屋敷の内、一部屋の前に立って襖を開ける。
そこはたいして広くはないが、そのお座敷の中に絶妙に飾られたお皿や生花が美しい部屋だ。

「ココが客間ね。私お茶いれてくるから、ここでまってて」

「うん、何かあったら叫んでね」

「言われなくても絶叫するわよ」

と言って微笑み襖をしめた。

しんとした和室。
まるで時間の感覚がくるうようなそこは、正直私は落ち着かなかった。
ぐるりと部屋を見渡す。

掛け軸、生花、お皿、畳床に飾られた大きい壺と日本刀。

真っ先に思いつくような和室である。
井草の匂いをたっぷり吸い込み、目を閉じる。
きっと瞑想とかするには絶好の部屋なんだろうなぁ、ここ。
なんて思いつつ、ゆっくりと目を開けた。まだ透子は帰ってきてない。これほど大きなお屋敷なんだから、きっと台所も遠いんだろう。

ちりん、とどこかで風鈴が鳴った。

不意に吹き込んできた風に、つられるようにして顔を上げた。

襖が開いている。

ガタン!と激しく音をたてて視界が暗転した。そして急速に胸元に重苦しいものがのしかかる。

「がっ…、ぅ…!?」

胸元が潰される。肺にたまった酸素が勢いよく上へ逃げてくるので思いきり咳き込んだ。
なんとかどかそうと、力を振りしぼる。
畳を掻いていた右手で拳をつくり、思いきり私にのしかかっているそれへ向ける。

「はな…せっ!!」

ガツンッという衝撃。感じた手ごたえに自分でも驚きつつ、そのまま何とか体制を立て直して畳に転がったであろうそれを睨みつける。
しびれた右手を押さえつつ、目に入ってきたそれに私は瞠目した。

見覚えがある、というか、のしかかってきたあの圧迫感からなんとなく覚えはあったのだ。

長い黒髪は畳みに散らばり、紙のように白い肌から刺す眼光は鋭い。血走ったそれは狂気じみていて、思わず後退してしまう。

この幽霊、私の部屋にずっと憑いてたあの幽霊だ。

合点がいくと同時に、思い出すのはつい最近コイツに首を絞められた思い出。

(そういえば、あれからこの幽霊一回も見てないな)

やはり一度鬼灯さんに叩きのめされたからだろうか、たしかにそれ以前はよくよく部屋で目があうことが多かったこの幽霊は、気がついたら消えていたのだ。
そしてその幽霊が、何故透子の家にいる?

四つん這いのまま、こちらを見つめている幽霊。距離をとりつつ、なんとかここから逃げださなければと自分を叱咤する。

お互いの顔を睨み合っていた時だ。廊下にほうから騒がしい音が聞こえてきた。
そしてそれは途中で止まることなく、客間の前で止まり、躊躇なく半開きの襖を開けた。
底から顔を出したのは、焦った表情の、

「なんか大きな音したけど大丈っ……由夜!?」

「透子っ?!」

来ちゃだめ、と言いかけたが叶わなかった。
私の視線が一瞬透子の方へ向けられた隙を見逃さず、幽霊がとびかかって来たのだ。

避ける間も無くマトモにそれを受けた。何度目かしれない、お腹に重いそれでなぐられた感触。
抵抗する間もなく、向かいの襖へ強く叩きつけられた。

「………っっ!」

息を吐く間も無い。遠くへ行きかけた意識を必死に引き止め、生暖かく重いそれをなんとかしようと、かすむ意識の中幽霊を見上げる。

「由夜!!どうしたの…!?」

開けた襖からおろおろと私を見て、近寄ってこようとする透子が見え、思わず無い力を振りしぼって声を張り上げた。

「透子、来ちゃだめ!!」

透子は私の大声に驚いたらしく、ぬいとめられたようにこちらへ一歩踏み出した形で動かなくなった。それでも私の危機を感じているらしく、大変な状況であるのはわかるもののどうしたらいいのかわからない、という状態だ。
やはり、透子には今私に馬乗りになっているこの悪霊は見えていないらしい。

どこか心の内で安堵しているのは、意識が飛びかけている証拠だろうか。

悪霊が私の両腕を抑えていた手を組み換え、右手を力強く抑え込まれる。痛い。
構造上、曲がらない方向へ無理やり反らされている感覚。
やばい、これ、折られる。

「っ…ぃ…た…!!」

おそらく、さっき一撃加えたのを警戒してるんだろう。ミチッという音が腕から鳴り、生理的な涙が滲むのを止められず目を強く瞑る。
悪霊の握る手が、更に力を加えようと、私の利き手をつかみ直した時だ。

バチッ!という衝撃と音。
それは強い静電気のようなもので、私の腕が僅かにしびれたようにも感じた。
突然のそれに、ついに私の利き腕が折れたかと思ったが、急に自由になった利き手と身体に瞠目する。
慌てて悪霊を探せば、私から少し離れた位置でぶるぶると痙攣しつつ声にならない声で呻いている。

まるで、さっきの衝撃に弾かれたように。

(なにが…?)

なにが起きた?折られかけた利き手へ目を落とせば、見慣れないものが飛び込んできた。

右手の手首に、赤い瞳が描かれている。

朱で走り描いたようなそれは、驚いたことに一度瞬きした。そしてすっと目を閉じ、水で流されたように溶けて消えた。
この模様、などっかで見たような。

しばしそれを眺めていたが、低いうなり声が聞こえて慌てて顔を上げる。
心なしか、先よりも目が血走っている悪霊が、恨めしそうに私を見上げていた。

「由夜…!?さっきから、どうしたの…?なにか、そこにいるの…?」

襖を縋るように掴んでいた透子がそう言う。
何も見えない透子には、きっと私は一人で悶えてるように見えるのだから、薄気味悪く思えるだろう。

早く、ここから逃げないと。こいつを連れて。

咄嗟に立ち上がり、畳床に立てかけてあった日本刀を申し訳ないと思いつつ手に取って、素足のまま飛び出した。
後ろから、透子の焦った声が聞こえたが、構う間はない。

「由夜っ!?」

「透子、来ないでね!」

むせつつも張り上げた声は聞こえただろうか。
後ろを振り返れば、あの悪霊は縁側からなだれ落ち、こちらをにらんでいる。そして歯を向いてこちらへ向かってきた。
まるで子供の見る怖い夢のような内容だが、生憎とこれは現実だ。

まったく未知の場所だが、仕方ない。私はとにかく痛む足を動かし、とにかく後ろから迫るそれから逃げる。
白澤さんと出会ったときのそれとは違い、この幽霊は速い。

それに比べて、こちらは素足で夏の太陽に照らされたコンクリートの道を走っているのだ。
追いつかれることは明白。

白澤さんを庇って、無我夢中で走った日のことを思い出し、自嘲気味に笑った。それは荒い息の内消えたが。

ほんと、馬鹿だなぁ、私。




prev / next

[ back to top ]


  
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -