▽ 14.夢の内にも
独特の浮遊感。
暗闇の中、ああ、覚えがある、と曖昧に感じていた。
ふいに感じた背中の冷たさに、意識がじわりと覚醒した。
14.夢の内にも
冷たい。背中が。
目を開ければ、相変わらずそこは暗闇だった。
もう一度目を閉じて意識を両腕と両足へやり、動くことを確認する。
何気なく手を握りしめれば、草の感触が伝わった。
ふらつく頭を押さえつつ上体を起こし、辺りを見回した。
真っ暗闇。唯一の光源は月明かり。そよぐ風は生暖かい。冷たく感じた背中は一時であり、今は何とも感じない。
握り込んだ草を見れば、緑とは程遠い。萎れて枯草となってしまっているそれ。
辺りの木々を見渡してみれば、みな黒々とした幹を晒している。緑豊かな、とは言い難い林だ。
そして、辺りを漂う鬼火。
(……数、増えてる)
以前よりもあきらかに。蛍のように飛び回るそれら。しばらく眺めていたのだが、別にこちらに向かってくるわけでもない。
ずっと火の玉と睨めっこしているわけにもいかない。
大分闇に慣れてきた目で、ゆっくりと立ち上がる。今度は細心に注意を足元に払って。
やっぱり、ここはこの前来た場所なんだろうか。
となると、日の出と共に目覚めるはずだから、それまでどうするか。
相変わらず、着て寝たはずの寝間着ではなく普段着になっている私。もうツッコまないよ。ツッコんだら負けな気がする。
「丁くーん……」
いませんかー、と細々と呼んでみるが返事はない。
この夢の中(?)に来てしまった以上、頼るべきは彼だ。彼しかいない。あんな小さい子に頼るのはなんとも二十歳になりかけの大人としては恥ずかしい限りだが、しょうがない。
しかしそんな都合よく彼が出てきてくれるわけではなく。当たり前だ。これで出てきてくれたら、きっと彼は私の守護霊かナビゲーターだろう。
仕方ない。少し進んでみるか。
遠巻きに、鬼火の群がっている辺りを避けて足元を意識しつつ地面を歩いていく。
ありがたいことにヒールではないサンダルだ。随分気のきいた夢である。
一歩一歩恐る恐る進む。下が崖でした、なんてベタな展開は御免こうむりたい。ほんとやめて。
……とか、フラグですよねー、知ってます。
ズッと足元がすべる感覚。冷や汗が米神を伝うのを感じた後、平衡感覚が失われた。
「ぅ、わぁああっ……!?」
急速な浮遊感。
バランスを崩し、地面を盛大に滑った。頭からはいかなかったものの、ゴロゴロとギャグの様に坂を滑り落ちてしまった。なにこれシュール。最後には木に派手にぶつかって止まった。ここまでくるとホントにギャグ漫画だ。
私いつからこんなギャグの神様に愛されるようになったのか。愛されてもいいけど、身体張ってのギャグでは私の方が持ちません。
そして改めて転がって来た場所を見回す。
どうやら民家と思われる建物がちらほらある。そしてそのいくつかからは明りが点いているらしい。
村へ降りてきてしまったのか。思わず自分の頭を抱え込みたくなる。丁君から村へは行かない方がいいって言われてたのに。
もはや服を払う意志も曖昧に、遠い目をしていると背後からなにやら物音が聞こえた。
「なんだィ今の音」
「イノシシじゃねぇのか?」
「おいお前見て来いよ」
「えぇ?!こえぇよどうすんだよイノシシいたら!!」
「お前がやれ明日の飯にしろ」
なんだよー、とつぶやきつつ、こちらへ歩いてくる足音。
やばい、と咄嗟に思った私は慌てて草陰へ飛び込む。
本当ならば少しでも明りのある所へ行きたいので、正直「朝まで匿ってくださーい☆」と突撃したいのだが、この前丁君から言われた言葉を思い出す。
私の今の恰好。ここの時代の人達とは全く異なるそれ。
このまま人と会ってしまうと、理解のある人でない限り、下手すると妖やら妖怪と間違われてしまうと。
それは、勘弁願いたい。
「はぁー?…なんもおらんがな」
と、私が衝突した木の辺りを見て回る男の人。
片手に持ってる鉈が怖すぎる。イノシシだったらマジで取って食う気だったよこの人。
私は四つん這いになりつつ、必死に身をかがめて男の人が過ぎ去るのを待つ。
「おっかしいなー…」
なんてつぶやきつつ、男の人は物騒な物を持ったままふらふらともとの家へ出て行った。
思わずため息をつきかける。
あやかしとか悪霊に追いかけられるにも怖いが、ああいう凶器を持った人も現実的に怖いわ。しかも鉈って。軽くトラウマになるっての!
足音が完全に離れたのを確認してからそっと立ち上がる。
そしてあらためて周りを見渡し、どこか隠れられそうな場所を大雑把に探した。
すると、木々の奥、明りの点いていない小屋を見つけた。
遠目な上暗闇なので見えづらいが多分小屋だ。隠れるのにはもってこいだろう。
幸い、日の出になれば勝手に私の体は消えてくれるので、隠れてしまえば後は人目につかなければそれでいい。
周りに人がいないことを確認し、一気に奥の小屋まで走る。
なんとか小屋の陰まで走りきり、背中を小屋の壁につけて入口を探す。
引き戸なようなものも見当たらないが、どうやってはいろうか。
壁伝いに身をかがめて歩いていると、大き目な石が不自然にごろりと転がっていた。
違和感を感じて手を当てて、思い切って押してみる。
するとやはり、多少陥没した地面と、その石が塞いでいた穴が見て取れた。
うん、でも、これ、私入れるかな(サイズ的に)。
こんな抜け道じゃなくて、ちゃんとした出入り口から入りたいところだけど、あいにくほかの民家の明りに照らされて、この小屋の他の壁は調べにくいのだ。
悩んだ末、やっぱりここで突っ立ているのは危険なので、私のウエストを過信してチャレンジしてみようと言い聞かせる。
(頑張れ私のウエスト!胸は無いんだ上体は問題なく通れるはず!問題はウエストお前だ!!お前が本気を出せば私はここを通れるんだ!!)
自分に必死に言い聞かせるが、どんどん負ける気しかしなくなってきた。
いざ!と無駄に気合いをいれて私は匍匐前進のようにしてその抜け穴へ挑戦する。小学生の頃の障害物競争を思い出しつつ、更に黒で塗りつぶされたそこが見え、心がくじけそうになる。
いやいやくじけるな自分。また鉈を持った人に追い掛け回されるのよりましだろ!!
お腹に力を入れ、さぁ難関のウエストだ、と前に進もうとした矢先だ。
「…ぅ…、っ…」
思わずぴたりと停止してしまった。
それと同時に、今聞こえてきたのが泣き声、しかも子供の押し殺したような声に聞こえ、全力でこのままバックしたい衝動に駆られる。バックせずとも、はたから見れば今の私の恰好はさぞかし滑稽なものだと理解しているつもりだ(壁の穴から下半身だけ出ている現在)。
畳みかけるように子供の泣き声。止めてくれ。普段から怪奇現象に遭っている私ですが、ホラーに耐性なんてありません。怖いもんは怖い。
どうしたものかととまどっていると、顔の端を何かが横ぎった。
それは、ここのところあまり見ていなかったそれだ。
黒光りして、飛んで、生命力が半端ないあの人類の敵………
「んぎゃあああああああ!!!!」
「ッ!?」
思わず、絶叫してしまった。いや、だって!距離が!距離が今まで体験したことないぐらい近かったんだよ!!
足の数が数えられそうな距離だ(数える間でなく六本だろうが)。その人類の敵は、私の大声にビビったのか羽を広げて飛んでいった。
や、やばい。大声をだしてしまった。隠れるためにここに来たのに。私の馬鹿。
「……あなたは」
頭の中がそれでいっぱいだった私は、上から降って来た声に気が付かなかった。
聞き覚えのある声。
涙目になりながら、声の方を見上げた。
暗闇で目立つ白に目を奪われる。
しかし、その顔にはよく見覚えがある。
「丁くん……!!」
丁君だ。間違いない。今日はこの前と違って、清潔そうなまっ白い服を身に着けていた。それは暗闇に中ではよく映える。
驚いたようにこちらを見下ろしていて、漆黒に瞳が丸くなっていた。
「……どうして、ここに…」
「え、いやぁ、……また来ちゃった☆」
「………。」
「………。」
「………。」
「…あの、丁君…」
「…なんですか」
「こ…ここから出るの、手伝って」
語尾に星を付ける勢いで言ってみたら、幼子とは到底思えないような視線をいただいた。軽くトラウマですよ。やっぱり鬼灯さんの遺伝子持ちでしょあなた。
しかし仕方なさそうにしゃがみ込んで、私の手をとろうとしてくれた。
とたん、丁君の手が空を切ったのだ。
丁君が動いた訳でも、私が動いた訳でもない(というか私は動けない)。どういうわけだか、私の手は立体映像のように丁君の手をすかすかと通り抜けてしまうのだ。前回の夢の最後のように、私の腕が消えてしまっているわけでもないのだが。
「さ、さわれないね……」
「そうですね」
丁君が何度も何度も私の手を掴もうとしてくれているが、霧や煙を捕まえようとするようにうまくいかない。
うーん、この前会った時も、私が彼の頭を撫でようとして未遂に終わったし。
すごく残念だけど、この世界?夢?の中では、私はここの住人からは触れられないらしい。
「大丈夫だよ、丁君。頑張って出てみるから」
なんとか手を取ろうとしている丁君にそう言えば、無表情のままこくりと頷いた。私は再びお腹に力を入れて、小屋への侵入を試みる。
「よっ………、!!」
がんばれ私の腹回り!!ここで出れなきゃ、今回の夢は始終頭隠して尻隠さずで終わるんだぞ!!
そんな私の願いが叶ってか、ズッという音とともに前進の感覚。
「お?…おおっ!!キタコレ入れたコレ!!」
「…もうすこし静かにした方がいいと思いますよ」
やったー!!と浮かれていた私に、丁君の冷静なツッコミが降って来た。
そういや私隠れるために来たのに騒ぎすぎですよね。よくぞ今までばれなかったもんだ。
とりあえ前進し、部屋の真ん中あたりで立ち上がる。ああ、やっと二足歩行できた。今回ずっと腹ばいだったからなぁ。
もう意味はないと思いつつ、私は服を払う。
この小屋の中は確かに暗いhが、僅かに月明かりが差し込んで、丁君の顔はよく見れた。
状況が整ったところで、私は丁君の目線に合わせるように屈みこむ。
「改めて、久しぶり!丁君!」
「……そんなに日数たってませんよ」
「あぁやっぱり?」
実際私もそうだしね。時間の流れはこちらもそんなに変わらないようだ。
こちらを見据える漆黒の瞳は僅かに腫れぼったい気がする。
やっぱりあの泣き声はこの子か。
なにか辛いことがあったのだろうかと思いつつ、私は何気なく丁君の頭へ手を伸ばす。
丁君はやはり一瞬驚いたような表情になり、そしてぎゅっと目を瞑った。
この反応は変わらず、か。
そのまま丸い頭へ手を置くが、やはりすかりと通り抜けてしまう。
手を何度も握りしめたり開いたりしてみたが、ダメなようだ。
「うーん、触れないなぁ」
今度こそ撫でてあげたかったのに、と呟くと、丁君は相変わらず不思議な物を見るような目をしていた。
改めて、丁君の恰好をまじまじと見る。
全身白の着衣、頭には草をまとめて作ったような髪飾り(?)、そして同じく、首には勾玉を連ねたような首飾りが。
…これ、前回来た時はつけてなかったよね…?
「なんか、今日は一段と色々おしゃれだね」
どうしたの、これ。と自分の頭と首を指差しながら言う。
そういうと、丁君は一度下を俯いた。
え、待って。なんか突っ込んじゃだめなところか。
「…そうですね」
顔を上げ、返って来たのはそんなそっけない言葉。
しまった。これは地雷だったらしい。
「ちょ、丁君?」
慌てて呼びかければ、さっきの雰囲気はどこかに置いてきたように、いつも通り無表情な丁君が「はい」と淡々と答えてきた。
「なんですか」
「う、ううん。なんか突っ込んじゃいけない話かと思って」
「気にしないでいいです。…この恰好は、三日後に儀式があるのでその為に」
「そうなんだ。丁君も参加するの?」
「ええ、まぁ……、あ」
そういうと丁君は私の方を見て、私の足元を指差す。
指差されたほうを見れば、この前と同じ様に、足から薄らと消えかかっている。
どうやら朝らしい。ここは相変わらず暗いが、外に出たら明るくなっているのかもしれない。
「あー…もうお別れかぁ。もうちょっと話してたかったなぁ」
「…あなたは下手すれば殺されてしまう身です。早く帰れるにこしたことないでしょう」
なんて大人びてるんだ丁君。この年でこんなにしっかりしてるんだ、きっと大人になったらさぞ素敵な男性になるんだろう。今から期待である。
「うーん、そうなんだけどさぁ。丁君ともっと話したかったし。できることなら頭も撫でたかったし」
「……………。」
そういうと、またも目を反らされて挙句俯かれてしまった。
え、なんか今日丁君俯いてばっかだ。私が地雷を踏みまくってるのか。ど、どうしよう。何がいけないのか全然わからないぞ!
「ご、ごめん丁君!なんか私いけないこと言った?」
「っ、違います!」
咄嗟に謝れば、はじかれたように丁君がそう言った。
いつになく必死な表情に、つられて私も驚いてしまう。丁君も自身の反論に驚いているらしく、目を丸めて私を見つめていた。
私は私で、もう胸くらいまで消えているらしい。これだけ書くとホラーだが。段々視界が狭まってくる。
なんで、別れ際になって言いたいことはたくさんでてくるのだろうか。
「あっ、あのね…丁君、」
「名前をっ」
なにか伝えなくては、と言葉を模索していたら珍しく声を荒げた丁君に遮られた。
もうほとんど白で埋め尽くされ、まともに丁君の顔が見えない。それでも声のする方をなんとか見つめる、ようにする。
必死な彼が、必死に私に向かって言葉を紡いでいる。
「名…、教…く…っ!!」
耳も正常に機能しなくなってきた。私も何とか答えようと、声を張り上げる。暗かった小屋の中は、いつの間にか真っ白に輝いていた。
「私はっ…………!」
言い切れたかはわからない。
いきなり襲ってきた重圧に、私は飲み込まれるように意識を失った。
prev /
next