夢 | ナノ


▽ 12.春の山辺に




蒸し暑い夜。

こういう夜ってなんでこんなにアイスが恋しくなるのでしょう、というわけで、私たちは夜のコンビニに来ています。


12.春の山辺に


白澤さんと鬼灯さんが一緒に出掛けるというのは、以前白澤さんと買い物に行った帰り、鬼灯さんとたまたま出くわしたのが最初で最後だ。

白澤さんは嬉々としてアイスが置かれているクーラーボックスをかき回していて、鬼灯さんも今はそちらへ行っているようだ。
一方私はというと、雑誌コーナーへ行き、今日発売の漫画雑誌を立ち読みしていたところだった。
こういうところでファッション誌を真っ先に手に取らない辺り、あまり華やかな女子大生とは言えない…と思っている。
ざらざらとした再生紙の感触を名残惜しげに棚へ戻し、いまだにアイスで悩んでいるであろう二人の元へ向かおうとした時だ。

一冊のゴシップ誌と思われる雑誌の表紙に目が留まる。

でかでかと書かれた見出しは、「恐怖!!今年もやります、日本の心霊スポット特集!!」

うわぁ、と思わず口許が引きつるが、そっと手を伸ばす。
もしかしたら、この近辺で特集に組まれている地域があるかもしれない。そんな興味だ。
もしそうだとすれば、その心霊スポットに知らずに足を踏み入れるなんて失敗はしないし。

うん、今後の為のも見ておこうとページをめくる。

表紙をめくってパラパラと適当に特集のそれらを流し読みしていくが、あまり思い当たるような地名はのっていなかった。
ほっとしつつ、時折挟まるおぞましい写真にビクビクしていたら、どこかひっかかる名前が目に飛び込んできた。

なんだろう、この名前。ひどく平凡な名前なのだが、どこかで絶対見たことがある。

頭の中の記憶帳を高速でめくっていると、それは以外にもすっとでてきた。
名前の端に、カメラの文字。

思い出した。私のお隣さんだこの名前の人。

冴えないと噂のお隣さんだが、こんな堂々と特集されてる記事を担当しているなんて、なかなかじゃないか!
うん、心霊スポットの記事だけどね。

「…懲りないですねあなたも」

「うわぁ!!吃驚したじゃないですか!!」

思わず持っていた雑誌を押し付けるように棚へ戻す。
鬼灯さんが、上から覗き込むようにして私の開いていた雑誌を見ていたらしい。

相変わらずいきなり出てくる人だなぁ。

「よもやとは思いますが、その特集に組まれてたところへ行こうなどと…」

「考えてませんよ!ちょっと知り合いの名前が載ってたんで流し読みしただけです!」

「知り合い?誰?」

会計をすませたらしい白澤さんが、コンビニ袋を持って近づいてきた。どうやら会話は聞こえていたらしく、「ありがとうございましたー」という店員に声を背中に夜道へ戻りつつ話を続ける。

「あの心霊スポット特集の担当カメラマン、私のマンションのお隣さんだったみたいで」

そう言うと、二人ともいきなり神妙そうな顔になったのだ。
なんだろう、と急な二人の変化に目を丸くしているとおもむろに白澤さんが口を開いた。

「由夜ちゃん、あんまりお隣さんと関わらないほうがいいよ」

「…やっぱり妖怪とか悪霊絡みのお話ですか?」

薄々わかってはいたが、そう言えば、隣の鬼灯さんが同意を示して頷いた。

「あのカメラマンの方、由夜さんがマンションに越してくる前からあそこの部屋に住んでたんですか」

「はい、どのくらい前、とかはわかりませんが」

「由夜さんの部屋に以前からいるというあの女の悪霊、あれもおそらくその方が原因ですね」

え、と思わず馬鹿みたいに返してしまった。
補足するように、鬼灯さんとは反対側から白澤さんが口を挟む。

「きっとああいう心霊スポットとか撮影してて、たまたまそこの地縛霊かなにかだったんだろうね。そのままあのカメラマンに憑いてきちゃったんだよ」

「………。」

「由夜ちゃんとあのカメラマンが住んでるあたりは日当たりも悪いし、風水的にもあんまりいい相は出てない。たしかに妖怪とか悪霊が好みそうな場所だね」

中国神獣の名を冠する白澤さんが風水などと言うと、やたらと説得力がある。

あぁ、やっぱりあのマンションにいい思い入れはないなぁ。

「早々に、無理にでも引っ越しをすることが無難です」

「そうだね、特に由夜ちゃんみたいなそういうのに敏感な子が一人暮らしするのは危険だよ」

「………。」

そう、言われなくてもわかっている。

でも、私はこの二人なんと言われてもあのマンションを出たいとは思わなかった。
未練なんかではない。

だって、私があのマンションの、401号室に住んでいなければ、この二人とも会う事は絶対なかったのだ。

「由夜ちゃん?」

黙り込んだ私を不思議に思ったのか、白澤さんが上から伺うような声音で私を呼んだ。

引っ越した方がいいと言われた時、思わず飲み込んだ言葉。
引っ越しなんかしなくても、二人がいれば大丈夫ですよ、と。言いかけた。言いかけてしまった。

馬鹿だ、私。鬼灯さんと白澤さんとは、必ずお別れしなくちゃいけないのに。一緒にいることを当たり前を思っていた。
そのお別れも、そう遠くないはずなのに。

思わず短パンを握りしめ、目の奥でじわりとしたそれを耐える。

「引っ越しかぁ…」

なんでもないように、あくまで引っ越しについて考えこんでいたように呟いたが、ダメだ、きっとばれてる。
頭上で、何かを悟ったように息を呑んだ二人の気配がした。

「頑張ってお金ためたら…ですかね!」

「そうだね、バイトがんばるんだよ?」

誤魔化すように(絶対誤魔化せてないけど)無理矢理元気を出して言えば、間髪入れずに白澤さんからいつもの調子で返事が返って来た。
その返答は暗に遠くないお別れを意味しているように聞こえ、再び何か言いかけてしまったが、なんとかそれを飲み込む。

それ以降、私たちの会話は続かなかった。
何か言葉を発してしまったら、それが引き金となってしまうかもしれないから。何の、とは明確に伝えづらい。
ただ、私たちにとって、できるだけ触れたくないことだ。





そんな気まずい帰り道からしばらく経った、今は八時半。

夕食を済ませ、テーブルを畳み白澤さんと鬼灯さんの布団を敷いて寝る準備、というにはまだ早い時間。
なのだが、私たちは今テーブルを持ち上げて部屋の端に置きスペースを作っていた。

早めの寝る準備、というわけではなく、ただこれから行うことにはある程度のスペースが必要ということで片づけをしていたのだ。

ある程度片付き、空いたスペースへ必要な物を設置していく。

線香を白澤さんを挟んで焚き、真ん中に胡坐をかいて座る白澤さん。
なんでもいい、と言ったので適当にコピー用紙を手渡し、そこへマッキーでよどみなく何かを描いている。

描き終わったようで、私たちに向けて床へ置かれた紙面に描かれていたのは、

「…………………。」

「だから言ったじゃないですか」

なんて、形容すればいいのかわからない、生き物。生き物?多分、生き物。
動物のような耳がついているのはわかる。でも、これ、何の動物?

そう、この前私が白澤さんのちょっといいとこみてみたいー、とはやし立てたところ、彼が描いた絵は実物になって動き出すことが判明した。文字通りの神業である。
それを聞いたならば見てみたいと思うだろう。
私はコンビニへ行く前、その言葉をふと思い出し、おずおずと白澤さんに頼んでみたのだ。
少し驚いたのち、もちろんいいよと言ってくれた白澤さん。じゃあご飯食べたら実際やってみよう、ということになった。

もちろん鬼灯さんから反対された。
えー、いいじゃないですか。ダメです、見たら後悔しますし後悔しても具現化した絵はすぐに消えません、やめておきなさい。と。

いやでも、そこまで止められたら逆に見たくなってしまうわけで。
人間不思議と、触るなとか見るなとか言われてしまうと反抗したくなる気持ちを持ち合わせている。はずだ。実際私がそうだ。赤い非常用ボタンは悪戯心をくすぐる。

話はそれたが、制止する鬼灯さんをなんとか説き伏せて、こうして白澤さんの神業をありがたく見せてもらう事になった。

のだが。

今目の前で白澤さんが描き終わった絵。
ぶっちゃけて言おう、なにこれ。

この話を聞いた時も、白澤さんの絵は酷いって聞いてたけど。
酷いっていうか、それ以前になぜこうなったとツッコミをいれたい。

「………………。」

先生、白澤さん(の絵心)は、白澤さん(の絵心)は助かりますか。

「………………。」

ダメです、もう手は尽くしました。残念ですが……。

そんな会話が聞こえてきてもおかしくないほど神妙に、私と鬼灯さんは無言のアイコンタクトを送り合う。
白澤さんは集中しているらしい。こちらのやりとりには気づいていないようだ。

ぶつぶつと何かを呟きながらゆっくりとステップを踏み、彼が描いた絵を見つめている。

本来だったら固唾を飲んで絵が動き出すのを今か今かと待つ場面なのだろうが、生憎今の私は、あのおぞましい動物が動いてしまうんですか勘弁してください今すぐにでもあのステップに飛び蹴りをいれて強制終了させたい鬼灯さんやっぱりあなたが言ってることは正しかった、とただただ懺悔するばかりである。

ステップを踏み終わった白澤さんは、そばに置いてあるお水を飲み、紙を持ち上げて、ふっと息を吹きかけた。

途端、描かれた絵が氷の上をすべるように紙面から抜け出し、音もなく、本当に紙切れのように(実際紙のようにうすっぺらかった)床へ落下した。
暫く三人でその生き物(?)を凝視している。

それはぶるぶると痙攣しながらなんとか立ち上がろうとしている。生まれたての仔馬、という表現をこういう時使うのだろうが、

(むしろ、エイリアンの誕生を見てるっていう方がしっくりくる)

そんなこと口が裂けても言えませんが。誰か、プ○デター呼んできて。

おぼつかない足取りで立ち上がり、それはニャーンと鳴いた。ニャーンってことはこの生き物、

「あっ、猫か!!」

「えっ、由夜ちゃんなんだと思ってたの」

「エイリアン以外の何物でもないと思いますけど」

あぁ、鬼灯さんと心が一つになってたよ私。

ぶーたれながらその未知の生き物(猫好好ちゃんと白澤さんは命名していた)を抱き起こし、頭をなでる白澤さんの図は極めてシュールだ。本人が満更でもないことが相俟って。
そして私も学習する。好奇心のままに動くな、以上。

「ほらかわいいでしょ由夜ちゃん」

「うわぁあああああ止めてください近づけないでー!!」

「あ、ごめん猫嫌いだった?犬なら大丈夫?」

「すいませんすいません好奇心のままGOサイン出した私が馬鹿でしただから筆をおきましょう!!ね!!白澤さん!!」

「重ねて言いますが、それ、三日は消えないらしいですよ」

ぴとりと足に感じた違和感。
嫌な予感を感じつつ見下せば、猫好好ちゃんが私の足にすり寄っていた。
ブラックホールのような瞳と目が合う。

ぎゃああああああ、と、何度目かしれない私の悲鳴がマンションに木霊した。
住人の方々本当に騒がしくて申し訳ありません。今度菓子折りもって土下座して回ります。



アトガキ 
題名と季節の矛盾は目を瞑ってください

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