夢 | ナノ


▽ 10.ひぐらしのこゑ




※原作五巻のネタバレ・そこからの妄想注意



暗闇の中、ふわりと身体が浮いた気がした。

妙な浮遊感。これは、一体、何だろう。

10.ひぐらしのこゑ

冷たい。
ひやりとしたものが顔にあたって目をさました。なんだろこれ。
やたらと頭が重く、思わず呻きつつ顔を上げた。そして体中に違和感が。

「え、なにうわっ!?」

身体を起こすと服はぐちゃぐちゃに汚れていた。泥だらけ。もともと明度の高い服だったため、やたらと汚れが目立ってしまう。なんてこと。

ていうか私に寝てたよね。なんで寝間着着てないの?なんでここ私の部屋じゃないの?
ていうか私今どこにいるの?

どうみても屋外である。緑臭いこのあたりからは人が住んでいる様な感じはしない。人里離れた林。そんな感じだ。

「か、勘弁してよ……!!」

夢だと思いたい、よね。
薄暗い中、きっと日の出前だと田舎で培った勘がそう告げる。私は多少冷えた身体を起こして泥を払う。

そして思いっきり頬っぺたを抓りあげた。痛い。

「夢じゃない…」

なん、だと…!?と、混乱に陥る私。思わず足を滑らせて転倒するくらい混乱している。ああこれでまた泥を払った意味がないじゃないか。
再び泣きそうになりつつ服を叩き、やっと暗闇に目が慣れてきたので目を凝らしつつ進む。
特に足元に注意しながら。またさっきみたいに足滑らせたりするのはごめんだ。

木の葉の間からチラチラと見える夜空へ目をやれば、やはりまだ太陽が出てくる兆しはない。
はやいとこ明るくなってくれないと、動くに動けないぞ。

仕方なく、その場で膝を抱え込もうとした瞬間。
ふと空に光るものが見えた。

なんだろ、あれ。

星ではない。ぼんやりと儚げに揺れるそれは、

「火の玉…」

だ。多分。
幼いころお墓参りに行ったときに見たことがあった。もう見たくないとは思っていたが、鬼火のそれがいくつも空を妖しく漂っている。

それはなんとも怪しげで、妖怪や妖の恐ろしさを知らない人が見たら魅了されるとさえ思える光景であった。

ここで妖怪とかには会いたくない。土地勘もなにもない場所で出会ったら完全に初手から積みだ。
なるべく隠れていよう、と後退して頭を覆うとした瞬、

「…誰ですか」

「うわぁあぁあああああああ!?」

不意打ちだ。

いきなり横から声をかけられ、身体が思わずはねた。
慌てて声の方を振り返…

ろうとしたのだが、またも木の根を踏みつけ、今度は頭から派手な音をたてて転倒した。さっきの比ではない。ていうか、目になんか!なんか入った!!

「目がぁああ目に泥がぁあぁ!!」

「……大丈夫ですか」

一人で目を抑えてム○カやっていると、隣から冷静なツッコミが飛んできた。
涙目ながらそちらをみれば、

まだ十にはなってないであろう子供。
しかし、手入れをすればさぞ綺麗であろう黒髪、きりりとつり上がった瞳。
見覚えがある、この子は、この人は。

「ほおず…き?さ…?」

「…?」

思わず私が呟けば、子供は不思議そうに首を傾げた。
しかし、瓜二つだ。鬼灯さんと。
鬼灯さんの遺伝子は間違いなく持ってるでしょ。

「鬼灯がどうかしましたか」

「え、いや…」

どうやら、鬼灯さんではないらしい。
…他人の空似っていうけど、ここまできたらクローンだ。
どうしてもその子をまじまじと見てしまい、やっと私が不審者だってことに気が付く。

いきなり声かけたら叫びだして、転んで、挙句にム○カ、そして気持ち悪いど凝視されてみろ。私がこの子の立場だったら110番してる。

「ご、ごめんなさい」

「いえ、別に」

三度服を払う事になるとは。溜息を吐きつつ八つ当たりをするように服を叩いていると、下から送られてくる視線にふと手を止めた。
漆黒の二対が、私を見ている。今度は私が凝視される番か。

「……どうしたの?」

「…あなたは、ここの村の方…ではないですよね」

「うん、違うよ」

「どこから来たんですか?何故こんなところに?」

質問攻めをくらってしまったわけだが、私にもいまいちわからないのだ。わからないものは答えようがない。

「ごめん、私もよくわからないんだ」

「…なぜ?」

「え?うーん…なんか気が付いたらここにいて、…実は帰り方もわかりません!!」

あ、鬼灯さんと白澤さんの気持ちがちょっとわかるよ私。私も絶賛迷子だよ今。泣きたい。
なんでこのごろこんなに超非現実的なことが立て続けに起こるのかなぁ。やっぱり鬼灯さんと会ってからだよな…

「…大丈夫ですか、遠い目してますけど」

「ウン、ダイジョウブ…」

いや全然大丈夫なんかじゃないけどね。
こんな小さい子に愚痴れないからね。

まぁ、いままで不可思議なことは腐るほどあったんだ。きっと今回もどうにかなるさ。と、無理やり自分をポジティブにする。

「…君は?名前なんていうの?なんでここにいるの?」

心配されたままでは居心地も悪く、その子へ質問を投げかけてみれば淡々と答えが返って来た。

「私は丁です。今晩は寝る場所がないので、この近くで寝てました」

「うん、丁君ね」

寝る場所がないってどういうことだろう。そして名前からして、きっとここは現代の日本じゃないということも理解した。
このこの来てる服も、洋服じゃないし。

「…あなたは私を卑下しないんですね」

「え?」

じゃあタイムスリップか。いよいよ化け物じみてきたな私…と思っていると、その子からぽつりと独り言のような問いかけが聞こえた。
卑下ってなんだっけ、見下すとかそんなんだっけ。なんて難しい言葉使うんだこの子。

「なんで?」

「…いえ、なんでもありません、あなたの住んでいるところには、きっと丁などいないんでしょう」

「…?」

自己解決できたのか?これは。
うん、まぁいいか。どのみち追求したとこで私についていけなさそうな話題だ。こんな小さな子の話についていけないとか悲しくなるが、なんといってもここは私の常識が通るとは思えない時代なんだ。黙っておこう。

「…そうだ。丁君、ここら辺村とかある?」

「はい、ありますよ。この林を降りて行った所に」

「ほんと?じゃあ、そこで話とか聞かせてもらいたいんだけど」

「やめておいたほうがいいと思います」

早速林を出ようと踏み出した瞬間、少し強めの声音が聞こえ、その上服の裾まで引っ張られた。
危ない。危うくまた転ぶとこだった。

「な、なんで?」

見下ろせば、切羽詰るような丁君の顔。
とりあえず、その場にかがんで彼と視線を合わせるようにする。そうすると、どこか驚いたような表情を一瞬見せたが、それは本当に瞬く間であった。

「あなたが村へ行っても、部外者だと追い立てられてしまいます」

「えぇ、そっかぁ…」

「それどころか、あやかしの類かなにかかと思われて殺されてしまうかもしれません」

「嘘?!」

それは酷いと思ったが、改めて自分の恰好を見れば納得。この時代ではまず見かけないであろう洋服。こんな恰好でいきなり村へおりていったら、村の人々からどんな風に私が移るかは明白。

「そ、そうだね…ありがと、教えてくれて」

危うく命の危機だった。危ない危ない。お礼の意も込めて丁君の頭を撫でようと、手を伸ばす。

「ッ!」

「え」

すると、手を伸ばした瞬間、丁君は驚いた様に目を瞑った。
まるで、殴られると感じた子供の反応だ。いや、実際子供だけどさ。

痛みが降りかかってくるのを待つかのような彼に、私も驚いて手を引っ込めてしまった。
なんか怖いこと、したかな、私。

「…丁君?ごめんね、嫌だった?」

撫でられるの、と言えば、恐る恐るこちらを見上げてくる。
もう一度重ねて謝り、さてこれからどうしようか、と思い直す。

できれば早く帰りたいなぁ。どうやって帰るのかはわからないけど。朝日が出たら帰れる、とかないかなぁ。
しかし、まだ日は出ていない。目が慣れたとはいえ、辺りは真っ暗である。

そういえば、さっき丁君、寝る場所がないって言ってたな。

「ねぇ、丁君」

「…はい」

「寝る場所がないってさっき言ってたけど、普段丁君どこで寝てるの?」

「いつもは村の、小屋の近くに寝床をもらってます。でも今日はそこで一晩中村の話し合いがあるので、私の寝る場所がなくなってしまいました」

「…そっかぁ」

小屋の近くで寝てる、という言葉に突っ込もうかさんざん迷ったのだが、この時代、一家族に必ずしも一軒家があるとは限らないもんな、と納得して言葉を慎む。
話し合いかぁ、次の役員班どうする?みたいな話なんだろうか、こっちのマンションみたいに。

ふと周りを見れば、さっきまで視界の端にちらついていた火の玉が消えていた。

「…あ、消えてる」

「なにがです?」

「ううん、こっちの話」

やっぱ見えてなかったか、と思いつつ目を擦っていると、ちかりと光が入ったのを感じた。

はっとしてそちらへ目をやれば、山が立ち並ぶそこから光源が姿を現していた。
日の出である。

「あー、やっと朝だよ…」

「そうですね」

バサバサと、頭上で鳥の羽ばたきと木を揺らす音がした。
太陽が出てからというもの、辺りはじわじわと生命の活動が明確になってくる気がする。

思いきり深呼吸すれば、香る草木の香り。
なんだか、田舎を思い出す。

「…あ」

ふいに、丁君が驚いたような声を出したので慌てて振り返る。
何事かと思えば、私を見て瞠目していた。

「ど、どうしたの??」

「足が…」

それ、と私を指差す丁君。
足元を見下ろせば、なんと、私の足が幽霊のように透けている。

「うわぁあああ!?えっ、なにこれなにこれ!?」

どうしよう!!と丁君に聞いてみるが、もちろんそれでどうにかなるわけでもなく。
それでも逃げずにここで私と一緒におろおろいてくれているだけで十分だ。私だったら、いきなり目の前の人の足が消え始めたら間違いなく逃げ出す。

「あっ」

もしかして、これ、このまま消えれば帰れるかな。どうやら私の希望通り、日の出とともに私はここから消えるらしい。足先からぼやけた私は、どんどん浸食が進みもう胸の辺りまで消えかかっている。

「帰れる、のかなぁ?これ…」

「帰ってしまうんですか」

はっと丁君を見れば、ものすごく悲しそうな顔をした丁君が立っていた。
ちょっとつつけば今にも泣いてしまいそうである。

もしかして、そんなに私とのお別れを悲しんでいてくれてるのか。
嬉しい反面、泣かないで、とも思う。

「な、泣かないで丁君。ね?」

「泣いてません」

「また会えるよ!」

「……。」

納得しがたい顔だ。そりゃ、また会えるなんて保証はどこにもないんだ。
すんなりそうですね、なんてお別れにはなれない。

「ちょ、丁君…」

今度こそ、と俯いている頭へ手を伸ばしたのだが。指先どころか、もう手首辺りまで、無かった。いや、消えていた。
すか、と空を切る私の腕。
察したように丁君が顔を上げるが、どうやら頭を撫でてあげることは叶わないようだ。うーん残念。

「今度会ったら、撫でさせてね」

と笑って言えば、驚いたように目を丸くする彼。こんな顔をすれば、やっぱり年相応に見えるなぁ。

そして、丁君がなにか言いかけたが、それを聞き取る間もなく私の視界は白で埋め尽くされた。




「あぁ、丁。どこにいってやがった」

小屋へ帰れば、話し合いに出席していた一人の男が赤い顔でやってきた。
酒臭い。
どうやら会議というのは名目で、さっさと取決めてしまって飲んだくれてたんだろう。

思わず顔をしかめつつ、受け応えをする。

「すみません」

「相変わらず生意気な面ァ下げてんな。鹿の皮剥ぎ、やっとけよ」

「…、はい」

腹を乱暴に足裏で押され、斜めによろめくが毅然として答えた。
それが気に食わなかったのか、男が更に圧をかけて腹を押してくる。

暫く何もいれていない胃は、吐き気はしても吐くことは叶わなかった。

「おい、なにやってんだお前」

そんな男が、うしろからやって来た髭面の男からぽかりと殴られた。いてぇと漏らす男を無視して髭面の男は続ける。

「それは大切な生贄だろ。神に捧げる前に死んだらお前が代わりにいけにえになるか?」

「おぉ、おぉ、そうだったな。いけねぇ」

「しっかりしろよ。まさか酒盛りで話し合いの内容も飛んじまったんじゃないだろうな」

あぁやっぱり、と思った。

男が口許に笑みを浮かべつつ、見下ろして言った。

「そういうことだからよ、丁。もしこのまま一週間雨がふらなかったら、お前を生贄に出すことに決定したからな」

「昨晩の話し合いの結果だ。恨むなよ、丁」

恨むなら、とうの昔に私はお前たちを呪っている。

そう心の内でつぶやき、「はい」と返事をした。
男たちがその場を後にすれば、話し合いをしていた小屋からぞろぞろと出席していた者たちが出てきた。
皆一様に酒の臭いをまとい、赤い顔をしている。きっと、悩む間もなく早々に話し合いが終わったので、話し合いとは建前、酒盛りで幕を閉じたのだろう。

しかし出てきた者は、自分をみるなり楽しそうな表情を一変させ、憐れみのそれを送ってくる。
それと同時に垣間見える安堵の表情。
自分の身内に被害が及ばずに済んだ、ということだとはすぐ理解できた。

そんな視線を受け止める中、ついさっき会った不思議な女性を思い出す。

こんな自分に手を伸ばしてきた彼女。
そしてそれを遠回しでも、拒絶した自分。

「………。」

あと一週間。
自分に残された時間。

死ぬことに悔いはなかった。
しかし、今は一つだけ。

また会えたらいいな、と。



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