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芳泉学園は良家の子息を多く抱える全寮制の男子校だ。
在籍する生徒の半数以上が、政界や財界に影響を与える家柄にあり、旧華族といった名家出身者も珍しくはない。
生徒たちは強固な家格意識に支配されており、学内のヒエラルキーもそれに準じている。
上流階級者の多さやそれに伴う校内限定の常識は、芳泉学園の第一の特色として挙げられるだろう。
そして第二の特色が、教育水準の高さである。
巨額の費用を投じて整えられた設備は充実しており、生徒たちは良質な授業を受けられる。
幼稚舎から始まる一貫教育によって育まれる学力は、外部からの受験者や編入希望者にとって高い壁となっていた。
だからこそ、これはあり得ない。仮に事実ならば、なぜ今まで表に名前が出てこなかったのか疑問が残る。
全国模試の順位表では、一度として見たことのない名前。
「全科目、満点……裏口以外あり得ないだろう」
俺は取り寄せたばかりの編入生の資料を、デスクの上に放り投げた。
――編入生が来る
事務所からのメールを受け取った日から、指折り数えてそのときを待っていた。
今回に限って事務所のガードが固く、件の人物の情報が手に入ったのは、編入日当日。
果たしてどんな生徒がやって来るのか。期待しながら目を通した資料には、簡潔なプロフィールと全科目満点という異様な編入試験の結果が記されていた。
繰り返すようだが、芳泉学園の学力は全国トップクラスだ。編入試験の合格率は絶望的に低く、ここ数年は一人もいなかった。
その狭き門を潜り抜けたとしても、すべてにおいて満点だなんて信じられない。まず間違いなく、不正が行われている。
滅多にない編入生というから、「何か」があるに違いないと期待した俺は馬鹿だった。
聞き覚えのない苗字、凡庸極まりない経歴、裏口確定の成績、そして空白の写真欄。
「何か、どころじゃないな」
すべてが怪しく、すべてが不自然。
最高だ。
たかだか数枚の紙切れで、これほど俺の興味を惹いた人間は初めてだ。
込み上げる笑いも、沸き立つ好奇心も、抑制し切れない。
生徒会室の壁掛け時計を確認すると、俺は勢いよく席を立った。
同時に、扉が開かれ見慣れた男が入って来た。
窓から差し込む太陽光で眩く光る金髪と、その下の端正な顔。けぶる睫毛に縁取られた
碧眼が、出かけようとする俺を捉えて不思議そうに瞬いた。
「おや、どちらに行かれるんです。私も今から編入生を迎えに――」
「俺が行く」
「これは珍しい。どういう風の吹き回しですか」
生徒たちから「王子」と呼ばれる男は、その美しい顔に小さな驚きを乗せた。
どうもこうもない、自分の眼で確かめる必要があると判断しただけのこと。
編入生は俺の「退屈」を殺してくれるのか。
編入生はどんな変化をこの学園にもたらしてくれるのか。
俺はうっすらと笑みを浮かべると、囁くように答えを紡いだ。
「予感を確信に変えに行くだけだ」
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