ぷれぜんと | ナノ
日頃の行いの悪さって人生に影響するのだろうか。
悪さって言っても、私の場合は遅刻したり授業をサボったりと可愛いものだ。それなのに過大なバチが当たった気がする。目の前をすごいスピードで飛んでいった見覚えのある鳥の姿を見て思った。
「兄ちゃんなんか嫌いだ…」
兄ちゃんが私におつかいなんて頼まなければ、このよく分からない状況には陥らなかったはずだ。よく分からない状況、それは所謂トリップというやつである。私の推測ではあるが、ここは私の住んでいた場所ではない。そもそも次元が違う気がする。なぜなら。
「ピジョン発見」
明らかにただ者じゃない鳥やら虫やらが視界に入るからである。もう一度だけ言わせてほしい。兄ちゃんなんか嫌いだ…ポテチくらい自分で買いに行け!おかげで妹はポケモンの世界にいるよ!
いやそんなことはどうでもいい。とにかくここを動かなければ、何やら野生のポケモンたちが私を警戒しているようだ。明らかに殺気を向けられている気がする。
よ、よし。まずは一歩踏み出してみよう。話はそれから、
「ぎゃあああ!なんか囲まれとる!ネズミに囲まれとる!」
私が一歩を踏み出す前に、紫色のシルエットが懐かしいネズミたちが飛び出してきていた。ゲームではレベル上げの踏み台にしてきた彼らが、今ではかなり強そうに見えるのが不思議。これが現実ってやつか…。
じりじりと距離をつめてくるネズミたちに身震いした瞬間、近くの草むらから勢いよく何かが飛び出してきて、私の前に堂々と立ちふさがった。
「チ、チコリータ…」
私を守るように小さな体を精一杯大きくしているのは、なんたら博士に最初にもらえるポケモンの内の一匹だった。可愛らしい外見とは裏腹に、鋭い鳴き声を上げてネズミたちを威嚇している。
ネズミたちは突然の敵襲に動揺しているらしく、視線をさ迷わせて混乱している。もしかしなくても今がチャンスなんじゃ…。ちらりとチコリータを見ると、微かに震えていた。
怖いのに、助けてくれたんだ。次は私が勇気を出す番じゃないか…?奮い立て、私!
「よし!」
自分を励ますためにかけ声を上げ、私はチコリータを両手で抱きかかえるとネズミたちを驚異の跳躍力で飛び越えて駆け出した。途中からはわけの分からない叫び声もオプションにつけて走る走る。腕の中でチコリータがもぞもぞと動くのが分かったけど、今は立ち止まる時間はない。ごめんよチコリータ。
しばらく走って、民家らしきものがたくさん建っている場所が見え始めた。よし、あそこまで行ったら安全なはずだ。息切れが予想以上に重い中、私は汗だくで町らしきところへ転がりこんだ。
両膝をついて息を整えていると、腕から抜け出したチコリータが心配そうにこちらを見上げていた。小さい。可愛い。
「さっきはありがとう」
柔らかい前足をにぎにぎしながら頭を下げると、チコリータは少しだけ照れくさそうに鳴いた。
そして、息が落ち着いてきた私の洋服の裾をくわえて、どこかへ導くように引っ張り始めた。どこかへ案内してくれるのかな。なら着いて行こう。この子は信用すべきだ。
「あ、こんなところにいた!」
と、突然男性の大きな声が聞こえ、そちらを見てみると私の方へ走ってきた。なんだなんだ、私に何か用だろうか。
「ダメじゃないか、勝手に研究所を抜け出したら」
どうやら私に用はないらしい。それはそれで虚しいものがあるけどそれは置いておこう。まずは元気がなくなったチコリータの弁解をしてやらなくては。発言からしてこの男性はなんたら博士だろう。
「すいません、この子は私を守ってくれようとしたんです。迷子になって野生のポケモンに襲われかけてて…」
「本当かい?大丈夫だった?怪我はない?」
「はい、この子のおかげです」
私がしゃがんでチコリータを抱き上げると、博士はちょっとびっくりした顔をして、次第に笑顔になった。チコリータは大人しく私の腕の中から博士を見ている。
「そのチコリータはね」
このタイミングでなんか博士が語り出した。
私は得意のスルースキルで博士のタイミングの悪さをスルーして、軽く頷いて続きを促した。博士もゆっくり頷いて、チコリータの頭を撫でながら再び口を開いた。
「選ばれても絶対に冒険に行かない頑固なやつでね」
「選ばれても…?」
「僕は新人トレーナーに三匹のポケモンから一匹を選んでもらって、旅に出るトレーナーを送り出しているんだ」
存じております。
なんて言えないので、わざとらしくないように相槌を打つ。知らないふりって大変だな。
「当然、チコリータを選ぶ子もいるんだけど…このチコリータはどうしてもついて行かないんだ」
「そうなの?」
腕の中のチコリータに尋ねると、チコリータは小さな前足でたしたしと私の鎖骨辺りを叩いた。よく分からないまま頭の葉っぱを撫でてやるとふにゃりと脱力した。リラックス作用があるのかな。
「もしかしたら…」
「え?」
「チコリータは君を待っていたのかもしれない」
博士が言った途端、チコリータが大きな鳴き声を上げた。え、本当なの?私なんかを待ってたの?
博士はうんうんと頷いて、ゆっくりとチコリータの目を見つめた。私はどうしようもなく突っ立っているしかない。間抜けすぎる。
「君は、この人と行きたいんだね?」
博士の言葉にチコリータはくっきりはっきり返事をした。なぜ懐かれたのか謎すぎるけれど、どうやら色々なトレーナーを素気なく断っていたチコリータが私を相方に選んでくれたらしい。正直、この世界の原理を理解できていないから味方ができるのは有り難い。なにより可愛い。
「それなら、君にチコリータを任せてもいいかい?頑固だけど芯は強いから、きっと君を助けてくれるよ」
「はい。よろしくね、チコリータ」
『よろしゅう。早う名前をつけてくれたら嬉しいわ』
「…ん?誰?」
どこからか聞こえた少年みたいな声に首を傾げると、博士も不思議そうに首を傾げた。博士には聞こえなかったみたいだ。私にだけ聞こえた…?霊…?
ぶわ、と鳥肌が立った瞬間に呆れた顔をしたチコリータに腕をぺちりと叩かれた。
『こっちやこっち。トレーナーを決めたときから、トレーナーにだけ声が聞こえるって話みたいやで』
「あ、そうなの…」
『せやから、もう僕のトレーナーはあなたや』
「それは知ってる」
混乱したまま返事をすると、チコリータはそれはそれは嬉しそうにすり寄ってきた。私が知ってるポケモンの設定とはかけ離れているけど、心強い味方にこんなに可愛くて頼りになるチコリータがなってくれたんだから、前向きに頑張ることにしよう。
まずは博士にたかって衣食住の安定と、暇だからチコリータと一緒に冒険をしてみようかな。名前もつけてあげなきゃ。
よし、少しだけ兄ちゃんに感謝してやることにしよう。
▼「唐突」ひやまさよりいただきました
ポケスペを読む度にいいな、と思ってた頃がありまして。それでポケモン世界へトリップという無茶なお願いを聞いていただきました(^_^;)
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