ぷれぜんと | ナノ
窓から見下ろす街並みに感じる違和感はまだ拭えていない。ここに来てもう一ヶ月は経っただろうか。なぜこんなことになってしまったのかは私自身も分からないし、皆目検討もつかない。
「落ちてきましたからね」
「落ちて…やっぱりそうですよね」
落ちてきたのだ。落ちて。彼は双熾さん、この部屋の主である。文字通り、約一ヶ月に私は彼の部屋落ちてきたらしい。
双熾さんがそう言うのだから間違いないのだろう。その時、双熾さんは和服で日本刀を構えていた。いきなり見ず知らずの場所に現れたことよりも、そっちの方が私は驚いた。銃刀法違反ですし。後から聞くと、あの姿は変化だとかいうものらしく、先祖に妖怪をもつ先祖返り特有のものだとか。あまり詳しくは分かりませんが。
それからは双熾さんと住所を頼りに自宅や通っていた大学も探してみたが見つからなかった。無いのだ。建物云々ではなく、存在自体が。この時点で私は顔面蒼白なわけで。そんな私を心配してくれたのか、双熾さんは自分の部屋に居候させてくれている。
「やっぱり、世界そのものが違うんでしょうか…」
「なまえさんの周りには妖怪や、先祖返りといった人物はいなかったのですか?」
「いなかったというか、」
いたかもしれないし、いなかったかもしれない。この世界と同じように、一部のを除いて存在を知らない人間の方が多いだけかもしれない。でもまぁ、そんなことも今となってはどうでもいいんだけど。
「きっと時間が解決してくれますよ」
「…私、双熾さんにそう言われるととても安心してしまうんです」
「そうですか?」
双熾さんは目を細めて優しく微笑んだ。この笑顔に何度助けられたことか。
「双熾さん…あの、以前も言いましたが、やっぱり敬語はやめて頂けると嬉しいです」
「あ、すみません……癖だからなあ」
「私は大学生で年下なんですから、敬語はいらないのですよ!」
頑張りますね、そう言う双熾さんの表情は少し強ばっていた。先日会ったこのマンションに住む女の子に対しても彼は敬語で接していたから、本当に癖になってしまってるんだなぁと少し尊敬。
「双熾さん、双熾さん」
「なに?」
「私、他の住人さんにも会ってみたいです」
数秒の間をおいて、双熾さんの綺麗な顔が少し歪んだのに気付き、なにか不味いことでもを言ってしまったんだと少し後悔した。
「ごめんなさ…」
「違う、違うんです。なまえさんの言葉で不愉快になったとかではなくて、少し驚いただけだから」
「驚いた…?」
驚いたとは、どういう意味だろう。一ヶ月もいれば、最初は焦りと不安で視界にも入らなかったようなことも気になってくる。理由が知りたくて見つめ続ければ、耐えきれなくなったらしい双熾さんが「驚かないでね」と困ったような笑顔で言った。
「なまえさんと暮らし始めて一ヶ月程度しか経っていないのに、何故か貴方を他の人には見せたくないと思ったんだ」
「……それは、もしかして」
「独占欲、だろうなぁ」
自分に言い聞かせるように呟いた双熾さんは自嘲気味に笑った。その姿が、私の眼にはとても儚く映ったのだ。
「今の私は、貴方無しでは生きていけません。双熾さんは、私のご主人様なんです」
ここまで言うと、彼は目を見開いた。
「一ヶ月程度しか経っていないのに、双熾さんがいるなら元の世界に戻れなくてもいいかもしれない、なんて思ってしまう私を笑いますか?」
何も言わずに、双熾さんは私の頭を撫でながら優しく微笑んだ。
それは、私の大好きな笑顔だった。
(他の住人に会う?)
(よければ…!)
(変人が多いけど)
(ある程度なら大丈夫です)
(目についたものをSMで分ける人とかいるんだけど…)
(やだこわい)
▼「EMPTY!」几城さまからいただきました^^
わーい^^双熾とトリップお話です!ありがとうございました。そして最後の最後で杉田、じゃなかった(←)、かげろうさんの登場。(名前だけだけど)
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