ぷれぜんと | ナノ


「臆病者、何故戻ってきた。」

「…」

「お前に期待している者など、お前を必要としている者など、此処にはいないことは分かっておろうに。」


酷く冷たい目、鋭く研ぎ澄まされた言葉が降ってくる。自分だって、そんなこと分かってるよ、なんて喉まで出かかった言葉を飲み込んで私はただただ膝の上の自分の掌を見つめた。その時、スパァンッ、と障子の開く音。驚いて顔を上げれば、そこにはド派手な金髪。


「っなまえ、ほんまになまえか!?」

「きん…ぞう?」


きらきらと光る髪の毛は、あの時とまるで違うけれど。お世辞にも良いとは言えない目つきとか、少し大型犬っぽいとことか、こうやって何も考えずに突っ込んできて、私の手を掴むところとか。そして私は手を引かれるがままに立ち上がって、その場から去るのだ。後ろから私の名前を叫ぶ声だとか、周りの好奇の目だとか。そんなの気にしてられないくらいの速さで金造は走る、走る。腕を引かれる私も、走る。


そして辿りついたそこは、向日葵畑だった。息を整えながらぼんやり、それを眺めているとくいっと服の袖を引かれる。どかっと胡坐をかく金造の横にゆっくりと腰を下ろした。


「中学校卒業ぶり、か」

「そうだね。」

「…一回も顔見せんわ、手紙も寄こさんわ、やのにひょっこり顔見せるし。
ほんま何なんやお前」

「だって私、あの家嫌いだもん」


少し水分を含んだ夕方の風に吹かれながらぽつり、呟いた。人差指を小さく動かしながら小さい頃に何度も叩きこまれた呪文を唱える。するとゆっくり、その手を金造に掴まれた。


「魔術、まだ使えるんか」


私の家は代々から優秀な魔術師を輩出する名家。私のお姉ちゃんも、妹も今は優秀な魔術師として祓魔師を目指している。でも、私は違う。落ちこぼれだった、というわけではないけれど、祓魔師にはならない道を選んだのだ。勿論周りからは逃げた、と非難され罵られた。現にこの街に私の居場所なんてない。


「まあ、ね。この術は一番体に染みついてるし」


そう言えば金造は懐かしむように「そうか」と呟いた。初めて使えたこの術、真似しようと頑張る金造の隣で何度もやって見せたっけ。結局金造はこの術を使えず終いで悔しがってたよね。


「そうだ金造、皆変わった?竜士様も、子猫も廉造も、柔造さんも」

「せや、なあ。竜士様は不良やし、廉造はエロ魔神やし。子猫と柔兄は…うーん。」

「…そっか。でも金造は変わってないよね、馬鹿なとことか」

「なんやてぇ!?」


くすくす、小さく笑えば金造はぐしゃりと私の頭を撫でた。きっと、私のその言葉の意味が分かっているんだろう。私が口を開こうとすれば、ゆっくりと掌で制止された。


「言わんでも、分かっとる」

「…馬鹿、ほんと馬鹿」

「何とでも言えや、後で一発かますけどな!」

「…っ馬鹿」


目の前が段々と霞んでくる。ようやく小さな嗚咽を溢せば、やんわりと腕を引かれてそのまま温もりの中へ押し込められた。吐き出そうとした言葉が全部喉につっかえて、苦しくなって。ぽんぽん、と優しく背中を叩くその手に、また苦しくなって。


「きんっぞ、」

「俺は、ずっと待っとった、なまえの事。あの日からずっと」


耳元で囁かれる、優しい声。
夢見て羽ばたく周りの子達が羨ましかった。だから私を縛る掟が、家族が嫌いだった。本当は苦しかっただけなんだ。ぼろぼろとどんどん涙を作っていくその目を、ぐしぐしと擦る荒々しいその手の動作は昔と一つも変わってなくて。転んで私が泣いてる時も、怒られて私が泣いてる時も。いつもそうやって手を伸ばしてくれて、私が泣きやむまでずっと握っててくれたよね。

(もう一度、その手を握ってもいいのかな。)

でも、と揺れる私の心。悩んで、宙を彷徨う私の手。すると不意に、金造がその手をぐいっと引っ張った。ひんやり冷え切った私の手を、金造の優しくて温かい手が掴む。


「迷う必要なんてないやろ、」

「金造、」

「お前は俺の手を握っとればええ、ずっと、そうやってきたんやから」


「やから、もう俺の前から居らんなるな」なんて。私を包むその体温が、もういいよって私を許してくれてるみたいで。いいのかな、もう、いいよね。私はゆっくり彼の体温に身を預ける。


「周りのやつらなんて気にせんでええ、俺だけを見とけばええ。」


向日葵畑の中、明くる日の私と金造の小さな背中が見えた気がした。




向日葵畑

▼「群青」tmさまよりいただきました
金造は漫画ではサブにあたりますけど、ちょっと馬鹿っぽいところが愛らしくてすきです。青エク、実は最終巻まだ買ってませんw
でもでも志摩兄弟はいつまでも好きだー



  



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