スターライト・エデン(前)

ぴん、と伸びた背筋に真っ直ぐ前を見据えた瞳、何者も寄せ付けない雰囲気を纏った彼女を一目見た瞬間、自然と沸き上がった自分の感情にひどく驚いた。「綺麗だ」と、初めて壁外に出た時に見た、あの青空を目にした時の感情に似ている。
にこりともせずにいっそ退屈そうな顔を隠しもせず、浮ついた周りの雰囲気と一線を描いたような彼女から目を離せない。
渦巻く内心の動揺を抑えつつ、何食わぬ顔で隣のエルヴィンに視線を移した。

「オイ、エルヴィン。あの女は誰だ」

「ん?ああ、ミョウジ嬢か。相変わらずつまらなそうにしているな」

「ミョウジ…?」

「ナマエ・ミョウジ嬢、ミョウジ家の一人娘だ。奥方は早くに亡くなっていて、こういう社交場には彼女が出てくることが多いが…当主も変わり者で、貴族の中ではなかなか浮いた存在だな」

「ナマエ・ミョウジ…」

「珍しいな、リヴァイ。お前が女性を気にするなんて」

そう言うエルヴィンに揶揄う響きはないが、その奥にある興味深そうな声色は隠していない。
エルヴィンの命令で夜会や社交場に駆り出されることが少なくないリヴァイだが、最低限の礼儀と対応以外、周りに興味を示すことなど一切無かったのだ。

「あんなクソみてぇなツラを見たら、そりゃ気になるだろ」

「リヴァイ…女性に向ける表現じゃないぞ。それにつまらなそうな顔をさせたらお前の方が上だろう」

「俺はいいんだよ。元からこういう顔だからな。だがあの女は…」

言い掛けて口を紡ぐ。今日初めて目にした彼女について、自分は何も知らない。それなのに「笑ったら違うだろう」と告げそうになった自分自身に、まるでコーヒー豆をそのまま飲み込んだような気分になる。
まさか笑った顔を想像しただなんて、エルヴィンに言えるはずも無かった。

「リヴァイ?」

「なんでもねぇよ」

シャンデリアに反射してゆらゆらと光るナマエの胸元のネックレスが、やたら眩しかった。



忘れられなかった、と口にするつもりはない。
奇跡的な再会を夢見るほど青臭くもなければ、夢見がちなわけでもない。それでも調査兵団本部でナマエと再会した時には、珍しく心が大きく波打つ感覚を覚えた。

「リヴァイ、以前話した貴族のミョウジ家を覚えているか?この度ミョウジ氏が、多大な援助をして下さることになってな。兵団本部を見学したいという申し出があった」

「貴族サマがこんなむさ苦しい場所に見学なんざ、服が汚れて弁償を迫られたらどうするんだ。寄付金全部吹っ飛ぶんじゃねぇのか」

「ミョウジ氏はそんなお人じゃないさ。援助先をきちんと自分の目で確かめたい方のようだな」

「金持ちの道楽には変わりねぇだろ」

「そう言うな。いつものくだらない夜会やパーティーに比べたら随分有意義なものだ。ああ、今回の見学にはご息女のナマエ嬢もいらっしゃるようだな」

「フン…お嬢さまには刺激が強すぎるんじゃねぇのか」

「彼女なら大丈夫だろう。だが大切な御令嬢に違いはない。リヴァイ、見学の間は片時もそばを離れないように頼んだぞ」

「…了解だ、エルヴィン」

そんな会話が為されてから数日後、兵団本部に降り立った彼女は相変わらず真っ直ぐに背筋を伸ばし、凛とした雰囲気を崩さないでいた。
違うのは、あの時のパーティーに比べて大分シンプルな服を身に纏っていることくらいだ。
同じように隣に降り立ったミョウジ氏も、貴族らしからぬ質素に近い洋服でにこにこと笑っている。

「やあエルヴィン。今日は忙しいところすまないね」

「とんでもない。我々の活動に興味を示して頂けるのはありがたいことです。紹介します、こちらがリヴァイ兵士長です」

「ほう、君が“人類最強”か」

「リヴァイです」

興味深そうに呟きながらリヴァイに右手を差し出したミョウジ氏からは、鷹揚とした雰囲気が伝わってくる。軽く手を握って挨拶をした後、彼が後ろを振り返って、愛娘を呼んだ。

「私も紹介させてもらうよ。娘のナマエだ。今日はどうしても一緒に行きたいと駄々を捏ねてな。邪魔はしないつもりだから、よろしく頼むよ」

「ナマエ・ミョウジでございます。ご無理を申しまして申し訳ございません」

つ、と一歩前に出て軽やかに膝を折った彼女から目が離せない。あの時とは違い、笑みを浮かべてこちらを見遣るナマエは、社交辞令という鎧を纏っているようだった。

「初めまして、ナマエ嬢。団長のエルヴィン・スミスです。こちらはリヴァイ兵士長。今日一日ナマエ嬢のお供をさせて頂きますので、何卒よろしくお願いします」

「リヴァイ、兵士長殿。よろしくお願いいたします」

「…ああ」

名を呼ばれただけで、声という声全てが喉の奥に張り付いてしまったような感覚に陥る。
ぶっきらぼうな返答を気にする素振りもなく、ナマエは父親の影に凛と佇んでいた。

「ではミョウジ卿はこちらに。ナマエ嬢はどうされますか」

「もしお邪魔でなければ、お父さまより一足先に見学させて頂きたいわ。団長さまとお父さまはお金の話をされるのでしょう?堅苦しい話は好きでないの」

「ははっ、卿とお嬢さまさえ良ければ、そこのリヴァイに案内させましょう」

「ナマエ、くれぐれも兵士の皆さんの邪魔をするんじゃないぞ。リヴァイ兵士長、じゃじゃ馬な娘ですがどうぞよろしく」

「承った」

連れ立って建物の中に消えていく二人の背を見送ったナマエが、くるりと身体の向きを変えた。リヴァイよりも低い位置で瞬く瞳は父親のそれによく似ているが、先ほどまでと違い、その輝きはつまらなそうな色を灯している。

「リヴァイ兵士長殿。お忙しいのでしょう?私、適当に時間をつぶします。もちろん皆さまのお邪魔になることはしません。なので…」

「どこか見てぇところはないのか」

「え…?」

リヴァイを気遣ったのか、ただ一人になりたかったのか、本当のところは分からない。
だが、夜会で見たあの退屈そうな横顔と、先ほどの貼り付けられた笑顔が頭から離れなかった。どうにか本当の顔で笑わせてみたいと無意識に湧き上がった思いのまま、ナマエの言葉を遮る。

「今日一日はお嬢さまのお供をするつもりでいる。細かい気遣いや丁寧な言葉は得意じゃねぇから、気分を害するかもしれねぇが…」

「い、え…そんなことは気にしません、が…」

呆気に取られたように立ち竦むナマエの豊かな髪を、一筋の風がさらっていった。
笑顔を消した彼女は、整った顔立ちも相まってひどく冷たい印象を与えた。
その綺麗な顔に纏わりつく細い髪に手を伸ばしそうになる衝動を抑えるために、リヴァイはゆっくりと腕を組む。

「そうか。さっき、親父さんがお嬢さま自身が願ってここに来たと言っていたが…あれは本当か?」

「え、ええ…本当です。調査兵団の皆さまが普段どんなことをされて、有事に備えているのか知りたいと思っておりました」

「そんなに大層なもんじゃねぇが、案内ならしてやれる。どこか見てみたいところがあるなら言ってみたらどうだ」

自分に対してこんな風な口の利き方をする男に出会ったことがないのだろう。驚いたように口元に手をやったナマエの眼差しが、ほんの僅かに柔らかくなる。

「…ではお言葉に甘えて。私、馬を見てみたいんです」

「馬?」

「ええ。兵団の皆さまは馬に乗って壁外に行かれるのでしょう?皆さまの手となり足となる彼らと…会ってみたい」

密やかな睦言にも聞こえる囁きは、遠くから聞こえる兵士たちの掛け声に混ざってリヴァイの耳に入ってきた。馬か、と繰り返した彼を緊張した面持ちで見つめたナマエが小さく頷く。

「あの、ご無理にとは申しません。訓練もおありでしょうし…」

「別に構わねぇよ。だが、服が汚れちまうかもしれねぇと思っただけだ。お嬢さまの服の代わりになるようなもんは、ウチにはねぇからな」

「それならご心配には及びません。きちんと替えの服も持って参りました」

「…は」

さらりと告げたナマエは、表情は変わらないながらもどこか得意げだ。
思わず絶句したリヴァイは、初めて見る彼女のその表情に僅かに目を見張った。

「随分用意周到じゃねぇか」

「準備万端と言ってくださいな」

「…悪くねぇな」

行くぞ、と踵を返したリヴァイを慌てて追いかけてくる足音が心地良い。どうにも調子を崩されているような気もするが、全く不快ではなかった。

「足元に気を付けろよ、お嬢さま」

「そのお嬢さまって呼び方、やめてくださいません?兵士長殿の口調に合っておりませんよ」

「言ってくれるな。じゃあ同じように、その兵士長殿ってのやめてくれるか。むず痒いったらねぇ」

「では…なんとお呼びすれば?」

「…リヴァイでいい」

前を向いたまま告げた言葉に、ナマエがどんな顔をしたのかは分からなかった。だが嬉しそうに「リヴァイさま」と呼んだその声が、真昼の太陽に弾けて落ちた。



厩舎に辿り着いた時のナマエの興奮は今でも忘れられない。箱入り娘には厳しいであろう汚れや臭いを全く気にすることなく、キラキラと目を輝かせて小屋を覗き込む彼女の白い腕が薄暗さによく映える。

「リヴァイさま、もう少しだけ近づいても構いませんか?」

「ああ、その黒いやつなら問題ねぇ」

興奮しながらもきちんとリヴァイの指示を仰ぎ、馬たちとも適度な距離を保つナマエからは、聡明さと思慮深さが感じられる。
貴族の御令嬢ともなれば鼻につく香水を纏っていることが多いが、ナマエからはその香りはしてこない。

「なんて綺麗なんでしょう…。とっても賢い目をしていますね」

「こいつらは正真正銘、壁外での俺たちの命綱だ。ある意味誰よりもいい暮らしをさせてやらねぇとな」

「…過酷な調査だとお察しします」

落ち着いた声音に愛馬を撫でていた手を止める。ゆっくりとあげた視線の先には、ナマエの真剣な顔があった。
夜会の夜、遠目で見た無表情に似ているが、あの時とは違い、瞳の中に気遣わしげな優しさが瞬いている。あの時とは違う表情を、こんなに近くで感じられる奇跡が尊いものに思えた。

「そうだな。確かに過酷そのものだ」

言葉少なに答えたリヴァイを無言で見つめたナマエの頬を、黒馬がぺろりと舐めた。
「ひゃっ」と高い声を上げて驚いた彼女の様子に、リヴァイがふ、と笑みに似た息を吐く。

「随分気に入られたようじゃねぇか」

「び、びっくりしました…」

「馬にも相性ってのがあるが…大丈夫そうだな」

「触っても大丈夫でしょうか…?」

「ああ」

恐れる様子もなく、細い腕を伸ばす彼女を見守った。ふんふん、と手のひらに鼻を擦り寄せた愛馬に内心苦笑しながら、嬉しそうに鼻面を撫でるナマエのつむじを見下ろす。

「…綺麗」

ナマエが覗き込んだ黒馬の瞳に、小屋の向こう側に広がる青空が映っていた。



商談だか会談だかを終えたエルヴィンとナマエの父親と合流した彼らは、兵士が訓練をする様子や食堂、訓練場などをつぶさに見学していった。
自分の与える金がどう使われているのか気にしている、という前評判は決して誇張ではなかったようで、細かいところまで深掘りする父親の隣で、ナマエは真剣な顔で訓練を見守っていた。

「エルヴィン団長殿、リヴァイさま、今日は本当にありがとうございました。とても勉強になりました」

「こちらこそこんなむさ苦しいところまで足を運んで頂いて、リヴァイの相手までして頂き感謝しかありません」

「エルヴィン、ふざけんな」

「リヴァイ兵士長殿、ナマエが迷惑を掛けなかっただろうか。見ての通り、あまり愛想もない娘でね。気分を害していなければいいのだが…」

「お父さまったら…」

「ご心配には及びません。愛想の無さでしたら、このリヴァイの右に出るものはおりません」

「オイ、いい加減にしろよ」

むすっとした顔を隠さないリヴァイとナマエのその表情がどこか似通ったものに見えて、エルヴィンは目を細める。面白い、と口の中で呟いた声が聞こえたのか、片眉を上げたミョウジ氏とばちりと目が合う。その楽しそうな表情に、同じことを考えているのだと、エルヴィンは瞬時に理解した。

「では我々はこれで失礼するよ。エルヴィン、資金の件は早急に手配させよう」

「恐れ入ります」

「本日はありがとうございました」

丁寧に頭を下げたナマエが場所に乗り込み、父親と去っていくのをなんともなしに見送る。
もう二度と会うこともないのだろう、と自分に言い聞かせながらふと顔を上げたリヴァイは、自分を見下ろしているエルヴィンの視線に思いきり眉を顰めた。

「…気持ち悪ィ顔で見てんじゃねぇよ」

「リヴァイさま、か…。随分打ち解けたようじゃないか」

「言ってろ」

嫌そうにさっさと背を向けたリヴァイのその背中に、声を張り上げた。

「二週間後にミョウジ氏の館でパーティーがあるようだ。同行してくれるな?」

「チッ…いつもみてぇに命令すりゃいいだろうが」

「これはミョウジ氏たっての願いでもあるんだ。是非お前にも、とな」

「…了解だ」

エルヴィンを一瞥して簡潔に答えた彼が去っていくのを黙って見送る。
言葉が少なく、不機嫌な面で誤解されやすいリヴァイだが、短くない付き合いだ。彼の不器用さを誰よりも知っているエルヴィンは、やれやれと肩を竦めた。



迎えた夜会当日、今まで参加したそれよりも幾分雰囲気の違うそれに、リヴァイは訝しげに眉を寄せる。
未だナマエの姿は見つけられていないが、それよりも気になることを解消すべく、隣に立つエルヴィンを見上げた。

「エルヴィン。なんだ、この会は」

「なんだ、とは?」

「野郎ばかりじゃねぇか」

リヴァイの言う通り、広い会場に集まる参加者の七割が男といって良い。たまに見かける女性は大分年配のようで、彼女らも夫や息子を連れ立っていた。

「ああ、言わなかったか。今日はナマエ嬢の結婚相手を見つけることが目的なんだ」

「は…?」

告げられた衝撃の事実に、珍しくリヴァイの表情が固まった。ひとり納得したように頷いているエルヴィンに何か言ってやろうと思うが、言葉が塊となって舌に張り付いたようだ。

「てめ…そりゃ…」

「珍しい話じゃないだろう?彼女も20代も半ばだ。貴族の中ではむしろ遅すぎる方だろう」

「…知らねぇよ」

かろうじて発した声は掠れていた。
ミョウジ氏が一人娘の行く末を心配していること、爵位は自分の代で返上してもいいが、それにしても娘一人を放り出せないこと、彼女を支えてくれる男性を探していたこと、ナマエ自身はそれを嫌がり、婚約者探しから逃げていたこと、だがいよいよミョウジ氏が強引に事を進めたこと。
つらつらと経緯を話すエルヴィンに、黙って冷たい視線を向ける。
言いたいことも聞きたいことも山程あるが、この男がそれを笑って躱すであろうことはよく理解していた。

「そんなクソみてぇな大切な場に俺らが呼ばれたのは何でだ」

「婚約者探しのこの会を開催するにあたって、ナマエ嬢から条件があったらしい。ミョウジ氏が出資予定の我々…つまり調査兵団関連の仕事を、自分に引き継ぐこと、だそうだ」

「なに…?」

「ついでに調査兵団の見学に自分も連れて行け、と迫ったようだな。それを叶えた我々への礼を兼ねて、今日お誘いを頂いたというわけだ」

ガヤガヤと耳につく喧騒が邪魔だった。
そこまでナマエが調査兵団に思い入れがあるようにも、嫌がっていた婚約者探しを受け入れる条件がそんなことなのも納得がいかない。

「ミョウジ氏は彼女に家を継いで欲しいと思っているわけでない。とにかくナマエ嬢が安心して幸せに暮らせるように…伴侶を得て欲しいらしい」

「あいつ、なんで調査兵団に興味があるんだ」

「なんでも幼い頃から外の世界への憧れを持っていたようだな。何故自分たちは壁の外へ行けないのか、両親に詰め寄って困らせる子どもだったようだ」

気の強さは生まれつきだな、と笑うエルヴィンの言葉がストンと胸に落ちる。
初めてナマエを見た時に感じた、彼女自身の虚無感の正体が分かった気がした。

「…とんだお嬢さまだ」

「全くだ。だが…今日ここにいる者から、彼女は将来を共にする男を選ばなければならない」

「そりゃあ…残念なことだな」

再び喉にこびりついた声を振り絞る。
何故ここまで心を掻き乱されるのか、無意味に周囲の男に目を走らせてしまうのは何故なのか、なるべくなら考えたくなかった。

「リヴァイ…私の話を聞いていたのか?」

「あ?あいつがこの場にいるクソ野郎の中から旦那を見つけんだろ」

「そう投げやりになるな」

殺気すら纏いそうになっているリヴァイを冷静に諌める。ぎろりと彼に睨まれた男たちが、ヒッと息を呑んでそそくさと二人の周りから遠ざかっていく。
ふう、と息を吐いたエルヴィンの視線の先に、美しく着飾ったナマエが姿を現した。

「…あいつが幸せってやつを掴めるなら、それでいいんじゃねぇか」

「リヴァイ、お前…」

「貴族の女にしちゃ、つんけんして可愛げはねぇが…まぁあいつならなんとかやるだろ」

「…そう思うか」

「ただ馬は与えねぇ方がいいな。一人で飛び出しちまいそうだ」

そう言うリヴァイが彼女を見つめる眼差しは、焦燥と慈愛が入り混じった複雑なものだった。珍しいその表情に息を呑んだエルヴィンは、それをそのまま溜息に変える。

「もう一度聞くが、私の話をちゃんと聞いていたな?」

「しつけぇな。この中からあいつの婚約者を…」

「そうだ。“今”、“この場にいる”男たちの中から選ぶんだ。ミョウジ卿は私にそう言った」

強調した言葉に怪訝な顔をしていたリヴァイの目が、みるみるうちに見開かれる。小さく開いた唇からは、微かな吐息が洩れた。
あの日、調査兵団本部を訪れたミョウジ氏から今日のことを聞いたエルヴィンは、念入りに確認をしたのだ。

「ミョウジ卿、もう一度お聞きします。夜会の日、その場にいた“全ての男の中から”、ナマエ嬢のお相手を決めるのですね?」

「その通りだ。ナマエにもそう伝えてある」

エルヴィンの質問の意図も全てお見通しなのだろう。
しっかりと頷いたミョウジ氏の瞳には、力強い光が宿っていた。二人の間に置かれた花瓶の花が、ふわりと揺れる。

「…ご苦労なされますね」

「お互いさまだろう。だがなエルヴィン。どんな親でも、子どもには幸せになって欲しいと願うものだ」

「ええ、仰る通りです」

ふ、と口元を緩めた男二人の思惑を歓迎するように、窓から入り込んだ優しい風が二人の首筋を撫でていった。

「エルヴィン、てめぇ…」

「選ぶのはナマエ嬢自身だ、リヴァイ」

遠目に見える、人形のように着飾られた彼女の表情は、そのドレスに反比例して暗い。人生を決める場には似つかわしくないその表情に、リヴァイはざわりと胸の奥が騒ぐのを感じた。

「…少し抜ける。問題ねぇな」

「好きにしろ。ああ、ナマエ嬢は私たちが来ていることを知らないようだな」

「…チッ。どこまでも食えねぇ野郎だ」

毒づくその言葉に尖った響きはない。
礼代わりの悪態に苦笑して、エルヴィンは人類最強の背中を見送ったのだった。





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