Would you marry me?

結婚したい、と唐突に決意したあの日のことはよく覚えている。ナマエと恋人になって早二年、リヴァイよりは数個歳下とはいえ、所謂適齢期を迎える彼女との結婚を意識していなかったわけではない。結婚するなら彼女だ、といつかのプロポーズを夢見ていたが、その決意の日は突然やってきた。
忙しかった日々が漸く落ち着き、久しぶりにリヴァイの家でゆったりとした時間を過ごしていたあの日、欠伸を噛み殺す彼女の手を引いて自分の膝の上に寝転がらせた。

「え、この格好恥ずかしいよ、リヴァイさん」

「二人きりなんだから気にすることねぇだろ」

「でも…」

「いいから寝ちまえ。一時間経ったら起こしてやる」

「ん…」

初めは抵抗していたナマエが諦めたように目を閉じた。暫くもぞもぞと首を動かしていたが、自分なりに納得のいく位置を見つけたらしく、数分後には気持ちよさそうに寝息を立てていた。
目蓋にかかる髪を丁寧に除けてやり、なんの気もなしにそっと額を撫でる。その瞬間、ふにゃりと笑みを浮かべたナマエに抱いたのは、苦しさにも似た愛おしさだった。
彼女を抱いた後、深い眠りにつくナマエを抱えて寝顔を堪能したことは何度もある。だが陽の光が入るリビングで、ただただ眠りを享受する彼女を眺めるのは初めてに近い。何の疑いもなく安心した眠りにつき、無防備に全てを自分に預けてくれる存在の何と尊いものなのだろうか。

「ナマエ」

囁きに答える声は、今はない。
それでもこの唯一無二の存在と一生を共にする権利を得ることを、リヴァイは切望した。



プロポーズ、と一言でいってもとてつもなくハードルが高いものだった。
決意の日から早一ヶ月、リヴァイは文字通り頭を抱えて虚ろな瞳を晒していた。プロポーズの場所、言葉、指輪の有無、何よりもナマエの意思の確認。その全てが中途半端で、どうにも身動き出来なくなっている己を呪うしかない。
休日出勤している今日だが、頭の片隅には常にそのことがあって仕事の進捗は芳しくなかった。

「リヴァイ、最近のそのクソが詰まったような顔、見てるこっちが疲れてくるんだけど」

「ハンジさん!失礼すぎます!」

同じく休日出勤しているハンジのうんざりとしたような声音が耳に届いた。その次に聞こえた悲鳴じみた声はモブリットのもので、リヴァイはゆっくりと顔を上げる。その表情はひどく凶悪だ。

「ひっどい顔だねー全く」

「うるせぇよ。てめぇに迷惑は掛けてないだろうが」

「目の前にそんな不景気な顔があったら気分が滅入るんだよ、まったく」

「チッ…」

忌々しげな舌打ちにも全く堪えることなく、ハンジが大袈裟に顔を顰めた。やれやれ、といわんばかりのその顔に雑巾を投げつけたくなるが、それよりも先にモブリットが恐る恐る口を開いた。

「あの、リヴァイ部長。最近とてもお疲れで悩んでいらっしゃるようですが、俺で何か力になれることがあれば…」

「モブリット…。お前はいい男だな。コイツの部下にしとくのはもったいねぇ」

「い、いえっそんな…」

しみじみと零した言葉にモブリットが大きく手を振る。それを横目で見たリヴァイが悩みながらも口を開く前に、ハンジが椅子に凭れ掛かりながら呆れたように言った。

「どうせプロポーズで悩んでるんだろ。ナマエちゃん、だっけ?あんまり待たせると逃げられるよ」

「え!?プロポーズですか!?」

「てめぇ…どこでそれを…」

まさか知られているとは思ってもいなかったリヴァイの目が大きく見張られた。
素っ頓狂な声を上げたモブリットに向けてくるりとペンを回しながら、ハンジが肩を竦めた。

「昼休みの度に、高級レストランやら高級ブランドやらを検索しまくってるのを見たら気がつくって。あ、言っとくけど盗み見たわけじゃないよ?あなたの後ろを通る度に、そんな画面ばっかりだったからさ」

「…盗み見してんじゃねぇか」

げんなりとしたように呟いたリヴァイに、ハンジがにかっと笑う。そして前のめりになりながら、自身のデスクに高く積み上げられた書類やファイルを横に退けた。

「で?何に悩んでんの?相談してみなよ」

「お前に相談して解決することじゃ…」

「でも一人で悩んでたって何も解決しないだろ?とりあえず話してみるだけでも、方向性が決まるってこともあるじゃん」

仕事そっちのけで目を輝かせるハンジに胡乱な目を向ける。崩れそうになっていた書類の山を必死に整えていたモブリットも、柔和な表情をリヴァイに見せていた。

「そうですよ、リヴァイ部長。俺もハンジさんもプロポーズの経験はないですが、一般的な話だったら出来ますよ。…少なくとも俺は」

チラッとハンジを見て苦笑したモブリットに視線を投げ掛けた。ハンジはともかく、常識人のモブリット相手なら自分の考えをまとめるいいチャンスかもしれない。
そう考えたリヴァイは、一度息を吐いて腕を組む。今日の仕事は諦めて、明日以降の自分に託すことにした。

「…プロポーズをしようと思っている」

「やっぱり!ついにか!」

「彼女さんとは長いんでしたっけ?」

「ああ。もうすぐ二年になるな」

「ナマエちゃん、だよね?で、何に悩んでんの?」

いつのまにかリヴァイの隣に回り込んでいたハンジが、鼻息も荒く詰め寄ってくる。本当は突っ込みたくて仕方がなかったのだろう、先ほどまでの呆れた様子とは打って変わった楽しそうな顔を睨みつけた。だが、今はこのハンジでさえも頼りたい気持ちが、苛立ちよりも勝っている。

「色々調べたが…結局あいつが一番喜ぶ方法が分からねぇ」

ぼそりと呟いた言葉が全てだった。
プロポーズを決意してから、一通りの流れや方法は調べ尽くしたつもりだ。そしてプロポーズの仕方には十人十色のやり方があり、正解などないことも理解している。それでも、ナマエが一番喜ぶ方法を考えてやりたかった。

「ありきたりだけど、ナマエちゃんはリヴァイからプロポーズされれば何でも喜ぶんじゃないの?」

「それも分からねぇ。正直結婚の話なんて出したことねぇし、今は仕事が楽しいみたいだしな。だから…何とかあいつが喜んで、イエスと言ってくれるような方法にしてぇのが本音だ」

ここまで弱気な発言をするリヴァイは初めてで、ハンジとモブリットは思わず顔を見合わせた。いつでも冷静沈着で、どんな難易度の高い仕事にも眉ひとつ動かさないリヴァイをここまで悩ませる恋人に、一目会いたくなってくる。

「そうですよね…。女性にとっては一生に一度のことですもんね。もちろんリヴァイ部長にとっても」

「だね。リヴァイ、揶揄って悪かったよ。真面目に考えよう」

「…悪いな。助かる」

リヴァイの真剣な想いと初めて見る弱気な姿勢に、二人も背筋を伸ばした。リヴァイとナマエが幸せになる手伝いが出来るのならそれは何とも素敵なことだと、力強く頷く。

「まず、指輪は用意したの?」

「いや…目星はつけたが、女にはこだわりがあるんだろ?それならプロポーズした後に一緒に買いに行った方がいいんじゃねぇかと、迷ってたところだ」

「うーん…そうだね。確かに婚約指輪にこだわってたり、これくらいの大きさじゃないとって思ってる人もいると思うけど…」

「個人的には、プロポーズの時には指輪があった方が良いと思いますけどね」

顎に手を当てて悩んでいたハンジの言葉を引き取って、モブリットが慎重に告げる。同時に彼の方を見た二組の瞳を交互に見ながら、モブリットは言葉を続けた。

「これは俺の一意見ですけど。プロポーズをする覚悟とか決意を、指輪って形にして伝えてやりたいと思います」

「確かにな…」

「なるほどね。もちろん指輪の好みはあると思うけど、それよりも自分のことを考えながら一生懸命選んでくれたものって、普通に嬉しいよね」

納得したようなリヴァイとハンジが一つ頷いた。柔らかい表情を崩さないモブリットが、穏やかに続ける。

「リヴァイ部長の彼女さんも、部長が悩んで悩んで選んだものをお渡ししたら、きっと喜んでくれるんじゃないですか?」

「…そうだろうな。ナマエはそういう女だ」

「それなら俺だったら指輪は用意してプロポーズしたいです。一緒に選ぶのも良いですが、それは結婚指輪の方のお楽しみってことで」

「モブリット…いいこと言うじゃないか!」

バン、と大きくモブリットの背中を叩いたハンジが嬉しそうに笑う。痛そうに顔を顰めたモブリットだが、直ぐに照れくさそうに頭を掻いた。

「ってこれは友人の受け売りなんですけどね。ちなみにそいつは見事プロポーズを成功させてましたよ」

「…ありがとな、モブリット」

心からの感謝を告げたリヴァイが目を細める。
指輪を用意することを決めたリヴァイの頭の中では、既にどのブランドにするか、今まで調べたジュエリーブランドが思い出されていた。

「じゃあ指輪は用意するとして。あとはプロポーズの場所ってこと?」

「ベタだが高級レストランは一応調べた。なるべく忘れられねぇ思い出にしてやりたい」

「もちろんレストランも悪くないけど、思い出の場所とか初めてのデート場所とかでもいいんじゃない?」

「一緒に行ったところは色々あるが…何度考えても思いつくのが家しかねぇんだ」

ぐっと眉根を寄せたリヴァイに、ハンジもモブリットも意外そうに目を瞬いた。ゆっくりと瞬きをしたリヴァイが、思い出を辿るように僅かに表情を和らげる。

「同棲してるわけじゃねぇが。お互い合鍵は持ってるから、いつでも家に入れるようになっててな。
疲れて帰ってきた時やどうにもやる気が出ねぇ時…それとは逆に商談が成功した時や昇進が決まった時。そういう節目の時には、不思議とナマエが家で待ってることが多いんだ」

「へぇ…」

「以心伝心、ってやつですかね」

「どうだかな。俺には分からねぇがそういう機敏なところが、あいつにはある」

「なるほどね…。だから思い出されるのが家、ってことか」

「そうだな。別に特別な思い出があるわけじゃねぇが、ナマエを思い出す時は、俺の家で笑ってる顔のことが多いな」

「そっか」

「素敵なお話ですね」

笑顔で答えた二人の温かい視線にむず痒くなったのか、思いの外自分の素直な気持ちを吐露してしまったのが恥ずかしかったのか、リヴァイが「喋りすぎた。忘れろ」と仏頂面を作る。だがリヴァイを纏う、珍しく穏やかで優しい雰囲気が崩れることはなかった。
そんな彼に、ハンジが得心したように明るく声を上げる。

「別に家でプロポーズでもいいんじゃない?格好つけることじゃないでしょ」

「…格好つけるところだろうが、そこは」

「そりゃそうかもしれないけど。ようはナマエちゃんが心から喜んで、一生の思い出になるようなプロポーズにしてやりたいんでしょ?それなら場所は拘らなくていいんじゃないかなぁ」

「確かにそうですね。高級レストランと家、どっちが彼女さんらしく喜べる場所なんでしょう?」

モブリットの問いに思わず考え込むリヴァイ。
記念日や誕生日にいいレストランで食事をしたことはあるが、リヴァイもナマエもそこまで場慣れをしているわけではない。特別感、というところでいえばそういう場所はぴったりだが、どうにも自分たちらしくない気がしていた。

「ま、後はリヴァイが決めることだもんね。成功を祈るよ」

「きっと喜んでくれますよ。頑張ってくださいね」

「…うまくいったら奢ってやる」

照れ隠しの礼の代わりにそう告げたリヴァイに、二人が破顔した。楽しみにしてるよ、と上機嫌な笑顔を見せたハンジと、無言で合わせた瞳に激励を込めたモブリットに心からの感謝を込めて、リヴァイはパソコンに向き直るのだった。



布団を干すリヴァイの後ろ姿を眺めながら、ナマエは痛む腰をさすっていた。
ふと思い立ってリヴァイの家を訪れた昨夜、帰ってきたリヴァイがどこか緊張した雰囲気を纏っていたことに驚いたが、すぐに優しく落とされたキスには嬉しそうに目を細めた。

「リヴァイさん、お疲れ?忙しかった?」

「いや…ああ、そうだな。でけぇ案件が入っていたが漸く解決したんだ」

「そうなんだ。お疲れさま」

お風呂沸いてるよ、と声を掛けてリヴァイが着替えに行く背中を見送った。
自由に入っていいし好きなように使っていい、と彼に告げられた言葉の通り、ナマエが平日にリヴァイの家を訪れる時は夕食を作り、湯を張って彼の帰りを待つことが定番となっていた。リヴァイが彼女の家に来ることもあるが、圧倒的に彼の家で過ごす方が多い。それくらいナマエにとっても、リヴァイの自宅は居心地の良いものだった。

「相変わらず来るタイミングがぴったりだな」

夕飯を食べ、風呂から上がったリヴァイが髪を拭きながらそう告げる。何の話か、と首を傾げかけたナマエだが、以前にも告げられた言葉を思い出して頬を緩めた。そしてソファーに座ったリヴァイの後ろに立ち、そっとタオルに手を伸ばす。

「ってことはやっぱりお疲れモードだったんだね?」

「まぁな。人生でこんなに悩むことがあるのかっていうくらい、ここ最近はずっと悩んでたからな」

「最近ずっと怖い顔してたもんね」

「…悪かった」

リヴァイの濡れた髪を優しく拭きながらの言葉に、彼が気まずそうに謝罪を述べる。大人しくナマエに髪を拭かれるがままのリヴァイがチラリと視線を寄越すが、それに緩く首を振った。

「解決したなら良かった。リヴァイさん、いつも頑張りすぎだよ」

「…お前はいつも完璧なタイミングで来てくれるよな」

「そう?リヴァイさんのこと大好きだから、心の中読めちゃうのかな」

「ナマエになら読まれても悪くねぇな」

冗談めかした返しにリヴァイも喉の奥で笑う。
リヴァイは不思議がるが、ナマエにとってリヴァイの気分や機嫌を察することなど、何でもないことだった。
彼はその強面に似合わず、細やかな気遣いを持ってナマエと付き合ってくれている。それはメッセージの返信や時折掛かってくるたわいもない電話に現れていた。リヴァイはどんなに忙しい時でも連絡を欠かしたことは無いが、その文面や電話越しの声から、彼が今どんな状態なのかを見極めることが、ナマエにとっては必然となっていたのだ。
リヴァイが疲れている時、悩んでいる時、そして何か嬉しいことがあった時。どんな時でもそばにいたい、と強く願うナマエを、リヴァイはいつでもこの家で迎え入れてくれていた。

「リヴァイさん、分かりやすいもん」

「俺にそんなことを言うのはお前くらいだ」

苦笑いに近い僅かな笑みを浮かべたリヴァイが、ぐいっとナマエの手を引いた。彼に後ろから抱きつくような体勢になった彼女が身体を起こす前に、唇が塞がれる。

「んっ…」

甘く零されたナマエの吐息ごと、リヴァイが深く絡め取る。そのまま雪崩れ込むようにしてソファーに崩れ落ちた二人を見守るのは、いくつか瞬く星だけだった。


結局ソファーだけでなく、ベッドでも激しく抱かれたナマエは、燦々と降り注ぐ陽光を感じながらリヴァイの背中を見つめていた。
几帳面に布団を干していく姿はひどく真剣で、思わず笑みを浮かべてしまう。だが温かく降り注ぐ日差しは、ナマエの目蓋を落としにかかっていた。

(ダメ…眠っちゃ…)

ごしごしと目を擦って抗うが、寝不足と疲労感が残る身体はいうことを聞いてくれない。少しだけ、と目を伏せた次の瞬間には、柔らかな眠りの世界へと誘われていた。

「…ナマエ?」

感じていた視線が不意に途切れたことを不思議に思い振り返ってみれば、そこにはすやすやと眠るナマエの姿があった。
ソファーからだらりと垂れる左腕が床につきそうだ。

「オイオイ、風邪引くぞ」

そうひとりごちるが、昨夜無理をさせたのは自分だと分かっている。干していたタオルケットを手に取って、リヴァイは室内へと戻ることにした。
ぴしゃり、と締めた扉が外の喧騒を完全に遮断する。途端に静まり返った室内には、ナマエの穏やかな寝息だけが微かに響いていた。

「…気持ちよさそうに寝やがって」

零した文句は甘い響きを持って床に落ちる。
暫く寝かせてやろうと、慎重にタオルケットを掛けてやったリヴァイの目に、揺れるナマエの左手が飛び込んできた。
それを仕舞おうとそっと伸ばしかけた手が、ぴたりと止まる。脳裏に浮かんだのは昨日完成して受け取ったばかりの、指輪の存在だった。

「…ナマエ」

ぶわっと湧き上がった気持ちは、プロポーズを決意した日のそれよりも強いものだった。
こんな風に幸せそうに眠る彼女をいつまでも守っていきたいと、どんな時でもリヴァイを支えてくれるナマエの、全てを自分のものにしたいと願う貪欲な想いのまま、リヴァイは引き出しの奥に仕舞っていた小さな箱を取り出した。
ハンジとモブリットの言う通りだったと、こんな時になって思う。ナマエへの言葉にもならない気持ちと、喜ばせたいという気持ち、何よりも幸せにしたいという想いの全てを、この指輪へと込めることが出来た。

「ナマエ。ずっと隣にいてくれ。…結婚、して欲しい」

眠る彼女へ告げたありったけの想いと共に、光り輝くダイヤモンドを薬指にゆっくりと嵌めていく。
臆病者だと笑ってくれてもいい。起きている時に言って欲しい、とむくれられるかもしれない。それでも今、どうしても言葉にしたかったこの気持ちを、リヴァイは永遠に忘れないだろう。
彼にとって幸せの象徴ともいえる、ナマエの穏やかな寝顔を眺めながらそっと横に座り込む。己の左手と絡めた左手には、眩い光を散らす証が静かに鎮座していた。



「…ん。あ、れ…?」

「起きたか。もうすぐ夕方になるぞ」

ふ、と浮上する意識のまま目を開ければ、そこには優しい眼差しでナマエを見つめるリヴァイの顔があった。
寝てしまっていた、と慌てる反面、寝顔を見られていた恥ずかしさも相まって思わず両手で顔を覆う。

「やだ、ごめんなさ…い…?」

感じた違和感は何だったのか。
分からないながらもぱっと両手を離したナマエの目に、見慣れない輝きが飛び込んでくる。ぱちり、と一度瞬きをした彼女の目がみるみるうちに見開かれていった。

「え、あ、え…こ、れ…」

「…ナマエ」

呆然として左手に視線を落とすナマエの耳が、珍しく掠れたリヴァイの声を拾った。大きく見開かれたままのナマエの瞳が、リヴァイの緊張した面持ちを捉える。

「え、リヴァイ、さ…」

「高級なメシも百万ドルの夜景もねぇが。それでもナマエに気持ちを伝えるのは、この家がいいと思った」

「あ…」

「これから先もずっと、笑顔で俺の帰りを待っていて欲しい。そして俺も、ナマエの帰る場所でありたいと思ってる。…俺と、結婚してください」

「りば、リヴァイさぁんっ…!」

ぽろり、と一筋流れた雫をきっかけに、次から次へと溢れてくるそれをリヴァイの指が優しく掬う。堪えきれない嗚咽ごと、逞しい腕がナマエを強く抱き締めた。

「大好きだ。結婚してくれ」

「っ、わたし、も…大好きです…!結婚、するっ…!」

途切れ途切れの涙声で答えたナマエを強く強くかき抱いた。肩を濡らす冷たさが、火照った身体に心地良いほどだ。

「…幸せにする」

「私も、リヴァイさんのこと、たくさんたくさん幸せにするからっ…負けないから…!」

「ふっ…望むところだ」

こんな些細なじゃれあいすら幸せだと感じる。
この小さな幸せがずっと続くようにと、誰ともなく祈った二人の手は、離れることなく固く握られていた。


-fin




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