彩られた世界の片隅で(前)


*設定は捏造です



リヴァイが兵士長に任命されてから初めて行ったことは、全兵士の実力と能力を自らの目で全て確認することだった。今まで兵士たちとなるべく関わらないよう、関心を持たないようにしていたが、これからはそうもいかない。彼らの命を預かり生き残る術を叩き込むのも己の役目なのだと、リヴァイは調査兵団兵士長として覚悟を決めていた。


「エルヴィン、気になる奴がいるんだが」

「ほう…お前が珍しいな、誰だ」


時間を掛けて一通り兵士たちの実力を確認したリヴァイはある日、訝しげな様子を隠さずに口を開いた。いずれ編成させる自身の班に入れる兵士を見極める為にも、めぼしい兵士のことは壁外調査の間も気にかけて見ていた。その中でどうしても腑に落ちない待遇の兵士がいたのだ。


「なまえ・みょうじ」

「…あぁ、やはりな。お前なら彼女に目をつけると思っていたよ」

「訓練での動きも立体機動の腕も頭一つ飛び抜けてる。だが…壁外調査で一度も見たことがねぇのは何故だ」


リヴァイが早くから目をつけていた兵士の一人がなまえ・みょうじだった。ハンジと同期らしく、よく話している姿を見るが戦闘センスは抜群に光るものを持っているとリヴァイは睨んでいた。訓練でも抜きんでた素早さと正確さを見せており、壁外調査でもその力が遺憾なく発揮出来るのかリヴァイは注視していたのだ。だが。


「あいつ、毎回援護班にいるな」

「ああ。なまえは壁外調査には出られないんだ」

「出られない…?」


奥歯に物が挟まったようなエルヴィンの言い方に益々不信感が募ってくる。怪我をしているようにも、持病を抱えているようにも見えない。あれだけの実力を持った兵士を援護班だけに留まらせておく理由が分からないと、リヴァイは鋭い視線を更に鋭くした。


「ハンジ、君から話すか」

「…そうだね。あーあ、やっぱりリヴァイはなまえを見つけたかぁ」


普段の騒がしさは何処へやら、不気味なほどの沈黙を保っていたハンジが大袈裟にも思える明るい声を上げて肩を竦めた。同期だというなまえのことを何故か慮っているのはリヴァイにも理解出来て、眉を寄せる。


「あいつには何かあるのか」

「うーん。端的に言うとね、なまえは一種の色覚障害なんだ」

「色覚…障害…?」

「そう。後天的なものなんだけど…信煙弾の色が見分けられないんだよ」

「なに…?」


衝撃的な事実にさしものリヴァイも言葉を失う。痛ましそうに目を伏せたハンジの言葉と、表情を崩さないながらもどこか悔しそうなエルヴィンの様子から、それが壁外調査で負った怪我のせいなのだと察した。


「いつの話だ」

「半年くらい前かな。奇行種に弾き飛ばされた仲間を庇って、なまえが目に怪我を負ったんだ。その時は大したことがないと思われていたけど…」


暫くしていくつかの色の識別が出来なくなっていることに気がついたという。しかもそれが、信煙弾に使われている赤と緑が含まれていたことで、なまえが壁外調査に出ることは絶望的になった。


「手も足も無事で兵士としての実力は誰にも劣らないのに、色が認識出来ないことで壁外調査に出られない。もう退団か、転籍しかないと誰もが思ったよ。だけど…」

「なまえから、援護班として兵団に置いてほしいと申し出があったんだ」


ハンジの言葉を引き取って、エルヴィンが静かに告げた。腕を組んだまま黙って聞いていたリヴァイが先を促すようにエルヴィンへ視線を向ける。


「援護班は信煙弾を使わない唯一の班だ。何せ索敵陣形を展開するまで、我々の進路を拓くための班だからな」

「なまえの覚悟は生半可なものじゃなかった。今までおまけ程度の位置付けだった援護班に意味を持たせ、おかげで旧市街地を抜けるまでに死傷する兵士はほぼ皆無になったんだよ」


出来るだけ損害なく、尚且つ素早く本隊を壁外へと向かわせる為に最善を尽くすこと。それを体現した班を作り上げ、確実にサポートしてきたなまえの実績は大きい。


「その色覚障害とやらは治らねぇのか」

「分からない。ある日突然治ることはあるみたいだけど…今のところ治療法は無いみたいだ」

「リヴァイ、お前ならなまえの実力に気がつくと思っていた。だが彼女は壁外には出られない。正しくいうなら、信煙弾を使う場面に連れて行くことは出来ないんだ」

「…了解だ、エルヴィン」


釈然としない気持ちを抱えながらも、リヴァイが浅く顎を引いて了解の意を示した。なまえと会話を交わしたことは殆どないが、いつも穏やかで笑みを浮かべているような人物だったように思う。
その反面、ハンジの暴走を片手で止めてしまうような気概のある様子も見せていたし、そういう疵を持っているようにはとても見えなかった。


「なまえは馬で壁外を駆けるのが大好きだったんだよ」

「馬は乗れるんだろ」

「一応ね。でも景色が巡るましく変わる長距離は無理なんだ。私たちは目から入る情報が9割だと言われている。そんな中で長い時間馬に乗って何かあったら、対処出来るとは限らないからね」

「そんなに色ってのは大事なモンなのか」

「リヴァイ、想像してみるといい。目に入る景色が全て白黒だったとしたら…」


エルヴィンの深い声に想像を膨らませてみる。目にする景色に全て色が無く、朝も昼も夜も白黒の世界にいるとしたら。


「…堪んねぇな」

「なまえはそこまでひどくないけどね。識別出来ない色は数種類みたいだし、日常生活に支障はないよ。けど…本当は兵士としてだってギリギリの筈なんだ」


だからそっとしてやって欲しい、とハンジにしては珍しく真剣な声音で告げたのに、リヴァイも無言で頷くのだった。





そんな会話がなされてから暫く経った頃、訓練が終わったリヴァイは中庭の花壇の近くにしゃがみこんでいるなまえを見掛けて思わず立ち止まる。色とりどりの花を親の仇のように睨みつけるなまえの横顔に、らしくもなくその姿を見つめてしまう。


「リヴァイ兵士長?」


視線に気がついたなまえがパッと振り返り、目を丸くして慌てて立ち上がった。敬礼をするなまえに軽く手を振って下させたリヴァイは、逡巡しつつもなまえの近くまで足を進める。


「…何をしてる」

「えっ…はっ、壁外調査の陣形を確認しておりました!」


よくよくなまえの手元を見ると、次の壁外調査の索敵陣形の図面が握られていた。若干不安そうに目を瞬かせるなまえを見たリヴァイは、眉を寄せて腕を組んだ。
怖がらせるつもりも責めるつもりも全くなかったのだが、殆ど初めて喋るなまえにとっては、なぜ自分が声を掛けられたのか分からずに戸惑っているのだろう。


「あの、リヴァイ兵士長…」

「兵士長なんて呼ぶ必要はねぇよ。お前の方が兵団は長ぇだろ」

「ですが…」

「あのクソ奇行種のハンジと渡り合ってるお前に敬称を付けられても、居心地が悪ィだけだ」

「…ではお言葉に甘えて。え、と…リヴァイ、さん…」

「…あぁ」


エルヴィンやハンジ、ミケなど古参のメンバーは公の場以外ではリヴァイに敬称や敬語を使わずに接している。ハンジと同期のなまえも本来ならそれくらいの距離にいるのだろうが、彼女の特殊な環境が中々リヴァイとなまえを近づけることが無かった。
それでも援護班として職務を忠実に全うし、本隊を守る要として全力を尽くすなまえにリヴァイも一目置いている。それに何故か話を聞いたあの日からなまえの姿がよく目に入り、気がついたら目で追っている自分をリヴァイは自覚していた。


「悪い。お前の話はエルヴィンから聞いている」

「え…?あぁ、目のことですか。構いませんよ、むしろ兵士長…じゃなくて、リヴァイさんの立場なら知っていて頂けてありがたいです」

「…そうか」


一方的になまえの事情を知っているのも、と思って告げた謝罪だが、なまえの方はあっさりと笑顔で首を振る。頓着なさそうにしているが、リヴァイの目には先ほどまで鮮やかな花を睨みつけるなまえの姿が焼き付いていた。


「索敵陣形の図面を見ていると言っていたな」

「はい。援護班には関係ないように思われがちですが、実はそんなこともないんですよ」


初列にくるメンバーや殿を務めるメンバーの実力によって、援護班も配置や人員を変えているという。


「そんなことまでしてるのか」

「はい。例えばハンジが初列に来た日なんか最悪です。巨人に気を取られて、旧市街地を抜けるまでにものすっごく時間掛かるんですから。ま、ハンジの場合どこにいてもそんな感じですけど」

「つくづく迷惑な奴だな」

「あははっ」


深々と溜息を吐いたリヴァイにおかしそうに声を上げて笑うなまえが「エルヴィンもさすがに懲りて、ハンジ班を初列に持ってくることは無くなりました」と楽しそうに告げた。
援護班として巨人と対峙している時とは真逆の柔らかななまえの雰囲気は、リヴァイの張り詰めていた気持ちすら穏やかにしてくれる気がした。


「お前の立体機動も戦闘力も悪くねぇ。俺の班に入れたいくらいだ」

「ありがたいお言葉です。でも…私みたいな半端者を入れたら、リヴァイさんが変な風に思われちゃいますよ」


凪いだ風のように穏やかなまま、それでもなまえが発した言葉に見え隠れする後ろ向きな雰囲気にリヴァイも気がついた。
エルヴィンもハンジも、そしてなまえ自身も言わないだろうが、リヴァイが意識すればなまえの話は耳に届くようになっていた。その中には「壁外調査に出られない半端者」「何かあったらすぐに壁内に逃げ帰れる」と揶揄する声もあり、それらをなまえが耳にしたこともあっただろう。事情を知る者は多くないのだろうが、なまえの実力を目にして助けられている者も多い反面、彼女に負の感情を抱く者も少なくないのだとリヴァイは理解していた。


「…俺は地下街出身だ」

「そうですか」


だからだろうか。不意に告げたくなった。自分だけがなまえの疵を知っていることが後ろめたくなったのか、なまえの明るさが口を軽くしたのかは分からない。だが、今まで自ら告げたことのない自身の過去を、なまえには何故か知って欲しいと思った。
なまえがそもそもその事実を知っていたのか、反応からは分からない。微笑んだままリヴァイを真っ直ぐに見つめるなまえと目を合わせ、リヴァイもゆっくりと口を開いた。


「お前が自分をどんな風に評価してるかは知らねぇが…俺みてぇなゴロツキの為に、兵士長という役職を作るくらいだ。それくらい奇天烈な奴らが揃うのが調査兵団なんだろ」

「リヴァイさん…?」

「自分を卑下するな。俺はお前が俺たちの道を拓く為に命を懸けているのを知っている。今までも、これからもな」

「…ありがとう、ございます」


いきなり饒舌になったリヴァイに驚いたのか、それでも嬉しそうに頬を緩めたなまえが噛み締めるように礼を告げた。


「お前が半端者なら俺はどうなる」

「じゃあ私たち、半端者同士ってことで」

「…まぁ悪くねぇな」


クスクス笑うなまえに感化されたのか、リヴァイも僅かに頬を緩めた。そして、

「ところでリヴァイさん、私の名前、お前じゃないんですけど」

と戯けたように膨れっ面を見せたなまえをまじまじと見つめ、喉の奥で笑う。


「そうだったな、なまえ」

「はい」





その後も壁外調査を重ねる度、リヴァイの名は轟いていった。その頃にはなまえの実力も兵団内に浸透していき、彼女がいるから後ろも横も気にすることなく進めるのだと、大部分の兵士が理解した。


「なまえ、頼まれてたモンこれでいいのか」

「わっ、ありがとうリヴァイさん!」

「…あなたたち、いつの間にそんなに仲良くなったの」


ある日の昼下がり、リヴァイがぶっきらぼうに差し出した袋を嬉しそうに受け取ったなまえの隣で、ハンジは酢を飲んだような表情を浮かべながらそう呟いた。


「リヴァイさんが非番で街に出るからって、私の買い物を頼まれてくれたの」

「そんなの私にお願いすればいいじゃないか。なんでリヴァイなのさ」

「…ハンジ。この前私がバレッタをお願いした時、訳わからないデザインのを買ってきたのどこの誰よ?」

「あーあはははは!あれはその…なまえに似合うと思ったんだよ!」

「私がお願いしたの、何か花をモチーフにしたやつだったのに…何をどう間違えたらカマキリモチーフになるわけ!?」

「ごめん、ごめんってばなまえ」


その時の怒りを思い出したのか、なまえが眉を釣り上げてハンジを睨めつける。色の識別が出来ないなまえにとっては、買い物一つすら難しいこともある。そんな時は事情を知るハンジやナナバに代行を頼むのだが、この前はそれで失敗したとなまえは項垂れていた。
彼女の長い髪をまとめるバレッタが一つ壊れてしまった、と嘆いていたのは知っていたが、そんな情緒のある買い物をハンジに頼むなまえも悪いとリヴァイは内心溜息を吐く。


「で、リヴァイには何を頼んだの?」

「リヴァイさんお勧めの紅茶。すごく良い花の香りがするんだって」

「…リヴァイが花の香りねぇ…。きもちわる」

「うるせぇよクソが。俺は頼まれたのを買ってきただけだ」

「ふーん…」


早速嬉しそうに袋を開けて香りを確認したなまえが、「せっかくだからみんなの分、淹れてくるね」と部屋を出て行く。
軽い足取りのその後ろ姿を見送ったハンジが意味深な視線をリヴァイに寄越すが、それを完璧に無視したリヴァイは我関せずの態度のまま書類を処理しているエルヴィンに近寄った。ちなみにここはエルヴィンの執務室だ。


「エルヴィン、次の壁外調査の訓練内容を確認したい」

「あぁ分かった。だが…今日は休みだろう」

「どうせやることもねぇ。掃除も終わったし、頼まれた買い物も済ませたしな」

「…ふーん。リヴァイ、なまえの為に街に出たんだぁ」


これもまた綺麗に無視したリヴァイにつまらなそうに唇を尖らせるハンジ。苦笑したエルヴィンは、机に向けていた身体を起こして手を組んだ。


「リヴァイ…休むのも兵士の職分だぞ」

「お前に言われたくねぇな」

「まぁいいだろう…。次の壁外調査の成否で大きな出資が決まるしな」

「ふん…相変わらずがめつい野郎だ」


そこになまえが人数分紅茶を淹れて戻ってきて、ふんわりと香る爽やかな花の香りが執務室に充満した。


「ほう…いい香りだな」

「エルヴィンも少しは休憩したら?リヴァイさんも、お休みの日じゃないですか」

「ねぇなまえ、私は?」

「ハンジはむしろ仕事しなさいよ」

「ちぇっ」


呆れたように言うなまえに拗ねた態度を見せるハンジ。和やかな雰囲気がなまえによって作り出されるが、壁外調査の話になるとなまえはそっと部屋を出て行った。静かなその後ろ姿をじっと見送ったリヴァイを見たエルヴィンが、柔らかく笑みを浮かべる。


「リヴァイ、次の壁外調査が終わったらなまえに休暇を与えようと考えているんだが」

「いいんじゃねぇか。あいつもお前に負けず劣らず、仕事命みてぇな奴だからな」

「あぁ。それにリヴァイの休暇も合わせようと思うんだが」

「…は?」

「なまえが馬が好きなのは知っているだろう?暫く遠乗りもしていないようだが、一人で行かせるわけにはいかなくてね。馬の使用許可をおろしてやれていないんだ」

「…だからなんだ」

「一人では駄目だが、誰か一緒に行ってやれるなら許可が出来ると、前から伝えてはいるんだが…。自分の我儘に付き合わせるわけにはいかないと頑なに誰も誘おうとしないんだ」

「で、どうしてそれを俺に言う」

「リヴァイなら共に行かせても安心だと思ってね。だがそうか…お前が駄目なら他の奴に…」

「エルヴィン!私が一緒に行くよ!なんならモブリットも誘って…」

「駄目に決まってんだろ。てめぇが暴走してなまえが止める羽目になるのは目に見えてる」

「なら…そうだ、ミケならどうだ。あいつなら安心…」

「…俺が行く」


唸るように、だがきっぱりと告げたリヴァイにエルヴィンは笑みを深くする。後ろでぶーぶー文句を言っているハンジはきっぱり無視するとして、エルヴィンは徐に兵士の予定表を取り出した。


「では…壁外調査の一週間後、大事をとって一応二日、二人の休みにしよう。なまえには話していないから、リヴァイから伝えてくれ」

「…了解だ、エルヴィン」


それはつまり、自分からなまえを誘うということで、色々と言いたいことはあったもののこういう時のエルヴィンには何を言っても無駄だということは、短い間でよく理解している。
形容しがたい表情で一つ頷いたリヴァイは、とりあえず今は目先の壁外調査をこなしてしまおうと無理やり頭を切り替えるのだった。



そして何とかなまえに遠乗りの約束を漕ぎつけたリヴァイは、本当に嬉しそうに目を輝かせて何度も頷くなまえにホッと胸を撫で下ろしたのだった。





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