(後日談)



なまえが食堂関係を手伝うようになって早一ヶ月。
リヴァイが心配していたような大きな負担は掛かっていないようで、主に献立作りと食事作りを担っている。
基本的に給仕は兵士の当番制になっているので、そこまで他の兵士と顔を合わせることもないらしく、少なくとも今のところリヴァイが危惧していたようなことは起こってないらしい。

「いくらなまえが心配だからと言っても当番の度に見に行くのはどうかと思うよ、リヴァイ」

「黙れメガネ。食事を食堂でとって何が悪い」

「…なまえが来る前は食堂に行くなんてこと、殆どしなかったくせに」

「行くのは久しぶりだ。クソみてぇな仕事がずっと入ってたせいでな」

「確かに私も食堂は一週間ぶりだな〜。このところ研究室に篭りっぱなしだったし。ま、モブリットがずっと持ってきてくれてたけど」

「前は風呂どころかメシすら忘れてたようなてめぇが、最近食事だけはちゃんとしてるらしいじゃねぇか。モブリットが泣いて喜んでたぞ」

「だってなまえが作るご飯が美味しいんだよ!献立も見せてもらったけど、分量通りにやればここまでちゃんとした味が出るんだって感動したよ!」

「…今までいかにクソみてぇな食事だったかが分かるってもんだ」

最初は、心配したリヴァイを始めとしてハンジやミケ、時にはエルヴィンさえもなまえが当番の日に顔を出していた。
中々顔を見ない幹部たちが揃って食堂に集っていることに、兵士たちはどよめいていたものだ。

「じゃあリヴァイもなまえがいる日に行くのは久しぶりなんだね」

「ああ…十日、いや二週間ぶりか」

「ま、なまえなら大丈夫だよ。ほとんど裏方に徹してるみたいだし、たまに顔出してもナナバや二ファが気にして見てるみたいだから」

「…別にそこまで心配してねぇよ」

いつも通り無表情な仮面を外さないリヴァイだが、その足取りはいつもよりもやや早い。
たまたまハンジと時間が被ってしまったが、本当なら自分一人で行ってなまえに声を掛けてやりたかった。
食堂の当番はリヴァイの主張通り週三日だけで、それ以外は今まで通りリヴァイの身の回りの世話から雑用、ハンジやミケの手伝いなどをしている。
だからなまえとはほぼ毎日顔を合わせているし、体調や精神面も問題ないことは分かっている。
それでも自分の目の届かないところで無理をしていないかと心配になるのは仕方がないだろう。
しかもこの二週間は、さっきも言った通り食堂の仕事の方には顔を出せなかったのだから尚更だ。

「あーお腹空いた!」

「クソが…なんでてめぇなんかと…」

そして食堂の扉を開けたハンジとリヴァイの目に飛び込んできた光景に、二人は思わず立ち止まった。
本来ならパンやらスープやらが並べられているはずのテーブルの周りに、むさ苦しい男たちが群がっている。

「なまえちゃん、こっちこっち!大盛りで頼むよ〜」

「なまえさん、俺も!」

「俺には愛情たっぷりで頼むよー!午後の訓練、兵長が教官だからさ、なまえちゃんの愛情があれば頑張れるよ!」

「ちょ、ちょっと…順番でお願いします!」

離れた場所にいるリヴァイたちからは見えないが、声から察するになまえがあの群れの中心にいるらしい。小柄ななまえが忙しなく動いている姿が想像出来る。

「あれ…今日はなまえが給仕を手伝ってるんだね。欠員でも出たのか…ってリヴァイ?」

無言でそれを見つめていたリヴァイが、ゆらりと一歩踏み出す。その背中に静かな怒りを読み取って、ハンジは思わず苦笑した。

「…程々にしなよね」

ハンジの小さな呟きを背に、リヴァイは一歩一歩その集団へと近づいていく。
既に先について食事を始めていた他の兵士たちは、リヴァイの姿にぎょっとした表情を浮かべ、そのまま慌てて視線を逸らした。
後に彼らは『あの時のリヴァイ兵長は視線で超大型巨人を射殺せるほどだった』と語った。

「あ、なまえちゃん、ほっぺにスープ飛んでるよ!熱くない?」

「あ、ほんとだ…ありがとうございます」

「なーんだ、俺が拭いてやろうと思って黙ってたのによー!」

「んだよお前!拭いてやるじゃなくて舐めてやる、だろ?」

「ははは!止めろよ、リヴァイ兵長に聞かれたら殺される…」

「…分かってんじゃねぇか」

その瞬間、食堂の空気が完全に凍ったのをハンジは明確に感じた。あの子たち死んだかな、と他人事のように思いながらハンジはちゃっかり手に入れていたスープを啜った。今日も絶品だ。

「てめぇら…」

「ひぃっ…リヴァイ兵長っ…!」

「え?リヴァイさん?」

なまえからリヴァイは見えなかったらしく、兵士の震えながらの呼び声にひょっこりと顔を出した。
前掛けをしたなまえは右手にお玉を持っていて、やはり給仕の手伝いをしていたようだ。

「リヴァイさん!今日はこっちに来られたんですね」

「ああ、やっと落ち着いたからな。なまえ、ここはもういい。まだ片付けがあるだろ。持ち場に戻れ」

「え、でも…今日給仕当番の兵士さんに二人も欠員が出ちゃって…」

「あとはこいつらが自分でやるそうだ。…なぁ?お前ら」

「もっ、もちろんです!はい!」

「全部自分でやります!」

「そう、ですか…?じゃあお言葉に甘えて…」

「なまえ」

そう言っていそいそと前掛けを外すなまえをリヴァイの静かな声が呼んで手招きした。
パッと顔を上げて笑顔を見せたなまえが、嬉しそうにリヴァイの元へと駆け寄る。

「はい、どうしました?」

「…まだ付いてるぞ」

リヴァイの骨張った指がなまえの右頬に伸びて、そこをそっと拭う。そして指についたスープをペロリと舐めたのを見て、なまえは頬を染めた。
同時に、それを目にした兵士たちが一斉に食器を落としたり皿をひっくり返す音が食堂中に響いた。が、二人の耳には入っていない。

「リヴァイさん、汚いですよ」

「お前の作ったモンが汚ねぇはずねぇだろ。片付けが終われば、仕事は終わりか」

「はい、そうです」

「じゃあその後で構わねぇから、部屋に食事を持ってきてくれ。…いつもみたいにな」

「もちろんです!けど…せっかくここに来たのにいいんですか?」

「ああ、やらなきゃいけねぇことを思い出したんでな」

そう言ってなまえの頭越しにジロリと周囲を見回したリヴァイに、兵士たちは恐れ慄いて震えることしか出来ない。

「分かりました。じゃあ後で…三十分後くらいに部屋にお持ちしますね」

「ああ、ゆっくりでいいぞ」

ペコリと頭を下げて裏へ帰っていくなまえを見送り、リヴァイはゆっくりと振り返った。動くことも逃げることも出来ない彼らは、もはや立ち竦むことしか出来なかった。

「…給仕すら女に頼るくらい鈍ってるらしいな。よし、全員外へ出ろ」

三十分間、俺が直々に鍛えてやろう。

滅多に見られない薄らとした笑みさえ浮かべているリヴァイに、悲鳴すらあげられない兵士たち。
生きる屍のようにノロノロと外へ出て行く彼らを心底気の毒そうに見つめながら、だが絶対に関わりたくないと他の兵士たちは黙って食事を取り続けた。



きっちり三十分後、部屋に戻ったリヴァイは笑顔で部屋に入ってきたなまえを見て、気付かれないように息を吐いた。
死屍累々と化した彼らの処理はもちろんハンジに押しつけてある。

「お待たせしました」

「…お前な、あんなことしてんじゃねぇよ。お前の仕事じゃねぇだろ」

「でも…」

「まさか、今までもやってたんじゃねぇだろうな」

「いつもじゃないですよ?ここ二週間くらいで…三回くらいです」

「チッ…もうやるな。分かったな?」

恐らくなまえの存在を知った彼らが、リヴァイたちの目が無いところで彼女を担ぎ出したのだろう。胸糞が悪くなるが、兵士たちに悪意があったわけではないのは分かっている。そして自分を拾った調査兵団(拾ったのはリヴァイだが)に対し、なまえの警戒心が皆無だということも分かっている。が、おふざけがすぎる。

「そんなに私、信用ないですかねぇ…」

ぶつぶつ言いながらもリヴァイの元へ食事を用意するなまえ。その様子は手慣れたもので、もう何度も同じ行為をしてきたことが見受けられた。

「…お前が用意すんのは俺にだけでいいんだよ。分かったか」

「分かりましたよ。リヴァイさんがちゃんと食事するように見張るのが私の役目ですもんね」

「はっ…言ってろ」

そう、リヴァイが食堂に行けない間もなまえはこうして彼の元へ食事を運んでいた。
今では自分が当番でない時もリヴァイの食事を用意するのはなまえの役目になっており、以前に比べたらリヴァイの食事事情はぐんと向上していた。

「あとな、ああいう風にされてヘラヘラしてんな。嫌なことはちゃんと嫌と言え」

「ああいう…?ああ、あれですか」

すぐには思い至らなかったなまえだが、兵士に掛けられた言葉のことを言っているのだと気がつくと困ったように眉を下げた。

「元の世界ではああいうのも少なくなかったので…あんまり気にしないんですよ」

「いや、そこは気にしろよ」

社会人として働いていれば多少なりともセクハラ紛いのことは経験してきた。
どんな世界だ、と嫌そうに顔を顰めるリヴァイに笑い掛け、「冷める前に食べてください」と促す。

「とにかく野郎の前に簡単に顔を出すな。隙を見せるな。笑いかけるな。触らせるな。分かったな」

「はいはい、了解です」

返事と共に下手くそな敬礼を捧げたなまえを呆れたように見遣りながらも、言われた通り冷める前にとスプーンを取る。
ハンジも言っていたが、なまえの料理は素直にうまいと思える味付けだった。感心するのはなまえ以外の誰が作っても、多少の差はあれど美味しく食べられる献立になっていることだ。

「…ん、悪くない」

「お口にあって良かったです」

嬉しそうに笑うなまえを横目に、リヴァイはどうやったら彼女に警戒心を持たせることが出来るか、真剣に頭を悩ませるのだった。



-fin



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