(後)



驚いたような、それでも切なそうな表情を貼り付けたまま退室したなまえを見送ったハンジが大袈裟な溜息を吐いた。

「エルヴィン、あれじゃあ誤解を解いたとは言えないんじゃない?むしろやっぱり出て行って欲しいんだって思われちゃうよ」

「それが狙いか、エルヴィン」

今まで口を挟まずじっと佇んでいたミケが聞いた。

「リヴァイ、お前はどう思う」

「…何がだ」

ミケの質問には答えず、エルヴィンは不機嫌そうにソファーに腰を下ろしたリヴァイへと水を向けた。
先ほどまでなまえの手を握っていた右手をぼんやり眺めるその姿は、どこかもどかしげだ。

「なまえは調査兵団に残ると思うか」

「それはあいつが決めることだ」

「もしここに残ると決めたら、なまえの言う通り兵士たちの世話をしてもらおうかと考えている」

「エルヴィン、てめぇ…!」

そう呟いたエルヴィンに、リヴァイは思わず立ち上がって距離を詰める。下から見上げるその視線は壁外の時のように厳しいものだ。

「なまえから言い出したことだ。我々としても助かるだろう?」

「兵団のこともこの世界のこともろくに知らねぇ奴に世話をしてもらうほど、兵士たちは困窮してねぇだろ」

「しかしなまえの言う通りだ。最低限の衣食住は確保しているが、栄養のことや衛生面は二の次だからな」

「だからと言ってあいつにそんなことさせる意味が…」

「…男どもの中に放るのが心配だと素直に言えばいいだろう、リヴァイ」

「え!そうなの!?」

「…んなこと言ってねぇだろ」

ミケの静かな断言とハンジの素っ頓狂な声に深く眉間に皺を刻む。面白そうな笑みを浮かべるエルヴィンをもう一度睨みつけ、再びドサっとソファーへ座り込んだ。

「へえー…リヴァイ、意外と可愛いとこあるんだね」

「その鬱陶しい顔を削がれたくなかったら今すぐ口を閉じろ、メガネ」

「もちろんどちらにするのか、決めるのはなまえ自身だ。だがその選択を助けることは出来るんじゃないか?」

「…俺はなまえが一人で壁内で生活出来ると思わんがな」

「そんなことはないさ、ミケ。彼女はあれで意外とたくましい」

「私はこのままなまえに残って欲しいと思ってるよ。リヴァイはどうなの?」

「あいつはいつか元の世界とやらに戻るんだろ。それならそれに一番近い方法が良いに決まってる」

「…それさ、ずっと思ってたことがあるんだ」

ふと真剣な声音になったハンジに思わずその顔を見る。いつになく真面目な表情に、エルヴィンとミケも顔を引き締めた。

「これは推測だからなんとも言えないけど。なまえ、向こうの世界では死んでる可能性が高いんだろ?クルマ…とやらの衝撃は相当なものだろうし」

「そうらしいな。ものすごい速さで突っ込んできたから、見てはいないが自分の身体はぐちゃぐちゃだろうと言っていた」

諦めたように笑いながらそれを告げたなまえの横顔を思い出しながら、エルヴィンが答えた。
あの時のなまえは元の世界に自分の居場所が無いことを受け入れているようだった。

「そうなると、なまえにはもう戻る場所が無いんじゃないかな。物理的にも身体的にも、戻る方法も戻る器もない」

「…どういうことだクソメガネ」

「つまりだよ?なまえに突っ込んだクルマとやらが、時速160qだと仮定しよう。調査兵団の馬ですら最高速度は時速80kmだから、それの二倍だね。もしなまえの世界とこちらの世界を行き来するために、それくらいの衝撃を与えなければならないとしたら…壁上からどうにか立体機動装置で飛び立って、そのまま地上へ叩きつける方法くらいしかないだろうね」

「それではなまえが死ぬだろう」

「その通りだよ、ミケ。だからなまえは死んだんだ」

「つまり…物理的に戻るのは不可能だと?」

「分からない。もしかしたら全く違う方法があるのかもしれないし、なまえが外で暮らすことでそれを見つけることが出来るかもしれない。だけどどんな方法であれ、もしある程度の衝撃が必要だとしたら…なまえは戻る前に死ぬだろうね」

「だがあいつは生きてこちらへ来たじゃねぇか」

「そう。何度も言うけど、これは想像に過ぎない。だけど検証も難しいし、もし失敗したら待つのはなまえの死だ。それにもう一つ」

「…なんだ」

半年間色々な文献を読み漁り、計算をし尽くしたハンジの意見には有無を言わせない強さがあった。

「元の世界でなまえが本当に死んでいたとしたら。今のなまえの身体はなんなんだろう?向こうの世界ではどうなってるんだど思う?」

「…知らねぇよ」

「色々な奇跡が重なって、事故に遭ったなまえが無傷のままこちらに飛んできた。そしてまた色々な奇跡が起こって元の世界に帰れたとしよう。クルマの…時速160kmに突っ込まれたなまえの身体はどうなっているんだろうね」

「ハンジ…それはまさか」

「エルヴィン、想像だと言ったろ。もしこの世界を跨ぐ力に傷を治したり、時間を巻き戻る力が無いのだとしたら…戻ってもなまえは死ぬしか無いんじゃないかな」

重苦しい沈黙が部屋を覆う。
全ては想像でしかない。だがあまりに不確定要素が多い以上、再び世界を渡るという行為がなまえの身の安全を保証しないことは確かだろう。

「チッ…」

「リヴァイ、どこへ行く」

舌打ちを溢したリヴァイが立ち上がって扉へ向かうのを、エルヴィンの静かな声が止めた。

「クソメガネの話が本当なら…あいつの命の為にはこの世界に残るのが最善だろう」

「それをお前が決めるのか、リヴァイ」

いつになく厳しいエルヴィンの声音に、ハンジもミケも思わず息を呑む。鋭い二つの視線が交わった。
先に口を開いたのはリヴァイだった。

「俺は、なまえが元の世界に戻る方法があるのならそれが一番幸せだと思っていた。来たんだから帰れるんだろうと、そう軽く考えてた部分もある」

「だが帰れないと決まった訳ではない。ハンジの言う方法以外にももしかしたら…」

「そうだろうな。だがそれをあいつ一人に探させるつもりはない」

「リヴァイ…」

「クソメガネの言う通り、あいつの命と元の世界に戻る方法を天秤にかける、そんなクソみてぇな選択をしなきゃならねぇ日が来るかもしれない。だが…その時に一人で決めさせるつもりはねぇ」

「誰かが側にいることが、なまえをこの世界に引き留める要因になるかもしれない。彼女の未来を我々が決めるようなことはするべきじゃないと思わないか?」

「エルヴィンてめぇ…どっちなんだよ。なまえに残って欲しいのか、外に出て元の世界に戻る方法を探して欲しいのか。お前が差し向けたことだろうが」

「…私たちが最後まで彼女の側に居られるわけではない。事情を知っている私たちが全員居なくなったら、なまえはどうやって生きていく」

「はっ…そりゃ愚問だな」

「…なに?」

「だから俺が側に置いて、この世界で生きてく術を叩き込んでんだろうが」

「リヴァイ、お前…」

「それに…あいつの淹れる紅茶は悪くねぇ」

そのままバタン、と扉から出て行ったリヴァイを三人は黙って見送った。最初におかしそうに笑ったのは、ハンジだった。

「ははっ!リヴァイらしくないねぇ、誰かの決断に口を挟もうとするなんて」

「だが…なまえにとってはリヴァイの側にいるのが一番安全だろう。違うか、エルヴィン」

「…全く。とんだ当て馬にされたものだ」

兵団の為、人類の為ならどんな非情な決断も下せる彼でも迷うことがあるのだと、意外そうな雰囲気を醸し出す二人にエルヴィンは苦笑を向けた。

「正直…なまえが私たちに害をなす存在だったらどれだけ楽かと思ったこともある」

「しかし…なまえの存在がもし他の兵団や王政にバレたら…」

「そうなる前に手を打つさ。なに、情報操作は得意分野だからな」

「…ふん。結局お前もただの女には甘いんだな」

ミケの呆れたような言葉にエルヴィンは薄い笑みで返した。リヴァイがなまえを見守る視線に気がついていなかった訳ではない。だから、リヴァイがどこまでなまえに対して必死になるか―有り体に言えば執着するか―それを見極めたくなった。

「…人類最強の弱味になるか、止まり木になるか。さあ…どちらだろうな」

エルヴィンの面白そうな呟きは、盛り上がるハンジとミケの耳に入らず溶けていった。



足早に急ぐリヴァイが向かうのはなまえのところだ。きっと彼女はあそこにいる。
最近の何か思い詰めたような雰囲気には気がついていたが、まさか自分から何か役目を、と志願するほど切羽詰まっているとは。

(…泣くんじゃねぇぞ)

僅かに焦る気持ちを押し殺すリヴァイの脳裏に蘇るのは、なまえの監視について二ヶ月ほど経った頃のことだ。
あの時はまだなまえに警戒心は解いていなかったものの、恐らく害は無いだろうと結論付けていた頃だ。かと言ってどう接すれば良いかも判らず持て余していた。
そんなある日、掃除の終了時間にも姿を現さないなまえを探して、リヴァイは兵団の裏をイライラしながら歩いていた。

「あの野郎…時間通りに終わらせろっつっただろうが」

一応監視役の身だ。薄暗くなる周りに眉を寄せながら角を曲がったリヴァイの目に、茂みの中で立ち竦むなまえの姿が見えた。

「オイ、…」

「ねぇねぇあんたさ、リヴァイ兵長の何なわけ?」

「兵士でもないのに兵長の側近になるなんてさ、もしかしてコッチでも使った?」

一歩足を踏み出したリヴァイの耳に、野太い男たちの声が入ってきた。姿は見えないが、なまえは兵士の男二人に詰問されているらしい。

(チッ…めんどくせぇな)

怯えたように身体を硬直させているなまえは逃げ出すことも出来ないようだ。
周りの鬱陶しい草木が邪魔で三人の姿は見え隠れしている。ここから声を掛けるより間に入った方が早いだろうと、更に足を早めたリヴァイに下卑た会話が聞こえてくる。

「あのリヴァイ兵長が兵士じゃない女を側に置いたって、限られたやつしか知らないらしいし。あんた、記憶喪失なんだろ?子どもみたいな顔してっけど、一応成人してんのか?」

「へっ、兵長もただの男だったってことか。どうなの?人類最強って、夜の方も人類最強なワケ?」

「ばーかお前、あの潔癖なリヴァイ兵長だぞ?コイツ使って適当に抜いてるだけだろ」

「あーなるほどな…いくら巨人相手には無敵だって言ってもあの身長じゃなあ…女もコイツくらい子どもみたいな身長体型じゃなきゃ…」

「あ、謝ってください!」

「…あ?」

「わ、私のことならともかくっ…リヴァイさんのこと、そういう風に言わないでください!」

「あーあ怒っちゃった。やっぱりそういう関係?」

「ちがっ…」

「リヴァイさん、だってさ。かわいーの」

「ま、いいや。俺たちの相手もしてよ」

「記憶喪失なんだろ?今からのことも都合よくすっぱり忘れてさ、リヴァイ兵長に取り入ったみたいにしてよ」

「っ、リヴァイさんはそんな人じゃありません!リ、リヴァイさんの強さに嫉妬してこんなことするくらいなら、少しは訓練したらどうです!?」

「てめぇ…言わせておけばっ…!」

聞こえてきたなまえの上擦った声に、その内容に、リヴァイは思わず足を止めそうになった。
襲われ掛けている自分を顧みず、リヴァイを侮辱されたと怒るなまえの横顔が見えた。泣きそうに歪められているその横顔が見えた瞬間、リヴァイは地面を蹴ってなまえと男たちの間へ立ちはだかった。

「…てめぇら」

「リ、リヴァイ兵長っ…!?」

「こんなところで女囲ってる暇があるらしいな。お前らの上官にはよく言い含めておこう」

「す、すみませんっ…!」

「……ああ、あと」

脱兎の如く、もつれる足を踏み出した男たちの背へ低音を浴びせる。ピタリ、と足を止めた彼らが恐る恐る振り返った。

「今後コイツに関わるようなことがあれば、巨人に喰われるより辛ぇ目に合うことになるぞ」

「「り、了解っ…!」」

氷よりも冷たい科白に震えながら、彼らは心臓を捧げたのだった。


あの後緊張の糸が切れたのか泣きじゃくるなまえに途方に暮れて、リヴァイは慣れない慰めに必死になったのだ。
そしてふと気がついた。コイツが泣くのを見るのは初めてだ、と。もしかしたらリヴァイのいないところでは泣いていたのかもしれないが、こんな世界に飛ばされ知識を搾取され続け、得体の知れない男に四六時中監視されている中でも、なまえは泣き顔どころか泣き言一つ言わなかったことを。
そんな中でも、なまえが泣きながら笑って告げた言葉に衝撃を受けた。

『リヴァイさんとこんな風に会話が出来て嬉しいです』

あまりにも稚いその笑顔は二十歳を大分超えた女性のものとは思えなくて、思わずポカンとしてしまった。だが「ずっと近くにいるのに、話も出来なくて寂しかったんです」と照れたように目を伏せる姿を見ていれば、どうやって接しようか、声を掛けようかと悩んでいた己が阿呆らしく思えた。
そこからリヴァイはなまえに掃除を始めとする雑用を徹底的に教え込むようになり、なまえの顔には笑顔が咲くようになったのだ。

(頼むから…一人で泣いてくれるな)

なまえの涙を見たのはその時と先ほどの二回だけだ。それでも彼女の涙は予想外にリヴァイを揺さぶり、放っておけなくなる力を持っていた。

「…あそこか」

何か思うことがある時、なまえは兵団の裏にある中庭に来るらしい。兵士たちに絡まれた時も掃除が早めに終わり、ぼんやりと時間を潰していたのだという。

「なまえ!」

「…リヴァイさん?」

古びたベンチに座るなまえの頬に涙の後はない。それにホッとしつつ、何故かもどかしい気持ちにもなる。

「どうしたんです?こんなところまで珍しいですね」

「お前…決めたのか」

目を丸くしていたなまえの表情が瞬時に曇る。それに軽く息を吐き、リヴァイはドカリとベンチの端に腰をかけた。

「…悩んでんじゃねぇよ」

「なっ…悩むに決まってるじゃないですか!どうやって生計立てていこうとか、元の世界に戻るヒントってどう探せば良いのかとか…」

「…は?てめぇ…それは兵団を出てくって決めてるじゃねぇか」

「え…?リヴァイさんこそ何言ってるんですか?それは決定事項じゃないですか」

そう言ったなまえが寂しげに俯いた。
エルヴィンの提示を事実上の追放と決めかかっているらしいと気がつき、リヴァイは苛立ちを隠さない。

「いいか、よく聞け。お前がここに残りたいのなら俺たちは歓迎する。もし出て行きたいと言うのなら…ハンジの野郎のクソうるせぇ引き留めを覚悟するんだな」

「え…?」

リヴァイの不器用な言葉にパッと顔を上げて、なまえはその顔をまじまじと見詰めてしまう。この無愛想な男は、出て行かなくても良いと言っているのか。

「リヴァイ、さん…それは…ここにいてもいいってことでしょうか…?」

「くどいな。そう言ってんだろうが」

「でも、私、きっともうすぐ役に立てなくなります…。皆さんに渡せる知識や情報なんて、もうほとんど残ってないんですっ…」

「だからなんだ。なまえ、俺たちがその為だけにお前を置いてたとでも思ってんのか?」

「…違うんですか?」

「エルヴィンやハンジも最初はそうだろうよ。でもな、それだけでお前の面倒を見続けるほど兵団には余裕も金もねぇよ」

「じゃあ…私…」

「…拾ったのは俺だ。仕方ねぇから最後まで面倒見てやる」

「リヴァイさん…」

漸くぱあっと顔を明るくしたなまえの頬に一筋だけキラリと光るものが見えた。それを横目に、リヴァイは気付かれない程度に口角をあげた。
エルヴィンにもハンジにも、もちろんなまえ本人にも絶対に伝えないが、リヴァイにはもう一つ気に入っていることがある。

『行ってらっしゃい、リヴァイさん』

なんの毒気もないあの笑顔で見送られることは、実はとても気持ちが良いのだということを。



「却下だ」

「だがな、リヴァイ」

「却下と言ったら却下だ。行くぞなまえ」

「リヴァイさん、でも…」

後日、兵団に残りたい旨を深々とした一礼と共に告げたなまえをエルヴィンは優しい笑みと握手で迎え入れた。
ちなみにハンジからは「これでずっとなまえは私のものだね!」という狂気めいた台詞と熱烈なハグを与えられ、それはそのままリヴァイの蹴りへと変わった。
暫くは今まで通りリヴァイの身の回りの雑用や掃除、そして徐々にハンジの書類整理やミケのお使いなどを任されるようになり、なまえの存在は少しずつ調査兵団内に浸透するようになっていた。

「今まではリヴァイが隠していたのもあって都市伝説みたいな存在になってたんだよ、なまえ」

「と、都市伝説…」

「…なんでもなまえに手を出すと呪われるという噂もあったらしいぞ」

ハンジとミケの言葉に頬を引きつらせる。
あの兵士たち以来、変な言い掛かりを付けてくる人たちがいなかったのはそういうことかと納得する。

「だからといって、コイツに食堂も手伝わせる必要はねぇだろうが。新兵にやらせとけ」

「なまえの話を聞けば聞くほど、彼女の料理と栄養に関する知識は素晴らしい。なまえに食事を通して身体作りを手伝ってもらえれば、兵団としても上に食材の予算を通しやすくなる」

「てめぇ、それが目的だろうが」

エルヴィンに呼び出されたなまえは「是非食堂を手伝って献立作りや調理に携わって欲しい」とにこやかに告げられ、嬉々として受諾しようとした。が、リヴァイの一刀両断により口を噤まざるえなくなる。

「リヴァイさん、あの…」

「大体コイツにそんなことさせてみろ。今でさえ手一杯なのにぶっ倒れるに決まってる」

「確かに今のなまえは立場も請け負う仕事も曖昧だ。だからここで団長付きにして、そこから各部署に派遣という形にしようと思う」

「ふざけんな。コイツの監視は俺の役目だろうが」

「あの、団長、リヴァイさん…あの、」

「リヴァイ、なまえの監視が必要無くなったことはお前が一番よく分かっているだろう」

「だからといって俺の近くから離してみろ。一日も保たずにメソメソ泣きやがるぞ」

「な、泣きませんよっ!」

「リヴァイ…過保護なのも良いがな、過ぎると面倒なだけだぞ」

「何にしても却下だ。分別もつかねぇ男どもの中に入れる気はない」

静かに火花を散らしながら言い争うエルヴィンとリヴァイ、そしてオロオロと二人の間で眉を下げるなまえ。
そんな三人を少し遠くから眺めながら、ハンジが頬杖をついて口を開いた。

「…ねぇミケ。リヴァイ、あれ分かって言ってると思う?」

「無意識だろうな」

「だよねぇ…。あとで冷静になってこっ恥ずかしさでのたうちまわらないといいけど」

「それよりも俺は、あそこまで言われて照れもせず、平然としているなまえの方が気になるが」

「あー…ありゃもうあれだよ、あれ。雛鳥が初めて見たものを親だと思うような…」

「…随分凶暴な親鳥だな」

「もうっ!リヴァイさん!私の意見も聞いてくださいよ!」

痺れを切らしたなまえがついに大声を上げた。ピタリ、と言い争いをやめた二人の視線がなまえに向けられる。

「…なまえ、まさかやりたいとか言うんじゃねぇだろうな」

「やりたいですよ。元々は私が言い出したことですもん」

「お前な…ミケから頼まれた文献一つ返すのに迷って、俺のところにピーピー泣きついてくる奴が出来るはずねぇだろ」

「だから泣いてませんっ!」

「まぁまぁなまえ…やってくれるんだね?」

「はい、もちろんです」

その答えにリヴァイの不機嫌さが最高潮に達する。腕を組んでなまえを見下ろしたリヴァイが口を開く前に、彼女がチラリとリヴァイを見上げた。

「だってリヴァイさん…お食事全然とらないじゃないですか」

「あ?それが今何の関係がある」

「私、リヴァイさんが忙しい中でも簡単に食べられるような…でも栄養のあるものを作れるように勉強もしたいんです!それでも駄目、ですかね…?」

しゅんと俯いてしまったなまえを無言で凝視するリヴァイ。
なまえには分からないだろうが、付き合いが長い三人には分かる。あれは驚くとともに喜んでいて、さらに少しだけ照れている。

「お前…その為にやりたいって言ってたのかよ」

「そうですよ?何回言ってもちゃんと食事してくれないから…このままじゃリヴァイさんといえど、身体壊しちゃうんじゃないかって心配なんですよ」

益々頭を下げてしょんぼりしてしまうなまえを数秒見詰め、リヴァイは大きく溜息を吐いてエルヴィンの方を見遣る。その顔は分かりやすいほど苦々しげだ。

「…毎日は認めん。せめて週二日だ」

「少なっ!」

「うるせぇクソメガネ。てめぇは黙ってろ」

「リヴァイさん…せめて隔日がいいです…」

「……週三日だ。それ以上は絶対に認めねぇからな」

「っ、ありがとうございます!」

「やれやれ、だな…」

喜ぶなまえと苦笑するエルヴィン。
リヴァイは嫌々という様子を隠すことなく腕を組んで佇んでいるが、なまえを見る瞳は優しい。

「いいか、余計なことは話すな。コイツら以外とは喋らなくていい」

「そんな無茶な…。大丈夫ですよ、まさか誰も他の世界から来ただなんて思わないですから」

「そういうことを言ってんじゃねぇよ。ただでさえ出自が曖昧なお前に興味持つ奴は少なくねぇんだ。記憶喪失ってなってんのに、一部分だけ妙に詳しかったらおかしいだろうが」

「そっか…そうですよね。気をつけます」

大真面目に頷くなまえと、もう何も言うまいと生暖かく見守るハンジ、ミケ。
エルヴィンはにこにこ笑いながら顎の下で手を組んだ。

「ではなまえ。何か困ったことがあったら私のところまで来るように」

「はい、わかりま…」

「必要ねぇよ。俺が責任持ってモノにしてやる」

「リヴァイ…お前な…」

冷たくリヴァイに遮られたエルヴィンは、諦めたように笑ってハンズアップを取った。
それを鼻で笑ったリヴァイは、「行くぞなまえ」と声を掛けスタスタと部屋を出ていく。

「あっ、リヴァイさん…すみません皆さん、失礼します!」

慌てて頭を下げたなまえもにっこり笑って部屋を後にした。パタパタと軽やかな足音はやがてゆったりとした二つの足音になり、徐々に遠ざかっていった。

「…この前さ、リヴァイに『なまえが元の世界に戻る方法を見つけたらどうすんの』って聞いたんだよ」

それを見送ったハンジがふと思い出したように声を上げた。その声音はひどく楽しそうだ。

「ほう…リヴァイは?」

「ははっ…ちょっとびっくりしたような顔してたよ。あれは完全に失念していたね」

その様子を思い浮かべたのか、ミケも僅かに笑う。なまえが元の世界に戻る方法を探すのを諦めたわけではない。だが、リヴァイにとってはあまりになまえがいることが日常過ぎて、ともすれば最近は考えることも少なくなったのかもしれない。

「で、なんて言ったと思う?」

「想像もつかないな」

顎に指を添えたエルヴィンがミケを見るが、彼も降参だ、というように緩く首を振った。
そもそもリヴァイがそんな雑談に応じることも珍しい。

『…いっそのこと既成事実でも作っちまうか』

暫く考えた末に出たリヴァイの言葉に、ハンジは思わず絶句した。予想外すぎて二の句も継げない。

『…冗談だ』

そんなハンジの様子に、言った自分さえ驚いて足早に出て行ったリヴァイの表情は、ひどく気まずそうなものだった。そんな顔すら初めて見るもので、流石のハンジも暫く動けなかったという。

「…エルヴィン、なまえにはくれぐれも手を出すことがないよう全兵士に通達を出した方が良いぞ」

「そうだな…貴重な兵力を失くしたくはないからな」

「はははっ!いやーこれからが楽しみだなっ!」

ハンジの明るい笑い声が響く中、どう全兵士に伝えようか、エルヴィンは本気で頭を悩ませるのだった。



-fin



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