「バレンタイン?くだらねぇな。しかも手作りなんざ…気持ち悪くて食えるわけねぇだろ」

あの時リヴァイが吐き捨てた言葉、不快そうに歪められた横顔、それを聞いて咄嗟にカバンに隠した手作りのチョコレート。それらは今でもナマエの心に鋭い痛みとして刻まれている。
渡す前で良かったと心底安堵した反面、もしかしたら自分のものなら受け取ってもらえるかも、と考えていた淡い期待も打ち砕かれた。
リヴァイと会話をしていたハンジと同じように、ほんの少しだけ他の女性より近い距離にいると自負していた。でも本当は、こんなにも遠い。

「あっ、ナマエー!こっちこっち」

「リヴァイ、ハンジ!何してるの?」

ナマエに気がついたハンジが大声で呼び掛けて、それに釣られてリヴァイもこちらを振り返る。
険しかった表情が微かに和らぎ、軽く手をあげた。それだけで十分だとそう自分に言い聞かせて、ナマエは鞄の中のチョコレートと共にリヴァイへの気持ちを奥深く仕舞い込んだ。



好きな人がいる。
一見取っ付きにくそうで気難しそうな顔をしているのに、本当は誰よりも優しい不器用な人。


入社した会社で同期としてリヴァイと出会い、もう5年が経った。それはイコール彼に片思いをしている年月を表していて、我ながら一途だと自嘲の笑みを浮かべる。愛を伝える日が近づくこの時期、至るところで見るキラキラ輝くチョコレートは冒頭のリヴァイの言葉を否が応でも思い出させた。

「ナマエ、今年も頼むぞ」

「はいはーい。お店選びは任せたよ」

「了解だ」

社内ですれ違い様にリヴァイが声を掛けてくる。敢えて明るい声をあげ、ヒラヒラと手を振ったナマエにリヴァイがほんの僅かにホッとした表情を作る。それを見たナマエの胸が温かく灯ることを彼は知らないのだろう。

「…潮時、かな」

エレベーターに乗り込むリヴァイを見送ることなくポツリと呟いた。5年間育て上げたリヴァイへの気持ちは、曝け出すことも押し殺すことも出来ずにナマエの中で膨らむ一方だった。


5年前、新卒として入社したナマエやハンジと同じ研修を受けていたのがリヴァイだった。彼は中途入社でいくつか歳は上だったが、その寡黙さや眼光の鋭さ、そしてずば抜けた優秀さで入社当時から目立った存在だった。その中でも何故かナマエとハンジと気が合い行動を共にするようになったのが懐かしい。
どうしても数値管理や計算が苦手なナマエを見兼ねて、リヴァイが根気強く教えてくれるようになったのもいい思い出だ。

「リヴァイ、今日の研修の数値のところ、どうしても理解出来なくて。教えてもらえないかな?」

「ああ。終わったらどこか店入るか」

書き込みで真っ黒になった研修資料を手に、恥ずかしそうに俯くナマエを馬鹿にすることなく、リヴァイは丁寧に説明を重ねてくれていた。
その分コミュニケーションに難があるリヴァイのフォローをナマエやハンジが行い、ともすれば孤立しがちな彼を支えていた。
ハンジは研究職として入社しており、暫くして営業職のナマエとリヴァイとは別の研修を受けることになったことで、二人で顔を合わせる時間が増えていた。そんなリヴァイに惹かれていくのは自然なことだったように思う。同期として、友人として、恐らく誰よりもリヴァイの近くにいられたことに喜びを感じていた。

「何か困ったことがあったら俺に言え。同じ社内にいるんだ、すぐに駆けつける」

「…ありがとう、リヴァイ」

3ヶ月の研修が終わりそれぞれの営業部に配属が決まった時、リヴァイが真剣な顔でナマエに告げた。手の掛かる同期だと思っているのか、年下のナマエを気に掛けているのか、純粋なリヴァイの優しさが苦しかった。
別々の営業部になってしまってフロアは違うが、それでも顔を合わせることは少なくない。ハンジも同じビルのフロアに配属が決まり、また3人で集まることが増えた頃、興奮した様子の女性先輩がナマエに詰め寄ったのだ。

「ねえ、ミョウジさんの同期で中途入社のリヴァイ・アッカーマン、エルヴィン副社長が直々に引き抜いてきたって本当!?」

「えっ…?」

「昔からの知り合いらしくて、相当優秀な営業マンだった彼をヘッドハンティングしてきたって聞いたわよ」

「そう、なんですか…」

「顔良し、営業成績良し、将来有望株!まぁかなり無愛想だしちょーっと身長は低いけど…あのエルヴィン副社長が認めたっていう将来性を考えたら買いよね!」

きゃあきゃあと騒ぐ先輩たちに愛想笑いで答えてその場を後にした。
次期社長でこの会社を急成長させたエルヴィンの女性人気は高い。その彼が直々にヘッドハンティングしてきたというリヴァイに注目が集まるのは当然だろう。

「…知らなかった」

元々リヴァイの名は他の営業部にも轟いていたし、これからはそこに女性人気も重なってくるだろう。ナマエとハンジ以外の女性社員と関わることを面倒くさがる彼も、先ほどの先輩のような美人で頭の良い女性に言い寄られるのは満更でもないかもしれない。
そんな風に焦燥感を募らせている間に、リヴァイと出会ってから初めてのバレンタインが近付いていた。自由な社内の風紀もあってか、女性たちがお目当ての男性社員にチョコレートを渡す風習があるという。高校生みたいだよね、と呆れたように肩を竦めたハンジに同意しつつも、ぼんやりとリヴァイへと渡すチョコレートを想像していた。
いつもお世話になっているお礼だと、そんな風に自分に言い聞かせて久しぶりに手作りをしたチョコレートは、ついぞリヴァイの手に渡ることはなかった。

「…ナマエ。頼みがある」

「リヴァイ?珍しいね、どうしたの」

リヴァイが全てのチョコレートを断ったらしい、とそんな噂を耳にしてから1年、2回目のバレンタインがやってくる時期、いやに真面目な顔をしたリヴァイが休憩をしていたナマエの元を訪れた。

「もうすぐ…バレンタインだろ」

「あぁ、そういえばそうだね。もう2月だね」

「…その日、空いてるか」

「へ…?」

動揺のあまり、持っていた紅茶のパックを落としそうになったナマエを真っ直ぐに見て、リヴァイが薄い唇を開いた。

「あー…もし予定がねぇなら、メシでも行かねぇか」

「特に予定はない、けど…なんでその日なの?」

僅かな期待と大きな疑問で混乱しそうになる思考を何とか纏め、冷静に聞く。気まずそうに視線を逸らすリヴァイの様子が物珍しくて思わず目を瞬いた。

「実はな…」

深々と溜息を吐いたリヴァイが告げた話はこうだった。
去年のバレンタイン、仕事が終わったと同時に色々な女性社員からチョコレートを渡されそうになったという。それらは全て断ったが、リヴァイに予定が無いと分かると無理やり食事に連れて行こうとする女性もおり、それを撒くのに相当の時間と労力が掛かったらしい。更にはどこで調べたのか自宅のマンションの前で待っていた女性もいたらしく、とにかく疲れた一日になったのだと本当に疲れ切った顔で話すリヴァイに同情してしまう。

「それは大変だったね…」

「全くだ。顔も名前も知らねぇ女からの食い物なんて食えるか。しかも手作りだぞ?何が入ってるか分かったもんじゃねぇ」

「そう、だね…」

「それでだ。今年も同じ思いをするのは勘弁したい。だからナマエには付き合わせて悪いが…」

「なるほどね。目眩しと時間潰しに付き合えってことか」

「…美味いもん食わせてやる」

「仕方ないなー。リヴァイの奢りだからね?」

付き合ってあげよう、と戯けたよう笑ったナマエに安堵したようにリヴァイの頬が緩んだ。鋭い痛みを伝える胸の内は無視する。リヴァイにとって自分は、他の女性とは違って一緒に過ごしてもいいと思う存在なのだと、ナマエはそう自身を慰めるのだった。



それから4年、毎年バレンタインはリヴァイと過ごすのが定番となっていた。相変わらずチョコレートやプレゼントを渡そうと躍起になる女性たちの姿は変わらないが、少なくとも待ち伏せをしたり後を追いかける人は居なくなったという。
そして今年も、リヴァイとナマエのバレンタインという名の何でもない日が近づいていた。

「今年こそはエルヴィン副社長とリヴァイ課長に受け取ってもらいたいわー」

「本当よね。二人とも絶対に受け取らないんだもの。逆に燃えるわよね」

スピード出世を果たしたリヴァイに恋をして、憧れている女性は年々増えるばかりだ。楽しそうにキラキラと目を輝かせる彼女たちを横目にナマエはこっそり溜息を吐く。
リヴァイと過ごせるバレンタインの日は、楽しみでもあるが脈のなさを実感する心の痛む日でもあった。毎年交わされる同じような会話を思い出して、ナマエは自身を嘲るように口角をあげる。

「ナマエ、誘っといてなんだが…一緒に過ごす男はいねぇのか」

「あのね、いたらリヴァイとこんなところで日本酒呑んでないでしょうが」

「フン…お前、チョコ一つ渡す男もいねぇのかよ」

「チョコ一つも躱せないリヴァイに言われたくありませーん」

べ、と舌を出したナマエに喉奥で笑うリヴァイ。付き合わせている詫びだ、と言って毎年リヴァイが連れて来てくれるのは知る人ぞ知る名店が多く、世間のバレンタインの浮ついた雰囲気を感じさせなかった。
毎年毎年、ナマエの男関係を心配するリヴァイに意識して笑顔を作っている。本当は毎回、彼に渡すチョコレートを用意していた。さすがに手作りではないが、紅茶好きのリヴァイに合わせて紅茶のリキュールがはいったチョコレートを鞄の中に忍ばせているのだ。だが結局、一度も渡すことなく全てナマエの腹の中に収まっている。

「お前の貰い手がなかったら俺が貰ってやろうか」

「はいはい。その時はよろしくお願いしますね」

頬杖をついて揶揄うように言ったリヴァイをじとりとした目線で睨みつけ、日本酒を一気に呷る。ナマエの気も知らず、面白そうな声音を隠さないリヴァイが憎らしく、そして恋しかった。それでもこういう冗談をナマエにしか言わないことを知っているから、まだ諦められないでいる。

「…ナマエ?ナマエ、おーい、ナマエってば!」

「…ハンジ」

目の前でヒラヒラと手を振るハンジの声が、急速に意識を現実に戻してくれた。ハッと瞬きを繰り返すナマエを気遣わしげに見てハンジが目の前の席にゆっくりと座る。

「ちょっと大丈夫?具合悪いの?」

「ごめんごめん、ちょっと考えごと」

「ナマエ、最近忙しいんだろ?あんまり無理しちゃ駄目だからね」

「うん、ありがと」

待ち合わせていた店内を何となくぐるりと見回す。ここにも『バレンタイン限定商品!』のポップがいたるところに貼ってあって、その日が近いことを嫌でも意識させられた。

「今年のバレンタインもリヴァイと?」

「うん、そう。モテる男は大変だよねー」

「ま、あそこまで必死に追われたらリヴァイじゃなくても恐怖を覚えるよね」

ハンジの言葉に苦笑いで応える。彼女にナマエの気持ちを打ち明けたことはなかったが、聡いハンジのことだ。恐らく気がついているだろう。その証拠に、毎年バレンタインの日のリヴァイとナマエの食事には、いくら誘っても参加したことはなかった。ナマエに気を遣っているのだと思うと申し訳なさと居た堪れなさが襲ってくる。

「ね、今年こそハンジもどう?最近3人で集まれてないし」

「私はいいよ。ほら、社内プレゼンが近いのは知ってるだろ?それが大詰めでさ」

「…そっか」

ハンジの言うことに嘘は無いのだろうが、やはりそこに気遣いの色を読み取ってナマエは思わず俯いてしまった。叶わない片想いをずっと続けていけるほど、自分はもう若くないのだと最近強く感じるようになっている。

「ナマエ…?」

「ハンジ、私ね、お見合いの話が来てるの」

「え…?」

眼鏡の奥のハンジの目が大きく見開かれる。
初めて見るその愕然とした顔になぜか申し訳なさが募った。

「え、え、見合い?この時代に?」

「ね、私もびっくりだよ。うちの両親、どっちも早くに亡くなってるのは知ってるよね?それで面倒を見てくれてたのが叔父なんだけど…なんかやたら心配しててね」

「それで…受けるつもりなの?」

「うーん…迷ってる。叔父は小さい会社をやってるんだけど、そこの取引先の人らしくて。叔父の顔を立てるためにも受けた方が良いのかなーって」

「リヴァイは?いいの?」

確信を持って告げられた名前に顔を上げる。やはり知っていたか、と苦笑いが溢れるが、緩く首を振って今度は柔らかい笑みを見せた。

「そうだね…リヴァイを諦めるためにもいいタイミングかなって。それにこの令和の時代にお見合いなんていい経験になりそうじゃない?」

「ナマエ…」

冗談めかしたナマエの言葉に、ハンジは何も言えず絶句してしまう。ナマエがリヴァイのことをずっと想っていたのはいつの頃からか気がついていた。彼女の性格上、ハンジに気を遣わせるのを嫌がるだろうと言葉にしないのは分かっていたが、それでも影ながら応援していのだ。

「それ、いつまでに返事をするの?まさかもう…」

「ううん、まだ。2月中旬までにはって言われてるんだ。だから…バレンタインにリヴァイに告白して、きちんと振られてから受けようと思って」

「もしお見合いがうまくいったら、会社は辞めなきゃならないんだろ?」

「ははっ、気が早いよハンジ。でもそうだね…多分そうなると思う」

寂しそうに笑うナマエにグッと拳を握る。ナマエが人一倍努力し、仕事にもリヴァイにも一生懸命向き合ってきたのを知っている身としては悔しさを抑えきれなかった。

「その話、リヴァイは知らないんだろ?リヴァイだってそれを聞けば…」

「リヴァイに話すつもりはない。ハンジも絶対に言わないで」

きっぱりと告げたナマエの瞳には力強い光が宿っていた。お見合いの話を告げてリヴァイの気持ちを試すようなことも、退職するかもしれないことを示唆して同情を買うことも、どちらも絶対にしたくなかった。
5年間の想いを素直に真っ直ぐに伝えて、そしてきっぱり振られればきっと諦められる。

「…分かったよ。でもねナマエ、リヴァイだって何も考えていないわけじゃないと思うよ」

「え…?何が?」

不思議そうに首を傾げるナマエに曖昧に笑い掛け、ハンジはメニューを手に取った。無性に酒が飲みたい気分だった。
本当はナマエが知らないリヴァイの秘めた気持ちを教えてやりたい。だがそれこそ余計なお節介というものだろう。とにかくリヴァイと作戦会議だ、と心に決めた。



好きな女がいる。
いつも明るくて負けず嫌いで、リヴァイがどんな立場になっても全く態度を変えずにフラットに付き合ってくれる、そんな女だ。


目の前のパソコンに向き合い、無心にキーボードを叩いていたリヴァイの耳に耳障りな声が飛び込んできた。

「リヴァイ課長ぉ、ちょっといいですか?」

「…なんだ」

「あの、2月14日なんですけど、有志の飲み会があって。もし良ければ課長もご一緒に…」

「悪いな、先約がある」

「え、あのっ、ちょっとだけでもいいんです!1時間、いえ、30分でも…」

「その日は定時に上がると決めてるんでな。またの機会で頼む」

不服そうに頬を膨らませた女性社員から目線を外し、再びパソコンに向かい合う。美人と有名な彼女を使って自分を引き摺り込もうとしたらしいが、リヴァイにとっては何の旨味もない話だ。
最初は恋人がいるのか、誰と約束しているのかと騒いでいた周りも、リヴァイが一切答えないと知るとそこは気にせず、とにかく少しでもリヴァイと接点を持とうと躍起になっているようだった。

「リヴァイ、忙しいところごめんね。これ、確認お願いしていい?」

女性社員を追っ払い周りの音を全てシャットダウンしていたリヴァイだが、涼やかなその声には即座に反応した。
くるり、と振り返ったリヴァイの目に穏やかに微笑むナマエの顔が飛び込んできた。

「ナマエ、わざわざ来たのか」

「うん。ちょうどこのフロアに用があったの。これ、昨日頼まれてた資料の修正、終わったよ」

「ああ、助かった」

どういたしまして、と笑んだナマエから資料を受け取る。微かに触れた指先を捕らえたくなるのを堪えて、空いている隣の席に座るように促した。ちょうど昼休憩で周りに人がいないことを幸いに、リヴァイは他の社員が見たら目を剥くだろう優しい表情でナマエを見遣る。

「最近忙しそうだが体調は大丈夫か?」

「私は全然大丈夫。リヴァイこそちゃんと食べてる?寝てる?」

「はっ、俺も大丈夫だ。…14日はどうだ」

「うん、その日は定時に上がれるよ。リヴァイのこと、ちゃんと守らなきゃだからね」

巫山戯たようにクスクス笑うナマエに合わせて、目尻を和らげた。一緒に会社を出ると何を言われるか分かったものではないから、いつも馴染みの喫茶店で待ち合わせをしていた。
その様子に今年もナマエの時間は自分のものになるのだと、大いに安心した気持ちで背もたれに寄り掛かる。ギシ、と鳴った音がフロアに響いた。

「今年は趣向を変えて少し違う店にしてみた」

「ほんと?楽しみだなー」

「次の日は休みだしな。とことん飲むぞ」

「休みだろうと仕事だろうと、リヴァイは変わらないじゃない」

おかしそうに声を上げるナマエを、先ほどの女性社員に対してとは打って変わった凪いだ気持ちで見つめていた。
目の前で楽しそうに笑う彼女はリヴァイの気持ちに何も気がついていないようだが、今年こそきちんと言葉にして伝えようと、そう心に決めている。

「ナマエ」

「うん?どうしたの?」

「…いや。風邪引くんじゃねぇぞ」

「なにそれ。変なリヴァイ」

バレンタインにかこつけて愛を伝えたいと思っているのは女性だけではない。
またね、と手を振ったナマエに軽く手をあげ、とにかく当日の残業を回避すべく目の前の仕事に全力を注ぐことにした。



「リーヴァイ!ちょっと時間いいかなあ?」

「…クソメガネ。俺は忙しい」

バレンタイン前日、昼休憩を返上しているリヴァイに声を掛けたハンジはその憮然とした返答に苦笑してしまう。彼の辛辣さは今さらだが、ナマエに向ける優しさのほんのひとかけらでもいいから自分にも向けてくれないものかと、ハンジはわざとらしく溜息を吐いた。

「ふーん。ナマエのことなんだけど」

「…15分。それ以上は無理だ」

「はいはい、了解だよ」

ナマエとのバレンタインを確実に手に入れるためだろう、いつも以上に鬼の形相で仕事に向かっている彼の気を逸らす方法は一つしかない。
渋々ながらも立ち上がったリヴァイを先導したハンジは、フロアの端にあるカフェスペースへと誘った。

「明日もナマエと過ごすんだよね?」

「その予定だ。ハンジ、お前は来るんじゃねぇぞ」

「分かってるよ、もう。毎回毎回ナマエがせっかく誘ってくれてるのを断るの、ほんっとに申し訳ないんだからね?」

「その分あいつは俺がもてなす。お前は来るな」

「だから分かってるってば!」

淹れた紅茶を啜りながら素っ気なく告げるリヴァイ。そんな彼に噛みつきながら、ハンジはこの5年間を思い浮かべる。

「…しっかし回りくどいよね、リヴァイって」

「は?何がだ」

「女避けを口実にしてナマエのバレンタインの予定をもぎ取って?実はナマエからのチョコレートを密かに狙ってて?未だに一度も貰えてないからって、ムキになっちゃってるのどこの誰だっけ?」

「…てめぇ。黙っとけ」

「はぁー…大体チョコくらい素直にくれって言えばいいだけじゃん。ナマエなら喜んで用意してくれるでしょ」

「…男から頼んで貰うモンでもねぇだろうが。それに義理なんかいらねぇよ」

「めんどくさい男だなあ、もう」

呆れたように大袈裟に肩を竦めたハンジを睨みあげる。女々しい臆病な男になっているのは重々承知しているが、膨らみ続けたこの気持ちをナマエに伝える勇気を出すには5年かかったのだ。仕方がないだろう。

「フン…それも明日で終いだ」

「えっ!てことはついに…」

「お前に話す道理はねぇが…色々気を回させたのは事実だからな」

「やっとかよ!ま、ナマエがなんて答えるか分からないからね〜」

「…断られても粘るだけだ」

そう簡単に諦められる気持ちだったら、最初から育てたりはしない。腕を組んだリヴァイをまじまじと凝視していたハンジが、ふと視線を逸らす。

「…リヴァイ。それがそうもうまくいかないと思うよ」

「何がだ」

歯切れ悪くハンジが伝えた事実、『ナマエがお見合いをするらしい』という衝撃的な話に、リヴァイは鋭い目を見張ったまま暫く立ち竦んだのだった。



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