ざあっと音を立てて窓を揺らした風につられて窓の外に視線を移す。強風が雲を運んでいるのか、雲ひとつない青空が眼前に広がっていた。
その空の下、乱れた長い髪を片手で押さえ、舞う砂埃に目を細める一人の姿をリヴァイの目が捉えた。
「あれ、ナマエ分隊長…ですよね?髪を下ろしてるなんて珍しいっすね」
「…ジャン。あいつを邪な目で見るんじゃねぇ。削ぐぞ」
「いっ、いや、オレはっ…!」
リヴァイの射抜くような視線を受けたジャンが慌てて両手を大きく振って否定を表した。後ろで顔をひきつらせているエレンもついでに睨みつけて、もう一度眼下を見下ろす。
この強風の中でも立体機動の訓練を行っているのか、ナマエの張り上げた声がところどころ室内にも届いた。
「そういえば今日はバレンタインらしいですね、兵長!」
「エレン…浮かれてんじゃねぇよ」
「そうだぞ。万年貧乏の兵士の中でチョコや菓子を用意できる女性がどれだけいるか……期待するだけ無駄ってもんだ」
「…俺はチョコくらい買えるがな」
「兵長の給金とオレらの給金を一緒にしないでくださいよっ!」
ボソッと呟いたリヴァイの言葉に泣きそうになりながら突っ込むジャンと「別にチョコは食いたくないけどな」と意外と冷静なエレンの会話を背後で聞きながら、リヴァイはもう一度たなびく長い髪を視界に入れた。1年に1度だけ、ナマエが髪を下ろして過ごす日がバレンタインの今日だった。
「兵長とナマエ分隊長って、地下街から一緒だったって本当なんですか?」
「エレン…オレ、お前のその図太さは真似出来ねぇよ…」
「なんでだよ!ジャンだってこの前気にしてたじゃねーか!」
「おまっ、ちょっとは黙れ、この死に急ぎ野郎!」
「お前ら…うるせぇよ」
途端に騒ぎ出す二人をひと睨みで黙らせ、エレンの問いに答えることなく足を進めた。娯楽の少ない壁内では季節ごとのイベントを存分に楽しむ雰囲気があり、その一つがバレンタインだった。
本来なら女性が想い人にチョコレート菓子と共に想いを伝える風習らしいが、一般市民がそんな高価なものに手を出せるはずもない。貴族は別として、思い思いの菓子と共に告白する日という風に定着しつつあるらしい。
「兵長はいいですよね…。さっきもすげぇ声掛けられてましたし。なのに片っ端から断って…もったいねぇ…」
「なんで他人が触った菓子を受け取らなきゃなんねぇんだ。ナマエ以外のはいらねぇよ」
「さりげなく惚気ないでくださいよ!くっそ…羨ましい…!」
「ジャン…そんなに菓子が欲しいんだったら街に出て買えばいいだろ」
「こんのクソ馬鹿エレン!自分で買っても意味ねぇだろうが!女の子が目潤ませながら、これ…って差し出してくれんのに意味があんだよ!」
「はぁっ?なんだその気持ち悪い妄想…」
「てっめぇ…どうせミカサから貰えるからっていい気になりやがって…!」
再び言い争い始めた二人は、くっきりと眉根を寄せるリヴァイの様子に全く気がつかない。
不意にピタリと足を止めたリヴァイに不思議そうに顔を見合わせた彼らの耳に、地を這うような声が届いた。
「お前ら…随分体力が有り余ってるようだな。よし、今から対人格闘の訓練をつけてやる。来い」
「えっ、いや、あのっ…!」
「あ?なんだ、不満か?」
「…イエ。よろしくお願いします…」
絶望的な顔を隠さない二人の首根っこを掴みずるずると引き摺って中庭に出れば、吹き荒ぶ風が目に染みた。少し向こうに見えるナマエの姿に先ほどのエレンの『ナマエとは地下街から一緒なのか』という質問が蘇る。
今日のバレンタインという日は、リヴァイにとって強烈な思い出を残す忘れられない日だった。既に満身創痍の二人をポイっと放り投げながら、リヴァイは地下街のあの日に想いを巡らせた。
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あれはまだファーランともイザベルとも出会うずっと前のこと。
苛立ったように指先で机を叩きながら、リヴァイは暗い窓の外を睨みつけていた。光が差すことのない地下街では常に視界は暗く、どんよりとした空気を纏うのが常だった。だがリヴァイを苛立たせているのはそれが理由ではない。同居人ーリヴァイにとって唯一の大切な恋人が、未だに帰ってきていないのだ。
「チッ…どこに行ってやがる」
2月の冷たい空気は地下街をさらに底冷えさせる。一仕事終えたリヴァイが二人で暮らす家に帰ると、そこには買い物に出掛けるという書き置きが残されていた。それからもう2時間以上経っている。
「…クソ」
入れ違いになるといけないからと今すぐ探しに飛び出したくなる気持ちを抑えていたが、もう限界だ。いくらナマエがリヴァイに鍛えられていて、それなりの護身術を身につけているからといって油断出来ないのがこの地下街だ。
一度は脱いだ外套にもう一度手を伸ばしたリヴァイの耳が微かな音を捉えた。
「っ、ナマエっ…!」
「う、わっ…!」
ドアの前で佇む気配で、待ち続けていた彼女だと瞬時に理解したリヴァイは勢いよく扉を開け放った。常々誰か分からないうちは絶対に開けるな、とナマエに言い聞かせている忠告が自分に跳ね返ってきそうだが、そんなことを気にしている余裕はない。
「は…ナマエ…お前、髪…」
「リ、リヴァイ…遅くなってごめん、ね…?」
大きな目を丸くして驚いたようなナマエの姿を見たリヴァイが、言葉を失ったまま立ち竦んだ。
気まずそうにリヴァイから視線を逸らしたナマエの髪がさらりと揺れる。朝、出掛ける前までは長く艶やかだったはずのそれが、今は肩の上あたりで切り揃えられている。
「…誰にやられた」
「リヴァイ…あの、」
「どこのどいつだ。殺す」
ピンと張り詰めた空気を纏ってリヴァイが低く問う。首を振ったナマエの髪が見慣れぬ位置で揺れるのを、ギリっと唇を噛んで睨みつけた。
「ち、違うのっ!聞いて…」
「他に何もされてねぇだろうな。とりあえず入れ。確かめる」
ぐいっと室内に引き入れた彼に縋る体勢になったナマエが狼狽た様子でたたらを踏む。それに構わず服に手を掛けようとしたリヴァイの手を慌てて止めて、ナマエは声を張った。
「リヴァイ、聞いて!髪は自分で切ったの!」
「…は?なんだ…と?」
「誰にやられたわけでもないの。私は大丈夫だから…ね?心配かけてごめんなさい」
三白眼を見張って動きを止めたリヴァイを柔らかく宥め、申し訳なさそうに顔を覗き込む。動揺していたリヴァイだが、とりあえずナマエに怪我も何も無いと理解したのか小さく息を吐いた。
「…クソ野郎にやられたわけじゃねぇんだな?」
「うん。心配かけてごめんね。あと遅くなっちゃってごめんなさい」
「何もねぇならいい…」
今度こそ心から安堵したようにリヴァイの腕が固くナマエを抱き締めて、短くなった髪に顔を埋めた。それに応えたナマエの細い腕がリヴァイの首に回る。
「それで…どういうことだ」
「あの、ね…あの…怒らないで聞いてくれる?」
「…約束はできねぇが善処する」
「…髪、売ったの」
告げられた事実に大きな衝撃が走り、勢いよく顔を上げた。ナマエはギュッと唇を噛み締めて力強くリヴァイの瞳を見返していた。
「何故だ。金が足りねぇなら…」
「違う、違うの。…これを、リヴァイに渡したくて」
半ば茫然としたリヴァイの問い掛けに大きく首を振ったナマエが、上着から小さな袋を取り出しておずおずと差し出した。
不安そうに揺れる瞳とその袋を交互に見遣りながら、リヴァイの指がそれを摘まむ。
「これは…?」
「今日、バレンタインなんだって。知ってる?」
「バレン…なんだ?」
「バレンタイン。元は地上の貴族の行事らしいんだけどね。大切な人にチョコレートやお菓子を渡して愛を告げる日なんだって」
「…初めて聞いた」
「私もつい最近知ったの。チョコレートなんて見たことないけど…どうしてもリヴァイに渡したくて」
「オイ、まさかそれを買うために…」
「…ごめん。本当はチョコレートを買いたかったんだけど、お金が足りなくて…。これしか買えなかったんだ…」
話しながら俯いてしまったナマエの表情が見えなくなる。リヴァイは片手でナマエの腰を支えたまま、小さな袋の紐を口で解いていく。
片手ほどの小袋に入っていたのは、更にそれより小さな2枚の平べったい丸いものだった。
「ナマエ、これは…」
「クッキーだって。ほんとはこれもチョコレートが入ってるやつもあったんだけど…。その、買えなくて…」
ごめんね、と声だけでなく身体まで小さくしたナマエを、堪らなくなって掻き抱く。言葉にならない想いというのが本当に存在するのだと、リヴァイは熱くなる頭の芯で理解した。
「リヴァイ…?」
「…馬鹿野郎。せっかくの髪を切りやがって…」
「髪は伸びてくるもの。でもこの地下街で、バレンタインのタイミングにお菓子が手に入るなんてこの先あるか分からなかったから…」
ナマエの言う通り、菓子のような高級なものを此処で手に入れるのは難しい。金さえあれば何でも手に入るように思えるこの地下街でも、欲しいと思うものがいつでも出回っているとは限らないのだ。
「クッキーか…初めて食べるな」
「私もこんなに近くで見たの、初めて」
そっと身体を離したリヴァイは、ナマエと額を合わせながら袋の中のクッキーを覗き込た。同じようにリヴァイの掌の中を覗き込んだ彼女も、興味津々なのかクルクルと瞳を動かしている。
「…ナマエ」
「うん?」
「ありがとうな」
「…ごめんね、こんなものしかあげられなくて」
首を窄ませたナマエに緩く首を振り、崩れそうなほど脆いクッキーを掬い上げる。香ばしい香りが鼻をくすぐり、無性に紅茶が飲みたくなった。
サクリ、とひとかけら分噛み砕けば控えめな甘さが口内に広がる。
「…最高だ。今まで食った菓子の中で一番うめぇ」
「ふふっ、お菓子なんてほとんど食べたことないじゃない、私たち」
くすぐったそうに笑うナマエを軽く小突き、小袋を大切そうにテーブルの上に置いた。そしてゆっくりと手を伸ばし、ナマエの短くなった髪を丁寧に梳いていく。
「リヴァイ?」
「…また伸ばせよ」
「…うん」
ナマエの気持ちが嬉しくも苦しかった。
地下街の劣悪な環境の中でも彼女の長い髪は艶やかな明るさを放っていたのだ。リヴァイにとってそれは、暗い澱みの中で唯一の光に見えた。
それでも、彼女がリヴァイのために女性にとって大切な髪を売り、貴重なクッキーを贈ろうと考えてくれた気持ちは何よりも尊いものだと、そう思う。
だからリヴァイは誓った。これからどれだけの時間をかけたとしても、ナマエが髪を売らなくてもクッキーを手に入れることが出来る生活を、この手で必ず掴み取ることを。見ることも出来なかったというチョコレートに手が届く場所に、必ずナマエを連れて行く。
「リヴァイ。大好きだよ」
バレンタインという名の通り、恥ずかしそうに愛を告げるナマエの唇を乱暴に塞いだ。クッキーよりも、食べたこともないチョコレートよりも、それは何よりリヴァイの心臓に甘さを打ち込むものだった。
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屍と化したエレンとジャンが芝生の上に倒れ込む。息一つ乱していないリヴァイが白目を剥いた二人を呆れたように見下ろす中、こちらに気がついたナマエがパッと顔を輝かせて小走りで駆け寄ってきた。
「リヴァイっ!リヴァイたちも訓練……って二人とも気を失ってるじゃない。ちょっとやりすぎだよ」
「フン…こいつらが甘っちょろいんだ」
「またそういうことを…。ちょっと待ってて、医療班の…」
「ナマエ」
ピクリとも動かない二人を心配そうに窺い見たナマエが踵を返そうとしたのを、リヴァイのよく通る声が止めた。不思議そうに振り返ったナマエの腕を優しく引き寄せる。
「ちょっとリヴァイっ…二人が…」
「見えても聞こえてもいねぇよ」
「でも…」
「今日、バレンタインだろ」
リヴァイから距離を取ろうともがいていたナマエがピタリと動きを止めた。そしてすぐにふわりと柔らかい笑みを浮かべる。
「うん、今年は紅茶風味のクッキーにしてみたんだ」
「ほう…それは楽しみだ」
「誰かさんは今年もたくさん声を掛けられたのかしら?私のクッキーなんかより…」
「ナマエ」
「ごめんごめん、そんな怖い顔しないで」
言葉途中で低く遮るリヴァイに眉を下げて笑う。
存外拗ねやすい彼の機嫌をこれ以上損ねてはならないと自重した。被害に遭うのはエレンやジャンたちだ。
「でも、毎年聞くけどチョコレートじゃなくていいの?だってクッキーは…」
地上に出て調査兵団に入って暫くした頃から、ナマエはバレンタインに手作りをするようになった。貴重な卵や砂糖をふんだんに使えるわけではないが、それでも地下街にいた頃に比べれば格段に材料は手に入れやすい環境になっている。
気まずそうに口籠るナマエの言わんことを察して、リヴァイはくっと喉を鳴らす。
「あぁ…クッキーを渡す意味は『友達でいよう』、だったか?」
「もうっ…あの時は知らなかったんだから仕方ないでしょ?だから他のもので…チョコじゃなくてもマフィンとかも作れるよ?」
「はっ…菓子の意味なんて関係ねぇ。お前がくれたってところに意味があるからな」
「…そういうところキザだよね、リヴァイって」
不貞腐れたように、照れたようにそっぽを向いたナマエの長い髪が強い風に煽られて舞う。
あの時から一度も切られることなく伸ばされた髪は、眩い光を受けていた。それにそっと手を伸ばし、一筋掬う。
「随分伸びたな」
「そうだね。ちょっとは切った方が良いかな?」
「いや…そのままにしてろ」
ナマエを象徴する美しい長い髪は、リヴァイにとって何よりも大切なものをこの手で守ることが出来ているという象徴でもあった。
それをきちんと汲み取っているナマエだからこそ、このバレンタインの日だけはいつも結っている髪を下ろすことでリヴァイに伝える。『自分のかけがえのない幸せは守られているのだ』と、巨人と命を懸けて戦う調査兵団に身を置いていても、それだけは揺るがない真実だった。
「とりあえず私は医務室から人を呼んでくるよ」
「必要ねぇ。そろそろ俺が起こしてやる」
「…優しくしてよ?あ、仕事が終わったら部屋に来てね。今日はとびっきりの紅茶もあるんだ」
「そりゃ楽しみだ。…ナマエ、あまり走るな。転ぶぞ」
「大丈夫!あとでね、リヴァイ」
手を振って駆けて行くナマエを見送る。先ほどよりも風はおさまったからか、穏やかに流れる髪がまるで翼のように揺れていた。
「…オイ、てめぇら。いつまで寝たフリしてやがるんだ」
「はっ…ははっ…バレてます、よね…」
「いててて……すみません、起きるタイミングが…」
「チッ…さっさと動け。メシにありつけなくなるぞ」
むくりと起き上がって頭を掻いたジャンと、腰を摩りながら身体を起こしたエレンを追い払うように手を振った。顔を見合わせた二人がよろよろと立ち上がり、敬礼を捧げる。
「訓練、ありがとうございました!」
「あぁ。さっさと行け」
「あの、兵長…」
戸惑いがちに声を掛けてきたエレンに視線を向けるリヴァイ。エレンの横ではジャンがソワソワとした表情を隠せずに心臓を捧げ続けている。
「…なんだ」
「あの、ナマエ分隊長ってリヴァイ兵長の大切な方、なんですよね…?」
「おい、エレンっ…!」
慌てたように声を上げるジャンを制し、強い瞳でリヴァイを見つめるエレンと目線を合わせた。
「だったらなんだ」
「その…ナマエ分隊長がとてもお強いことは知っています。ですが…壁外では何があるか分からないと教えて下さったのは兵長です。怖く…ないんでしょうか?」
「…愚問だな」
大切な人を失うかもしれないのが怖くないのかと、純粋な瞳を向けるその幼さに目を眇めた。エレンの脳裏に宿っているのだろう二人の幼馴染みの姿が、地下街にいた頃のナマエと重なった。
「俺もナマエも覚悟の上だ。それも含めて、クソみてぇに汚い地下街から這い上がってきた。…少なくともここには住む場所があって、食べものに困ることもねぇ。何より、あいつを冷てぇ部屋で一人で待たせなくていいからな」
「兵長…」
「俺かナマエか、どちらかが先に死ぬかもしれねぇ。だがその日まで…少なくとも俺が死ぬその日まで、あいつに寂しい思いをさせなくて済むなら俺はこっちを選ぶ」
声を荒げることもなく淡々と告げるリヴァイに呆然としてしまう。そこまでの覚悟を、エレンもジャンもまだ持てないでいた。
「兵長…オレ、オレは…」
「エレン。お前が何を悩んでるかは知らねぇが、そんなものは悩むだけ無駄だ。誰かの思いや行動をお前が決める権利はねぇ」
「それは…そうですが…」
「俺もナマエも後悔しない道を選んでここにいる。…こんなクソみてぇに狭い世界だが、少なくとも隣にいる奴を幸せにしようと足掻くことは出来るだろ」
「兵長は…ナマエ分隊長が本当に大切なんですね」
思わず、と言ったようにジャンが溢した呟きが風に乗った。狼狽たようにハッと口を覆ったジャンを横目に、リヴァイがふと空を見上げた。地下街では見えなかった青空が頭上には広がっている。
あの時、ナマエの短くなった髪と差し出された小袋、そして柔らかい彼女の笑顔を目にしたあの瞬間、自分自身に誓ったことがもう一つある。
「側にいようと思った。誰がなんと言おうと」
「リヴァイ…兵長…」
「…チッ。喋りすぎたな。お前ら…昼メシの時間はあと10分だぞ」
「うっわやべっ…おいエレン!食いっぱぐれるぞ!」
「あ、ああ…。兵長、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
大きく頭を下げた二人が全力で駆けて行く。ぎゃあぎゃあと騒ぐ声がここまで風に乗って届いてくるが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
「クソガキどもが…」
話しすぎた、と自分に舌打ちをしかけるが、鮮明に蘇った苦くて甘い思い出に免じて許してやることにしよう。
ナマエが髪を売ることも、今にも崩れそうなクッキーを売りつけられることも、それを湿気るギリギリまで大切に小分けにして食べることも、今はもうしなくて良い。だが幼くて若かったあの頃のナマエの健気な必死さは、リヴァイの芯となって生き続けている。
『リヴァイ、大好き』とそれだけは毎年変わらぬ愛の言葉を告げるナマエの笑顔を思い浮かべて、リヴァイはそっと目を伏せた。
-fin
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