あなたの笑顔の側にいたいんだ


リヴァイがなまえに同棲を持ち掛けてから約二ヶ月後。三連休を利用して、今日はなまえがリヴァイの家に引っ越してくる日だった。
リヴァイはソワソワする気持ちを押さえながら紅茶を啜り、ここに至るまでのすったもんだを思い出して一人思わず苦笑した。

なまえがリヴァイの心変わりを疑い、初めて泣きながら思いをぶつけたあの日から、二人の距離は縮まっていた。
今まではなまえがリヴァイに合わせて我慢することが多かったが、なまえなりの要望や願いをきちんと言葉にするようになった。その一つが。

「駄目です!私もちゃんと家賃と光熱費出します!」

「いいっつってんだろ。結局俺のマンションに引っ越してきてもらうんだ。俺が負担するのが当たり前だろ」

「でも…リヴァイさんよりは全然少ないですが、私だって正社員として働いてるんです。リヴァイさんばっかり負担するのはおかしいと思います!」

「だからその分家事を頼みてぇんだ。俺はどうしても帰りが遅ぇし土日の出勤もあるからな」

そう、同棲するにあたっての金銭管理や役割分担の話だった。
リヴァイとしては、帰りを心配してなまえの会社寄りに引っ越そうと思い物件も探していたのだが、なまえがわざわざ探すよりはリヴァイの広い家に引っ越した方が効率が良いと言ってくれ、話がまとまった。無駄に広い2LDKを選んだ過去の自分をこの時ばかりは褒めてやったものだ。

が、何気なくリヴァイが家賃を口にしたのを聞いたなまえが、顔を真っ青にして勢いよく自分の給与明細を差し出してきたのが始まりだった。勢いに押されて思わず受け取ってしまったリヴァイは、それを開けることも出来ずに三白眼を見開いてなまえと明細を交互に見遣っている。

「リ、リヴァイさんっ…すっかり頭から抜け落ちてたんですが、私のお給料、リヴァイさんより相当少なくて…」

「あ?それがどうした」

「ここの家賃と光熱費、それに食費を折半したら私の給料全部吹っ飛んじゃうので…副業していいですか」

「ふざけんな。なまえ…まさか俺が払わせると思ってんのか」

「はい?」

「家賃も光熱費もいらねぇよ。なんなら食費もいらねぇが…それじゃなまえは気にするだろ。俺はほとんど自炊しねぇからな。そこだけ頼めればいい」

「駄目に決まってるじゃないですか!リヴァイさんの稼いだお金ですよ!?」

「お前な、二人で過ごす時間が欲しいから同棲すんのに、副業してたら本末転倒じゃねぇか」

ヒラヒラと明細を振りながら呆れたように言うリヴァイに、なまえが頬を膨らませて抗議する。
真面目なところはなまえの美点だが、まさか全て折半するつもりだとは思っていなかったリヴァイはその両頬を掴んだ。

「ふっ…おもしれぇ顔」

「ひょっ、りばいはんっ…!」

「これ以上グタグタ抜かすなら今すぐここで抱くぞ」

「ひっ…」

リヴァイの本気を見て取ったなまえが頬を掴まれたまま、ぶんぶんと大きく首を振る。
まだまだ大事な話の最中、こんな真っ昼間から気を失うことはなんとしても避けたい。

「もう…じゃあせめて、食費は私負担、光熱費は折半にしません?ほら、見てください、それくらいは稼いでます!」

「あのな…光熱費はいいって言ってんだろ。その分貯金しとけ、将来のためにな。ああ、俺の給与明細を…」

「い、いいですいいです!リヴァイさんの見たら自信喪失しそうなんで…」

「なんでだよ。フェアじゃないだろ」

自分の明細を見せながら説得に掛かったなまえを軽くあしらい、ファイルをごそごそ漁り始めるリヴァイを慌てて止めた。
リヴァイとしては、どうせいつか財布は一緒になるのだし、結婚資金も貯めていく必要がある以上自分の給与も把握して貰った方が良いだろうと、瞬時に結論付けた結果だ。もちろんその思惑はまだ口にはしないが。

「分かりました。リヴァイさんのお言葉に甘えます。じゃあ…料理とかの家事は任せてもらっていいですか?」

「ああ、頼む。だが無理はすんな。俺も休みの日は掃除はするし、家事も一通りは出来る。共働きなんだ、手ぇ抜けるとこは抜いて、必要なら家電を買えばいい」

「…リヴァイさんはいい旦那さんになりますねぇ」

ほとほと感心したようにそう言うなまえに、お前の旦那になるんだろうが、という言葉を何とか飲み込むリヴァイ。
なまえは何も考えずに発しているとは分かっているが、こうも意識されていないとプロポーズする時の難易度が上がる気がする。一応将来を見据えて同棲しようと伝えてはあるが、なまえの中で現実味が無いのだろうか。

「あ、リヴァイさん、一つお願いが…」

「なんだ?」

「私、週何回かお弁当作ってるんです。なので朝からバタバタしちゃうんですが、お弁当作り、続けてもいいですか?」

「…弁当…」

「はい。毎日だと疲れちゃうので週2、3回くらい、節約の為に。毎日会社の人とランチ行くのも面倒なので続けられたらいいなーと」

「…俺のも頼めるか」

「え…?」

「二人分作るのが面倒ってなら無理は言わねぇが…。その、俺のも作れたりするもんなのか」

「一人分作るのも二人分作るのもあまり変わらないので、それは全然大丈夫ですが…いいんですか?会社の人たちとランチしたり…。それにいきなりお弁当持って行ったら、会社の人に誤解されませんか?」

「昼に外出する時は事前に伝える。どうせ会社でメシ食う時はコンビニが多いしな。つーか…誤解ってなんだよ。誤解でもなんでもねぇだろ」

ほんの少し照れ臭そうに、だが期待を込めた目で弁当をねだるリヴァイに驚いて、なまえは目を瞬いた。だがリヴァイが会社に弁当を持っていくのを想像すると、心に温かいものが溢れてきて思わず笑みを浮かべた。

「っ、もちろんです!ほんとに簡単なものなんですが…それでも良ければ」

「助かる。だが無理はするなよ」

「はいっ」

嬉しそうに笑うなまえに頬を緩めたリヴァイが、今度は優しく頬を撫でる。
素直に擦り寄ってきたなまえに先ほどのような冗談ではない欲が顔を出すが、残念ながらこれからベッドを新調したいと言うなまえに合わせて、見に行く予定だ。後回しにして自分の欲に素直になり、なまえを愛しむのも大いに魅力的だが、自分の休みが中々取れない以上必要な買い物は済ませておくべきだろう。
夜は絶対に抱く、と心に誓ってリヴァイは車の鍵を取りに立ち上がるのだった。

そして家具屋にて。
シングルベッドを選ぶ予定だったなまえと、寝室は一緒だと思い込んでダブルベッドを選ぶ気満々だったリヴァイとの攻防が勃発するのだった。



意外と頑固ななまえの性格を垣間見れる同棲準備期間だったと思い出し、思わず口角が上がってしまう。ちみに寝室問題はリヴァイに軍配があがり、二つある部屋うちの一つをリヴァイの仕事部屋、もう一つを寝室兼なまえの部屋にすることで落ち着いた。
自分は仕事を持ち帰ることが殆ど無いから、とにこにこ笑ったなまえには心から感謝している。

「そろそろ、か…」

迎えに行くと言ったリヴァイに対し、いつ荷物が届くか分からないから家で待っていて欲しいと言ったなまえを、先ほどからずっと待っていた。
家を出たという連絡から逆算すればそろそろ着くはずだ。と、その時軽快なインターフォンが鳴った。

『リヴァイさーん、着きました』

「ああ、今開ける」

『お願いします』

エントランスを解除すれば、逸る気持ちを抑えられなくなって玄関へと向かって扉を開け、なまえの到着を待つ。どれだけだ、と自分に呆れつつも緩む口元を堪えることは出来なかった。
エレベーターが開いてなまえがリヴァイの姿を認めると、パッと顔を輝かせて走り寄ってきた。

「リヴァイさんっ!」

「遅かったな、なまえ」

「そうですか?これでもスムーズに来たつもりなんですが」

小首を傾げたなまえに誤魔化すようにして荷物を手から奪い取る。なまえの到着を心待ちにしすぎて、時間が経つのが遅く感じていたことは自分がよく分かっていた。

「まだ荷物は着いてねぇ。まぁ入れ」

「はい、お邪魔します」

「…違ぇだろ」

いつも通りに丁寧に靴を揃えたなまえが、先に上がったリヴァイを見てきょとんと首を傾げたが、すぐに思い立ったのか嬉しそうに破顔する。そして。

「ただいま、リヴァイさん」

「ああ。…おかえり、なまえ」



「リヴァイ次長、コンビニ行くんで何か買って来ましょうか」

週の真ん中、連休明け特有の怒涛の忙しさがひと段落したその日、エレンは難しい顔でパソコンに向き合うリヴァイに声を掛けた。
エレンたちはひと段落したとはいえ、部を取り仕切るリヴァイの忙しさは比にならないだろう。第一営業部部長と取締役を兼務しているピクシスは、殆ど口を出さない代わりにあまり顔も出さない。本来ならピクシスがやる筈の仕事も、リヴァイと企画部部長のエルヴィンが請け負っているというのだから恐ろしい話だ。
リヴァイは部下を使いっ走りにすることを好まないが、この状況を見るに外にも出られないだろう。

「いや、今日はいい」

「でも次長、今日外回りも無いですよね?食べる暇無いんじゃないですか」

買ってきますよ、とエレンと共に席を立ったエルドも後ろから口を添える。リヴァイが気を遣って断ったのかと思ったが、実はそうでなかったと分かったのは次の衝撃的な言葉からだった。

「ああ、弁当があるからな」

「…弁当?弁当…弁当っ!?」

「…なんだエレン。俺が弁当持ってちゃ悪ィか」

「い、いえっ!弁当ってその…まさか手作りですか…?」

恐る恐るといえ、相変わらず怖いもの知らずでそう突っ込むエレンにエルドはヒヤヒヤするが、もちろん興味深々なことに違いはない。

「…エレン。てめぇは早くメシ買って食え。午後イチに出せって言った企画書、もちろん出来てんだろうな?」

「っ、い、行ってきます!」

瞬時に顔を蒼くしたエレンが脱兎の如くフロアを出て行くのを見送ることなく、リヴァイはパソコンを閉じた。エルドも外出する準備をしながら、意識だけはリヴァイへと向けていた。
パソコンを端に寄せたリヴァイが、鞄からネイビーの弁当箱を出したのを目の端に捉え、分かってはいたもののその意外さに内心驚く。

(彼女さん…なまえさん、か)

殊更丁寧に弁当箱を開けるその仕草と穏やかな雰囲気は、滅多に見られるものではない。
あの飲み会以降リヴァイと彼女の話を聞く機会は無かったが、きっとうまく行っているのだろう。

「次長、俺も出てきます」

「ああ。ゆっくりして来い」

声を掛けたエルドをチラッと見たリヴァイが頷いた。
丁寧に手を合わせるリヴァイを横目に、これはペトラたちに報告だな…と釣られたように穏やかな心持ちになって、ゆっくりと足を進めた。


リヴァイは一人になったフロアで、なまえが作った弁当を堪能していた。
起きても寝てもなまえが家にいるという生活は、リヴァイをこの上なく幸せな気持ちにさせていた。今まで他人と暮らすなんざごめんだ、と言っていた自分を知っているハンジやエルヴィンが見たら何と言うだろうか。
そういえばハンジには同棲のことを話した、となまえが言っていたからそろそろあの変人に突撃されてもおかしくない。

「…うめぇな」

嫌な想像を振り切るように玉子焼きを食べたリヴァイは、思わずそう溢した。
朝からパタパタと動き回っていたなまえの後ろ姿を思い出して心が温かくなってくる。
出勤する間際、はにかみながら弁当箱を差し出してきたなまえに思わずキスしてしまった自分を思い出すと、恥ずかしさで死ねる気がしないでもないが。

(今日はケーキでも買って行くか)

定時は難しくても少しでも早く上がってなまえの元に帰ろう。
浮かれる自分を気持ち悪く思う反面、一緒に暮らし始めて数日なのだ、浮かれて何が悪いと割り切ることにした。なまえの驚いて喜ぶ顔を思い浮かべながら、食べ終わったら礼でも送るか、とリヴァイは一人考えるのだった。


そして、『うまかった』と一言送られてきたメッセージに、なまえが頬を緩めるのはそれから暫くしてからのことだ。


-fin

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