もう少しだけ近づきたいの(前)


「リヴァイ次長、例の案件でドイツからお電話です!」

「十五分後に掛け直すからそれまで電話の前から離れるなと伝えろ。あいつら平気で一時間以上離席しやがるからな」

「りょ、了解!」

「次長、エルヴィン部長からOK頂きました。予算は問題なさそうです」

「どうせ上から経営会議にかけろと言われるだろうが…待ってられねぇな。そのまま発注かけろ。責任は俺が持つ」

「分かりました!」

「リーヴァイ!今日もクッソ忙しそうだねえ!」

「ペトラ、ニューヨーク支店との進捗はどうだ」

「芳しくないですね…あと3%ほどは下げられるはずだ、と」

「ふん…足元みやがる。最終交渉は俺が出る。一週間後の俺のスケジュールが空いてるところに打ち合わせ日を設けてくれ」

「了解です!」

「え、シカト?フルシカト?」

「エレン、てめぇまた数値間違ってんじゃねぇか…何度言ったら分かるんだ。その頭は飾りか?」

「も、申し訳ありませんっ!すぐ修正します!」

「エルド、エレンの最終チェックはお前に任せる。見てやれ」

「分かりました」

「っておーい!リヴァイってば!」

今日も今日とて、リヴァイが次長を務める第一営業部ー通称リヴァイ班は、息を吐く暇もないほどの忙しさに見舞われていた。
そんな中能天気な明るさでフロアを訪れたハンジを、リヴァイはギロリと睨み付ける。

「クソメガネ、てめぇに構ってる余裕はねぇ。今すぐ失せろ」

「うーん相変わらずキレのいい暴言だね!でも今日は仕事の話だよ!」

リヴァイの威圧に全く負けることのないハンジを、リヴァイ班は呆れ半分尊敬半分で見守っていた。が、彼らこそそんな余裕はない。

「一本電話が終わってからだ。その辺で待ってろ」

そう言って電話に手を伸ばすリヴァイをハンジは笑顔で見送り、ぐるりとフロアを見回した。
海外とのやり取りを主とする第一営業部はかつて、花形でありながらもあまりの多忙さに異動を申し出るものが続出した部署だった。
信頼関係がなによりもものを言う営業部にとって、人員が頻繁に代わることは即ち売り上げに直結してしまう。頭を抱えたピクシス取締役にエルヴィンが進言した異動配置が、当時エルヴィンの下で手腕を奮っていたリヴァイだった。
リヴァイ直々に選出した社員たちは、若いながらも優秀でどこまでも食らいついていく気概のある者ばかりだ。多忙さに変わりはないが、閑散期には順番で長期休暇を取らせたり、半休を使わせて残業調整をさせたりと、環境改善に努めたリヴァイとエルヴィンの努力もあってか、一人の脱落者も出していない。…最も、部のトップであるリヴァイはワーカーホリック気味だが。

「チッ…相変わらず要領を得ねぇ話をしやがる…」

電話が終わったらしいリヴァイが、不機嫌そうに呟きながらハンジのところへ戻ってきた。チラリと時計に視線をやると、声を上げた。

「オイ、キリのいいところで切り上げて休憩しろ。飯はちゃんと食えよ」

各々の了承の声を聞くとハンジに向き直る。
こうやって休憩はしっかり取らせ、オンオフの切り替えを大事にするところもリヴァイの長としての良さだと言われていた。

「で?何の用だ」

「ひっどいなー!ほら、ニューヨーク支店が言ってた発注システムの改善案だよ。良いやり方を思いついたんだ」

「ほう…」

ハンジのパソコンを覗き込んで確認するリヴァイを余所に、ハンジは明るく声を上げた。

「そういえばさ、この前はなまえが来るなんてびっくりしたよー!」

「…うるせぇよ。黙ってろ」

「でも会社まで来させるなんて、よっぽどリヴァイ切羽詰ってたんだね!そんな会いたかったの?なまえってば可愛いもんねー!」

「うるせぇっつってんだよ。それ以上…」

「え!リヴァイ次長、彼女いるんですか!?」

「おいエレン!お前空気読めよ!」

休憩に入って穏やかな空気が漂うフロアに、ハンジの大きな声が響いていた。
幸い残っているのはリヴァイ班だけだ。各々昼食を取ろうとしていた彼らはその内容に内心驚いて目を見交わしていたが、エレンが素っ頓狂な声を上げたのをグンタが慌てて止めた。

「エレン、てめぇ…」

「え、みんな知らないの?リヴァイ、こんな顔して可愛い彼女がいるんだよ〜!なまえって言うんだけどね、私の大学時代の後輩なんだ!」

「そ、そうなんですか…年下かあ…」

「オイ、クソメガネ…いい加減にしねぇとこのパソコン叩き割るぞ」

「え!それはやめて!私用に色々カスタマイズしてるんだから!」

恐々しながらも興味津々な雰囲気を出すエレンを始めとするリヴァイ班の面々。
今までプライベートは一切謎で、「仕事が恋人」を具現化したようなリヴァイの降って湧いた恋愛話に、思わず前のめりになってしまうのは仕方がないことだろう。

「クソが、てめぇも仕事の話を…」

「今休憩中でしょ?長が休憩しないと部下たちも取りにくいと思うけどなー」

「チッ…」

ハンジのわざとらしい、しかし最もな指摘に眉間に皺を寄せたリヴァイが乱暴にパソコンを閉じる。
ニヤニヤ笑うハンジと、ウズウズした様子のエレン(以下数人)を視界に入れて、深々溜息を吐いた。

「ね、リヴァイ、今日飲みに行こうよ!リヴァイ班のみんなも一緒にさ!」

「ああ?ふざけんな。そんな時間がどこにあると…」

「今日金曜日だし、ちょっとくらい遅くなってもいいじゃん!21時くらいにはあがれるだろ?」

「あ、オレ大丈夫です!行けます!」

「てめぇ抜け駆けしてんじゃねぇよ!次長、ハンジさん、俺も行けます!」

「エレン、オルオ…お前らの提出書類待ちだってのを分かってんだろうな…?」

「「ひぃっ…!」」

「じ、次長!俺とグンタ、今週の分は終わってるので二人を手伝えます!な、グンタ!」

「はっ、はい!」

「リヴァイ次長、私も大丈夫です!」

「てめぇら…次から次へと…」

どこか必死な様子の彼らにこめかみをぴくぴくさせながらも、諦めたように再度溜息を吐いた。
最近の全員の頑張りのおかげで、どの案件も目処がついている。ここら辺で慰労も兼ねた飲み会でも…と思っていたところなのは確かだ。

「…20時半までに目処が立たなきゃこの話は無しだ。分かったな?」

「「「了解っ!」」」

「よーし決まり!じゃあ店はモブリットに選ばせておくから!あ、リヴァイ、さっきの資料は送っておいたから見ておいてねー!」

「は?てめぇふざけ…つーかお前も来るのかよ!」

「当たり前じゃん!じゃあリヴァイ班の皆さん、頑張ろうねー!」

ぶんぶんと手を振って颯爽と帰っていったハンジの後ろ姿を睨みつけ、リヴァイは俄然やる気になっている班員たちを見回した。

「精を出すのはいいが…休憩は休憩だ。ちゃんと取れよ」

そう言ってフロアを出て行くリヴァイの手元には、大切そうに握られたスマホがあった。



『急だがクソメガネたちと飲みに行くことになった。先に寝ていてくれ』

仕事の帰り道、リヴァイからのメッセージを受け取ったなまえは一瞬考え込んで「了解」のスタンプを送信した。
リヴァイから鍵を受けとったあの日から、予定が無ければ金曜日から日曜日までリヴァイの家へ泊まる流れが出来ていた。

(また夕飯は一人か…)

泊まるといってもリヴァイの多忙さは変わらない。
土日どちらか休めれば御の字で、金曜日は午前様になることが多かった。
「疲れているでしょうし、自分の家に帰りますよ」と告げたなまえに、

「お前が家にいれば、ちゃんと帰ろうと思える。寂しい思いをさせるが家で待っていて欲しい」

と真剣な顔で言われて恥ずかしさと嬉しさのあまり撃沈した。それでも何ヶ月も顔を見れなかった一年間に比べれば、少しでも顔を合わせることが出来て、たまにご飯を一緒に食べられる今の日々は幸せでしかない。

(欲張りになっていくなあ…)

それでも人間はどんどん欲深くなっていくもので。
最初はリヴァイのことを待っているだけで幸せだったのが、少しでも一緒にいたい、ご飯を食べたい、出掛けたい、触れて欲しい。
そんな気持ちが溢れてくるようになってきていた。

「…寂しいな」

ここ一ヶ月は目に見えてリヴァイの多忙さに拍車が掛かり、なまえが金曜日から日曜日泊まっていても顔を見られるのが数時間ほど、ということが続いていた。
それでも頑張っているリヴァイに不満を言うことなど出来ず、なまえはこれまでとは違った寂しさを胸に仕舞いながら、今日の夕飯はどこで食べようか…と思考を切り替えるのだった。



「え!リヴァイ次長、この辺に住んでるんですか!めっちゃ一等地じゃないですか!」

「通勤時間ほど無駄なものはねぇからな。徒歩圏内だ」

「オレ遊びに行ってみた…」

「却下だ」

エレンの興奮をばっさり切り捨てて、リヴァイはウイスキーのロックを一気に呷った。
なんとか目処を立てたリヴァイ班とハンジ、モブリットが無事に集合している。

「あははっ、リヴァイのマンションすごいよー?コンシェルジュとかいるもん」

「ハンジさん、行ったことあるんですか!」

「うん、あるある。エルヴィンとミケと…モブリットも行ったよね」

「てめぇらが勝手に押しかけてきただけだろ」

「す、すみません次長…ハンジさん聞かなくて…」

「モブリット…お前も少しはハンジを自立させろ」

申し訳なさそうに眉を下げるモブリットに、同情を交えながら言うリヴァイ。
当の本人はエレンに酒を並々注いで大笑いしている。

「リヴァイ次長、どうぞ」

「エルド…こんな時に気遣うな。どうせハンジの奢りだ。好きなモン飲んどけ」

「ちょっとリヴァイ!あなたと私で割り勘だからね!」

酌をしにきたエルドに続き、オルオやグンタ、ペトラも席を移動してくる。ハンジに弄ばれるエレンの悲鳴とそれを止めるモブリットの叫びが聞こえるが、とりあえず無視だ。

「次長、お疲れさまです」

「…お前らもな。もう少しで一旦落ち着くはずだ。それまで頑張ってくれ」

「もちろんです!」

笑って頷くグンタとペトラ、オルオは何故か感極まって涙ぐんでいる。ほんの少ししんみりしたこの一角を余所に、エレンの大きな声が響いた。

「え!リヴァイ次長の彼女さん、めっちゃ可愛…!」

「シー!エレン、シー!」

「てめぇ…このクソメガネ…」

なんとハンジがエレンになまえの写真を見せているらしい。
興味津々でそれを覗き込みに行く他の面子に、リヴァイが眉間に青筋を立ててダンッと杯を置いた。

「うっわ、可愛い…さすが次長」とエルド。
「ちょっとイメージと違いました」とグンタが目を丸くすれば、「勝手にキャリアウーマンなイメージだったよな…」とオルオ。
「私と同い年くらいですか、ハンジさん!」とペトラは何故か目を輝かせている。

「何勝手に見せてやがるクソが!」

「別にリヴァイだけのなまえじゃないだろ!これは私が撮った写真だもーん」

「てめぇ…こんな写真持ってるなんて一言も言ってねぇじゃねぇか!」

「なんでリヴァイに全部見せなきゃいけないのさ!これはなまえとランチ行ったときのやつだよ!」

リヴァイにはなんだかよく分からないお洒落な食べ物を前に、はにかんだ笑顔を見せるなまえの写真。恥ずかしそうに笑うその姿を見て、リヴァイはバコンっとハンジの頭を殴った。

「ってぇ!何すんだよリヴァイ!」

「オイクソメガネ…その写真、今すぐ送れ」

「は…?」

「それでチャラにしてやる。今すぐ送れ」

至極真面目に言うリヴァイに、周りがぽかんとなる。が、次の瞬間、ハンジの大笑いが響いた。

「リ、リヴァイ…それちょーウケるよ!」

「ハンジさん!失礼すぎます!」

「リヴァイ次長…そんな一面があったんですね」

「オイ、エレン…俺は知っていたぞ。お前は知らなかっただろうがな、俺は…」

「うるさいオルオ黙って。せっかくの次長の意外な一面が台無しだわ」

「…なんかちょっと親近感湧くな」

「グンタ、俺も同じことを思っていた」

リヴァイを含め、いい感じに酔いが回った彼らの好き勝手な言い分に思い切り眉間に皺を寄せるが、諦めたようにハイボールを飲み干して座る。酔っ払いの戯言は無視するに限る。

「素敵な彼女さんですね」

「…エルド。お前も確か恋人がいたな」

「ええ、もう三年になります。そろそろ結婚を考えてまして」

「そうか…めでたいじゃねぇか」

「次長は…?」

「…考えてねぇ訳じゃねぇが。タイミングがな」

「彼女さんの誕生日とか記念日とか…そういうのでプロポーズはどうです?」

「記念日…?誕生日以外になんの記念日があるんだよ。クリスマスか?」

「え…」

「あ?」

エルドとリヴァイの会話に、周りでやんややんや騒いでいた一同が静まり返る。
まさか、という気持ちでペトラが恐る恐る口を開いた。

「あの次長…お付き合いしてどれくらい…」

「あ?確か…一年半くらいじゃねぇか」

「えっと…記念日とか…」

「…誕生日は過ぎたぞ。当日は祝えなかったがな」

怪訝そうなリヴァイに、絶望的な顔をするペトラとエルド。オルオ、グンタ、エレンはリヴァイと同じ顔をしているが、ハンジとモブリットに至っても頭を抱えている。
そんな中でも勇気を振り絞ったらしいペトラが、どこか必死な様子で口を開けた。

「あの、誕生日じゃなくて!付き合った記念日です!」

「…なんだそりゃ」

「リヴァイ次長!今までの彼女さんとも祝ったことないんですか!?」

「何の記念日だか知らねぇが…一年も付き合ったことがねぇから誕生日すら祝ってねぇよ。なんだその記念日ってやつは」

ペトラの悲鳴にも似た声にリヴァイが憮然として答える。あちゃーと額に手を当てていたハンジが苦笑した。

「そうだった…保って三ヶ月がいいところだったリヴァイだもんね…」

「取っ替え引っ替えってことっすか…」

「さすがリヴァイ次長…」

「エレン、オルオ、酒に沈めるぞ」

「あはは!そうじゃなくてさ。リヴァイのあまりの淡白さと忙しさにみーんな離れてっちゃうんだよ。リヴァイも去る者追わずで気にもしないし」

「あーそれは想像通りです…」

「しかし…そうなると今の彼女さんはすごいですね…」

「そうなんだよ、グンタ、エルド!なまえはさ、ほんっとに我慢強くて健気でいい子なんだよ〜!リヴァイにはもったいな…いででで!」

「その口を閉じろクソメガネ。それより…記念日ってのはなんなんだ、ペトラ」

ハンジの頭を握り潰しかけたリヴァイの目が据わっている。彼らの反応から、自分は何かとんでもないことをしでかしたのではないのかと思えてきたのだ。

「えっと…付き合って一年目とか二年目とか、そういう区切りの日を記念日にしてお祝いするんです」

「は?そういう決まりか?」

「いえ、決まりじゃないですが…結婚記念日とか誕生日って特別な日ですよね?記念日も二人の思いが通じ合った大切な日ってことで、お祝いするカップルが多いんですよ」

「へえー…そんなのあるんですね、でもいちいち面倒じゃないですか?」

「エレン…お前は本当に女心が分かってねぇな」

「ちょっと!グンタさんだって同じでしょ!」

「エレン、グンタ…お前らにはわからないだろうから教えてやる…」

「黙って三人とも。今とても大事な話をしているの」

騒ぎ出すエレン、グンタ、オルオを一刀両断するペトラ。鬼気迫るその勢いと雰囲気は、さすがのリヴァイも口を出せないものを纏っていた。

(つーか俺は…この三人と同レベルってことか?)

リヴァイ班の中でも恋愛ごとにとんと疎そうな彼らと同類だということに愕然としてしまう。
エルドとモブリットに至っては、飛び火しないように二人で杯を傾ける始末だ。

「ちょっとちょっとリヴァイ…私の可愛いなまえに何してくれてんのさ」

「黙れクソメガネ…てめぇもそういうことは教えとけよ!」

「はあ!?まさかリヴァイがそこまで無頓着バカだとは思わないでしょうが!あーあ!誕生日も祝ってもらえず、記念日の存在すら知らない男に捕まるなんて…やっぱり今からなまえは私のものに…っいっでえ!」

「誕生日は祝ったっつってんだろ!」

「それだって二週間後とかでしょ!当日は私が祝ったんだからね!」

「っ、は!?ふざけんなメガネ!んなの初耳だぞ!」

「へへーん!リヴァイが気にするといけないからって、なまえから言わないように言われてたんだよ!ほんっとに健気で可愛いんだから、なまえってば!」

「クソが…」

初めて聞く話に珍しく動揺するリヴァイと、それを痛ましそうに見るリヴァイ班の面々。
そんな中でも自身と似通った恋愛感を持っているのかも、と勝手に親近感を抱いたエレンの口が軽くなる。

「でもそんなリヴァイ次長と付き合ってくれてるんですから、彼女さん相当我慢強い方なんですね!」

「お、おい、エレン!」

「そうそう、半年以上もろくに会えなくても文句も言わずにさ…リヴァイが気遣わなくていいように耐えてたのに」

「え、リヴァイ次長…それはちょっと…」

「さすがに可哀想というか…」

「ふ、二人とも!次長だってお忙しいんだから!」

ペトラとオルオの気の毒そうな雰囲気を、慌てて宥めるモブリット。最早そのフォローさえ傷口に塩を塗り込んでいるだけだとモブリットも気がついていない。

「…今は毎週末泊まりで会えてるぞ」

「え、週末って…」

「まさか…今日も…?」

「ていうかリヴァイ次長、この一ヶ月、毎週末出勤してませんでした?」

「何言ってんだペトラ。まさか泊まりにきてるのにずっと放置して仕事してるわけ…」

何故か自分を庇いたくなったリヴァイが苦し紛れに発した言葉に、エルドとペトラが大きく目を見開く。益々墓穴を掘ったらしいとリヴァイが気づいた時には遅かった。

「え、え、リヴァイ、本当にそうなの!?」

「なにがだクソメガネ…」

「毎週末わざわざリヴァイの家に泊まりに来てくれてるなまえを放って、仕事ばっかり行って放置してないよね!?家に帰ろうとするなまえを、『お前がいてくれるだけでいい』とか言って拘束してなまえの時間奪ったりしてないよね!?まさか今日も先に寝てていいぞ、とか言って家に呼んだりしてないよね!」

見てきたかのような的確なハンジの問い詰めにぐうの音も出ず、リヴァイはむっつりと黙り込んでしまう。
その様子に全てを察したハンジとペトラ、エルドは天を仰ぐ。ちなみに他のメンバーは何が駄目なのかとキョトンとして顔を見交わしている。

「…会えねぇよりマシだろうが」

「あのさ、たまにならいいよ?けど自分で家に呼んどいて基本は仕事で放置、一緒にご飯食べれるわけでもテレビ観れるわけでもないなまえはどんな気持ちだろうね?」

「俺は…顔が見られればそれで…」

「そりゃリヴァイはそうだろうよ。なまえも最初はそうだったと思うけど、ずーっとリヴァイんちに放置されてるなまえの立場は?恋人だとはいえ他人の家で、あのなまえが心から落ち着けると思ってんの?」

「リヴァイ次長…さすがに彼女さん、辛いと思いますよ」

ハンジを止めることなくモブリットさえも恐る恐る助言する。エレンとオルオが、「でも恋人の家に居られるならそれはそれで嬉しいですよね…?」「だよな…あのリヴァイ次長の家だぞ?」とコソコソ話しているが、あの二人と同じ感覚なのかと思うと危機感は増すばかりだ。

「リヴァイ次長…急には無理だと思いますが、まずは彼女さん、なまえさんとの時間をじっくり取ってみてください。で、もしなまえさんが望むなら、記念日とかも気に掛けるようにしてください」

「ペトラの言う通りだよ。このままじゃリヴァイ…」

なまえに愛想尽かされるよ、というハンジの言葉が頭の深いところに突き刺さる。
向かうところ敵なしと呼び声高いリヴァイだが、恋愛に関して彼女たちに叶うはずがないのだ。上長としての威厳だとか男としてのプライドだとか、そういうのも全て吹っ飛んだ気がして、リヴァイはただただ無言で杯を傾けることしか出来なかった。



カタン、と物音を聞いてなまえはハッと目を開けた。
リヴァイを待っている間にソファーでうたた寝してしまったらしい。

「っ、おかえりなさい!」

「…ああ」

慌てて玄関へと向かうと、そこには難しい顔をしたリヴァイが靴を脱いでいる最中だった。
まだ日付は変わっていない時間で、思ったよりも早い帰宅になまえの心は浮上する。

「ハンジさん、元気でした?」

「ああ、相変わらずだ」

「そっかー…久しぶりに会いたいです」

明るいなまえの声にチラリと視線を向けてきたリヴァイに、首を傾げる。随分疲れているようだ。

「リヴァイさん、お疲れですよね。私先にシャワーをいただいちゃいました」

「ああ…。なまえ、夕飯はどうした」

「?外で食べてきてからリヴァイさんち来ましたよ?」

「そうか…一人でか?」

「え?夕飯ですか?もちろん…一人ですけど…」

「…そうか」

そのまま黙り込んでしまったリヴァイに益々不思議そうに首を傾げるなまえ。
罪悪感やら居た堪れなさでなまえの顔すらちゃんと見れないリヴァイは、「シャワーを浴びてくる」となんとか発して浴室へ入った。

「クソ野郎は俺じゃねぇか…」

遠慮するなまえを家に呼びつけ、それなのに自分は仕事や飲み会で彼女を放置し、尚且つ記念日とやらも全く頭にない。極め付けに誕生日を同僚に祝ってもらっていたことすら知らず、気を遣わせていた始末だ。

『なまえに愛想尽かされるよ』

ハンジの言葉が現実味を帯びてきた。
ここから挽回出来るだろうか。結婚も考えてるとエルドに宣ったが、それよりも先になまえの気持ちをちゃんと繋ぎとめておかなければならない。
今までの全く役に立たない己の恋愛遍歴を恨みつつ、リヴァイは冷水を浴び続けたのだった。



あの日からリヴァイの様子がおかしい。
あの飲み会の夜、いつもはカラスの行水並のシャワーを長々と浴びていたし、出てきてからもどこか覇気がなくすぐベッドに潜り込んでしまった。もしかしたら久しぶりに触れ合えるかも、と淡い期待を抱いていたなまえは、そんな自分に恥ずかしさと共に寂しさも膨れ上がっていくのを感じていた。

『…そうなんですよ!様子がおかしいと思ったら浮気してて!』

ふと付けっぱなしのテレビから女性タレントの声が響いてきた。ぼんやりとしていた頭が急速にクリアになっていく。

『休日出勤とか残業とかいきなり増えて…かと思うとやたらお風呂は長くなるし、身だしなみもすごく気遣うようになって』

(リ、リヴァイさんは元々残業も休日出勤も多かったし…身だしなみだっていっつもちゃんとしてるもんね。関係な…)

『せっかく一緒に暮らし始めたのに全然時間合わなくて、夜の方もさっぱりになって。後から聞いたら、疲れて帰ってきてるのに他人がいるのが耐えられなくなったんですって!だから外に癒しを求めたとか…信じられます!?』

(私たちは一緒に暮らしてる訳じゃないし…。で、でも疲れて帰ってきて私がいたら…やっぱりゆっくり休めないんじゃ…?)

『罪悪感なのか、こっちの顔も見なくなったかと思ったら急に優しくなるわ、あ、これはクロだなと。そしたらやっぱり好きな人が出来たってフラれました』

バサっと読んでいた雑誌が手から滑り落ちる。
あの時のリヴァイは正にどこか申し訳なさそうな雰囲気でなまえの顔も見ず、早々になまえを抱え込んで寝てしまっていた。
かと思えば翌日の寝起きに「昨日も一人にして悪かった」と軽いキスを落としたと思うと、リヴァイお手製の朝食を振る舞われた。
その日はなまえが予定がありそのまま帰宅したが、それから数週間リヴァイの出張が続いていて会えていない。

(え、まさか…飲み会でなにかあったの…?)

リヴァイに限ってそんなことはないという気持ちと、もしかしたら自分に飽きたのではという気持ちがごちゃ混ぜになって微かに手が震えてしまう。
ハンジと飲み会だと言っていたし、それならハンジに聞いてみればすぐ解決する話だ。だがもしそこで「飲み会なんてなかった」などと言われてしまえば。

(リヴァイさんはそんなこと…!)

緩く頭を振った時、以前ハンジが言っていたことを唐突に思い出した。

『リヴァイ、ほんっと恋愛に興味なくて今まで付き合ったコたちとも三ヶ月も保たなくて…ダラダラ付き合うのは面倒くせぇって言ってたんだ。でも…なまえのことはちゃんと大事にしていて安心したよ』

そう言って心底安堵したように笑ったハンジの笑顔を思い出す。今まで短期間しか付き合ってこなかったのなら、いくら会える時間が短いとはいえ一年以上付き合ってきたなまえにそろそろ飽きがきてもおかしくないのではないか。
でも、あんな風に笑って応援してくれたハンジに心配を掛けるわけにはいかない。

「リヴァイさん…」

見知った部屋が急に他人のもののような気がして、なまえは目を伏せた。



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