両手いっぱいの幸せをあなたに



ソワソワする気持ちを抑えきれず、なまえは鏡の前で何度も前髪を撫でつけた。お気に入りの淡いベージュのワンピースに左耳にはイヤーカフ、首元にはリヴァイからお土産としてもらったシンプルなネックレスを身に付けた自分の姿を入念にチェックして、なまえはゆっくりと扉を開けた。

「お待たせしました、リヴァイさん」

「あぁ、俺も用意出来たぞ」

くるりと振り返ったリヴァイはなまえの姿を見ると一つ瞬きをして、僅かに頬を緩めた。どこか浮き足立った様子のなまえに近寄ってその頬をそっと人差し指で撫で上げる。

「…随分めかし込んでるじゃねぇか」

「えっ…あ、久しぶり、なので…。ごめんなさい、気合入れ過ぎましたね」

「いや…」

恥ずかしそうに頭を下げてしまったなまえの顔に苦笑が浮かんでいるのを見て、リヴァイは思わず自分自身に舌打ちしそうになった。褒め言葉一つ出ない自分にほとほと嫌気が差してしまう。

「いや、ちげぇよ。…似合ってる」

「えっ…」

「行くぞ」

パッと顔を上げたなまえの顔が直視出来なくて、リヴァイは照れ隠しのように優しく手を引いた。だが顔を見なくても嬉しそうな様子が繋いだ手から伝わってきて、今日はとことん彼女を甘やかしてやりたいとリヴァイは心に誓うのだった。
何せ、久しぶりのなまえとのデートなのだから。



「リヴァイさんとこうやって遠出するの、本当に久しぶりですね」

「そうだな。ちゃんとデートに連れて行くって約束、ずっと守れなくて悪かったな」

「いえっ、忙しいのは分かってますから。毎日お疲れさまです」

日用品や食料品などの日々の必要なものは一緒に買いに行っていたが、こうしてデートという形で出掛けるのは同棲してからはほぼ初めてといっていい。
助手席でにこにこ笑いながら機嫌良く音楽を弄っているなまえを横目に見て、リヴァイはハンドルを握り直した。
顔に出ていないだけで、リヴァイもこの日を楽しみにしていたのだ。自分とのデートの為にお洒落をして嬉しそうな恋人を隣に乗せている以上、いつも以上の安全運転を心掛けなければならない。

「…この日の為に残業しまくった甲斐があったな」

「リヴァイさん?何か言いました?」

「なんでもねぇよ。それより今日はどこを回るか決めたのか。相当広いんだろ?」

「はいっ。めぼしいところはチェックしてきましたよー」

二人は先日海沿いにオープンしたショッピングモールに向かっていた。テレビで特集を見ていたなまえが、ぽつりと「…行ってみたい」と呟いたのをリヴァイは聞き逃していなかった。
忙しいのだから、と遠慮するなまえを説き伏せ、平日の残業とスケジュール調整で確実な土日休みをもぎ取ったリヴァイに、申し訳なさそうにしながらも本当に嬉しそうに笑っていたなまえの笑顔を思い出す。
中々二人で出掛ける時間が取れなかった今までの謝罪も込めて、今日はとことんなまえの好きにさせてやりたい。
明るいなまえの声と共に、風に乗って流れてくる微かな潮風を感じる。楽しみですね、と笑うなまえに頷いて、リヴァイは駐車場に向けてゆっくりとハンドルを切った。

「あっ、海ですよ海!」

「なまえ、転ぶなよ」

運転ありがとうございました、とペコリと頭を下げたなまえだったが、車から降りた途端に駐車場から見える海に大喜びだ。子どものようにはしゃぐなまえの手を取り自分の方へと引き寄せれば、塩気を含んだ香りが漂ってきてリヴァイは目を細めた。

「…磯くせぇな」

「もう…情緒が無いですよ」

「はっ、俺にそんなのを求める方が間違ってるだろ」

「…確かに」

大真面目に頷くなまえの額を軽く弾き、もう一度手を握り直す。嬉しそうに左側に寄り添ったなまえが本当に楽しそうで、今までこういうデートをほとんどしてやれなかった自分を改めて恥じた。

「今日は好きなところを回れよ。荷物ならいくらでも持ってやる」

「あはは、ありがとうございます。リヴァイさんも見たいところがあったら教えてくださいね?」

以前に比べ、同棲してからのなまえは素直にリヴァイへ甘えるようになった。まだまだ遠慮するところや気を遣いすぎるところは多分にあるが、それは本来の性格もあるのだろう。
今も早速一つの店を指差して目を輝かせるなまえを愛しそうに見つめながら、リヴァイは引かれるままに足を進めるのだった。



前評判通り、相当に広い館内をある程度回った二人は、昼食を食べて満腹になった腹を治める為にプラプラとテラスに出ていた。
ざん、と鳴る波の音が心地良い。風にたなびく髪をそっと押さえたなまえは、隣のリヴァイが携帯を取り出して思い切り眉を顰めるのを目の端に捉えた。

「なまえ、悪ィ。電話だ」

「あ、じゃあ私、一つだけお店見てきていいですか?」

「あぁ、悪いな」

そっと手を離して、行ってきますと手を振ったなまえに申し訳なさを感じる。振動を続ける携帯が表示している名前はエレンで、どうかとんぼ返りせずに電話だけで済む用事であってくれ、と柄にも無く祈る気持ちで応答ボタンをタップした。

「リヴァイだ」

『リヴァイ次長っ、お休みのところ申し訳ありません』

「構わねぇ。とりあえず簡潔に状況を説明しろ」

『はっ、はい!』

電話越しでも慌てた様子のエレンを一先ず宥めながら話を聞く。そのままテラスと館内を繋ぐガラス扉越しになまえの姿を探せば、ちょうど女性ものの下着専門店に入って行く姿を見つけることが出来た。
エレン曰く、他社に卸しているシステムにトラブルがあったということで、それくらいなら電話とメールで対応が出来そうだと内心胸を撫で下ろす。その間もリヴァイの視線は館内から外れない。

「話は理解した。そんなに焦ってんじゃねぇよ」

『でもオレの担当案件なのに結局リヴァイ次長にご迷惑を掛けてしまって…すみません』

「ガキがそんなこと気にしてんじゃねぇよ。お前も休みの中悪かったな」

『い、いえ!』

取り急ぎの指示を矢継ぎ早に出してエレンとの電話を切れば、漸く目処がついたと安堵の息を吐いた。
責任がある立場だから仕方ないとはいえ、なまえには悪いことをしたと一度離してしまった視線をもう一度館内へ向ける。

「…あ?」

電話をするリヴァイに気を遣ったのか、なまえは館内のベンチに座っていた。そこまではいい。問題はそのなまえの前に、見知らぬ男が仁王立ちしていることだ。困ったようななまえの横顔がここからでも確認出来る。

「チッ…」

眉間に深く皺を寄せたリヴァイは乱暴に携帯をポケットに突っ込み、足早になまえの元へと向かう。ガラス扉を勢いよく開けたリヴァイの耳に男の耳障りな声が聞こえてきた。

「それならお茶だけでもどうかな?ここ、新しい店がたくさんあるしさ」

「だから結構です。私、人を待ってるので」

「それって女の子?じゃあその子が来るまででいいから…」

「ふざけんな。とっとと失せろ」

低い声が男の言葉を遮る。パッとなまえが横を向くと同時に、なまえの視界はリヴァイの後ろ姿で覆い尽くされた。

「リヴァイさんっ!」

「誰の女に声掛けてんだ、てめぇは」

「ひっ……!」

鋭い視線で下から睨め付けられた男がひくりと頬を痙攣らせて慌てて踵を返して行く。あっという間の出来事に、遅れてなまえは慌てて立ち上がった。

「リヴァイさん、すみません…!お電話大丈夫でした?」

「あぁ、問題ねぇ。悪かったな、一人にして」

「いえ、欲しかったものも買えたので。それより…ごめんなさい」

「なまえが謝ることじゃねぇだろ。…にしても少し目ぇ離しただけでこれかよ」

「リヴァイさん?あの…本当にお手数かけて…」

忌々しそうに舌打ちをしたリヴァイの後半の言葉をうまく聞き取れなかったのか、なまえが申し訳なさそうに肩を落とした。
怒らせたか、と不安そうに揺れるその瞳を見たリヴァイがそっとなまえの腰を抱いた。

「…リヴァイさん?」

「別にお前に怒っちゃいねぇよ。あのクソ男に腹が立っただけだ」

「ほんと、色んな人がいますね」

ホッとしたのか、何事も無かったかのように笑うなまえに深々と溜息を吐いた。なまえのこの気にしない様子を見るに、今日だけでなく今までこうして声を掛けられたことが何度もあったのだろう。それを思うとはらわたが煮えくり返る気がした。

「なまえ」

「はい」

「…いや、行くか」

なまえが新たに手にしたショッピングバッグを奪い取り、その代わりに強く手を握る。どうしたらなまえを他の誰の目にも触れさせないように出来るか真剣に考えてしまう自分を嘲笑して、リヴァイは荒ぶる気持ちを押さえた。
そんなリヴァイをよそに、なまえはどこまでも穏やかで楽しそうだ。先ほど食べた昼食の感想を明るく述べていたなまえが、ふと足を止めた。

「あ、リヴァイさん、もう一つ見たいお店があって…少しだけ待っててもらってもいいですか?」

「なんでだよ。俺も一緒に行けばいいだろ」

「でも…男性は入りにくいお店なんです。すぐ戻りますから」

困ったように眉を下げたなまえの言葉にリヴァイも内心首を傾げる。リヴァイが先ほど奪い取ったショッピングバッグは下着屋のものだったようだし、それ以上に男が入りにくい店があるだろうか。

「…別に下着でも何でも一緒に見てやるぞ」

「ちょっ…!下着はさっき買いましたから…じゃなくて!」

身も蓋もないリヴァイの物言いに咄嗟に答えたなまえに「冗談だ」とあっさり告げ、なまえの視線の先にある店舗に目をやった。

「あそこか?」

「はい。好きなブランドなんですけどここの店舗限定の商品があるみたいで…ちょっと見てみたいなーって」

なまえが指差したのは、ジュエリーショップだった。騒がしい館内の中でもそこは落ち着いた佇まいと抑えられた照明で、リヴァイはなるほどと納得する。確かに男性が目的もなくふらりと入る場所でもないだろうし、なまえが気を遣うのも分かる気がした。

「俺は別に気にしねぇよ。入るぞ」

「えっ…でも…」

「…お前をまた一人にして、さっきみたいな目に合わせるよりマシだ」

どこにあの男のような奴がいるか分からない。何か特別な理由が無い以上なまえと離れることはあり得ないと静かに主張するリヴァイに、なまえは僅かに頬を染めた。

「じゃあ…お言葉に甘えて。すぐに終わりますから」

「俺のことは気にするな。ゆっくり見てけ」

一歩店内に入れば、ショーケースに並べられた様々なアクセサリーが光を反射させていた。店員も心得たもので、「いらっしゃいませ」と声を掛けはするが積極的に近づいたりはしないようだ。

「わっ、可愛い…」

「…見事なもんだな」

こんなところに初めて入るリヴァイも、なまえと一緒にショーケースを覗き込む。値段もピンキリのようだが、なまえがうっとりと眺めていたアクセサリーはこのショッピングモール限定デザインと銘打っていた。
にこやかな店員が海や波をモチーフにしたデザインなのだと教えてくれるが、正直言ってリヴァイにはどこが海を表しているのかさっぱり分からない。

「あ、これも素敵ですね」

「そちらは満月が海に沈んでいく様子を表したものなんです。その指輪とネックレスの他に、ピンキーリングもご用意がありますよ」

そう言って店員が持ってきたいくつかの指輪とネックレスを熱心に見ているなまえの後ろ姿を見守る。ぐるりと店内を見回すと婚約指輪や結婚指輪も取り扱っているのが確認出来て、目を細めてこのブランド名を頭に刻み込んだ。

「うわー可愛い…」

「とってもお似合いですよ」

なまえの弾んだ声に視線を戻せば、気になっていた指輪を試着しているらしい。後ろからそれを覗き込んだリヴァイが、意外そうに口を開いた。

「…小指の指輪なんてのもあるのか」

「はい、ピンキーリングって言うんですよ」

そっと右手をリヴァイに差し出して指輪を見せるなまえ。にこやかにその様子を見守っていた店員が説明を始める。

「左手の小指には、チャンスを引き込んだり願いを叶える意味があるんですよ」

「へぇ…」

「右手の小指は、古来から幸せを呼ぶ指とされていますね。あとは厄除けやお守りの意味もありますよ」

その説明を興味深そうに聞いていたなまえが右手の小指にはめた指輪をじっくりと観察する様子を、リヴァイは黙って見ていた。
掛けてやりたい言葉があるのに、また肝心な時にそれが出来ない己を呪うしかない。
なまえに「ごゆっくり見てくださいね」と声を掛けた店員が、二人の元から去って行く。その時にリヴァイに向けられた視線がどこか温かく、そして意味深に思えて思わず瞑目した。

「なまえ」

「あっ、ごめんなさい!悩んじゃって…」

「その小指のやつがいいのか」

「そうですね。これなら職場につけていっても浮かないデザインかなって。ただ結構いい値段しますし、今回はやめておこうかな…」

名残惜しげにそっと指輪を外したなまえが笑顔でリヴァイを振り返り、「お待たせしてすみません」と声を掛けた。
が、リヴァイは視線で店員を呼び戻すとリングケースを指差して静かに口を開く。

「これをくれ」

「え、リヴァイ、さん…?」

「かしこまりました。プレゼント用にケースもお付けいたしますか」

「あぁ、頼む」

「え、あの、ちょっとっ…」

心得たように頭を下げた店員が、なまえにニコリと笑いかけて指輪ごと去って行く。唖然としていたなまえが慌ててリヴァイを見上げる。

「リヴァイさん、あの、」

「せっかくだから右手につけろよ?クソ野郎どもが寄り付かないように厄除けだな」

「え、…」

「よく似合ってた。いつも寂しい思いをさせてる詫びにはならねぇが…俺からプレゼントさせてくれ」

「っ、駄目ですよっ…!そんな、何でもない日なのに…」

「別に普通の日に贈っちゃいけねぇ決まりはねぇだろ?」

「そ、そうですけどっ…でもあんな高価なもの、駄目です!」

漸くリヴァイの行動を理解したのか、なまえが目を見開いて首を横に振る。
ただでさえ生活費の負担はリヴァイの方が大きいのだ。ここで自分のためにお金を使わせるわけにはいかない。それにこの前の海外出張で、このネックレスをお土産にもらったばかりだ。
そんな風に必死に言い募るなまえの唇に、シーっと人差し指を当てたリヴァイがそのままなまえの瞳を覗き込んだ。

「俺が渡したいだけだ。頼むからもらってくれねぇか」

「…ずるいですよ、もう」

そんな風に言われたらもう何も言えなくなってしまう。赤く染まった頬のまま俯いたなまえが、キュッとリヴァイの洋服の裾を掴んだ。

「リヴァイさん」

「ん、なんだ?」

「ありがとうございます…。すっごくすっごく嬉しいです」

「あぁ」

嬉しそうにはにかみながら礼を伝えるなまえの頭にポンっと手を当て、リヴァイも優しく目尻を下げた。本当なら男どもをちゃんと牽制出来る薬指の指輪を贈りたいのは山々だが、それはきちんとリサーチしてじっくりと選んでやりたい。まずは自分が贈った指輪がなまえの指を彩る優越感で良しとしよう、と頬を緩めた。



「本当に本当にありがとうございます!」

「ふっ…何回言うんだよ」

「だって嬉しくて…大切にしますね」

頬を紅潮させたなまえが大切そうに袋を胸の前で抱えて、リヴァイの後を小走りで付いてくる。その心底嬉しそうな顔に、リヴァイの方こそ喜びが湧き上がってくるように感じた。

「ほら、走るな。転ぶぞ」

「ね、リヴァイさん。私、本当に嬉しいんです」

ちゃんと伝わってますか?と拗ねたように言いながらも、笑みを抑えられないなまえ。
こんな風に誰かを喜ばせたいと思える日が来るなんて思いもしなかった。この笑顔が見られるなら指輪だろうと洋服だろうと、はたまた家でも家電でも何でも買ってやりたいと、リヴァイは本気でそう思う自分に苦笑する。

「なまえ、洋服も買うぞ」

「え、リヴァイさんのですか?」

「馬鹿、ちげぇよ。お前のだ」

「私の…?」

きょとんとして首を傾げるなまえの腕を引っ張って再びテラスに出る。少し風が出て来たからか、二人以外の姿は見えないことをいいことにリヴァイはなまえを引き寄せた。

「…リヴァイさん?」

「今日…夕飯は俺が決めると伝えておいたな」

「はい。どこか行きたいところがあるんですか?」

「あぁ。あそこだ」

なまえの腰を抱いたままリヴァイの人差し指が海の方を差す。そこにはショッピングモールと同時にオープンした海沿いのホテルが建っていて、なまえは目を瞬いた。

「でもあそこのレストラン、予約しなきゃ入れないですよ?」

「あぁ、もう予約してあるからな」

「えっ、えぇ?」

「ついでに今日は泊まりだ」

「は…え…?」

サラッと告げたリヴァイに今度こそなまえの思考が停止する。涼しげなリヴァイの横顔を凝視するなまえの脳裏に「洋服を買うぞ」というリヴァイの言葉が蘇った。

「りば、リヴァイさん、泊まりってまさか…あのホテルに…」

「正解だ。海側の部屋を取ったからな。存分に景色を楽しめるぞ」

「い、言ってくださいよ!私、何にも持ってきてないです!」

「必要なものは俺が全部買ってやる。今日はなまえ、お前を甘やかす日だからな」

下着は問題ねぇな、となまえの耳元で囁いたリヴァイに体温が上昇する思いがして、それを隠すようにぎゅうっとリヴァイの胸元に顔を埋める。

「…色々とサプライズすぎません?」

「滅多に出来ねぇからな。だが…さすがに詰め込みすぎたか」

「ううん、嬉しいです」

リヴァイが少し気まずそうにする雰囲気を頭上から感じて、なまえは思いきり首を横に振った。驚きはしたが、リヴァイがなまえのことを思ってしてくれたサプライズが嬉しくないはずがない。

「ふふっ、ハンジさんに自慢しちゃおーっと」

「…俺が揶揄われるじゃねぇか」

「だって嬉しいんですもん。誰かに自慢したい気分なんです」

ぐりぐりとリヴァイの胸に頭を押し当てたなまえの心底幸せそうな声音にむず痒さを感じながらも、慣れないサプライズとやらを成功させた自分を褒めてやった。
泊まりともなると女には色々準備があるのは重々承知していたが、なまえの驚く顔と喜ぶ笑顔が見たい気持ちがそれに勝ったのだ。

「そうと決まれば服でも買いに行くか」

「なんか…こんな贅沢、夢みたいです」

「夢にされてたまるか。たまにはいいだろ」

ふわふわとした笑みを浮かべるなまえの手をゆっくりと引いて進んでいたリヴァイが、ふと気がついたように足を止めてなまえを見下ろした。

「どうしました?」

「…今さらだが。今日の格好、似合ってる。すげぇ可愛い」

「えっ、あの、…」

そう囁いたリヴァイに、今度こそなまえの身体が沸騰しそうなほど熱くなる。滅多に言われないリヴァイの甘い言葉にクラクラして、思考が追いつかない。
混乱するなまえを僅かな笑みを浮かべて眺めていたリヴァイだが、何故か不意に真剣な表情でなまえの頬に手を当てた。

「だがなまえ、さっきみたいにクズ野郎を引き寄せることになるからな。その可愛さは俺の前だけにしとけ」

「…リヴァイさん、私、もうついていけません…」

真面目な顔で急に甘いモードに入ったリヴァイに、なまえは赤くなった顔を見られないようにするので精一杯だ。
「なんでだよ」と不満そうに眉を寄せたリヴァイの意外な一面を見てうるさく動く心臓を無視して、なまえはずんずんと一人で歩みを進めて行く。

「オイ、なまえ、一人で行くな。危ねぇだろ」

その背を追いかけながら声を掛けたリヴァイに対し、ピタリと止まったなまえがくるりと振り返る。未だ赤い頬を潮風で冷ましながら、追いついたリヴァイを間近で見上げた。それと同時に周りに人がいないことを素早く確認する。

「なまえ?」

「リヴァイさん。…だいすき」

囁いたなまえの言葉は海風に流されことなくリヴァイの耳にしっかりと届いた。思わず三白眼を見開いたリヴァイの胸に手を当てて、しっかりと背伸びをする。その柔らかい唇がリヴァイのそれを掠めると同時に、潮の香りとなまえの甘い香りが混じり合ってリヴァイへと熱を伝えた。

「っ、なまえ」

「…私からもサプライズです」

リヴァイの胸に手を当てたまま照れくさそうに笑うなまえを、湧き上がる衝動のまま思いきり抱き締める。愛しくて仕方がないという感情を、なまえと出会って初めて知った。
慌てたように腕の中でもがくなまえをしっかり抱え込み、やってくれるじゃねぇかと口の中で呟いたリヴァイの瞳には優しい碧が煌めいて見えた。



-fin

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