リヴァイはふっと意識が浮上するのに任せて目を覚ました。咄嗟に時計を見るとまだ夜中の3時を示していて、何故目覚めてしまったのかと内心げんなりするがそこで一つの異変に気がついた。

「…ナマエ?」

隣で丸くなっているナマエの息が荒い。
はぁはぁと荒く息を吐くその顔を覗き込めば、目を瞑ったまま眉根を寄せる苦しそうな表情が見て取れた。

「ナマエっ、オイ、ナマエ?」

がばりと起き上がり、ベッドサイドのランプを点けると明らかに様子がおかしいのが一層見えてくる。リヴァイの声にうっすらと目を開けて、ナマエが目線だけをぼんやりと動かした。

「リ、ヴァイさ…ゴホッ…けほっ」

「ちょっと待ってろ、今水を持ってくる」

すぐさま持ってきた水をナマエに持たせ、背中を支えながらゆっくりと起こしてやる。一気に半分ほど飲み切ったナマエの頬は赤く上気していて、瞳も潤んでいた。
一緒に持ってきた体温計で熱を測らせれば39℃の表示が出て思わず二度見をしてしまう。

「りば、いさ…起こしちゃって…けほっ、ごめんなさい」

「そんなこと気にすんな。39℃か…かなり高ぇな」

「ごほっ…だいじょ、ぶです…寝てれば治ります…」

「何言ってんだ。とりあえず夜間救急に行くが動けるか?今車を回して…」

「駄目、ですっ…!リヴァイさんは明日もお仕事なんですから…それより移っちゃう…。私、ソファーに…」

リヴァイから顔を背けて咳を繰り返すナマエの、こんな時まで気を遣う態度に眉間に深く皺が寄る。よろよろとベッドから出ようとするその身体を柔らかく、だが有無を言わせずベッドに押し戻した。

「リヴァイさ…ん?」

「こんな時まで遠慮してんじゃねぇよ。そんなに俺は頼りないか?」

「っ、そんなことっ…」

「じゃあ大人しくここで寝るんだ。分かったな?」

額に貼りついた前髪を優しく撫でるリヴァイの指先に目を細めたナマエが、ウトウトと瞬きを繰り返す。相当辛いのか、荒い息を吐きつつも目を開けていられないようだ。

「ごめんなさ…い、迷惑かけて…」

「迷惑なんかじゃねぇよ。ナマエ、今はゆっくり休め」

夜間救急に連れて行こうと思っていたが、今移動させる方が負担が大きそうだと思い直す。浅い眠りについたナマエを起こさないようにリヴァイはゆっくりと手を離した。
とりあえず家にある薬や食べものを確認しなければ、と立ち上がってベッドに背を向けるが、クイッと後ろに引っ張られるような抵抗を感じて思わず振り返った。

「…ナマエ?」

「りば、いさん…」

目を瞑ったままのナマエの唇から吐息のような音が溢れる。その手はリヴァイの服の裾を弱々しく握っていた。

「…ちゃんと此処にいる」

服からゆっくりとその手を離しそのままギュッと握ってやれば、安心したようにナマエの息がほんの少しだけ穏やかになる。
考えていたことを全て後回しにして、リヴァイは再びベッドの横に腰を下ろした。仕事を休んでそばにいてやることは出来ない。暫くしたら必要なものをコンビニに揃えに行こうと考えながら、リヴァイはナマエの髪を優しく撫で続けた。



そのまま一睡もしなかったリヴァイは後ろ髪を引かれる思いで職場に向かっていた。朝方目を覚ましたナマエは欠勤の旨を会社に電話していたが、それが済むとリヴァイによってすぐさまベッドへ寝かされていた。

「ナマエ、一人で大丈夫か?病院に行けるか?」

「大丈夫、です。ゴホっ…すみません、朝の忙しい時間に…」

「これくらいしか出来なくて悪いな。なるべく早く帰ってくる」

駆け込んだコンビニで買い込んだ品物を枕元に並べながら、リヴァイは心配そうにナマエの目を覗き込む。解熱剤は家にあったものを飲ませたが、熱は未だ下がらず潤んだ瞳が弱々しく見返していた。

「今日お弁当の日なのに…作れなくてごめんなさい」

「そんなこと気にするな。とにかく無理はするなよ。必要な時以外はベッドから出るんじゃねぇぞ」

渾々と言い聞かせるリヴァイに柔らかく微笑んで、ナマエが大人しく頷いた。その心細そうな様子にまたベッドへ腰を下ろしそうになるのをなんとか堪えて、一度だけ頬を撫でた手を名残惜しげに離す。
いつもなら足早に職場に向かう足取りも、鉛が入ったように重く感じた。だがとにかく早く帰宅しようと一心不乱に業務をこなしていれば、気がつけば昼休憩の時間になっている。何やら言い争っているペトラとオルオを遠目に、リヴァイはスマートフォンを取り出した。

「オイ、ペトラ、これ買ってきてやったぞ」

「何よオルオ……ってこれ…」

「フン…風邪気味だと言ってただろ?この俺が直々に、風邪に効くと噂の栄養ドリンクを…」

「あんた…これ、美肌になるって噂のビタミンドリンクじゃない。どこが風邪に効くのよ!」

「なっ…おかしい…店員は確かにこれだと…」

「…まぁありがたくもらっておくわ」

呆れたような溜息を吐きながらもペトラのオルオを見る目は穏やかだった。どんな形であれ、自分のことを心配して薬局まで行ってくれた思いには感謝をしたい。
引き出しからトローチを出して口に放り込んだペトラは、難しい顔でスマートフォンを睨んでいるリヴァイに目を留めて首を傾げる。昼休憩を犠牲にして仕事に励むのは今に始まったことではないが、今日のリヴァイの様子はそれだけでは無いように感じた。

「あの、リヴァイ次長、何かお手伝い出来ることはありますか」

「あぁ、急ぎのものはねぇよ。大丈夫だ」

「ですが…」

問いかけたペトラを机越しに見上げたリヴァイがあっさりと答える。確かに繁忙時期は終わり今は少し落ち着いているはずだが、ではリヴァイは何故こんなにも難しい顔をしているのか。
ペトラの気遣いと逡巡を瞬時に理解したのか、スマートフォンを机に置いて僅かに苦笑する素振りを見せた。そんな上司の様子も珍しく、思わず大きく目を見開いてしまう。

「…気を遣わせたな。仕事じゃねぇんだ」

「といいますと…」

「あー…その、なんだ。ペトラ、風邪や高熱によく効く食事や薬を知らねぇか」

「風邪、ですか?」

正にタイムリーな質問に目を瞬く。が、目の端に映ったリヴァイのスマートフォンの画面が『風邪気味のあなたに!家でも出来るオススメ療法』という大きな見出しを写していて、思わずリヴァイの顔をまじまじと見つめてしまった。

「次長、風邪を引かれてるんですか?」

「いや、俺じゃねぇんだが…」

珍しく歯切れの悪い返答に全てを理解した。恐らく同棲している恋人が風邪を引き、なんとかしてやりたいと色々調べていたのだろう。リヴァイが風邪を引いたところは見たことがないし、どうすれば良いのか分からなかったに違いない。

「今ちょうどオルオとその話をしてたんです。オルオも呼んでいいですか?」

頷いたリヴァイを確認し、オルオを呼ぶ。嬉々として飛んできたオルオを小突いた。

「ね、さっき言ってた風邪によく効くっていう栄養ドリンクの名前、なんていうの?」

「え?えっと…なんだっけな…」

「もうっ、使えないわね!」

憤慨するペトラをポカンとしながら見ていたオルオが、リヴァイへと目線を戻した。

「次長、風邪ですか?」

「いや、俺はいたって元気だ」

「あ、じゃあ彼女さんですか。心配ですね」

あっさりと指摘してみせたオルオに思わず口を噤む。ある種の尊敬の眼差しをオルオに向けたペトラは、苦笑しながら弄っていたスマートフォンをリヴァイへと見せた。

「余計なことをすみません。次長、私が風邪の時に買うものをピックアップしてみました。今お送りしますね。参考になればいいんですが…」

「悪ィな」

「いえっ、明日は休日ですし、病院には行けたんでしょうか?

「あぁ、さっき薬を貰ったと連絡があった。だが何も食ってねぇみたいだな」

「食べて寝るのが一番の薬ですが一人でそれをやるのも大変ですもんね…。会社の近くに薬膳粥とかスープをテイクアウト出来るお店があるんです。そこのURLも送っておきますね」

「助かる。ありがとうな」

いくつかのメールを送りながらてきぱきと告げたペトラに心からの感謝を述べる。自分が滅多に体調を崩さないから、こういう時にどうしたら良いのか咄嗟に思い浮かばなかったのを見透かされていたらしい。

「ペトラ、やるじゃねぇか」

「あんたに言われたくないわよ。さ、仕事に戻ってなるべく早くリヴァイ次長が帰れるようにしなさいよ」

「分かった分かった、次長、俺に出来るものがあったらどんどん振ってください!」

「あぁ、助かる」

呼ばれたはいいがあまり有益な情報を与えられなかったオルオは、何か役に立てればと意気込んで胸を張る。頷いたリヴァイに頭を下げた二人が席に戻るのを見送って、再びスマートフォンをタップした。
先ほど『大丈夫か?何か食いたいもんはあるか?』と送ったメッセージは既読にもならない。
ずっと寝ているのか、家で倒れていたりしないかと焦燥感が湧き上がるも、とにかくなんとしても定時に上がることを改めて決意した。


その頃、ナマエはうつらうつらと漂う意識のまま瞼を震わせた。リヴァイをベッドから見送ってからなんとか病院に行き薬を貰ったが、その後はずっと寝ていたらしい。リヴァイにメッセージを送ってからの記憶がない。

「のど、かわいた…」

けほ、と咳と同時に掠れた声が出る。リヴァイが枕元に置いていってくれたスポーツドリンクを一気に飲んでホッと息を吐いた途端、何故か無性に心細くなった。

(風邪を引くと心も体も弱るって本当なのね…)

久しぶりにこんなひどい風邪を引いた。
時計の針は16時を指していて、リヴァイが帰って来るまでまだまだ時間があることを示していた。

「リヴァイさん…」

名を呼べばもっと寂しくなってツンと鼻の奥が痛くなる。たかが風邪で泣きそうになるなんて、と慌ててギュッと目を瞑った。
優しく髪を撫でてくれたリヴァイの温かさ、心配そうに顔を覗き込む揺れた瞳、そして抱きしめてくれた温もりを思い出す。少しでもリヴァイの痕跡と面影を感じられるよう、ベッドの中で丸くなったナマエはそのまままた深い眠りに落ちて行った。



ひんやりとした手が額を撫でる感覚で、ナマエはゆっくりと目を覚ました。徐々にクリアになる視界にどこか不安そうに眉を寄せるリヴァイの姿が飛び込んできて、ハッと目を見開く。

「リヴァイ、さん…っ、ゴホっ…」

「悪い、起こしたか。大丈夫か?」

「おかえりなさ、い…え、あれ?今何時…」

「あぁ、ただいま。今は18時過ぎたところだ。ナマエ、熱を測ってもいいか?」

霞がかかったようだった頭が少しずつはっきりしてくる。体温計を脇に挟みながらリヴァイの顔を見つめ返した。

「こんな早く帰ってきてもらっちゃって…すみません、私が熱を出したばかりに…」

「ナマエのせいじゃねぇよ。元々今はそんなに忙しくない時期だからな」

本当はペトラとオルオに急かされて、定時になった瞬間会社を飛び出した。ペトラが言っていた薬膳粥の店に駆け込み、その後は教えられたリスト通りに手当たり次第色々と買い込んだ。この時ほど会社近くに住んでいて良かったと思ったことはない。
袋から栄養ドリンクやビタミンゼリー、トローチや冷えピタをそれぞれ数種類ずつ、それにナマエの好きなクッキーやチョコレートを次々と出していく。それを呆気に取られた表情で見ていたナマエを振り返り、買ってきた粥の袋を軽く持ち上げた。

「粥を買ってきたが食べられるか?今日何も食ってねぇんだろ?」

「わっ、ありがとうございます…!薬飲むためにゼリーだけ食べたんですが、さすがにお腹空いちゃって…。というか、こんなにたくさん、どうしたんですか?」

「部下から風邪に効くやつを聞いてな。だが種類がありすぎて分からねぇから、とりあえず目についたものを買ってきた」

嬉しそうに笑って礼を述べたナマエが取り出した体温計は37.7℃を示していた。とりあえず食欲は出てきたらしく、昨日に比べて顔色も良いことに胸を撫で下ろす。
リヴァイは買ってきた粥を温め直したり、枕カバーを替えたり、ナマエが貰ってきた薬を確認したりと甲斐甲斐しく動いていた。そんな姿をベッドに上半身を起こして見ていたナマエは、パチパチと目を瞬いて頬を緩める。

「どうした、粥、熱かったか?」

「いえ…リヴァイさん、すっごく優しいなぁって思って」

「これくらい普通だろ」

ふいっと視線を逸らすリヴァイが実は照れているのが分かる。薬と水を用意してベッド横の椅子に座ったリヴァイは、ナマエの手元の粥を見て眉を上げた。

「あんまり進んでねぇな。そんなに食えねぇか?」

「この体勢、ちょっと食べにくくて。あの、リビングに行っちゃ駄目ですか?」

確かにテーブルも何もない状態で、膝の上にトレーを乗せたままでは食べづらいだろう。今さらそれに気がついたリヴァイは己の失態に内心舌打ちをするが、十分暖まっているこの部屋からナマエを移動させるのはなるべく避けたかった。

「駄目だ。リビングはまだ暖まってねぇからな。寒暖差で悪化したらどうする」

「室内ですし、そんなには…」

「それに熱で足元がふらついたりしたら危ねぇだろ。フローリングは滑りやすいんだ、俺が咄嗟に助けられるとも限らねぇ」

「あの、リヴァイさん、私そこまで重病人じゃ…」

「とにかく今はここで食え。明日からはちゃんとリビングを暖めておくし、スリッパも滑りにくいものを用意しておくからな」

「いえ、あの、そこまでする必要は…」

大真面目な顔でものすごく過保護なことを言い始めるリヴァイにモゴモゴと反論するが、全て封殺されてしまった。

「食いにくいなら俺が食わせてやる。ほら、レンゲ寄越せ」

「えっ、いい、いいです!自分で食べられます!」

「いいから。よし、口開けろ」

奪い取られたレンゲに一口分の粥を掬い、リヴァイが口元に寄せてくる。所謂あーんの状態に固まってしまったナマエに焦れたように、ちょんっとレンゲが唇に触れた。

「ほら、あーん」

「あ、あーん…」

いつものリヴァイとのギャップに内心悶えつつも、恐る恐る口を開ける。なんの羞恥プレーかとも思うが、もぐもぐと飲み込んだナマエを見たリヴァイはひどく満足そうだ。

「ちゃんと食えて偉いな」

「…子どもじゃないんですから」

拗ねたように唇を尖らせたナマエのそれに噛みつきたくなる衝動を抑え、リヴァイは次々と粥を運んでいった。あらかた空になるころにはすっかりナマエのお腹も満腹になったようだ。

「次は薬だ。ちゃんと飲むんだぞ」

「はぁい。あ、リヴァイさん、お風呂、入りたいんですが…」

大人しく言われた通りに薬を飲んだナマエは、ベタついた身体を思い出してリヴァイに懇願する。今さらだが、汚れた身体のままリヴァイの前で無防備でいたかと思うと急激に恥ずかしくなってしまう。それにパジャマも替えたいが出来ればその前に身綺麗にしたかった。

「まだ熱が高ぇ。風呂は…」

「お願いしますっ、こんな汚い身体でリヴァイさんの前にいたかと思うと…恥ずかしいです」

「何言ってんだ。俺がそんなこと思うわけねぇだろ」

「…潔癖なのに?」

「ナマエに関しては別だ」

きっぱり断言され、安堵と複雑な気持ちが入り混じる。だがそう宥められも風呂に入って綺麗になりたい気持ちは譲れなかった。

「浴室暖房もつけますし、出たらすぐ着替えて髪も乾かします。ね?だからお願いします」

縋る勢いのナマエに腕を組んで考え込むリヴァイ。その顔に薄らと浮かべられた笑みがナマエの嫌な予感を呼び起こした。

「あの、リヴァイさん…?」

「俺と一緒に入るならいいぞ」

「はいっ…?いやいや、一人で入れます!」

「風呂場で倒れたらどうする。それが呑めねぇなら風呂は無しだ」

絶句するナマエに比べてリヴァイはとても楽しそうだ。羞恥と風呂を天秤に掛けた結果、僅かに風呂に入りたい気持ちが勝ったナマエがうなだれつつも小さく頷いたのを見て、リヴァイは滅多に見られないような笑みを浮かべてゆっくりと手を伸ばした。



「…リヴァイさんの馬鹿」

「オイ、聞き捨てならねぇな。ちゃんと洗ってやったろ」

ドレッサーの椅子に座ったナマエの後ろに立つリヴァイの手にはドライヤーが握られている。丁寧に優しく髪を乾かしていく手つきに絆されそうになるが、風呂場での出来事を思い出してナマエは真っ赤に頬を染めた。

「それが恥ずかしかったって言ってるんです!身体くらい自分で洗えますよ…」

「病人は黙って世話されてりゃいいんだよ。ほら、いいから前向いてろ」

嫌がるナマエを無理やり説き伏せ、浴室の椅子に座らせたリヴァイの手によって身体を洗われたその恥ずかしさは頂点を超えていた。
風呂場で嫌々と首を振り、羞恥のあまり顔を両手で覆ってしまったナマエに欲情しなかったといえば完全に嘘になる。むしろ欲情しかしない。
柔らかく弾力のある肌に這わせる手に別の意思を持ちそうになったリヴァイが、頭の中でエレンとオルオの顔を思い浮かべてそれを打ち消したと知られれば何を言われるか分かったものではない。
さすがに身体の前を洗うことは断固拒否されたので諦めたが、むしろそれで良かったと深く息を吐いた。あのままでは臨戦態勢に入りつつあったリヴァイ自身に気づかれただろうし、ナマエと目を合わせたら自分を抑えられた気がしない。
病人に無体を働くような最低野郎にならずに済んだと誰ともなく感謝した。そしてナマエに対する自分の理性は糸よりも細いのだと突きつけられた気がして、気がつかれないように苦笑を溢す。

「今日…夕方に目を覚ました時、急に心細くなったんです」

カチ、とドライヤーのスイッチを切ったリヴァイを鏡ごしに見つめるナマエの目が弓形に細められる。さらりとその髪を梳くリヴァイは、ナマエの少しの変化も見逃さないようにその姿から目を離さない。

「熱を出すなんて久しぶりで…ふふっ、さっきは子どもじゃないって言いましたけど、こんな風邪で弱ってるなんて子どもみたいですね」

穏やかに言葉を紡ぐナマエから今はその心細さは感じないことに安堵する。自分の存在がナマエを支えているのだと思うと、少しだけ鼓動が早くなる気がした。

「…だが、子どもはこんなことしねぇだろ」

リヴァイの手で持ち上げられた髪によって露わになった首筋に、ちゅうっと音を立てて吸いついた。これくらいは駄賃として許してもらいたい。
うなじに唇を寄せたまま上目遣いで見上げたリヴァイと、熱のせいではない赤さを纏ったナマエの視線が鏡の中でかち合った。

「…早く治しますね」

「そうしてくれ。キスも出来ねぇんじゃ生殺しだ」

リヴァイとしてはキスくらい、と思うのだが、ナマエの強硬な拒否でそれも叶わない。本当なら熱が出た当初に、治るまでは別の部屋で過ごすと主張したナマエをこちらも強硬な態度で折れさせた。
思わずボヤいた本音にクスクスと笑うナマエを軽く睨みつけ、ゆっくりと唇を離す。名残惜しいがそろそろベッドへ連れて行かなければ湯冷めをしてしまう。

「ナマエ、そろそろ寝るぞ」

「…リヴァイさん、抱っこ」

ほんのりと頬を染め、ん、と腕を伸ばして甘えるナマエにくらりと脳みそが揺れた。緩む口元を左手で隠し、やや乱暴に乾かしたばかりの髪を右手で撫で回す。

「…そんな可愛いの、どこで覚えてきやがった」

「熱がある時くらいリヴァイさんに存分に甘えたくなりました」

「そんなの…いつでも甘えればいいだろ」

誰よりも愛しい恋人のおねだりをすぐさま叶えてやる。熱のせいか慣れない甘え方のせいか、いつもよりも温かいその温もりをしっかりと抱き上げた。



ベッドに入ってすぐにウトウトし始めるナマエの艶やかな髪を撫でながら、リヴァイも隣に身体を潜り込ませる。
そういえば以前、ナマエに「リヴァイさんはよく髪を触りますね」と笑われたが、それは常に彼女に触れていたい気持ちと、その柔肌に触れたら離したくなくなる理性の均衡を保った結果なのだ。そんなリヴァイの葛藤を露知らず、ナマエは気持ち良さそうに吐息を漏らした。

「リヴァイさん…色々とありがとうございます」

「お前が早く良くなってくれればそれでいい」

「ん…もし移っちゃったら、今度は私がお世話します…から…」

「あぁ、その時は頼んだ。だからもう休め。な?」

「は、い…おやすみなさい…」

深くなった息にナマエが寝入ったのだと確認出来た。まだまだ治り途中なのに少し無理をさせすぎたか、と反省するがそこまで後悔はしていない。
ナマエを甘やかし、世話を焼ける口実をリヴァイが逃すはずなどないのだ。でも、それでも。

「…早くいつもの笑顔を見せてくれよ」

弱っている時の儚げな笑みももちろん好きだが、やはりいつものナマエの笑顔がいい。リヴァイの気持ちを明るくさせて、今まで知らなかった気持ちを湧き上がらせるあの笑顔が何よりも大切なのだと、改めて思い知らされた。

「おやすみ、ナマエ」

願わくば次起きた時には元気になったナマエの笑顔が見られるようにと、柄にもなく願いながらリヴァイも目を閉じたのだった。


-fin

prev next
back

×
- ナノ -