さわさわと流れる風に乗って、聞き覚えのある声が耳に届く。午前中の訓練を終えて兵舎に向かっていたリヴァイは微かに聞こえてきた声に目を細め、ゆっくりとそちらの方向へ歩き出した。

「ナマエさんっ、今日の索敵陣形で確認したいことがあるんですが…」

「あ、私も私も!お願いします!」

「お前ら抜け駆けすんなよ!俺もいいですか?」

新兵の訓練についていたらしいナマエが新兵たちに纏わりつかれているのが遠目に見える。エルヴィンの補佐官であるナマエは、穏やかで物腰も丁寧だからか新兵の訓練や講義によく駆り出されており、彼らに相当懐かれているようだ。

「はいはい、順番ね。もうすぐ昼食だし、それが終わったら次は立体機動の訓練が待ってるよ」

柔らかい声が新兵に声を掛け、座るように促した。天気も良く風も穏やかな今日は青空教室を開くにはぴったりの陽気だ。
彼らから距離を取り、リヴァイはナマエの声が聞こえるくらいの位置の木の陰に腰を下ろした。何人ものハキハキとした声がナマエに質問を投げ、それに丁寧に答えていく彼女の声を耳にしながらそっと目を閉じる。

「…でも私たち、生き残れるでしょうか」

一通りの質問が終わった頃、一人の新兵がポツリと呟いた言葉が一気に空気を重くした。
数日後に控えた壁外調査が彼らの初陣となる。明るく過ごしていても心に巣食う不安は誤魔化せなかったのだろう、今までの明るさが嘘のように全員黙り込んでしまった。

「…壁外に出たら個人個人の考えやこだわりは一旦捨て置き、エルヴィン団長の指示に必ず従うこと。それがあなたたちが生き残るための一番確実な方法よ」

告げられた言葉に若干のどよめきが生まれたのがリヴァイにも伝わってくる。一瞬、ナマエが息を吐く気配があった。

「壁外に出たら予想外のことばかり。巨人たちには私たちの常識が一切通用しないばかりか、時には非情で苦しい決断を迫られることもある」

「例えば…どんなものでしょうか」

恐る恐る響く一つの声は震えているようだった。どんな崇高な思いや覚悟を以ってしても、壁外で生き残れる確証は一つもない。

「そうね。例えば君の隣に座っている彼女が巨人に捕まったとしたら…どうする?」

「えっと…そりゃあ助けます…が…」

「じゃあ…エルヴィン団長と彼女が同時に捕まって、どちらか一人しか助けられないとしたら?」

「えっ」

その場の新兵が皆、息を呑んだ雰囲気を感じた。そもそも新兵の腕で誰かを助けられるかどうかは別として、兵士としての覚悟をナマエは問うていた。

「それは…もちろん…」

「もちろん?」

「あの、二人とも…二人とも助けます!」

「うん、リヴァイ兵長ならそれが可能でしょうね」

唐突に聞こえた自分の声にゆっくりと目を開く。ナマエが自分のいないところでリヴァイの名を呼ぶのは、内容がどんなものであれ気分が良かった。

「だけど君たちはリヴァイ兵長にはなれない。だから選ばなければならない。どちらが人類のためになるのか」

「でも…」

「時に厳格に、時に柔軟に。兵士の原理原則に則り、最善を尽くすこと。君たちはまだ認めたくないと思うけど、調査兵団の兵士には命の優先順位がある。…分かるね」

一羽の鳥が低い高度を飛んでいる。
リヴァイはそれを目で追いながら、ゆっくりと空を見上げた。

「ナマエさん…でも…俺は、俺、咄嗟に自分が選べるとは思えません」

「そうね。だから…自分が後悔しない判断をしなさい」

震える声に答えたナマエの声音はどこまでも穏やかだ。項垂れ、恐怖に震える新兵たちを慰めるわけでも励ますわけでもなく、ただ淡々と言葉を紡ぐ。

「どちらを選んでも、その責任の重さはどこまでも自分についてくる…それこそ死ぬまでね。それなら自分が後悔しない判断を、胸を張れる判断をしよう」

「それが例えば…エルヴィン団長を見捨てる判断だったとしてもですか」

「そうよ。君が誰に何を言われようとその判断が間違っていなかったと胸を張れるなら、それを誰も責めることは出来ない」

挑むように聞いた新兵にもナマエが乱れることはない。諭すように、導くように笑みを浮かべているのだろうということが、顔を見なくても想像出来た。

「エルヴィン団長もリヴァイ兵長も…他の分隊長も班長も多くの命を背負ってる。だけどだからこそ、あなたたちは見極めなきゃならないの」

「見極める…ですか?」

「そう。壁外に行ったら一人では絶対に戦えない。今、目の前にいる人が自分の命を預けるのに足る人か、この人に命を任せてもいいのか、それをちゃんと見極めること」

「ナマエさん…」

「私たちは公に心臓を捧げた兵士よ。だけど誰も無駄死にする為に壁の外に出るわけじゃない。人類のため、自由のために外に出るのなら、自分が下した判断はそれに相応しいものでないとならないの」

「…難しいです」

「ふふっ、そうね。泣いて迷って絶望して、それでも命さえあれば何度でも壁外に出られる。だから、新兵の役目はまず生き残ること。迷ったら自分が後悔しない判断をすること。何度もそれを繰り返すうちに、きっと分かるよ」

ナマエが立ち上がった気配がした。
同じように新兵たちを立たせたようで、草木が擦れる音がする。

「さ、まずは昼食をちゃんと食べて立体機動の訓練に備えなさい。教官はリヴァイ兵長よ?」

「げっ…まじか…!」

「急げ、遅れたら死ぬぞ…!」

「ナマエさん、ありがとうございました!」

バタバタと焦ったように走り去っていく音がどんどん遠くなっていった。ゆっくりと立ち上がったリヴァイが一人残ったナマエの元へと歩み寄る。

「ナマエ」

「リヴァイ兵長」

振り返ったナマエの髪が風に流され、乱れた。リヴァイがいることは分かっていたのか、髪を押さえるその表情は柔らかい。

「…あいつら、人をなんだと思ってやがる」

「ふふっ、いいじゃないですか。リヴァイ兵長の訓練をやり切れば壁外でも生き残れる可能性が高くなるってもっぱらの噂ですし」

「フン。…ナマエ、今は二人きりだろ」

きょとんと目を丸くしたナマエが次の瞬間破顔する。そしてはにかみながらもそっとその名を舌に乗せた。

「…リヴァイさん」

「あぁ。ナマエ、こっちに来い」

再び木の根元に座り込んだリヴァイが、ポンっと隣を叩いた。素直に腰を下ろしたナマエの肩を優しく引き寄せ、太陽の香りがする髪に鼻を埋めた。

「…誰かに見られちゃうかもですよ」

「食堂からは見えねぇよ。今は昼飯の時間でこの辺には誰もいねぇ」

「リヴァイさんはお腹空いてないですか?次は立体機動の訓練ですし…」

「…こうできるのも久しぶりだろ。少しは堪能させろ」

くすぐったそうに肩を竦めたナマエを更に引き寄せる。壁外調査が近くなってから二人きりの時間がなかなか取れず、すれ違いの日々が続いていた。昼食よりも先にナマエを補充するのが先だ。

「さっきの話…エルヴィンが聞いたら笑うだろうな」

「あ、聞こえてました?あの子たちも不安でしょうし、エルヴィン団長とリヴァイさんの名をお借りしました」

楽しそうに笑うナマエの心臓の音がリヴァイにも伝わってきた。己のそれと重なるようで重ならないその振動は、リヴァイの心を穏やかにさせる。

「…見極める、か」

「…偉そうなことを言いましたね。でも私たちに命を預けてくれる以上、私たちもそれに見合う人間になれるように頑張らなきゃならないですから」

「そうだな…クソみてぇな話だが、俺たちの命に優先順位があるのは確かだ」

「リヴァイさんは兵団の要です。エルヴィン団長とリヴァイさんは、私の命に代えても絶対に守ります」

凛としたナマエの言葉に、リヴァイは無言で顔を上げる。その表情はものすごく不服そうでナマエは思わずクスクスと笑ってしまった。

「なんて顔してるんですか」

「…お前な」

ナマエの言うことは間違っていない。だがそれでも恋人が自分の命を軽んじる発言が耐えられなかった。

「駄目ですよ、兵士長がそんな顔してたら」

「…お前の前だけだ」

ナマエの細い指がぐりぐりと眉間の皺を伸ばすようにリヴァイに触れる。それをそっと掴み取り、指先に軽く口付けた。

「…リヴァイさん」

ほんのりと染まった頬で恥ずかしそうに目を伏せたナマエを力強く引き寄せ、色づいた唇を柔らかく食む。腕の中の温もりが、愛しくてしかたなかった。



新兵一人を除いて散り散りになってしまった班員を気にかけながら、ナマエはギリっと唇を噛んだ。迎えた壁外調査、次列後方でエルヴィン、ミケ班と共に並走していたナマエたちの班は奇行種二体の襲撃を受けて霧散していた。縦横無尽に動き回る二体に苦戦し、更にその騒がしさが通常種を何体か呼び寄せたようだ。
油断なく目を光らせながら、ナマエは奇行種の向こう側に見えるエルヴィンに声を張り上げた。

「エルヴィン団長!ここは私たちがなんとかします!団長は離脱してください!」

「了解した!後で合流してくれ、頼んだぞ、ミケ、ナマエ!」

「了解っ!」

ミケとミケ班の兵士がもう一人、ナマエ、そして新兵がその場に留まる。新兵は以前ナマエに「自分は生き残れるか」と不安げな瞳を向けた兵士だったが、今は青白い顔をしながらも真っ直ぐに前を向いていた。

「ナマエ!俺とこいつがまず奇行種を一体やる!お前と新兵はもう一体を引きつけてくれ!」

「了解!」

「倒さなくていい!他の巨人にも気をつけろ!」

ミケの指示に答え、ナマエが一体の奇行種の視線を捉えるべく大きく飛び上がった。新兵に奇行種を相手にさせるのは荷が重い。彼女には寄ってきた通常種から適度な距離を取りつつ、引きつけるように指示を出していた。

「っ、ちょこまかちょこまかと…!」

ミケの方はまだ片付いていないようだ。ナマエも隙を見てもう一体のうなじを狙うが、脚力があるらしい巨人は上や横に跳びながらぐるぐると動き回っていた。

「きゃああああっ…!」

響いた悲鳴にハッとして振り向けば、新兵が巨人の手に捕らえられ高く掲げられていた。それを視界に捉えた瞬間、すぐさま立体機動で方向転換する。

(っ、間に合う…!)

ガツンと叩きつけるように刃を振るい、今まさに彼女を飲み込もうとしていた顎を切り裂いた。重力に従ってゆっくりと降下する新兵に手を伸ばし、同時にアンカーを噴出させ近くの大木を目指す。
が、その時、嬉々として奇行種が飛び上がり、ナマエと新兵に向かって大きく口を開いた。
巻き取られるワイヤーのスピードよりも奇行種の方が圧倒的に早い。避けられない、とナマエは覚悟を決めてぎゅっと新兵を抱え込む。

(左腕一本、犠牲にすれば…!)

迫りくる卑しい口元を見据えてナマエが左腕を差し出したその瞬間、パッと目の前に咲いた赤色が妙にゆっくりと視界を横切った。
体勢を崩しながらもそれを掴むように手を伸ばしたナマエの喉の奥から、引き攣った悲鳴のような声が漏れた。

「っ、リヴァイ、兵長っ…!」

ナマエが考えと同じように、ブレードごと左腕を巨人に突っ込んだリヴァイがそのまま腕を引き抜く。そして高く飛び上がって正確に奇行種のうなじを削いだ。
僅かに顔を顰めたままリヴァイが新兵を抱えたナマエの隣に降り立つが、その左腕は血に染まっていた。

「へいちょ…う…兵長、申し訳ありませ…」

「擦り傷だ。それよりそいつは大丈夫か」

「はいっ…!気を失っていますが骨折まではしていないようです」

「ミケたちの方も終わったようだ。残りも片付けるぞ」

「兵長はここにいてくださいっ、私がやります…!」

新兵を横たわらせてリヴァイの返事を待つことなく、トリガーを引いた。残る二体の通常種のうなじを渾身の力で次々と削いでいく。そうでもしなければ叫び出してしまいそうだった。

「ナマエ、力みすぎだ」

「兵長!お怪我は…」

全て討伐してリヴァイの元に戻ってきたナマエに掛けられた静かな声を振り払い、震える指先をリヴァイの左腕へ伸ばす。いつの間に止血したのか、巻かれた包帯にじんわりと血が滲んでいた。

「大した怪我じゃねぇよ。そんな顔すんな」

「でも…私…私が…」

血の気の失せたナマエに伸ばしたリヴァイの右手が届くより先に、ミケの太い声が二人の耳に届いた。

「ナマエ、無事か!リヴァイ…来てくれたんだな。…その怪我は」

「大したことねぇよ。それより早く本隊に戻るぞ。そこの新兵も医療班に見せなきゃならねぇしな」

「…お前の怪我もだぞ」

呆れたようなミケの声に視線だけで答え、リヴァイが馬を呼ぶ。新兵を抱えてそれに続いたナマエはずっと俯いたままで、壁内に戻っても笑顔を見せることはなかった。



「リヴァイ、怪我は」

「どいつもこいつも…大したことねぇっつってんだろ。数日もすれば普段通りに動ける」

壁外調査から帰った翌日、団長室を訪れたリヴァイがうんざりしたように溜息を吐く。

「それならいいが…ナマエが気に病んでいないか心配でな」

「ナマエのフォローは俺の役目だ。余計なことすんじゃねぇぞ」

威嚇するように鋭い視線をエルヴィンに向けたリヴァイに大袈裟に肩を竦める。責任感の強いナマエのことだ、恐らく自分を責めて塞ぎ込んでいることは想像に難くない。

「しかしお前らしくない怪我だな」

「…仕方ねぇだろ」

そう呟いたリヴァイの横顔は思いの外穏やかだ。
あの時、ナマエが下した判断は間違っていない。エルヴィンを離脱させることを最優先とし、捕らえられた新兵を助けるために左腕を犠牲にしようとした。ナマエの利き腕でないこと、左腕を差し出しても恐らく噛みちぎられるほどではないことを咄嗟に判断した結果だったのだろう。

「俺は…あいつに傷一つ負わされるのが我慢ならねぇ」

「…ほう」

ポツリと溢されたリヴァイの本音に、エルヴィンも興味深そうな声を上げる。リヴァイがこうして心情を吐露するのは珍しかった。

「俺が助けなくても、ナマエは左腕を犠牲にしつつ巨人共を討伐出来ただろう。ミケもいたしな」

「ならどうして自分を犠牲にしてまで彼女を助けた。ナマエほどの実力があれば怪我も軽傷で済んだだろう。暫く前線から退くことになるかもしれないが…」

「俺の目の前でナマエに怪我を負わせたとなったら、俺は死ぬまで後悔する。それが例え、兵士の原理原則に背くことになってもな」

「…リヴァイ」

ナマエとの会話を思い出すように、リヴァイは目を細めて窓越しの空を眺めた。『後悔しない判断を』と新兵たちに説いた通り、ナマエはナマエ自身が最善と思う行動をした。そしてそれはリヴァイにも言えることだ。

「お前がそこまでナマエを想っているのは素晴らしいことだが…お前の不在が兵団にもたらす影響も考えろ」

「分かってる。言っておくが、無策で突っ込んだわけじゃねぇ。この程度の怪我なら次の壁外調査になんの影響もねぇことを見越した上だ」

ブレードを支えにして巨人の口に突っ込み、本当は怪我すらせずに撤退するつもりだった。だがナマエの窮地に気が急いたのか、鋭い歯が腕を掠めてしまったのだけが予想外だった。それをエルヴィンに伝える気はないが。

「今後の訓練や壁外調査に支障がないなら私から何も言うことはないな。今回は私もナマエに助けられた。あとで礼を伝えたい」

ふ、と息を吐いたエルヴィンが大らかな笑みを浮かべながら筆を置いた。軽く頷いたリヴァイが退室しようとしたところで、思い付いたかのようにもう一度エルヴィンを振り返る。

「時にエルヴィン。俺はこの通り怪我人だ。休養を兼ねて一日休みが欲しいんだが」

「それは構わないが…」

「ついでにナマエの分も頼む」

「お前…それが狙いか」

「フン…兵団のために身を粉にして働いている俺たちにたまには褒美をくれてもいいだろ」

「…いいだろう。一日と言わず三日ほど取ればいい。その間に怪我もよくなるだろ」

「恩に着る」

短く礼を言って今度こそ出て行ったリヴァイの左腕に巻かれた包帯が最後にヒラリと舞った。ふう、ともう一度息を吐いたエルヴィンの口元には未だ穏やかな微笑が浮かべられていた。



執務室に呼びつけたナマエの顔は悲壮に満ちていた。恐る恐るリヴァイの包帯に手を触れ、血が滲むほど唇を噛み締めている。

「兵長、お怪我の具合は…」

「こんなもん擦り傷だ。数日で元に戻る」

「…申し訳ありません」

項垂れるナマエの腰を引き寄せ、優しく抱き締める。僅かに身動ぎした身体をしっかりと自分にくっつけて、震える背中を宥めるように軽く叩いた。

「そんなに気にしてんじゃねぇよ」

「ですが…私がヘマをしたばかりに…」

「ちげぇだろ。あの時お前は最善の判断をしようとした。それを邪魔したのは俺の方だ」

「そんなことっ…!」

憤慨したのか、思いきり顔を上げたナマエの頬が紅潮している。久しぶりに真っ正面から見たその顔に頬が緩むのをリヴァイは感じていた。

「あの時…俺はお前がどうするのか瞬時に理解出来た。新兵共々喰われるのを防ぐにはあれしかねぇからな」

「…はい」

「だが俺は…お前に傷がつくのがどうしても許せねぇ」

「…え?」

リヴァイの人差し指がナマエの頬を優しくなぞった。そのままコツン、と額を合わせたリヴァイが囁くような声音で告げる。

「お前は後悔しない判断を、と言っていたな。俺にとってそれは…何をおいてもお前を守ることだ」

「リヴァイ、さん…」

「お前のためなら利き腕一つ惜しくない」

ぽろり、とナマエの目尻から一筋の雫が溢れた。それを唇で拭い取ったリヴァイが再びゆっくりとナマエを胸元に抱え込む。

「お前はエルヴィンを守り、新兵を助けた。そして俺はそのナマエを守った。…それでいいじゃねぇか」

「っ、リヴァイさ…」

「俺ならそれが出来るんだろ?」

リヴァイの揶揄うような問い掛けに、先日新兵たちに告げた言葉が蘇る。『リヴァイ兵長なら出来る』と絶対の信頼を以て告げた言葉がまさか自分に返ってくるとは思わなかった。

「これじゃあ…エルヴィン団長もリヴァイさんも守るって言った私がかっこ悪いじゃないですか」

「はっ…俺は自分の女を守る役目を誰かに譲ることはねぇよ。お前は俺以外の奴らを守れ。俺はそんなお前の全てを守ると決めている」

そのための力だ、と言い切ったリヴァイの胸元に思いきり顔を埋めた。敵わない、と心の中で呟くが、そもそも最初から敵うはずがないのだと思い直して内心苦笑した。

「じゃあせめて…お怪我が治るまで私に身の回りのお世話をさせてもらえませんか?」

「そりゃあ願ったり叶ったりだな。なんせ明日から三日間の休暇だ」

「えっ…?リヴァイさんがですか?」

「馬鹿、ナマエも一緒に決まってんだろ」

ぽかん、と口を半開きにしたまま固まってしまったナマエに内心ほくそ笑む。彼女が責任を感じて世話を買って出るのは分かりきっていたことで、これで思う存分二人きりの時間を過ごすことが出来ると、顔には出ないもののリヴァイはひどく上機嫌だ。

「あ、え…えっと…」

「この腕じゃ風呂も一人じゃキツイな。早速頼もうか」

世話してくれんだろ?と不敵に口角を上げたリヴァイに、はくはくと口を開閉させたナマエだが、諦めたように首を落とした。こうなったリヴァイを止めることなど、今まで出来たことがないのだ。

「…お手柔らかにお願いします」

「オイオイ、怪我人は俺の方だろ」

そう言って力強く腰を引き寄せたリヴァイの唇が、ナマエの額を掠った。その温かさに生きている温度を感じて、ナマエはこみ上げる想いを全てぶつけるように自ら唇を寄せたのだった。


 




「リヴァイさん…ほんとに怪我人ですか…?」

散々風呂で弄ばれた身体をぐったりと横たわらせて、ナマエが恨めしげにリヴァイを見上げる。非難の視線を受けたリヴァイはどこ吹く風だ。

「だから言っただろ。お前が気に病むような大した怪我じゃねぇよ」

「…リヴァイさんが私に傷がつくのが嫌だって言ってくれたように、私だってあなたが傷を負うのが嫌です」

むくれたように頬を膨らませたナマエの言葉に目を瞬くリヴァイ。冗談めかしてはいるが、その言葉の裏に苦しさと悔恨を見て取ってリヴァイはそっとナマエの髪に手を滑らす。

「…悪かった」

「リヴァイさんに何かあったら…私、生きていけません」

目を伏せたナマエの睫毛がふるりと震える。縋るように伸ばされた手が露わになったままのリヴァイの胸元へと触れた。

「…ナマエ」

「リヴァイさんが生きて、私の隣にいてくれることだけが私の全てなんです。だから、お願い…いなくならないで…」

過った恐怖を思い出したのか、触れた手が震えている。開かれたナマエの瞳に薄い水の膜がキラリと光って、リヴァイは場違いにも綺麗だと感想を抱いた。

「いなくならねぇよ。ナマエ、俺はお前を置いてどこにもいかないと約束しよう」

「…本当に?」

「あぁ。だからお前も…俺の前からいなくなってくれるな」

「はい。約束、です」

絡められた掌がお互いの想いを伝えてくれる。宥めるように落とされた口付けが誓いの印のようだ。
とくん、とくんと少しだけ早い鼓動を伝えるお互いの心臓の音に耳を澄ませながら、真っ白なシーツに溺れていった。


-fin

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