あおぞらラプソディ(本文) | ナノ
月の船であなたの元へ



なまえの手を引いたまま兵舎に戻ってきたリヴァイは彼女を部屋の前まで送って行った。
殆ど無言のまま静かな夜の道を歩いていたが、繋いだ手の温かさがこれは現実なのだと二人に教えてくれていた。
そして部屋の前でなまえと向き合ったリヴァイも、理性の欠片までも全て総動員して最後まで紳士的に振る舞えた…と思う。


「兵長…私たち、その、恋人同士…ということで、良いんでしょうか…?」


精一杯の勇気を振り絞ったのだろう。
アルコールのせいで赤らんだ頬、不安と期待で潤んだ瞳、そして微かに震える指先でそっとリヴァイの服の裾を掴んだ細い指。
いっそこのまま部屋に押し込んで、ぐちゃぐちゃに口付けて全てを愛してやりたいと湧き上がった衝動を根性で捻じ伏せ、その指先を優しく掬った。


「…なまえさえいいなら、恋人として俺の側にいて欲しい」

「っ、はいっ…!」


好きだ、とその一言は未だ言えないものの、精一杯のリヴァイの言葉になまえが花が咲いたような笑顔を見せた。
嬉しそうにリヴァイを見上げるなまえの額にそっと唇を落とす。夜遅いとはいえ、部屋の外で唇を奪わなかった理性だけは残っていたことを大いに褒めて欲しい。


「明日はゆっくり休め。おやすみ」

「おやすみなさい、リヴァイ兵長」


照れたように額を押さえながら笑うなまえの肩を優しく押して、部屋に促す。
名残惜しげに離された指先と視線にその身体を再び引き寄せそうになるも、なんとか部屋の扉が閉ざされるまで見送り、自室に戻ることが出来た。


「っ、クソッ…」


思わずソファーにズルズルと座り込んで天を仰いでしまう。曖昧な言葉ではなくきちんと伝えようと思っていたのに、結局肝心の一言は伝えられず。それなのになまえに触れたい気持ちだけが先走っていく。
だが、気持ちが通じ合って恋人同士になれたことは、リヴァイの無表情を緩める程の喜びを運んできた。


(…好きだ)


この言葉をなまえに伝えたらどんな笑顔を見せてくれるのだろう。それを想像するだけで心が温かくなってくるから不思議なものだ。
広場で掻き抱いだなまえの身体の柔らかさがまだ手に残っている。その残り香まで未だリヴァイを包み込んでいる気がして、いつもなら帰ってきてすぐ浴びるシャワーすら、まだ良いかと思うのだった。





それから数週間。
一ヶ月後に壁外調査が決まり、急激に忙しくなったリヴァイはなまえとの時間がなかなか取れないことに苛立っていた。
辛うじてなまえの自主練に何度か顔を出すことは出来ているが、ほんの数分を顔を合わせて言葉を交わすのが精一杯だった。
その日もエルヴィンからの命で、ハンジ班のニファと共に駐屯兵団へ訓練の協力要請に赴いた帰りだった。


「思ったより遅くなっちゃいましたね」

「ピクシスの爺さんの話が長ぇんだよ。こっちは暇じゃねぇっつうのに」

「あはは、ピクシス司令も兵長に久しぶりにお会い出来たことが嬉しいみたいでしたね」

「…気持ち悪ィこと言うな、ニファ」


苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらリヴァイはピクシスとの会合を思い出す。
協力要請という名の面会だったが、エルヴィンからの機密文書とやらを渡す役目だった。文書の中身にもピクシスとの会話にも何の興味も無かったリヴァイだが、駐屯兵団トップはそうではなかったらしい。


「リヴァイ、久しぶりじゃのう。相変わらず人類最強をやっておるかの?」

「…あんたは相変わらずの酔っ払っいだな」

「ハッハッハ、若いもんにはまだ負けとらんよ。どうじゃ、ワシの行きつけの店があるんじゃが今夜にでも…」

「断る。ジジィと飲む酒の何が楽しいんだ」

「つれないのう。ま、ワシもむさい男と飲むくらいなら美女の巨人と飲みたいものじゃ」

「だったら誘うんじゃねぇよ。俺は帰るぞ」

「まぁ待て待て。これに目を通してからじゃ」

最高司令官に対してもすげない対応しかしないリヴァイをハラハラ見守るニファを横目に、ピクシスは悠々とした雰囲気を崩さない。
エルヴィンから受け取った書面に目を通しながら、ふと思い付いたかのように机の上を指差した。


「時にリヴァイ。そこに限定品の菓子があるから持って帰るといいぞ」

「いらねぇよ。俺が菓子なんぞ食うと思うか」

「お前にじゃないわい。お前の愛しの君に持って帰れと言っておるんじゃ」

「…は?てめ、」

「え!?リヴァイ兵長のっ…!?」


落とされた爆弾発言に流石のリヴァイも言葉を失う。今まで後ろに控えていたニファは、驚きのあまり思わず素っ頓狂な声を出した。


「…うるせぇよニファ」

「しっ、失礼しましたっ、司令、リヴァイ兵長!」

「構わん構わん。この無愛想な男にもやっと春がきたんじゃ。皆で祝うべきじゃろう」

「…ジジィ。適当なこと抜かしやがると削ぐぞ」

「おや?お前がらしくもなく純情を貫いているというのは、ただの噂じゃったかな?」

「チッ…エルヴィンのクソ野郎が…」


それ以上は答えずむっつりと黙り込むリヴァイを信じられないような目で見るニファ。にこにこ笑うピクシスが、彼女にも菓子を勧めた。


「ニファ、と言ったかな?どうせこの男は素直に持って帰らんじゃろうし、お主が多めに持って帰ってくれんかのう」

「はっ!有り難くいただきます!」


リヴァイの方を気にしつつ、ピクシスが勧めるまま袋に詰めていくニファは未だに驚きを引き摺っていた。女の影など少しも無かったリヴァイに、好きな人もとい恋人がいるというのか。


「…長居は無用だ。ニファ、帰るぞ」

「り、了解っ!司令、では失礼いたします!」

「うむ。リヴァイ、お前もそんな顔しとらんで、少しは想い人に贈り物を贈るくらいの気概を見せんかい」

「余計な世話だ、ジジィ。あんたこそ酔っ払って寝てる間に寝首かかれねぇように気を付けろよ」


そう吐き捨てて扉をくぐったリヴァイは振り返ることもなく出口へと向かってしまった。慌てて敬礼をしてピクシスに頭を下げたニファがその後を追う。


「…エルヴィンの言う通り、面白いくらい不器用な男じゃのう」


今度は何の菓子をエルヴィンに優先的に送ろうかと考えながら、あのリヴァイをそこまで夢中にさせた彼女をいつ見に行こうかと笑みを浮かべるのだった。





ピクシスとのやり取りを思い出し、思い切り眉間に皺を寄せたリヴァイにニファが恐る恐る声を掛けた。


「兵長…司令から頂いたお菓子、さすがにこんなに食べられないので分けませんか?」

「ニファ…お前…」

「いえっ、リヴァイ兵長の好きな方が気になるから、このお菓子を持ってる人を探そうなんて思っていません!本当です!」

「…だだ漏れだぞ」


ぶんぶんと手を振るニファを呆れたように見遣った。しまった、と言うように目を見開いた彼女を尻目に、袋の中の菓子を覗き込む。
さすが最高司令官に贈られるだけあって、見たことも食べたこともないようなものばかりだ。


「…見ても分からん。お前が適当に見繕ってくれ」

「ええー…?せめてその人がどんなお菓子が好きか教えていただかないと…」

「甘い食い物なら何でも食うぞ。この前はそうだな…チョコレートとやらを食って感動してたな」

「え、あ……え!もしかして…!」

「あ?なんだ?」

「あ、あの、もしかして……なまえさん、ですか…?」


ニファが躊躇いながら発した名前にリヴァイが僅かに目を見開いた。珍しく動揺を露わにするその様子に「なまえさんですか…」と思わず確信を持って再び呟いてしまう。


「…どうしてそう思う」

「あ、この前なまえさんがハンジ分隊長とお話してるのを聞いてたんです。チョコレートを初めて食べて、その美味しさに思わず泣きそうになった、って」


今度もらったらニファにも分けるね、と穏やかに笑ったなまえの顔を思い出す。
その時はまさかリヴァイから貰ったものだとは思いもしなかったが、チョコレートという貴重なものを食べたことがある女性が兵団内に何人もいる筈もないだろう。


「んなモンで泣きそうになってんじゃねぇよ…」

「リヴァイ兵長となまえさんかぁ…」


思わず脱力したリヴァイと予想外の組み合わせに呆然とするニファ。が、振り切ったのかリヴァイの方へ身を乗り出して口を開いた。


「兵長、なまえさんとはもうお付き合いを…?」

「お前な…」

「秘密にします!誰にも言いませんっ」

「チッ…別に黙ってるわけじゃねぇ。公にするタイミングがないだけだ」

「うわぁ…本気なんですね、兵長」

「お前な、俺をなんだと思ってんだ」

「いえ、そういう意味ではなく…!兵長もなまえさんも兵団第一って感じじゃないですか。だから兵団内で恋人を作るとしたら、その時はもう本気で心に決めた人なんだろうなーと思ってたんです」

「あいつがどうだかは知らんがな。少なくとも俺は簡単に部下に手ぇ出したりしねぇよ」

「知ってますよ。それで何人も泣いてる子たちをハンジ分隊長が慰めてたの、近くで見てましたもん」

「あのクソメガネ…」


唸るリヴァイをニファはどこか新鮮な気持ちで見ていた。リヴァイもなまえも恋愛など二の次三の次、言い寄ってきた彼ら彼女らを一刀両断のイメージだった分、二人がくっつくのは自明の理に思えてきた。


「じゃあなまえさんが最近また兵士からの誘いを断るようになったのは、リヴァイ兵長とお付き合いを始めたからなんですね」

「…なに?」

「ほら、前までなまえさん、誘いを断らなくなったって噂になってたじゃないですか。それをここ数週間、またきっぱりと断るようになったらしくて。ついに恋人が出来たんじゃないかって、密かに言われてたんですよ。まさかリヴァイ兵長だなんて…」

「あいつ…どれだけ誘われてんだよ」


不機嫌になったリヴァイを、未だ信じられない思いでまじまじと見つめてしまう。
不衛生なハンジをしばく様子や部下たちに訓練をつけながら叱咤する様子は何度も見てきたが、その時とは違う雰囲気の不機嫌さに思わず笑みを浮かべた。


(リヴァイ兵長も嫉妬とかするんだ…)


新たな発見は残念ながら誰にも伝えることは出来ないだろう。ニファは袋の中を探っていくつかの菓子を取り出した。


「兵長、これ、チョコを使ったお菓子みたいです。なまえさんにどうぞ」

「…悪ィな」


素直に受け取るリヴァイにしっかりと頷いた。
もしかしたら何も知らないなまえが、「この前約束したからニファにお裾分け」と、あの大好きな笑顔で持ってきてくれるかもしれないと思いながら。
その時は誰に貰ったのかと突っ込んでもいいだろうか。いつも穏やかで冷静ななまえだが、もしかしたら初めて見る笑顔を見られるかもしれない。
そんな悪戯な思惑を胸に、誰かに恋する素敵な笑顔を思い浮かべた。





なまえは満月の光で明るく照らされる廊下を緊張した面持ちで歩いていた。夕食も風呂も終わり、大抵の兵士が床につくか部屋で寛いでいる時間だが、なまえはゆっくりとリヴァイの部屋へと向かっていた。


(迷惑がられたらどうしよう…)


思いが通じ合ったあの夜から、リヴァイと二人でゆっくりする時間は殆ど取れずにいた。
仕方ないと諦める反面、やはり寂しさが募るのは抑えられなくて、思わず部屋を出てきてしまった。
出会ってから恋人になるまで、いつもどんな時でも手を差し伸べてくれるのはリヴァイからだった。だから偶には、なまえから一歩踏み出すことがあっても良いのではないか。そう自分に言い聞かせて、深く深く深呼吸をするとリヴァイの扉をノックする。


「…誰だ」

「あ、の…兵長、なまえです。夜遅くにすみま…」


最後まで言い切る前に、思い切り扉が開かれる。
ノックした手のまま固まったなまえを、驚いた表情のリヴァイが引き寄せた。


「なまえ、どうした?何かあったか?」

「リヴァイ、兵長……」

「とりあえず入れ」


どこか焦ったような声音のリヴァイに、ただ逢いに来ただけだと言えなくなるなまえ。されるがままで部屋に招き入れられると、机の上に大量の書類が見えて益々居た堪れなくなる。


「兵長、すみません…まだお仕事中でしたね」

「いや、構わん。あれはそんなに急ぎじゃねぇからな。それよりどうした。何か困ったことでもあったか?」


なまえをソファーに座らせたリヴァイが心配そうにその顔を覗き込む。グッと唇を噛んだなまえだが、自分を奮い立たせて震える唇を開いた。


「あ、の…そうじゃなくて…。兵長と中々時間が合わなかったので…」

「あぁ、悪ィな。最近随分立て込んでて…」

「いえっ、お忙しいのは重々承知してます!でも…ちょっとだけ寂しくなりまして…お顔だけでも見られればと。すみません、お忙しいところ…」


完全に顔を伏せてしまったなまえに、リヴァイは思わず片手で口元を覆った。
まさかなまえが寂しいからと自分を訪ねてきてくれる日がくるとは。この忙しさに感謝すらしそうだ。


「顔を上げろ、なまえ」


ハンジあたりが聞いたら気持ち悪がりそうな程の優しい声音で声を掛けるリヴァイ。
恐る恐る顔を上げたなまえの申し訳なさそうな恥ずかしそうな表情に、リヴァイはそっと手を伸ばす。


「そんなに遠慮してんじゃねぇよ」

「でも…壁外調査も決まって、兵長がお忙しいのは分かってるんです。そんな中で私の自主練に顔を出してくれるだけでありがたいのに…寂しいな、なんて思ってしまって…」

「…寂しいと思ってんのはお前だけじゃねぇよ」


素直ななまえの言葉にリヴァイも思わず本音を溢す。ぱっと顔を上げたなまえの目に、ほんの少し照れた様子のリヴァイの顔が映った。


「兵長も…?」

「当たり前だろ。やっとお前が手に入ったっつうのに、一緒に過ごすどころか声を掛けるのに精一杯なんざ、耐えられると思うか」

「ふふっ…良かった。私だけじゃないんですね」


ホッとしたように目尻を下げるなまえにリヴァイも柔らかい表情を見せる。そして「ちょっと待ってろ」と告げて持ってきた袋になまえは首を傾げた。


「これは…?」

「今日ピクシスの爺さんとこに所用があってな。押しつけられたもんだ」

「う、わ…チョコだ…!」


中身を見たなまえがぱあっと顔を輝かせる。その姿に二ファが話していたことを思い出し、思わず口端を上げた。


「お前な…チョコごときで泣きそうなくらい感動してんじゃねぇよ」

「え、兵長、なんで知ってるんですか!?」

「ふっ…さぁな」


途端に慌てるなまえを軽く交わし、食べるように促す。こんな遅い時間に、と一瞬躊躇ったなまえだが、漂う甘い香りに負けて一つ口に放り込む。


「っ、美味しい…!」

「クソ甘ったるい匂いだな」

「さすがピクシス司令…高級なものを食べていらっしゃるんですね…。それをお裾分けして貰えるなんて、リヴァイ兵長もすごいです」


口の中で溶けるその味を堪能しながらうっとりとなまえが言う。
まさかピクシスと二ファの余計なお節介で手に入れたものだとは言えず、リヴァイは黙ったままその様子をじっと見ていた。


「あ、すみません。リヴァイ兵長が頂いたものなのに…」

「構わねぇよ。俺は食わねぇからな」

「でも…あ、このチョコならあんまり甘くないですよ?」

「…そうか。なら」


俺はこれをもらう、と囁いたリヴァイがなまえの座るソファーの背もたれに手を掛けた。ギシ、と鳴った音をなまえが耳にしたその瞬間、視界がリヴァイでいっぱいになる。
ちゅ、と可愛らしい音と共に離れていった唇をぼんやりと目で追ったなまえを横目に、リヴァイは眉を寄せた。


「…十分甘ぇじゃねぇか」

「リ、ヴァイ兵長…」


半ば呆然としているなまえの唇が少しだけ開いたままになっているのを見て、リヴァイの奥深い欲が疼いた。もう一度その頬に手を伸ばし、さらりと揺れる髪を耳にかけてやる。


「…嫌なら言え」

「や、じゃないです…」


囁かれた声にふるりとなまえの首が横に振られる。伸ばされた手をしっかり掴み、リヴァイはもう一度唇を落とした。


「んっ…」


漏れる吐息にすら欲情する。
なまえから香る石鹸の匂いと唇に感じるチョコレートの甘さで、頭が沸騰しそうだ。


「ぁ、へいちょ、う…」


ぬるりと侵入した舌にビクッと身体を強張らせたなまえが、咄嗟にリヴァイの背中に両手を回す。縋るように強められたその両腕に促され、リヴァイは更に深く口付けた。


「ん、ぅ…あ…」

「はっ…」


一度離された唇を銀色の糸が繋ぎ、プツリと切れた。頬を染めて荒く息を吐くなまえの潤んだ瞳から、一筋涙が流れる。
それでも幸せそうに微笑むなまえを見たリヴァイは、胸の奥から急激に愛しさが募るのを感じた。それと同時に自然と言葉が溢れてくる。


「…好きだ」

「え…?」

「お前が好きだ、なまえ」


真っ直ぐになまえを見つめながら告げられたその言葉に、ぱちくりと目を瞬く。
が、次の瞬間、ふわりと花が綻ぶような笑顔を浮かべてリヴァイに抱きついた。


「私も…大好きです、リヴァイ兵長」


温かいその身体をしっかり抱き留めた。
全身で好きだと伝えてくれるその愛しさが己の手の中にあることに、リヴァイは誰にともなく感謝した。


「なまえ」

「はい」

「…好きだ」


嬉しそうに腕の中で微笑むなまえにもう一度唇を落とす。少しの距離すら埋めようと足掻く二人を、まんまるく輝く満月が見下ろしていた。





「あのさぁリヴァイ!なまえと付き合い始めたなら、なんで私に教えてくれないのさ!?」

「あ?なんでいちいち報告しなきゃならねぇんだよ」

「君たちがくっついたのは私のおかげだろ!?」


いつもの如く書類を回収しにきたリヴァイを部屋に引き摺り込んだハンジ。
青筋を浮かべるリヴァイを全く気に留めず詰め寄るその姿に、モブリットとニファは感動すら覚えていた。


「…ハンジ分隊長はお二人のこと、どこで知ったんでしょう?」

「あれ、ニファは知ってたのかい?」

「うーん…そういうわけじゃないんですが…」

「分隊長は直接聞いた訳じゃないらしいよ。ほら、なまえに恋人が出来たらしいって噂が流れただろ?それを聞いてさ」

「あー…なるほど」


コソコソ話すモブリットとニファをリヴァイの鋭い視線が捉える。なんとかしろ、という無言のプレッシャーに背筋が伸びるが、ああなってしまったハンジを止めるのは至難の技だ。


「ちょっとリヴァイ、聞いてるの!?」

「聞いてねぇよ。なんでもいいから書類出せ」

「なまえもなまえだよ!なんで言ってくれないんだ!」

「…あぁそういえば。てめぇには話したいとか言ってたのを、俺が伝えておくと言ったんだったな。すっかり忘れてた」


悪いな、と口先だけで謝るリヴァイ。


『ハンジさんには色々世話になったから、もし良ければこうして付き合い始めたことを報告したい』

真面目な顔でそうリヴァイに相談してきたなまえに、「俺から伝えておく」と嘘をついたのはリヴァイだ。理由は簡単だ。
根掘り葉掘り聞くであろうハンジに、なまえはきっと照れながらもはにかみながら答えるのだろう。そんな表情を自分以外に見せたくなかった、ただそれだけだ。


「なんだよそれ!絶対わざとだろ!」

「俺もあいつも壁外調査前で忙しいんだ。てめぇに構ってる暇はねぇ」

「私だって壁外調査前だよ!」

「うるせぇな!今こうして知ったんだからいいだろうが!」

「良くないよ!大体ね…!」

「ハンジさーん、いらっしゃいますかー?」


ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人の耳に、今し方話題になったなまえの声が届いた。ピタリと言い争いを止めた二人より先に、モブリットが扉を開ける。


「なまえ、どうしたんだい?」

「あ、モブリットさん。ハンジさんにお願いした班編成の書類を受け取りに……あ、兵長」


視線をずらしたなまえがリヴァイの姿を見つけて頬を緩めた。それを見たリヴァイが席を立つより先に、ハンジがものすごい勢いでなまえの肩を掴んで部屋に引き入れた。


「え、ちょ、ハンジさん!?」

「なまえ!リヴァイと付き合い始めたってほんとなの!?」

「…あ、え、あー…」


チラッとモブリットとニファを見るなまえ。
あまり公にしない方が良いのではないかという生真面目さがそこには見えていて、ニファもモブリットも苦笑する。


「大丈夫ですよなまえさん。他言しません」

「おめでとう、なまえ」

「…ありがとうございます」


本人を目の前にしてこうして祝われるのはむず痒いものがある。知らん顔をしているリヴァイだが、その雰囲気は穏やかで知られることに嫌な思いをしているわけではないようだ。
そんなほのぼのした雰囲気も、ハンジがなまえの肩をがっしり掴んだことで霧散した。


「なまえひどいよ!私、さっきまで知らなかったんだよ!?」

「え…?てっきりリヴァイ兵長がお伝えしてるかと…」

「…クソメガネ。その手を離せ」

「聞いてないよ!それに私、リヴァイなんかよりなまえからちゃんと聞きたかったよ…!」

「てめぇ…」

「ごめんなさい、ハンジさん…!忙しいでしょうしこんなプライベートのことでお時間取らせるのも、と…」

「もう、なまえはほんっと健気で可愛いんだから!なまえのためならいくらでも時間を作る……いででで!」

「オイ、クソメガネ…いい加減にしやがれ」

「リ、リヴァイ兵長、ハンジさんのメガネが…」

「汚ねぇ手でなまえに触ってんじゃねぇよ。いいから書類出せってんだ」

「リヴァイ兵長、なまえさん、お探しのはこちらです」

「あ、ニファ。ありがとう」

「いえ、なまえさん。チョコレート、美味しかったですか?」

「え…?」


リヴァイがハンジの頭を潰している間、優秀な部下がきちんと書類を探していたらしい。
にこにこ笑うニファにきょとんと目を丸くしたなまえだが、不意にピクシスから貰ったというチョコレートを思い出した。ハンジとニファにも分けてあげようと、部屋にまだいくつか残っている。が、そこでピクシスのところには確かニファも同行していたはずだということを思い出した。


「…うん。すっごく美味しかったよ。ニファにもあげようと思って残してあるんだけど、もしかして持ってたかな?」

「いえ!チョコレートは無かったんです。良かったらご相伴にあずかりたいです」

「うん、夕方、お茶しよっか」

「はいっ!」


綺麗に微笑んだなまえのその笑みの中に、今までと違う色を読み取って二ファも満面の笑みを浮かべた。あとでハンジも誘ってみよう。きっと穏やかで賑やかで、優しい時間を過ごせるはずだ。


「チッ…なまえ、行くぞ」

「あっ、はい!じゃあニファ、またね。ハンジさん、モブリットさんも失礼します」


床と同化して屍と化したハンジを気にしながらもなまえが書類を手に頭を下げる。
モブリットとニファは寄り添うように出て行った二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。


「…リヴァイ、気持ち悪いくらい幸せそうだったね」

「分隊長」


ヨロヨロと復活したハンジが、メガネを直しながら二人が出て行った扉を見つめて呟いた。
その視線は優しく慈愛に満ちているようで、モブリットも笑みを浮かべる。


「気持ち悪いは失礼でしょう」

「可愛いのはなまえだけで十分だよ」


そう言って思い切り伸びをしたハンジの目に、眩いほどの太陽の光が差し込んできた。





「リヴァイ兵長、ハンジさんに伝えてくれるって言ってたじゃないですか」

「ああ、悪ィな。すっかり忘れてた」

「もう…ハンジさんに悪いことしちゃったな…」


ハンジの部屋を出て裏庭を回るリヴァイに付いて、なまえはぶつぶつと不満そうだ。
わざと遠回りして戻ろうとしているリヴァイに気がつく様子もないその姿に、大人気なく苛立ちが募る。


「…なまえ」

「はい、どうし……っ!」


顔を上げたなまえの手を引っ張って、近くの大木へと押し付ける。目を丸くしたなまえがその目を伏せる前に、リヴァイが乱暴に口付けを落とした。


「へ、兵長、ここ外っ…!」

「黙ってろ」

「へ、ちょ……んぅっ…」


一通り口内を荒らしたリヴァイの唇が離れていく。
濡れた唇を親指で乱雑に拭う姿に、なまえは遅れてカァッと顔を赤くした。


「兵長っ…!」

「…お前が悪い」

「え、ちょっと…リヴァイ兵長!?」


ムスッとした顔を隠すことなくなまえの手を引いて歩き出すリヴァイに、なまえの混乱したような声が届く。
誰かに見られるのではないかと竦んだように手を引っ込めようとするなまえを無視して、リヴァイは足を進めた。


「…二人ん時に他の奴を気にしてんじゃねぇよ」


ボソリと呟いたリヴァイの言葉は、慌てるなまえの耳に入らず澄んだ空気に消えていった。




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