あおぞらラプソディ(本文) | ナノ
青天井の想いを共に


調査兵団にも休日がある。
調整日という名のそれは兵士たちにとっては貴重な休日で、仲間内で連れ立って街へ出たり家族の元へ顔を出したり、はたまた自室で英気をたっぷり養ったりと過ごし方は様々だ。
そんなある日、訓練を終えたリヴァイは兵舎の入り口に人待ち顔で立っているなまえを見つけて思わず目を細めた。


(そういや今日は休みだって言ってたな…)


リヴァイとなまえが恋人になってから二人の休日が重なったことは少ない。
そろそろエルヴィンを脅すか、と考えていたリヴァイの後ろから付いてきていたペトラが明るい声を上げた。


「あ、なまえさん、今日もナナバさんとお出掛けなんですね」

「…なに?」

「よくお二人で出掛けてるんですよ。並ぶとすっごく絵になって…素敵なんです」


うっとりと言うペトラの言動に唖然とした気持ちを抱きつつ、思わず視線をなまえに戻した。
リヴァイとなまえの関係を知っている兵士は多くない。さすがにエルヴィンやミケ、ハンジやその周りには周知の事実になっているが、それでも彼らがペラペラと話すことはないし、リヴァイ班のメンバーも知らないはずだ。恐らくエルドは壁外調査の一件もあって気がついているようだが、彼から何かを言ってくることはない。


「ペトラよ…ナナバさんは女だろうが。…え?女、だよな?」

「黙ってオルオ。女とか男とか関係ないわよ。二人が並んで歩いてる姿が見られればなんでもいいの」

「確かにナナバさん、男女問わず人気あるもんなぁ」


オルオを一刀両断したペトラが、グンタの言葉には大きく頷いている。その後ろではエルドが何かを堪えるような、笑いを押さえるような微妙な顔をしていた。


「あ、ほら!」


声を上げたペトラが指差した先には、足早になまえに走り寄るナナバの姿があった。
それを満面の笑みで迎えたなまえは本当に嬉しそうで、距離が遠い此処まで楽しそうな声が聞こえてきそうだ。
むっつりと黙ったまま腕を組んでいたリヴァイの目に、そっと手を伸ばしたナナバがなまえの髪を優しく掬ったのが見えた。控えめになまえの髪を彩った髪飾りを褒めたのか、照れたように首を傾げたなまえがナナバを見上げている。


「はぁ…本当に絵になる二人だわ」

「ペトラよ…お前な…」


やがて歩き出した二人の背を恍惚とした表情で見送ったペトラに、呆れた視線を向ける男性陣。
リヴァイに至ってはもはや口を開く様子さえない。


「なまえさんとナナバさんの休みが合えば、必ず出掛けるらしいのよ。なかなか見れない組み合わせだから、お二人が私服で並んでる姿が見れた日は女性兵士たちの中でちょっとした話題になるの」

「…暇なのか、女子どもは」

「もっと別の話題があるだろう…」


グンタとエルドの覇気のない突っ込みも聞こえていない様子のペトラは、キラキラした目で小さくなる二人の背中を追っている。
こっそりと盗み見た上官の表情がいつもと変わらないながらも、眉間には深く深く皺が刻まれていてエルドはその機嫌を察したのだった。





ペトラの話を聞いてから、やたらとナナバとなまえが連れ立っている姿が目につくようになった気がして、リヴァイは深く溜息を吐いた。


「あ、見てみて、なまえさんとナナバさん!」

「ほんとだ!お似合いよね〜羨ましい」


会議後、訓練場に向かうリヴァイの耳に入ってきた声。
女性兵士たちが浮ついた雰囲気で指差したのは、真剣な顔で今日の訓練予定表を覗き込む二人の姿だった。
班が壊滅したなまえが正式にミケ班に配属されて早2ヶ月。最初は曲者揃いの班員に苦労していたらしいが、元々仲が良かったらしいナナバもいたことで今は生き生きと訓練に励んでいる。兵団の中でもナナバとは懇意にしているとなまえから聞いてはいたが、まさかこんな風に噂される程だったとは知らなかった。


「ほら、なまえさんに恋人が出来たらしいって一時期噂になったじゃない?ナナバさんじゃないらしいよ」

「だってナナバさん、女性でしょ?…女性だよね?」

「そこら辺謎だよねー。でもナナバさんとなまえさんなら女性同士でもあり、かも…」


きゃー!と言いながら何故か頬を染めるその女性兵士たちを、リヴァイの鋭い視線が貫いた。
リヴァイに気が付いた彼女らが顔を引き攣らせて「リヴァイ兵長!」と慌てて敬礼を取ったのを流し見て、表向きは無表情で訓練場へと足を向ける。


「やば、さすがに騒ぎすぎたかな…」

「兵長、こういう浮ついた話嫌いそうだもんね…」


コソコソと話す彼女らの話が耳に入ってくるが、とりあえず無視だ。というよりも、なまえとナナバの関係を浮ついた話と評しているあたりに彼女らの本気度が垣間見えて、リヴァイは痛む頭を押さえた。


(ナナバ相手なんざ、盲点だろ…)


男性兵士相手なら眼を光らしていた。
ナナバが女性か男性かなんて気にしたこともなかったが、ただの気が置けない友人としてなまえのそばにいるとばかり思い込んでいたのだ。


「あのさリヴァイ、まさかとは思うけどなまえとナナバの仲を疑っているわけじゃないよね?」

「…うるせぇクソが」


同じく会議を終えたハンジの呆れた声音に振り向くことなく答えるが、ハンジは気にすることなくリヴァイの後からついてくるようだ。
この後はなまえとナナバが中心となって計画した新兵の訓練で、ハンジとリヴァイが教官として呼ばれていた。


「リヴァイも苦労するね〜。ていうか、二人の関係を公にすれば万事解決じゃない?」

「ペラペラ喋るもんでもねぇだろ。何よりなまえが嫌がる」

「まぁ真面目な子だからね。でもこのままじゃあらぬ噂は続くよ?」


さすがになまえとナナバの関係はただの妄想にしか過ぎないと理解している兵士が多いが、目立つ容姿をしている二人にはそれとは別に色々な噂が尾鰭がついて広がりやすい。


「あ、リヴァイ兵長、ハンジさん!」


二人の姿を見つけたなまえが笑顔で駆け寄ってくる。「本日はよろしくお願いします!」と心臓を捧げたなまえに軽く頷いたリヴァイは、温かい瞳でこちらを見守っているナナバをチラリと見遣る。


「なまえ、ミケ班には慣れたみたいだね」

「はい。皆さん良くしてくださっています」

「うんうん。ゲルガーに勧められる酒には気をつけなよ」

「ふふっ、了解です」


にこやかに交わされるなまえとハンジの会話を聞きながら、リヴァイはぐるりと訓練場を見回した。緊張感を露わにした新兵たちの真剣な目が前に立つリヴァイたちを見返している。


「なまえ、そろそろ始めよう」

「了解、ナナバ」


軽く頷いたなまえが真っ直ぐに新兵たちに目を向け、立体機動と対人格闘技の実戦を行うことを説明していく。


「知っているとは思うけど、こちらはリヴァイ兵士長とハンジ分隊長です。全員、敬礼!」


一斉に捧げられた敬礼を、軽く手を振ることで下ろさせたリヴァイが鋭い視線で口を開く。


「お前らが壁外で生き残れるか否かは訓練次第だ。驕ることなく励め」

「「「はっ」」」


再び捧げられた敬礼を一瞥したリヴァイは後は任せたと言わんばかりにハンジを横目で見て、なまえとナナバの位置まで後退した。
新兵たちの輝く瞳と紅潮した頬から「人類最強」への真っ直ぐな尊敬の念を感じ取って、ハンジは内心苦笑する。


「よしっ、最初は二人一組になって対人格闘からだ。私となまえ、リヴァイとナナバが組んで見て回るからね。はい、開始!」


こうしてリヴァイの鬼のような実戦訓練とハンジのスイッチが入った巨人講義を交互に受けた新兵たちは、日が暮れる頃にはぐったりと腰を下ろして項垂れるのだった。





「リヴァイ、今日はありがとね」


訓練後、雑務を終えてエルヴィンの執務室を退室したリヴァイへとナナバが声を掛けた。
新兵たちへの個人評価表を作成するといって、なまえは部屋に篭っているらしい。


「…あぁ」

「なまえは良くやってるよ」

「そうか」

「…心配?」


どこか面白がっている声音に、ナナバはなまえとの関係を知っているのだと察する。隣を歩くナナバの長身をチラリと見て、ぶっきらぼうに答えた。


「…てめぇがいるなら大丈夫だろ」

「へぇー?そこまで信頼されてるとは思わなかったよ」

「なまえの顔見てりゃわかる」

「ふぅん。すごい顔して睨んできてたから、リヴァイも私となまえの関係を疑ってるのかと思ってた」

「チッ…うるせぇよ。くだらねぇこと言ってんじゃねぇ」


ククっと笑ったナナバは軽やかに足を進めながら、隣で仏頂面を崩さないリヴァイを見下ろした。
同期ではないが共に死闘を繰り抜けてきたなまえと懇意になり、友人関係を築いてから暫く経った。今では休日を共にする仲になったなまえがリヴァイを想っていたことは気がついていたが、実は恋人同士になったと打ち明けられた時には驚いたものだ。
それでも恥ずかしそうに、それでも幸せそうに笑うなまえの笑顔を見て心からの祝福を贈った記憶は新しい。


「リヴァイ、なまえのことよろしくね」

「…お前に言われるまでもねぇ」


そう答えたリヴァイはナナバを振り返ることなく廊下を進んでいった。あちらはなまえの部屋がある方向だと気がついたナナバは、その背を見送りながら苦笑を洩らす。


「…存外心が狭いんだね、リヴァイも」


それだけ愛されていることになまえはまだ気がついていないのだろう。
訓練中、ピリピリとした雰囲気をナナバに向けていたリヴァイがなまえと言葉を交わす時だけ穏やかな目になることを、ナナバもハンジも気が付いていた。
ナナバに嫉妬するなど馬鹿らしいことだと分かっていながらも、それを隠せないリヴァイも人の子なのだと感心した程だ。


「ま、お互いさまか」


新兵の女兵士たちがリヴァイへと向ける思慕が込められた視線に、なまえが笑顔の裏で剣呑とした雰囲気を纏っていたことをリヴァイは気が付いただろうか。
面白いカップルだな、と一人ごちたナナバの顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。





「なまえ、いるか」


コンコン、と扉のノックと共に聞こえてきた声になまえは慌てて扉を開けた。
そこにはやはりリヴァイの姿があり、思わず目を丸くする。


「兵長、どうされました?何か書類でも…」

「馬鹿、ちげぇよ。もう終業時間はとっくに過ぎてるだろ」


勝手知ったるなんとやらか、気負うことなく入室したリヴァイが椅子へと腰掛けた。そのリラックスした様子に、もうプライベートな時間なのだと理解したなまえが頬を緩める。


「今紅茶でもお淹れしますね」

「俺のことは気にすんな。仕事、終わらねぇのか」

「んー、今日の訓練の報告だけ書き上げちゃいたいんです」

「…ここにいても邪魔じゃねぇか」


もちろん、と破顔したなまえが嬉しそうにリヴァイに近付き、一度だけギュッと抱きついた。
「ちょっとだけ充電です」と照れたように笑ったなまえがゆっくり離れて行ったのを、リヴァイの両腕が全力で引き止めそうになるが辛うじて留めることが出来た。


「終わったらもっと甘やかしてやる」

「楽しみにしてます」


恋人らしい雰囲気にも大分慣れてきたなまえがにっこり笑い、リヴァイの対面に座って書類を再開させる。頬杖をついて暫くそれを見守っていたリヴァイが、徐ろに唇を開いた。


「…なまえ」

「はい、もう少しです」

「今日、なんで機嫌悪かった」


断定された唐突なその質問に、なまえの手がピタリと止まる。一瞬遅れてパッと顔を上げたなまえの顔は、驚愕の色を灯っていた。


「え、あ、え…?」

「新兵訓練の時、機嫌悪かっただろ」

「そ、んなことは…」

「お前な…俺を誤魔化せると思ったか」


仕事中は一切公私混同をしないなまえは、基本的に感情の起伏が穏やかだ。
怒りを露わにしているところや感情に任せて激昂しているところは見たことないし、恋人であるリヴァイと共に仕事することが増えた今でも、感情を表に出すところは殆ど見たことがない。
そんななまえが今日に限って、何故かは分からないが途中から張り詰めた雰囲気を纏っていることにリヴァイは気がついていた。


「…さすがです、リヴァイ兵長」

「もうプライベートだ。名前で呼べ」

「まだ私は仕事中ですもん」

「お前…何拗ねてやがる」


機嫌の悪い理由はどうやら自分だったらしいと、なまえの不服そうな表情で漸く思い立ったリヴァイ。頬杖をついていた手を頬から離して、何かやらかしたかと頭をフル回転させるが全く思い当たらない。


「別に拗ねてないです」

「なまえ…言わなきゃ分かんねぇだろ」

「でも…」

「もし俺が原因なら尚更だ。ちゃんと話せ」

「…呆れません?」

「当たり前だ。俺がお前に呆れたことがあるか?」


きっぱりと言い切ったリヴァイにグッと言葉が詰まる。が、ここで誤魔化すことが出来ないことは長くない恋人期間の間で理解していた。諦めたように手元の筆を転がしたなまえが、渋々と柔い唇を開けた。


「…新兵の女の子たち、リヴァイ兵長を見てキャーキャー騒いでました」

「…そうだったか?」

「そうですよ…。兵長も兵長です!あんな…あんなかっこいい対人格闘見せられたらみんな惚れちゃうに決まってるじゃないですか…!」

「あのな…お前が教官に指名したんだろうが」

「そうですけどっ…そこで公私混同するわけにはいかないじゃないですか」


悔しそうに眉を寄せるなまえだが、吐露した自分の思いを恥ずかしがるように頬は赤くなっている。
筋違いの嫉妬だとは分かっているが、新兵の女の子たちのうっとりとした視線と、リヴァイに声を掛けられた時の彼女たちの嬉しそうな顔を見れば穏やかではいられなかった。


「リヴァイ兵長に憧れる人は多いですけど…あんないかにも好きです!って目で兵長のことを見るなんて…。新兵の子たちの純粋さを舐めてました」

「俺は全然分からなかったぞ」

「兵長は気付かなくていいんですっ…!気付いちゃったら意識しちゃうかもしれないじゃないですか…」


新兵相手に情けない、と首を垂れるなまえの耳が微かに赤く染まっている。
リヴァイは胸に湧き上がる歓喜のような感情を持て余し、わざとゆっくりなまえへ手を伸ばして指先を曲げた。


「なまえ、こっちへ来い」

「…まだ終わってないですもん」

「いいから。終わらねぇなら手伝ってやる。とりあえず来い」


一瞬逡巡したなまえだが、言われた通り机をぐるっと周って椅子に座るリヴァイの前へと立った。伸ばされていた手を恐る恐る握れば、そのままグイッと引っ張られてリヴァイの腕の中へおさまる。


「…別に拗ねてないですからね?」

「あぁ。俺がこうしたくてやってるだけだ」


大人しく胸の中におさまるなまえが不服そうな声音でボソリと告げた弱々しい否定の言葉に、リヴァイは上がる口角を抑えることなく機嫌よく答えた。
恋人同士になってからなまえは大分素直になっていたが、元々感情の起伏が平坦な分、こうして嫉妬を露わにするのは初めてのことだ。


「新兵のガキくせぇ女なんかに興味ねぇよ」

「…分かってますよ」

「大体お前な、人のこと言えねぇだろ」

「なにがですか?」


大袈裟に溜息を吐いたリヴァイを不思議そうに見上げるなまえ。さすがにナナバに嫉妬した、とは言えずに誤魔化すように指通りの良い髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「わっ…ちょ、兵長っ…」

「業務外だ」

「もう…リヴァイさん」

「お前もやたら野郎どもに誘われたりしてんだろ。アレを見て俺が何も思わないと思うか」

「え、でも…全部断ってますよ?」

「そういう問題じゃねぇよ」


かき回した髪を今度は優しく梳きながら、「俺の気も知らねぇで」とぶつぶつ呟いてしまう。
大体リヴァイのことを言うのなら、なまえへ熱い視線を向けていた新兵の男共にも気付け、と罵りたくなる。空高く舞うなまえへ感嘆の声をあげる新兵とは別に、邪な視線を向けていた兵士が少なからずいた。もちろん訓練と称して片っ端に地面に沈めておいたが。


「言うまでもねぇが…お前以外の女に興味を惹かれることはねぇからな」

「私もですよ。リヴァイさんに比べたらみんなゴボウみたいなものです」


その例えに思わず噴出してしまう。
膝の上で悪戯っぽく笑うなまえの柔らかい身体を抱えながら、リヴァイは束の間の幸福を享受していた。



その後、なまえに合わせた休みをエルヴィンからもぎ取ってきたリヴァイ。
だが、先にナナバと約束をしていたと申し訳なさそうに謝るなまえの後ろで、大爆笑するハンジと余裕の笑みを浮かべるナナバに青筋を立てることになるのは、もう少し先の話だ。






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