七月某日。
今日は遂に、一学期の終業式の日。皆、夏休みに胸をふくらませると同時に、久しぶりに帰る実家に思いを馳せていることだろう。私はといえば、今日からの林間合宿で、夏休みは学校に残ることになるだろう。
昇降口前の大きな階段を下って、正十字学園中腹駅へと向かう。
前の方から、神木さんの声が聞こえると、後ろから悪態をつく声が聞こえた。

ふっと、後ろを振り向けば少し後ろに四人の姿が見えた。少し足を止めて手を触れば、志摩くんはすぐに振り返してくれた。

しばらく歩いたあと、駅に付けば霧隠先生と雪男くんが、既に待っていた。雪男君も高校生。いつの間に着替えたのかと少し疑問は残るが、雪男くんの説明が始まれば、その疑問はいつの間にか、忘れてしまっていた。
今回の林間合宿は、3日間行われ、実戦任務に参加できるかどうかをテストするためのものらしい。
ようするに、これに合格しなければ実戦には参加出来ないと言うことだ。

一同は、中腹から最下部の森林区域に移動していた。そこからは、荷物を背負って夏の暑い日差しの下、森の中をあるいていく。
女子陣よりも男子陣の方が荷物は多く、後ろでひぃひぃ言っているのを申し訳なくなりつつも、自分も精一杯なので手伝うとは言い出せない。

「うおーい滝だ!!おーい!ちっちゃい滝あるぞー!飲めっかなコレーー!!」
「止めなさい、奥村くん。」

そんな中でも、例外はいるもので、燐は荷物など気にも止めず、小さな滝を見つけてはしゃいでいた。
ようやく開けたところにつけば、荷物を置いて日暮れまでに今度は、拠点を築くこととなった。

女子は魔法円の作画と夕餉の支度が担当となった。

地面に向かっていると、遠くからは男の子達の楽しそうな声。

「あはは、たのしそうだね!」
「テント壊しちゃってる…。」
「…なにが?暑苦しいだけじゃない。」

遠目に見えるその様子の感じ方は、三者三葉であった。しえみちゃんと神木さんの距離は少しづつだが、縮まっているようだった。
魔法円が完成すると、木の上でぐうたらしていたらしい霧隠先生の声がかかる。
褒められているようだが、何せ働いていない人に言われるとなんとも、嬉しくない。
そして、この先生は本当に何かの上に乗るのが好きだなぁと1人ある意味感心していた。

それが終わればカレー作りへと移行する。

「か、神木さん…気を付けてね。」
「わ、わかってるわ……いた!」

私も得意という訳では無いが、おばさんの手伝いでそれなりには鍛えられており包丁の使い方には慣れているが、神木さんはさほど慣れていないのか、手を切ってしまう。しえみちゃんはまず、カレーが、分かっていないようだ。先生はゲーム中で役に立ちそうにない。

「俺がやるよ。」

そう言って、名乗りを上げたのは燐で、神木さんは包丁を渡した。

「うまい!」
「お前らサラダ作れよ。」
「うん!」
「私もサラダ作りの方に行こうか?」
「いや、伊織はこのまま材料切ってくれ。」
「はーい。」

私の隣で皮を向く燐の包丁さばきは、私なんかとは比べ物にならないくらい上手くて、手早い。
私よりも早いスピードで切っていくものだから、もう邪魔なのではと思ってしまう。
そうこうしていうちに、日が落ちてカレーもいい具合に煮込み上がったのを確認すると、夕食となった。

「え"え"〜!?うめぇ!!まじか…!」
「これは…正にどこへ嫁がせても恥ずかしくない味や!」
「奥村くんお料理上手やったんやねぇ」
「ん"ー!!燐おいふいよ!!」
「こんなカレー食べたことないよ…何したらこうなるの!?」

辺りからは、驚愕の声や褒め称える声が上がる。それほどにこのカレーは美味しいのだ。
かく言う私も、材料を切ってはいたがここまで美味しくなっているとは思わなかったのである。

「ま…まーな!!得意だからな!」
「奥村くん唯一生産的な特技です…」
「黙れメガネ!!」

昼間あれだけ働いたのだ、みんなお腹がすいていた上に、ここまで美味しいカレーを食べれて、大満足だろう。真ん中の火を囲んで食べると、キャンプのような気分になる。

「志摩くん志摩くん。飲み物何がある?」
「んー?待ってなー。お茶とお水とあとジュースが何本かあるけど、何にする?」
「うーん。見に行こうかなぁ。」

輪の外を回ってクーラーボックスを覗き込むと何本もの飲み物が入っている。

「わぁ、いっぱいある。」

うーんと何にしようか迷いながら唸っていれば、燐も選びにやって来るとジュースを持って行く。

「炭酸がいいなぁ…。」
「珍しいなぁ。女子って炭酸苦手なイメージあったわ。」
「ほんと?私は平気だよー。よし!これ!」

私が選んだのは某サイダーで、赤い矢が3本書かれている。皆思い思いの楽しみ方で過ごしながら、時間を過ごしていた。

ひたすら楽しんだ夕食も終われば、ここからが本番である。

「…では夕食が、済んだところで、今から始める訓練内容を説明します。」
「つまり肝試し肝試し〜」
「シュラさん、勤務中です。」

真面目な説明の中、お酒を煽りながらちょっと酔いのまわった、霧隠先生に注意をする。

「つか、その女18歳や言うてなかったか!?」
「18歳?何を馬鹿なことを、この人は今年でにじゅうろ…」
「んにゃー手ェすべったー」

お酒を飲んでいた霧隠先生に、年齢のことを指摘した勝呂君の言葉に雪男くんの訂正が入ると、明らかにわざと缶を頭に投げる。
それが遂に頭にきたのか、雪男くんの怒りが乗った言葉が発せられた。それは、いつもの優しい口調でなく、少し荒い口調。あれが素なのかもしれない。

そうとう頭にきたんだろうなぁ…。と呑気に眺めていれば、ハッとしたようにいつもの顔に戻ると、また説明を再開した。

「えー、では…説明します。…これから皆さんにはこの拠点から四方散り散りに出発してもらい、この森のどこかにある提灯に火をつけて、戻ってきてもらいます。3日間の合宿期間内に提灯をつけて無事、戻ってきた人全員に実戦任務の参加資格を与えます。」

その言葉に、皆引き締まった表情に変化した。

「…ただし、提灯は三つしかありません。置かれている場所は拠点の中心から半径500m先の何処かだとだけ教えておきます。…つまり、実戦任務の参加資格は"3枠"しかないということになります。」

その言葉に、神木さんの声が入るが、気にせず続く。

「3日間分の水と食糧、寝袋、タオル、ティッシュペーパー等の生活用品と、コンパス、夜間移動用のハンドライト、魔除けの花火、マッチがそれぞれ一つずつ入っているはずです。昼間にも言いましたが、この森は夜間下級悪魔の巣になっている、今の皆さんの実力だとギリギリ切り抜けられるかどうかと言うところでしょう。危ないと感じたらこの魔除けの花火を即使ってください。二分以内に僕か霧隠先生が回収に行きます。」
「マッチが1本だけというのは…」

1通りの説明の疑問点を三輪くんが聞けば、マッチが1本ということは、花火に使えば、提灯に付けられない。要するにリタイアということになってしまうのだと言う。そして、近くに来てから火をつけることも、途中で火が消えてしまうことも失格の対象となるのだ。

「さて、皆さん準備しましょう。」

その言葉を合図に、全員が先程の和気藹々とした雰囲気から一変して、真剣な面持ちで円に沿って立った。

「この訓練、完全にお互いに奪い合うように仕組まれとる。だけど奪い合い始めたら多分全員自滅や。この任務とにかく自分自身が取ることだけを考えるのが正解やな!助け合いもナシや!」

その言葉に、ゴクリと喉を鳴らせば、今の状況を少しずつだが理解した。
今の言葉の通りなら、ここにいる全員が敵になってしまう。三枠しかないのならそれも仕方の無いこと。しかし、それを少し寂しいと思ってしまう自分がいた。

「何があってもウラミっこなしですね。」
「そうね。どうやっても枠は3つしかないんだもの。むしろせいせいするわ」

全員が並び終わると、雪男君の合図がかかる。

「では、位置についてよーい…」

ドン!

一発の銃声がなり響けば、全員が四方散り散りに走り出した。
私は一呼吸置いて走り出す。

まずは、500m先まで走らないと…。

森の中を走り抜けながら、あたりを警戒しつつ進む。
すると、突如として虫の羽音に囲まれると、蛾のようなものが体の周りに群がり始める。

「ひぃ!?っ!いたっ」

虫が特別苦手ではない私も流石にこの数は、無理がある。それに、今の痛みは血を吸われている。恐らく虫豸という悪魔なのではないかと思う。全身、嫌な汗が伝うが、そんなことなど気にしていられないほど、まとわりついてくるそれは一言で言えば気持ち悪かった。

「っ〜〜!!無理ー!!"西を守護せし霊獣よ、その姿ここに顕現せよ!!急急如律令!!!"」

魔法円の紙を取り出しながら、自分の限界の速さで、召喚の呪文を唱えれば、ポンッと出てくる、あのトラ猫。今回は蹴られることは無かったが、今の状況の即時打開を所望する私はとっさに叫ぶ!!

「これどうにかしてー!!!」
「それなら、まずその明かりを消さぬか!!!!」

彼は、怒鳴り声とともに1度翻ると辺りの虫豸を、一掃する。
その間に、持っていたライトを消せばそれ以上群がられることは無かった。

「あ、ありがとう。」
「お主馬鹿か?この間いくつか教えただろ。なんだ!どうにかしてとは!!」
「ひぃ!ごめんなさいぃ!!」

虫豸の大群に襲われる恐怖からは脱したものの、もう一つの恐怖要素を自ら召喚してしまったことに、気がついた。それでも、辺りにいた虫がいなくなるとなんともほっとする。

「と、とりあえず歩かないと…。」

一先ず、暗闇の中探り探り歩く。
枠は三つしかないのだ、誰か1人でも先を越されてしまえば、もう枠は二つになる……。そうなれば、テストに合格する確率もどんどん下がってしまうのだ。

あれ…?枠…。枠は3つ……?3人じゃなくて…三つ?

とある疑問が頭に浮かんだと同時に何か、大きな間違いを犯しているような気がした。徐々に落ちる歩調にトラ猫も首をかしげてこちらを見る。

「いつも、雪男くんは、全員で協力することを強く言っている……。なのに枠は三つ?」

何やら、私は思い違いをしていたのかもしれない。
協力することを最重要とする祓魔師のテストに、人を蹴落とすことを課題とする物があるはずないのだ。

「枠は3つ…3人じゃない?」

それが答えなのではなかろうか。
その事実を頭が理解した時、私はパッと走り出した。そして、ある程度走り抜けた時、目の前に大きな石の灯籠が現れたのだ。その大きさを見て、やっと確信した。

「…ねぇ、これあなた1人で運べる?」
「まず無理だな…。」

私の質問に即座に否定するトラ猫。
まず、協力することでしか、これを運びきる方法はないのだ、だから3枠なのだ。
それに気がついた時、後ろから足音が聞こえた。

「誰!?」

その呼びかけに応じて出てきたのは、三輪くんであった。

「結崎さん?先に見つけはったんですか?」
「うん。でも、多分これ…ひとりじゃ無理だよ?多分3枠って三人じゃないんだと思う…。私もさっきやっと理解したんだけど…。」

そう言えば、三輪くんもハッとして、そういうことか、と呟くとすぐさま携帯を取り出した。

「結崎さん、坊と志摩さんに応援頼んでみます。周り警戒しといてもらえますか?」
「りょ、了解!」

その指令に、私は辺りに意識を集中させ始めた。光がない分虫豸に襲われる危険は無いが、他のものがいないとも限らない。

「お主、何故楽しそうなのだ?」
「へ?」

その言葉に、手を口元にあてがうと、少し上へと釣り上がっているのを感じた。
笑ってる?その事実に内心驚きながらも、その理由を何となく理解した。

「ふふ、内緒。」
「はぁ?」

まだ、成功したわけじゃないけど、それでも、みんなが敵にならない、協力できることがとても嬉しかったんだ。


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