静かな森の中、ただ風にそよぐ木々の音が不気味に響いている。志摩くんたちに連絡のついた三輪くんと共に私達はこの巨大な燈籠の前で彼らが来るのを待っていた。
すると、一部の草むらが揺れる音がすればその向こうから、志摩くん、勝呂くん、燐、しえみちゃんの四人が現れると、その大きな燈籠を目にした途端驚いたように声を上げた。

「デ…デケーよ!!これ提灯か!?」
「石燈籠かな?」
「"化燈籠(ペグランタン)"や。夜間人が火を灯すのを待ち構えて、火が灯ると動き出し生き物を喰って燃料にする。特に女が好物。燃料が尽きるか朝になると動かなくなる…ゆう悪魔や。」

勝呂くんがすぐさまその悪魔の情報を教えてくれる。

「僕が来た時にはもう結崎さんがおって、そん時言われて、これ見たら何や僕らルールの解釈間違ってたんやないかな思て」
「そやなぁ。この訓練みんなで協力せなあかんわ!」

勝呂くんがそう言えば、それを聞いた志摩くんはからかう様に勝呂くんに言う。

「あれぇ坊「この任務は助け合いナシや」言わはってたのにィ」

その言葉に図星をつかれた勝呂くんだったがすぐに取り繕うように言う。

「じっ、実戦の参加資格3枠って言葉に惑わされたんや!」
「…確かに先生3枠言うてはったけど3人とは言うてはらへんかったですもんね。」
「…とにかく!協力戦は俺は大好きやから願ったりや!だれか神木と宝の携帯のアドレス知っとる奴おるか?」
「俺は出雲ちゃんに何度も聞いて何度も断られてます」
「志摩、いつの間に…結崎さんはどうや?」
「へ?私?」
「…やから、神木のアドレス知らんか?」
「ご、ごめん。知らないです…。」

唐突に話を振られてものだから、とっさに反応できずにいれば、ため息を疲れてもう一度聞かれた。
話を聞いていなかったことと、二度も言わせておきながら知らないということに申し訳なさを感じて尻すぼみになりつつ言った。
誰も連絡の取りよう無い状態である以上、このメンバーで運ぶ事となった。
そばにあったリアカーで運ぶためのフォーメーションは三輪くんが考えてくれていた。

まず、化燈籠をリアカーに乗せ、火をつけた時襲われないように封印をする。その先唱えるお経は勝呂君の担当。次に、燃料となるための虫豸を集め、それを補給する係はしえみちゃん。志摩くんと三輪くんは明かりに寄ってくる虫豸からみんなを守る役目を担う。燐は一番力があるのでリアカーを引く担当だ。
私はと言えば、しえみちゃんのサポートをしつつ前からくる虫豸の処理にあたるので、リアカーの上である。
全ての準備が整うと、リアカーを引き移動を始めた。
リアカーを引く燐の姿を見た志摩くんは…

「いや、ホントすごいわ。奥村くんてどこの星の人なんやろ…」

なんて言っているのが横から聞こえてきた。
あの、大きな化燈籠と人間2人を乗せたものを引いていく燐に対してその様な声が漏れるのも当然だろう。

「っ!いたた…志摩くーん。ちょっとずつこっちまで来てますよー。」

ひらひらと私の右側から来た虫豸に血を吸われると、パッと払いそれを掴んで燈籠に放り込みつつ志摩くんに文句を言った。

「そないな事言われても、俺やっていっぱいいっぱい何ですよー!!」
「そんなに虫が嫌いなのね…。私も得意じゃないけどさぁ…。」

涙目で言われるなんて、思ってもみなかった私は苦笑いとともに、思案を巡らせる。
そして、ふとした案を思いつけば、前でひたすら虫豸をはらってくれていたトラ猫を呼び戻した。

「なんだ。」
「この火を消さずにここらの虫豸だけ、消せないかな?」
「……やれないことは無いが…何せこれだけいるのだ。一時凌ぎだぞ?」
「それでもいい。」

嫌そうな顔をしながらも戻ってきたトラ猫に問えばその場しのぎでも可能とのこと。それでもいいと言えば、続けと言われ、彼の紡ぐ言葉を順に追った。

「"我に仇なす一切を絶て。急急如律令!!!"」

その言葉と同時に辺りにいた虫豸の一切が切り裂かれ、土に還った。
辺りの虫豸が一旦収まると隣の志摩くんは、ほっと一息ついていた。

「ありがとう。」

トラ猫にそう言えば、またリアカーの前を走っていく。しかし、相当数の虫豸を1度に処理できたのはいいのだが、体力は削られた。
少し休憩とリアカーの端に背を預けた。

「伊織ちゃん大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫…。」

また少しずつ寄ってくる虫豸の相手をしつつ心配してくれた志摩くん。それに、笑って返せば彼も少し安心したような顔を見せてくれた。
しばらく行くとリアカーがいきなり止まった。
それに伴い、前を見れば前にはボロボロの吊り橋。どうやってもリアカーを引いては渡れない。
しかし、やたらと聞こえてくる不快な音はきっとそれだけではないことをひしひしと痛感させた。
まるで、何か生き物が大量に這い回っているようなその音は吊り橋の下から聞こえていて、そこを覗き込んだ志摩くんは悲鳴にも似た声を上げていた。
そこに居たのは、虫のような生き物それも目の前に見える川のようなもの全てがこの虫であった。

「も、もももうダメや。フフフ…失禁したろか。」
「いや、それはやめて欲しいかなぁ…。その時は本気で引くよ?」
「いや、もういっそ失禁すりゃスッキリすんじゃねーの?」
「奥村くん益体ないこと言うたらあかんよ。失禁だけにしたら最後全てを失うんや」

限界とでも言いたげに、意識すら飛びそうな志摩くんの言葉に私が少し眉を顰めて言う。燐はそっちの方がいいというが、三輪くんもそれには反対の様だった。
かく言う私も、そーっと覗き込んだ先に見えたものにうっ、と吐き気を催すのだから人のことを言えないのかもしれない。うえーっと下を覗き続けていた私の横を人が来たのを感じて顔を上げれば、隣には錫杖を持った勝呂くんが器用にも、お経を唱えながら錫杖で虫沼をつついた。
その時聞こえてきたブチブチと何かが潰れる音に背筋を何かが駆け上がるような感覚がして、ひぃっ、と声を漏らす。
それを見ていられなくて後ろに後ずさると、そこにいた三輪くんが、キョロキョロと辺りを見回していた。

「どうしたの?」
「あ、結崎さん。これ、カーンの種子字やなぁおもて。ここにもなにか封印されてます。皆!周りの札や縄には気をつけて!」

その言葉に周りを見れば確かにしめ縄や、触れてはいけない様な紐が張ってあった。

「…それにしてもこれどうやって運ぶ?」

その率直な疑問に、これまた器用にお経を唱えながらスケッチブックに考えがあると書いたものをこちらに見せていた。

そして、次に書かれたのは化燈籠に自分で渡らせる。それに、首を傾げる私。そしてもっとわかりやすくと言う燐のために、図解してくれた。
そこにはまず、三輪くんと燐がリアカーを持って、向こう岸へ。虫沼は浅いので歩けるそうだ。燐の隣のバカ力という文字はこの際ツッコミはしない。そして次に札を持って向こう岸で三輪くんが待機している状態で、志摩くんがしえみちゃんもしくは私を肩車して虫沼を走る。この時肩車されない方は、先に渡っておく。要するにどちらでもいいようだ。
そして、その後札を外せば好物の女をおって勝手に渡ってくれるという。最後に三輪くんがまた封印すれば大人しいまま運べるということらしい。

これだけの事を、お経を読みながら考えつくのだから流石としか言いようがない。

「俺に虫沼浸かれ言うんですかぁはっはっは!しかも頭を杜山さんか伊織ちゃんの太ももに挟まれて?往生しますよ。」
「ひぃぅっ!」
「志摩さんは少し往生して煩悩をたった方がええよ。」
「子猫さんまで!」

志摩くんの涙を流しながら言った言葉に、小さく悲鳴をあげながら太ももを隠すように手をやる。
三輪くんも往生した方がいいと言い。勝呂くんもスケッチブックに往生際の悪い!!と書いて見せていた。
もう、本気で嫌がるものだから、燐がめんどくさいから自分がやると名乗り出た。そして、おびき寄せる役はしえみちゃんになったので、私は三輪くん達とともに吊り橋を渡る。

「こっちは準備OKです!」
「こっちもいいぞ!」

双方の準備が整ったのを確認すると、勝呂くんが札を外した。化燈籠がしえみちゃんを視界に捉えると、目をハートにして突っ込んでくる。

「…志摩くんみたい……。」
「え?」

その姿を見て、ポツリと零れた独り言。聞こえてしまったらしいが、何事も無かったかのように前を向く。
化燈籠に追いつかれまいと必死に走る燐。端まで着くとしえみちゃんを茂みの方へと投げた。
その勢いのまま突っ込んできた化燈籠を三輪くんがまた封印して、一件落着。

茂みに投げ飛ばされたしえみちゃんを起こしていると、燐が飛び上がりしめ縄を切ってしまった。
それを見たみんなは嫌な予感を感じ取った刹那、燐の両手左足に何かが絡みついてしまった。

「なななにやてんやー!!」

その光景に、みんなあっと口を開けて顔を真っ青にさせている。
しかし、燐はわらって大丈夫、先に行けなんて言うんだ。


また、無茶するの?


私は、心配よりも少しの怒りを感じていた。
1人で突っ走って無茶をする。いつだって燐はそうだ。

「お前は…またそれか!」
「悪りぃ!」

少し無理に笑ったように見えた燐。
勝呂くんが何かを言おうとした時私はもう叫んでいた。


「嫌だよ!!!!」
「阿呆が!」

勝呂くんと重なった私のその声は、それでもいつも以上響いていた。

「友達を置いてなんて行けないよ!!!」
「助けるに決まっとるやろ!!」

私は少し頭に来ているのだ。虫の居所が悪いのだ。
燐は強いから、いつだって強いから…。一人でなんでもやろうとするんだ。無茶しないでって言ったのに、もう2度目だ…。破ってばっかだよ…燐。

「志摩!キリク!!あと逃げる準備しとけ!!」


「やるよ!」
「先程使った術でお主の体力は削られておる。倒せはせぬぞ。」
「逃げるだけの体力があればいいから!」

それを合図に私は一呼吸おいてキッと敵を睨みつけた。

「ノウマクサンマンダバサラダニカン!カンマーン!!」

勝呂くんが志摩くんの錫杖を使って敵をひるませれば、燐の手足も開放された。即座に勝呂くんは錫杖を回収する。

「"その身を断て 風切!!"」

燐が虫沼を上がるだけの時間稼ぎでもいい。
そのつもりでやったんだ。
燐が上がって来たのを確認すると、私達は一気に駆け出した。

「逃げろォー!!!」

ある程度のところまで走ればもう、追ってこないようだった。そこで、勝呂くんの提案で休憩をすることになった。

「なんでも1人で解決しようとするな。味方を忘れるな!」

その言葉で燐はハッとした表情になる。

「そうや、サタン倒すんやったらきっと1人じゃ倒されへんよ。」
「さすが坊…ええ事言うわ…。まあ俺は虫関係は全く役に立たんけど。」
「燐、みんないるよ!」

「うん…。」

燐のその返事を聞いて、少しだけほっとした。それでも、まだ納得のいかない私は燐の目の前まで行く。すると、燐も何事かと私の顔を見て首を傾げた。
それに、ムウっと頬を膨らませて、片手で燐の頬を少し引っ張った。身長差でなんとも不格好になっているかもしれないがそれでも、怒りの収まらない私はまた引っ張った。

「いっ!な、なんだよ!」
「……した」
「へ?」
「無茶しないって約束した!」

そう言ってまたむいっと引っ張れば痛い痛いと少し涙目だ。
それに少しだけ、気の晴れた私はパッと手を離してあげる。
燐は引っ張った頬に手を当てて摩っている。しかし、文句を言うでもなく少し黙ってから、口を開いた。

「悪かったよ。」

そう素直に言われてしまえば、もう何も言えなくなるじゃないか。

「じゃあ、今度は1人で無茶しない?」
「おう!勝呂にもみんなにも言われたしな!」
「ちゃんと頼ってよ?私もちゃんと戦うから。」
「じゃあ、その時はよろしくな!」
「うん!」

そう言って笑えば、今度は燐が口を開いた。

「あと…ありがとな!助けてくれて!」

ニカッと笑った燐。その言葉と笑顔に私の心はみるみる暖かくなる。きゅっとその心地良い胸の暖かさを握るように胸の上で手を握る。そして、そのまま笑うと私は燐をみた。

「当然だよ!だって、燐は私の大切な友達だもん。困った時は教えてね。また、絶対に力になるから。」

そう言って笑えば、燐も笑い返してくれた。

「それじゃ、そろそろ行くか!」
「うん!」

燐はまたリアカーに戻っていく。
私もそれに続いて足を踏み出した。

パキンッ

「へ……。」

小さな何かの弾ける音を耳が拾う。
高い音を立てたそれは何なのか私には理解することが出来なかった。

「伊織ちゃん。行くよー!」

しえみちゃんの呼びかけにはっと我に返れば今行くと返事をして今度こそ戻っていった。




「バンザーイ!!無事帰還やー!!」

志摩くんの歓喜の声が聞こえる。ようやく元の拠点まで無事にたどり着いた私達はほっと息をつくと共に、神木さんと宝くんが既についていたことに驚いていた。
みんながこうして合格できたことを心から良かったと思うと同時に、違和感を感じざるをえなかった。

あの花火はいったい……。

その事が頭をぐるぐると回り始めた頃、突如として危機は訪れた。


「ひゅー…シュタッ ゴー!ベヒモス!」

落下音と着地音。そして、そこに現れた男によって放たれた悪魔がこちらに向かって突進してくるのが見えたのだった。






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