雪男くんとネイガウス先生が入ってくると、燐は慌てたように何かを言おうとするが、突如として頭上から降ってきた何かに潰され叶わなかった。

「おや、失敬☆ハーイ☆訓練生の皆サン大変お疲れさまでした〜」
「メ…メフィスト!?」

降ってきたそれは、この学校の理事長であったのだ。

「???あれっ…て理事長か?」
「どーゆうこと…?」
「ふぁっふぁっふぁ!この、理事長(ワタシ)が中級以上の悪魔の侵入を許すわけないでしょう!」

皆が動揺する中、それでもなお気にするそぶりなど見せず言う理事長がパチンと指を鳴らした。

すると、辺りの床下、襖、天井から恐らく祓魔師と思われる方達が出てきたのだ。
どうしてという疑問とともに、なんとなくだが、これだけの人数が見ていた、監視していたのだと理解出来た。
そして、その理由を突き詰めていけばただ一つなのだ。

「そう!なんと!この強化合宿は候補生認定試験を兼ねたものだったのです!!!合宿中はそこかしこに先生方を審査員として配置し、皆さんを細かく審査していました。これから先生方の報告書を読んで私が合否を最終決定します。明日の発表を楽しみにしていてくださいネ☆」

その言葉を残して、理事長は去っていった。
その後少しの間のあと、私は深くため息を付いた。
立てずに座り込んでいれば、目の前に影が指すのが見える。ふっと顔を上げれば、ニコニコと楽しそうに笑う志摩くんの顔。その顔にうっと体を後ろに引けば、しゃがみこんで意地悪そうに笑う。

「伊織ちゃん。手え貸したろかー?」
「い、いらないです!」
「えー?ほんまにー?力使いすぎて立てへんのちゃいますの?」
「うっ……」

図星をつかれて、うろたえる私をニヤニヤとのぞき込む志摩くんに、少し悔しくなってまた軽く唇を噛めば、ピリッとした痛みが走った。
そして、それと同時に志摩くんはハッとしたように言った。

「え、ちょ!伊織ちゃん唇から血ィでとる!!!真っ赤になっとるやん!」
「へ?あ…うそ。」

そう言って、口に手を伸ばせばその手を掴まれてしまう。
「触ったらあかんよ。誰かティッシュ持ってへん!!」

大きな声で言う志摩くんに、周りの全員が反応する。いち早く近づいてきたのは雪男くんで、私の顔を見ると、慌ててポケットに手を入れ、何かを取り出すと、私に差し出してくれた。
それを見れば、ティッシュが差し出されており、とても焦った顔をしている。

それをすぐに受け取ると、唇に押し当てた。ちょっと離してそれを見れば、文字通り当てた場所が真っ赤になっている。
それに驚いて、もう一度押し当てた。雪男くんははぁと安心したようにため息をついている。

「血が止まるまではそのままでいて下さいね。」

そう言って立ち上がる雪男くんに、ありがとうと言って笑えば、安心したように笑い返してくれた。

「何したら、そんななるん?」

唐突にかけられたその言葉は志摩くんからのものだった。

「う…たぶん噛みきったんだ…と、思う…。」
「なんで、そないな事したんや」

そう言って、近づいてきたのは、勝呂くん。
呆れ顔を浮かべているので、あはは、となんとも言えぬ笑いを返した。

「なんでかな……。…うん。たぶん、悔しかったのかもしれない。」
「なにがや?」
「えっと…」

そこで、恥ずかしやから少し躊躇してそれでも口を開いた。

「皆が頑張ってるのに、私だけ何も出来なかったから…かな…。」

ちょっと小さな声で言えば、2人ともふっと笑った。

「確かに最初は、そうやったな。」
「後ろで震えとったもんな、伊織ちゃん。かいらいかったけど。」
「う…言わないで…恥ずかしいし、情けなくなる…。」

そう言って、俯いて顔に両手を当てる。
しかし、その後に勝呂くんと志摩くんはまた口を開いた。

「そんでも、ちゃんと戦ってくれたやん?正直1人であれ相手にするんは自信なかったから助かりましたわ。」
「結崎さんかて、しっかりやれとった。自信持てばええ。」

そう言って声をかけてくれる優しさに、徐々に目頭が熱くなる。
しかし、ぐっと堪えて笑いかければ、勝呂くんも志摩くんも、どこか安心したように笑った。

「さて、伊織ちゃん。そろそろ移動しよか。」
「そうやな。医務室に移動らしいからな」
「うん。………」

二人に促されて、立ち上がろうとしたがそこでまた思い出したのだ。

何をって?自分が立てないことですよ!

全く動かない私に首を傾げる志摩くん。しかし、その理由を理解したのか、これまた楽しそうな笑顔を浮かべている 。

「あれ?伊織ちゃんどないしはったんですか?」
「ぅっ…」
「はよいかな、置いてかれるで?」
「……手を…貸してください…。」

少し悔しいが、目の前の彼を頼る他私が立ち上がる方法などありはしなかった。それを聞いた志摩くんはニッコリと笑って、ええよええよ。と楽しそうだ。その隣で勝呂くんは志摩くんに対して少しばかり表情を引き攣らせていた。

ぐっと引っ張られれば、フラフラとなりながらも立ち上がった。ありがとうと素直にお礼を言えば、どういたしまして。と答えてくれた。

女の子が大好きで、軽薄な彼だが、隣に立って歩いてくれる辺りに優しさを感じて、なんとも複雑である。
それでも、また皆とこうやって楽しく話せることが本当に嬉しかった。守れてよかった。自分はちゃんとみんなの役に立てた。
そう安心した私の足取りはどんどんと遅くなり、歪み始めた視界を気に留める暇もなく、私の意識は沈んでいった。

____
_________
______________

隣を歩く彼女が、ふらっと揺れるのと、前に倒れるのはほぼ同時だった。
その突然のことに咄嗟に体が動くと、志摩はサッと彼女の体を支えた。

「伊織ちゃん!?」

その呼びかけに答えはなく、勝呂と志摩は顔を見合わせて、彼女を仰向けにして膝の上に抱える。
すると、覗き込んだ彼女はスヤスヤと眠りに落ちていた。その表情に、二人してため息が漏れた。

「こいつ、歩きながら寝おった…。」
「あはは、一瞬あせってしまいましたわ。まぁ、これはこれで、ありがたいけど。」
「お前、変な事すなよ」
「えー。こんな状況で何もするななんて、流石に無理ですわ。」
「……お前もう触んな。俺が運ぶ。」

そう言って、勝呂はゆっくりと伊織を抱き抱えれば歩き出してしまう。

「あー!ずるいですよ!俺かて、伊織ちゃんお姫様抱っこしたいです!」
「やかましい!お前に運ばせるくらいなら俺が運ぶ。」

そう言って先をゆく姿に志摩はニヤリと笑えば、少しばかりのいたずら心を乗せて言った。

「そんなこと言うて。本当は自分が伊織ちゃんお姫様抱っこしたかっただけやないですの?」

その言葉に、ピタリと歩みを止めた、勝呂の姿に首を傾げるとすぐさま顔を覗き込んで志摩は目を見開いた。

「っ…やかましいわ!そんなんやない!」

覗き込んだその顔は、動揺を隠しきれず、小さく朱がさしていたのだ。彼自身、きっとさほど自覚は無かったがための動揺であろう。
そのまま、その顔を見られまいと歩調を早める勝呂をポカンとした様子で、見つめる志摩も内心穏やかでは無かった。

「(坊嘘やろ?いつからです?てか、そんな顔して言われても困るんはこっちなんですけど!?………。)」

一つもそんな素振りを見せたこともなかった彼がまさかという思いもありながら、しかしそれだけではない感情が彼の中に小さくうずまき始めていた。

「(……なんや、おもろないな…。)」

いじるネタが生まれたにも関わらず、ただただ面白くなかったのである。
少し眉を顰めるが、直ぐに元に戻り、何事も無かったかのように、また勝呂の元へと戻っていったのだった。

____
______________
____________________________

「……!…。」
「あ……か…ぞ。…!!!」

遠くから聞こえてくる、声に少しずつではあるが意識が覚醒し始める。
細い隙間から、眩しい光が差し込んでくる。
ゆるゆるとまぶたを押しあげれば、見た事のない天井が広がっていた。
一度右を見て、今度は左を見れば、見覚えのあるピンク色の髪。
そして、その奥にふんわりとした髪の女の子が見えた。その子は私と目が合うと、ワタワタと慌てたあと、頬を赤く染めながら私に笑いかけてくれた。

「お、おはよう。結崎さん。」
「…お、おはよう?」

そう返せば、ぱぁっと花が咲いたように笑う彼女杜山さん。
あ、かわいいな。なんて、考えていればその声に全員が反応して、こちらを向いていた。

「お、伊織も起きたのか!」
「燐。うん。でも私なんで寝てるの?途中から記憶が…。」

そう言えば、近くにいた志摩くんが、笑いをこらえながら、私を見ると話し始めた。

「…伊織ちゃん、歩いとったら、いきなり倒れてしもたんやよ。もう、びっくりしたわ。でも…ふっ、確認したら…寝息立てて寝とったから、坊がここまで運んでくれたんや…。ふふっ…しっかし、俺歩きながらねる人なんて初めて見たわ…。くっ…ふっ…。」

もう、所々吹き出しており、隠しきれない笑い。
しかし、その話が事実だとすれば、私はとんだ迷惑をかけてしまっている事になる。
バッと飛び起きれば、志摩くんによって遮られた視界をどけるため、彼の頭を押さえつけ、下にどけると勝呂くんと真っ直ぐに視線が交わった。ぐえっと下で何やら声が聞こえたが気にせずにいる。
その光景に驚きを隠せない勝呂くんは少し狼狽えるがすぐ持ち直して、私を見た。

「お、重かったでしょごめんね。ほんとにごめんね。あと、運んでくれてありがとう。」
「そんなん別に気にせんでええ。流石に廊下にあのまま放っておけへんやろ。」
「…あの…伊織ちゃん?」
「…でも、ありがとう。あのまま放置しない辺り、やっぱり勝呂くん優しいね。最初はすごく怖くてヤンキーみたいな印象だったけど、もうそんなことないよ!えへへ。」
「お前そんなこと思っとったんか!!つーか!思っとっても口に出すか普通!」
「おーい…」
「だ、だってそんな髪型してたら誰だって怖いと思うよ!」
「ぐっ…!!!」
「ねぇ!ちょっと!伊織ちゃん!?俺ずっと押さえつけられとるんやけど!」
「え!?あ、ごめん。」

勝呂くんと私の言い合いの最中、私の下から講義の声が上がった。それに咄嗟に手を上げれば下にいた志摩くんが、起き上がった。
決して忘れていた訳では無いのだ、ただすこーしだけ、意識から外れていただけなのである。だから、決して忘れていた訳では無い。

首を軽く回す志摩くんに、申し訳なく思って、顔を覗き込めば、少しばかり眉を顰めて拗ねたような顔をしてそっぽを向かれてしまったが、すぐにまたこちらを向いて笑ってくれた。

「なーんて。ええよ。伊織ちゃん軽かったし、元気になったみたいで安心したわ。」
「…志摩くん。」

私はゆっくりと布団から抜け出して立ち上がれば、片腕には点滴の管が通っており、それとは逆の手で一二度スカートを叩いて直すと、もう一度ベッドに座り直した。そして、真っ直ぐに前を向けば杜山さんとまた目が合った。そこで、あっと思い出して声をかける。

「杜山さん。大丈夫?杜山さんすごく頑張ってくれてたから……。もう、辛くない?」

そうやって聞けば、はっとしたようにすぐ答えてくれた。

「う、うん!もうだいぶ楽になったよ!」
「そっか。よかった。えっと、杜山さん。さっきはありがとう。」
「えっ!?ど、どうして?」
「どうしてって…さっき、杜山さんが、頑張ってくれたから、みんなこうして無事な訳だし…だから、ありがとう。って変…だったかな?」

純粋な疑問をぶつければ、杜山はそれはもう泣きそうなぐらい嬉しそうな顔をしていた。
ほっこりした雰囲気の中、今日は解散となった。
合宿も終了で私は久しぶりに自室に帰れることを少しばかり、喜んだ。

「ゆ、結崎さん!!!」
「え?」

廊下に出たところで声をかけられれば、くるっと後ろを振り向いた。そこには、もうこれでもかと言うほど顔を真っ赤に染め上げた杜山さんの姿があった。首をかしげて次の言葉を待ってみれば、すうっと大きく息を吸ったかと思えば、そのままの勢いで私に言った。

「わ、私と!お友達になってくれませんか!!」

唐突なその言葉に、圧倒されてポカンとした様子で見つめ直せば、彼女はもうオーバーヒート寸前。

「うん。いいよ。私も杜山さんと友達になりたいな?」
「〜〜〜!!!ほ、本当?私とお友達になってくれるの?」
「う、うん。大丈夫?顔真っ赤だよ?」

もう、泣きそうな顔をしながら喜ばれるとむしろ心配になってくるのだが大丈夫だろうか。
しかし、そこまで喜んでくれるとやはり嬉しいもので私もニッコリと笑い返す。

「しえみちゃんって呼んでいい?」

その彼女に問えば、頭が痛くなるのではと思うほど勢いよく頭を縦に振った。

「うん!うん!いいよ!」
「よかった。じゃあ、私のことも名前で呼んで?私だけなのは不公平だなー?」
「えっ!?あ、えっと、伊織…ちゃん?」
「うん。よろしくねしえみちゃん。」

少しだけにやりと笑って言えば、ワタワタと慌てふためく姿が何となく悪戯心を刺激してくるが、なんとか抑えて、かわいいなぁなんて思ってみたりする。
そして、手を差し出せばまたあたふたと慌てふためきながら、ぎゅっと握り返してくれた。
お互い顔を見合わせて、ニッコリと笑った。

「じゃあ、また明日ね。」
「うん!また明日!!!」

お互い手を振りあって、それぞれ帰路に付く。上を向けばそれはもう、綺麗な夜空が視界いっぱいに広がっていた。

次の日。理事長よって何故か盛大に発表された全員昇格の知らせに、全員が安堵しまた、喜びの声をあげた。
そのお祝いにともんじゃをご馳走してくださるらしい。焼肉やもう少し豪華なものでないところは少し残念だが、それでも皆、それに行くことにに異議を唱えるものはいなかった。

駄菓子屋に付けば、皆適当な位置に座った。

「おいしそー!」

目の前で焼かれていくもんじゃ焼に思わず感嘆の声が漏れた。私はしえみちゃんの正面に座り、左隣には勝呂くんが座っていた。

「伊織ちゃん。もんじゃ好きなん?」
「ううん。食べたことないから楽しみなのー!」

うわぁあ!ときっとキラキラとしているであろう目で鉄板の方を見つめれば、京都3人組から意外そうな声が上がった。

「え?食べたことないんですか?結崎さんこっちの方に住んでたんですよね?」
「伊織ちゃん食べたことなかったんや。」
「こっちのもんはみんな食べたことあるんやと思っとったわ。」
「え、えー?そんなに意外かな?」

そこまで驚かれるとは思っておらず、私も逆に驚いてしまった。
しかし、また燐の手によって焼かれていくもんじゃに視線を移す。

「燐、上手いね。」
「ん?ああ、料理は得意だからな。」
「へー!楽しみだなぁ。」
「もうちょっと待ってろよ。もう少しだからな。」
「うん!」

そう言って、笑えば燐もまた笑顔を向けてくれた。
まだかまだかと、浮かれていれば、雪男くんが来て私の右隣に座った。

「雪男くんおかえり。もう話は終わったの?」
「ええ。」
「そっか。もんじゃ楽しみだね。」
「結崎さん。楽しそうですね?少し前は悩み事でもある様でしたがもう大丈夫ですか?」

そう聞かれれば、ふと少し前のことを思い出した。
廊下で声をかけられた時だ。あの時、きっと雪男くんは私を心配してくれたのだと思う。あの時は、そのまま逃げてしまったが、もうそれも吹っ切れている。それに笑顔を携えて答える。

「この間は、途中で行っちゃってごめんね。もう大丈夫だよ。」

えへへ、と笑えば雪男くんも安心したように笑った。

「そうですか。それは良かったです。」
「雪男くん。心配してくれてありがとう。」

「そろそろええやろ。うおーうまっそーいただきまーす!」
「食べていいの?」
「おう!もういいぞ!」
「やった!」

志摩くんのそれを合図として皆、食べ始め、それに反応して外からかけてきた理事長も参加し始めた。
和気あいあいとした雰囲気に皆が楽しそうに過ごしているのが、私自身もとても楽しかった。

パクッともんじゃを口に含めば、その味が広がった。

「おいしい〜。」

片手を頬に当てて、そう言えばもっと食えと、燐もどんどんと勧めてくれる。それに応じて、どんどんと食べ勧める。周りを見てもみんな楽しそうである。
その後候補生昇格を祝う祝賀会はその楽しい雰囲気のまま解散を迎えたのだった。


prevnext

[back]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -