「ふぁあ〜」
窓からの日差しを浴びて、起き上がる。キラキラと輝く朝日とは対照的に、私の心は暗く沈んでいた。
昨日のあの事件のあと、朴さんは部屋に運ばれ今も寝込んでいる。
思い体を持ち上げて、立ち上がれば身支度を整え部屋を出た。
「結崎さん?」
ふらふらと歩いていれば、後ろから声をかけられて、くるっと後ろを向いた。
そこに立っていたのは既にきっちりと身支度を整えた雪男くんの姿だった。
「あ、おはよう。雪男くん。」
「おはようございます。」
笑いかけてそういえば、雪男くんは少し眉を顰めて私を見下ろしていた。
「結崎さん。疲れてますか?」
「へ?…あ、う、うん。すこしだけ……。」
「そうですか。これからも大変でしょうが、体調には気をつけてくださいね?」
「うん。ありがとう。」
そう言って、笑えばまた今度は寂しそうな顔をして私を見ていた。
「結崎さん…もし…何か悩んでいるのなら…」
そこまで聞いて、私は弾かれたようにパッと顔の前で手を振って、笑った。
「ち、違う違う。悩んでるなんて、そんな事ないよ?じゃあ、私行くね!」
そう言って駆け出せば、あっ、と言う声が聞こえた。角を曲がると、足は徐々に止まり始め、そして遂に動きを止めた。
「……皆に迷惑だけは…かけなくないから……。」
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一方結崎を、見送った雪男は伸ばしていた手をパタリと落とせばまた悲しそうな顔で自らの足を見つめた。
振り払われるのが怖くて、踏み出せなかった…。
僕は、君に助けられたのに、僕は、君を助けることが………。
「伊織さん…」
あんな、辛そうな顔で笑わないでくれ…。
その視線は彼女の消えた方へと向いていた。
「この魔法円の抜けている部分を前に出て描いてもらう…神木」
私がまだ、もやもやを抱える中、他にも悩みを抱えた者がいた。神木さんである。
そちらに視線を向ければ、いつもあった二つの後ろ姿が今では一つだ。
いつも一緒にいた朴さんが、祓魔塾を辞めてしまったのだ。
「神木!」
「!!あ…すみません聞いてませんでした…」
「どうした、お前らしくもない…」
大丈夫かな…神木さん……。
「では、結崎。」
「あ、はい…。」
ゆっくりと立ち上がって前まで来れば、チョークを手に取った。
「…えっと…」
朧気な記憶を頼りにゆっくりと書き進めていく。
1通り書き終えて、チョークを置けば、それを一瞥して、ネイガウス先生は私も一瞥して言った。
「正解だ。戻っていいぞ。」
「はい!」
あっていて良かった…。
ほっと一息つけば、教壇を降りる。
ふと、目が合った杜山さんは、私にキラキラとした顔を向けていた。
こてん、と首を傾げればハッとしたように下を向いてしまった。
スタスタと席につくと私はまた思考の海に沈んだ……。
その次は聖書:教典暗唱術の時間だ。
私はこの時間があまり好きではなかった。ほかの授業はともかく、この時間だけは得意ではないのだ。
成績はなんとか保って入るものの、もう何十章にも及ぶ教典を暗記するなんて、無茶振りを平気で吹っかけてくる授業なのだから仕方がない。
そして、これが基礎だと思うとまた、意識が飛びそうだった。
そして、現在私は例のことも相まって、もう表に意識を残すので精一杯なのであった。
「大半の悪魔は"致死説"という死の理…必ず死に至る言や文節を持っているでごザーマス。詠唱騎士は致死説を掌握しえいしょうするぷろかなんでごザーマスのヨ!では、宿題に出した"詩篇の第30篇"を暗唱してもらうでごザーマス!神木さんお願いするでごザーマス」
「はい!"…神よ我汝をあがめん汝…我をおこして……我のこと"……」
「ザーマス?」
「あ…あの…忘れました。」
いつもなら答えられるであろうものを答えられなかった神木さんに先生は驚き、代わりにと勝呂くんを指名した。
「"…神よ我汝をあがめん汝我をおこして我が仇の我のことによりて喜ぶをゆるし給わざればなり我が神よ我汝によばわれば汝我をいやし給えり"」
隣の列にいる彼からスラスラと紡がれるそれに私は唖然とした。
ぽかんと空いた口はさぞ私の顔を間抜けなものにしているに違いない。しかし、今はそのような事は気にもならないほど驚愕していた。
「"…我ひたすら神に願えり我 墓に下らば我が血なにの益あらん塵は…""…黙すことなからんためなり""我が神よ我永遠に汝に感謝せん"」
一つも詰まりなく言い切った彼に思わず手を叩く。
「素晴らしいでごザーマス勝呂サン!完璧でごザマス」
「スゲー!!お前本当に頭良かったんだな!」
「本当にって何や!?」
「すごいねえ勝呂くん!びっくりしちゃった」
たちまち教室には賞賛の声が響いた。
私も、彼に憧れの眼差しを向けざる負えなかった。
「いやいや、惚れたらあかんえ?ええけど」
「てか坊やなくおれにしときやさしくするし
」
「坊のは頭いい違おて暗記が得意なんですよね」
「コラ子猫丸?それ つまり頭いいゆうことやろ?しばかれたいんか?」
「あ、はい」
「暗記って何かコツあるの?」
「あーコツ?コツか〜」
ただただ、ほのぼのとした空気に少し私の心は癒されていた。
いいな、こういう雰囲気。ちょっと安心したかも…。いままで、悩み続けたことが一瞬でも頭から離れてくれたことが何よりも楽だった。
「暗記なんてただの付け焼き刃じゃない!」
しかし、そんな雰囲気もその一言で一変した。
「あ?…何か言うたかコラ」
「坊…」
「暗記なんて…学力ないって言ったのよ!」
「はぁ?四行も覚えられん奴にいわれたないわ」
「まぁまぁ神木さんはクラスでトップの秀才ですよ?今日はたまたま調子悪かったんですよ」
二人の険悪な雰囲気を、どうにか収めようと声が掛かるも、一度始まってしまったものに終わりを迎えさせることは極めて困難だった。
「あ、あたしは覚えられないんじゃない!おぼえないのよ!詠唱騎士なんて…詠唱中は無防備だから班にお守りしてもらわなきゃならないしただのお荷物じゃない!」
そのことがついに頭に来たのか、勝呂くんは立ち上がり前へと出る。
「なんやとお…!?詠唱騎士目指しとる人に向かってなんや!」
「坊!」
止めに入るも聞く耳を持たず、言い合いは続く。
「なによ!暴力で解決?コッワ〜イさすがゴリラ顔ね!殴りたきゃホラ、殴りなさいよ!」
「やめなよ!落ち着いて二人共!」
わたしも流石に立ち上がって言うがもうどちらの耳にも届いてはおらず全く聞き入れられない。
「〜〜!!!…だいたい俺はお前気にくわへんねや!人の夢笑うな!!」
もう、何ふり構っていられなくなり、勝呂くんに駆け寄ろうとして、パッと目の前に手が出て、止められた。その手の正体は志摩くんで、危ないからと私をその場に留めさせた。
「ああ…あの「サタンを倒す」ってやつ?…はッあんな冗談笑う以外にどうしろってのよ!」
どんどんヒートアップする言い合い。
私はオロオロとしながらただただ見ている事しか出来ない歯痒さに唇を噛んだ。
「じゃあ何やお前は…何が目的で祓魔師なりたいんや…あ?言うてみ!!」
「目的…?…あたしは他人に目的を話したことはないの!あんたみたいな目立ちたがりと違ってね!」
「この…」
「あっ」
神木さんの言った言葉を皮切りに、勝呂くんはついに神木さんに掴みかかってしまった。
しかし、それに咄嗟に手を出した神木さんだったがそれは勝呂くんではなく、燐に当たってしまうのだった。
そんな状況を運悪く雪男くんに目撃されてしまったのだった。
そして、そのまま授業を終えれば、罰が待っていたのだ。
「皆さん少しは反省しましたか」
「な…なんで俺らまで」
その罰というのも、膝の上に囀石と呼ばれる石に憑依する悪魔を正座した足の上に置くというものだった。そしてこの悪魔、タチの悪いことにどんどん重くなるのである。
並ばされた私達は誰もがその重さに始まってすぐに限界が見えていた。
私は志摩くんと杜山さんの間にいるが、両者ともとても辛そうである。
「連帯責任ってやつです。この合宿の目的は学力強化ともう一つ"塾生同士の交友を深める"っていうのもあるんですよ」
「こんな奴らと馴れ合うなんてゴメンよ…!」
「馴れ合って貰わなければ困る。祓魔師は1人では戦えない!お互いの特性を活かし欠点は補い2人以上班で戦うのが基本です。実践になれば戦闘中の仲間割れはこんな罰とは比べものにならない連帯責任を負わされることになる。そこをよく考えてください。」
その言葉を聞いて、皆、特に神木さんと勝呂くんはすこし頭に登った血が収まったようだった。
ほっとしたのもつかの間、次の言葉に私を含め全員が驚愕した。
「…では僕は今から3時間ほど小さな任務で外します…ですが、昨日の屍(グール)の件もあるので念のためこの寮全ての外に繋がる出入口を施錠し強力な魔除けを施しておきます。」
「施錠って…俺ら外にどうやって出るんスか?」
「出る必要ない。僕が戻るまで3時間皆で仲良く頭を冷やしてください。」
ニッコリといい笑顔を浮かべて出ていく雪男くん。それにもう、全員が軽く絶望したような表情を浮かべていた。
「3時間…!鬼か…!?」
「う…」
「足…痛……くなくなってきた…」
「え、大丈夫なん伊織ちゃん。」
「なんかモワモワしてきた……。」
「あー…それ…後で絶対…立てやんやつやな…後で、手ぇ貸したろかー?」
「こんな時まで…ブレないね…志摩くん…辛くない?……」
この、絶望的な状況の中でも軽口を叩く彼に問えば、ピクリと口角が動くのが見えて、あ、空元気か、とふっと笑って見せた。
「もう限界や…お前とあの先生ほんまに血ィつなごうとうるか」
「…ほ…本当はいいやつなんだ…きっとそうだ」
そう答える燐に同意したいが、この状況ではもうあの最後の笑みですら恐ろしく思えた私には何も言えまい。
「つーか、誰かさんのせいでエラいめぇや」
「は?あんただってあたしの胸ぐら掴んだでしょ!?」
「頭冷やせいわれたばっかやのに…」
「先にケンカ売って来たんはそっちやろ!」
「…また微妙に俺を挟んでケンカするな!」
またも始まった言い合いは、またもや燐に被害を及ぼしつつも行われていた。
「…ほんま性格悪い女やな」
「フン! そんなの自覚済みよそれが何!?」
「そんなんやと周りの人間逃げてくえ」
「……!!」
いきなりふっと明かりが消え辺りが真っ暗になる。
それに、みんな慌てたような声を上げるが、真っ暗闇では誰がどこにいるかもわからない。
「ぎゃああ」
「あだっちょ…どこ…」
騒ぎ立てる中パッと灯った光によってやっと、あたりが少し見ることが出来た。
志摩くんの携帯から放たれる光に全員が携帯を取り出せば先程よりは明るくなる。
「あ…あの先生電気まで決して行きはったんか!?」
「まさかそんな…」
「停電!?」
「いや、窓の外は明かりがついてる」
「どういうこと!?」
「停電はこの建物だけってことか?」
この状況に焦りを隠せず全員がワタワタとしている。
そんな中志摩くんは廊下に向かおうとしていた。
「志摩さん気ィつけてナ」
「フフフ俺こういうハプニングワクワクする性質(タチ)なんやよ。リアル肝試し……」
「っ!?」
呑気な声で言っていた志摩くんだったがその扉の向こうに待ち構えていたものを見て、何事も無かったかのように扉を閉めたが、私は見えてしまったものに徐々に口の端がピクピクとしだすのを感じる。
「…なんやろ目ェ悪なったかな…」
「現実や現実!!!!」
バギァ
とてつもない轟音とともに扉が破壊されれば志摩くんも慌ててこちらへと戻ってくる。
「昨日の屍!!」
「ヒィィ魔除け張ったんやなかったん!?」
「てか…足しびれて動けな…」
唸るその屍は確かに昨日のものとよく似ていた。
それは突如としてその体の一部を膨張させ、そして、勢いよく破裂させた。
ボンッ
「うっ!」
「ひ」
そこから放出された液体は容赦なく私達は全員にかかってしまう。
「二ーちゃん…!ウナウナくんを出せる」
「に"〜!!」
そんな中でも冷静に対処したのが杜山さんである。
使い魔に指令を出せば、その小さな体からメキメキと木が伸びてあっという間に屍を壁へと追いやった。
ホッとしてみんなが感心していたのもつかの間、突如として、周りのみんなが順に咳き込み床に膝をつき始めた。
私も徐々に体が熱を持つのを感じる。
息が苦しくなるがなんとか両足で体を支えた。
「けほっ…っ。」
息をするのも苦しくて、目の前がぼんやりとする。
他のみんなは同じかもしくは私よりもひどいように見えた。
「え…みんなどうした?」
そんな中でもピンピンしているのは燐であった。
全く何が起きたのか理解しておらず、焦ったように問いかける。
「さっきはじけた屍の体液被ったせいだわ…あんた…平気なの!?」
「なんとか…杜山さんのおかげで助かったけど…杜山さんの体力尽きたらこの木のバリケードも消える…そうなったら最後や」
この絶体絶命な状況の中業を煮やした燐はじっと屍を見つけたかと思えば、自分が囮になると言って、皆の静止を振り切り行ってしまった。
「…なんて奴や。」
「結局1匹残ってますけどね!!」
志摩くんと勝呂くんは未だ好転しない状況に、切羽詰まっていた。
私も何かしなければと思い、ハッと思い出した。
ポケットを探れば、それは使い魔召喚のための魔法円の紙である。
それを掴み、取り出そうとした時躊躇してしまった。
ほんとに呼び出して大丈夫なのか?もし呼び出して何の役にも立たなかったら?そう思えば思うほど呼び出すのが怖くなった…。
そして、同時にあのトラ猫の言葉を思い出した。
『しかし…少しでも隙を見せたら、その時は覚悟しておけ』
こんな、不安定な状況で、呼び出せるはずがない。
その事実に気づいてしまえば、悔しくて唇を噛むと少し鉄の味がした。
「詠唱で倒す!」
そういったのは、勝呂くんだった。
「坊…でも、アイツの致死説知らんでしょ!?」
「…知らんけど、屍系の悪魔は"ヨハネ伝福音書"に致死説が集中しとる俺はもう丸暗記しとるから…全部詠唱すればどっかに当たるやろ!」
「全部?20章以上ありますよ!?」
「…21章です…」
「子猫さん!」
「僕は1章から10章までは暗記してます…手伝わせて下さい」
「子猫丸!頼むわ…!!」
「ちょっと待ちなさいよ!詠唱始めたら集中的に狙われるわよ」
「言うてる場合か!女こないなになっとって男がボケェーッとしとられへんやろ!」
「さすが坊…!男やわ。じゃあ俺は全く覚えとらんのでいざとなったら援護します」
「志摩!仕込んどったんか!」
「無謀よ!!」
「さっきまで気ィ強いことばっか言っとったくせに…いざとなったら逃げ腰か戦わんのやったら引っ込んどけ」
眼前で繰り広げられるその会話に私は、どうしても参加出来なかった。
皆がどうにかしようとしているのは目の前にいるのだからよく分かっていた。詠唱に移ろうとするふたりに、錫杖を組み立てた志摩くん。神木さんは反対していたが…。
なぜならこの窮地に陥ってやっと気がついた。
怖い、屍だけじゃない。私は祓魔師になろうとしても、結局何も変われず怖がっていたのだとようやく気づいたのだ。使えるかわからない物を呼び出すのが怖い。足でまといになるのが怖い。役立たずだと思われるのが怖い。そして、まず立ち向かうことが怖かったのだ。
気づいてしまえばなんと情けないことだ。何が自分の身が守りたいから祓魔師を目指すだ。それすら出来ないところで立ち止まっているではないか。
「"太初に言ありき!"」
「"此に病める者あり…!!"」
二人の詠唱が始まった。
先程から一言も話さない私に気がついたのか前方に気を向けつつ、私に近づいたのは志摩くん。
「伊織ちゃん。大丈夫なん?怖かったら下がっとき。俺らで何とかするで。」
そう言ってポンッと頭に手を置いてまた、戻って言った。三輪くんも勝呂くんもちらりとこちらを見てまた詠唱に集中しだした。
完全に的を射たその言葉は、私の心に深く抉った様な痛みを発した。
詠唱が始まって時間が経つが、未だ致死説には辿り着けずにいる。三輪君の詠唱は完全に10章にたどり着き、勝呂くんも、最後の章に入っていた。
しかし、無常にもいままで、屍の進行を妨げていたバリケードが、消滅してしまったのだ。
目の前で倒れる杜山さん。そして、懸命に戦う志摩くんの姿が目に映る。
私は…いったい何をやっているの…。
朴さんの時に散々後悔したじゃない。また繰り返すの?あの、どうしようもない罪悪感と後悔を……。
嫌だ…
鉄の味が口の中に広がるのを感じつつ、私はただただそう思った。
足で纏いになるのが怖い?今、現在の私は何だ!!!!
呼び出すのが怖い?そんなの迷っているからでしょ!!!
役立たずだと思われるのが怖い?だったら……
「だったら!やるしかないじゃない!!」
立ち向かうのが怖いなら。それを塗りつぶすほどの決意と勇気を……。
私は、ここにいる仲間を守る。もう後悔しないように。自分の恐怖に打ち勝つために。
ゆっくりと立ち上がって、深く深呼吸すれば真っ直ぐに前を見た。そして、ポケットから紙を取り出し、親指で唇を撫でると、それをその紙に押し付ける。
「"西を守護せし霊獣よ、その姿ここに顕現せよ!急急如律令!!"」
数日ぶりのその衝撃に少し目を細めた。
そして、現れるのは前回とさほど変わらぬ猫にしては少し大きなトラ猫。
その後ろ姿はやはり凛々しい。
「ふっ、あのまま呼び出しておったら首を噛みちぎってやれたものを………。まぁよい。お主のその潔さ、気に入った!!!何が望みだ?」
「みんなを守って!」
「了解した。だが、今のお主はただでさえ、体力の限界だ。どーなっても私は知らんからな。」
「私のことは気にしなくていいから。お願い!」
その言葉と共にそれは、屍の方へと駆け出した。
私にはまだ彼をどうやって使えばいいのか分からない。だから、私の体力をあるだけ使って、彼に頼るしかない。それでもいい。今は、それでも。 これから強くなればいい。怖くてもいいから、一歩進むだけの小さな勇気が。希望があればいい。私にとってのそれは仲間だから。
勝呂くんの前に立つと、私は使い魔の彼をじっと見つめた。
彼自身、人間と会話できるほどの知能を持った悪魔だ。志摩くんの動きを見てしっかり連携してくれている。命令は仲間を守れの大まかなものなのにそれに従ってくれることに感謝した。
「ゆ、結崎さん大丈夫なんですか!?結崎さんも屍の体液被ってだいぶ、体力削られとるんと違うんですか?」
そう言って後ろから声をかけるのは三輪くん。それに振り向かずに答える。
「大丈夫。まだ大丈夫だよ。皆が頑張ってるのに私だけ後ろで守られるなんて、嫌だから。」
大丈夫。まだ大丈夫。
絶対時間を稼ぐから…。
使い魔はその体の大きさでやれるだけの事をやっている。見ている限りでは彼は物理攻撃、及び風を操るようである。
ただただ、戦闘の成り行きを見ていれば、徐々に体力が、減ってくるのが分かる。
こんな状態になりながら、杜山さんは私たちのために頑張ってくれたのか…。
徐々に立っているのも辛くなる。
「おい。お主もう。この辺りでやめておけ!」
そう叫ぶ使い魔に私はすぐに言い返す。
「気にしなくていい。搾れるだけ搾り取ってもかまわないから!」
「本当に知らんからな!」
ついに床に膝をつくが、それでもまだ耐え続ける。
すると、志摩くんの錫杖が横に飛ばされるのが目に入ると、詠唱中の勝呂くんに標的を変えた屍が、来るのが見えた。しかし、体力の減った体では避けることも出来ず、横に薙ぎ払われた。
「ぐっ!……っ」
「伊織ちゃん!!」
「結崎さん!!」
そのまま勢いよく壁に叩きつけられる。
その衝撃で、一瞬呼吸が出来なくなるが、痛みに耐えつつ、起き上がった。
しかし、がくりと足の力が抜け、床にペタンと、座り込んでしまう。
「"稲荷神に恐み恐み白…為す所の願いとして成就せずということなし!"」
聞こえてきたその呼びかけは、まさしく神木さんで、2匹の白狐が召喚される。
しかし、反抗的なその使い魔に一言言い放った。
「あたしに従え!!」
「ヒッ」
「行くわよ!」
少し怯えたような表情を見せた2匹だったが素直に従う。
「"ふるえゆらゆらとふるえ…靈の祓!!!!"」
それを合図に2匹の白狐は屍の周りを飛び回った。
「神木さん!!」
「やった…!?」
その光景に思わず声を出す志摩くんと、三輪くん。
勝呂くんは未だ詠唱を続けている。
しかし、ボロボロになりながらもその屍は倒れることなく立ち上がると、勝呂くんの頭を掴みかかった。
「坊!!」
「す…ぐろくん!」
パッ
その時だった。
消えていた部屋の明かりがついたのは。
それによって動きの鈍くなった屍を睨みつけた勝呂くんはつかみ挙げられつつ続けた。
「"…その録す(シル)ところの書を載するに""耐えざらん!!!"」
それを言い切ったところで、屍は破裂するように消滅した。
「坊!」
すぐさま三輪くんの駆け寄る姿を見て、私もホッと一安心である。
するとトコトコと近寄ってくる影がひとつ。例の使い魔。トラ猫である。
「どうだ?」
「たおれ…そうです」
「だろうな。…一度休んだらもう一度呼び出せ。」
そうして、その使い魔は消えていった。
スッとみんなに視線を戻せば、勝呂くんが永遠と死ぬ死ぬ呟いてるのを見て、ふっと笑ってしまった。
「おい!…ぶ、無事?」
なんとか乗り切った中、燐が、少しの傷を作っただけで戻ってきたのを、まるで恐ろしいものを見るかのような目で、そこにいた全員が彼を見ていた。
「お、おおおま…もう1匹は…」
「え…ああ倒した!お前らも倒したのか?スゲーじゃ、え?」
その言葉に、私は言葉が出ずにいたが、その言葉に勝呂くんは燐ラリアットを食らわせた。
「なん…なんなんやお前なんて奴や!!!!死にたいんかー!!!?俺は死ぬとこやったわ!」
もう、それは軽く怒りを乗せて、放たれておりまともにくらった彼頭から吹っ飛んでいた。
もう、こらえ切れずふっと吹き出した。
ああ…。良かった皆を守れた。私はただただ安心してほっと一息ついていた時、扉から雪男くんとネイガウス先生が現れたのだった。