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彼をミッヒと呼ぶのは、ウォートランでは今のところブッチョとターナーとオデッサしかいない。

ブッチョとターナーは、警戒心を持たせずに人と接することが出来る生来の気安さによって、そしてオデッサは同国人同士というささやかな親近感ゆえだろうか。

とにかくこの三人を除くとーもちろんクーパーすらもーハーネマンを馴れ馴れしくファーストネームで呼ぶことについては、断固とした拒否を示されていた。

だが、このバリトンの声の持ち主は、なんの遠慮もなくミッヒと呼んでいる!
クーパーは怒りを込めた目で振り返った。

するとどうだろう、自分の頭の上を通り越しハーネマンに熱い視線を注いでいるのは、年の頃は40過ぎだろうか、燃えるような赤毛頭をスクウェア型に刈り込んだひげ面の大男。

いや、大男とはいっても身長はクーパーよりも拳ひとつ分ほど高いだけだから、ブッチョほどの巨漢というわけではない。

だが、鍛え上げられてくっきりとカットの入った筋肉と、荒々しい原野のような雰囲気のせいだろうか、その姿は実物よりもはるかに大きく獰猛に見える。

本人も自分のセールスポイントを知ってか知らずか、古いハリウッド映画に出てくるローマの剣闘士のような素晴らしい肉体を際だたせる、ボディアーマーのぴったりした黒いTシャツに大きな銀のバックルの付いたベルト、そして黒いジーンズというワイルドないでたち。

加えて、シャツの襟回りや袖からのぞく胸元や腕は、頭髪と同じく燃えるような赤毛の体毛に覆われて、ヒトというよりはむしろクマ族の首領と呼んだ方がふさわしい。

それはまるで、一般人が「特殊部隊」と聞いてまっさきに思い浮かべそうな、両肩から給弾ベルトをたすきがけにして、テロリストのアジトに単身殴り込みをかける、アクション映画のヒーロー。
もしくはヒストリーチャンネルで見たことがある、CGで甦った古代のヴァイキング像そのものだ。

男は不審げなクーパーの存在を空気のように無視して、空いた椅子にどっかと腰掛けると、さも懐かしそうに身を乗り出してハーネマンに話しかけた。

「元気してたかミッヒ?
お前がウォートランにいるって聞いてはるばる来たんだぜ、っていうのは冗談で...いや半分ホントだがな...
どうだい、馴染めてるのか?お前みたいな武闘派がこんなヌルいとこでさあ」

だが、全身で再会の喜びを表現するヴァイキングに対して、ハーネマンは相変わらず眉間に皺を寄せ、固く唇を閉ざしたまま。

いや、横から見ていると、綺麗なスキンヘッドの中では必死に記憶の糸がたぐられていることが見て取れたが、どうかこのまま思い出さないでいてくれ、とクーパーは願う。

「おいおい頼むぜ...ミッヒ、ミッヒ、ミッヒよお!」

一方、綺麗さっぱり記憶から消去されたらしいタフガイからは、頑健な容貌には似つかわしくない情けない声が上がった。

「あんだけよろしくやっといてそりゃねえだろ?ホンマに忘れちまったのかい?」
「...ああ、誠に申し訳ないが...分からん」
あっさり謝るハーネマン。

「ほら、アフガニスタンで一緒だったじゃねえか」
「......?」
「ほら、カブールでだよ、あのクソ熱くてクソ寒い街!」
「......?」
「ワジリスタンのアジトの掃討作戦とか『イブラヒムの道』のアレとか...なあ、マジで分かんねえのか?」
「...わりぃ、覚えてねえな」

「クソッ!信じられねえ奴!けどこれ見りゃ分かるだろ?」

男はホルダーからハンドガンを抜き出してゴトン、とテーブルの上に置いた。
その途端、夢の中で手探りしていたかのようなハーネマンの顔に生気が戻る。

「ワルサーP5...カブール...ああ!分かった!おフランス野郎のアンリか!」
「そうだ、やっと思い出してくれたか!」
ヴァイキングは満面を歓喜に輝かせ、戦友に抱きつかんばかり。

「男の顔は忘れても銃の顔は覚えてるたぁ、まったくヒデェ奴だわ。ガハハハハ」
「何年ぶりになるかなあ、7,8年は経ってるかな。どうだ?他の奴らは。まだ生きてんのか?」とハーネマンも珍しく興奮を隠そうとはしない。

「生きてる奴もいりゃ生きてない奴もいるがな。まぁ天使様に会うのが早いか遅いかのちょっとした違いさ」
「ああ、アフガニスタンか、懐かしいな。あそこには時々猛烈に帰りたくなる」

思い出話に花を咲かせる男たちに、独り置いてけぼりにされたまま、しばらくはじっと我慢していたクーパーだったが、ついにたまりかねて口を挟んだ。

「あのさ、アンタが一体どこのどなたか存じ上げないんですけどね、失礼にもほどがあるんじゃないスか?」

同時に、今初めて青年の存在に気付いたとでも言いたげに振り返った赤毛男。

「俺か?名前か?アンリ・ゲンズブール少佐だ。GIGN(仏国家憲兵隊介入部隊)から6ヶ月間の派遣命令を受けて着任したばかりだが」

「失礼しました、少佐殿」
クーパーはさっと椅子から立ちあがると形ばかりの敬礼をしてみせる。
「ロメオ・クーパー伍長です」

「ああ、君があのクーパー君か」
男はごわごわしたヒゲに覆われた顎をなでながら、興味なさそうに言った。

「噂には聞いてるぞ、機甲科の天才児だってな。そのアクセントからするとなんだ、あれか?スコットランドヤード出身か?」

ポリス呼ばわりされたクーパーは思わずグッと息を呑み込んだが、怒りを抑えて静かに言った。

「お言葉を返すようで誠に申し訳ありませんが、私は軍人であって警官ではありません。英陸軍特殊空挺部隊から派遣されました」

男はひゅーっ、と口笛を吹くとさも愉快そうに肩をすくめてみせる。
「へええ、SASだとはね!優男と見えて意外とやるんだな」

そこまで言うと、お前の出番は終わったとばかりに、くるりと背を向けてハーネマンの手を取る赤毛。
「お前、趣味変わったのか?あんまいい趣味とは思えんが」

一方、ハーネマンはといえば、人前で体に触られたことにかなり気を悪くしたらしい。
重ねられた大きな手をさも嫌そうに払いのけながら言った。

「懐かしいのはやまやまだが、馴れ馴れしく触らないでくれ。俺はアンタの男めかけになった覚えはないぜ」

「ふん、相変わらずだな。その冷たさにはシビれるがねえ」と言うや男はガタン、と音を立てて椅子から立ち上がり、クーパーに向き直ると舌なめずりをする虎のように目を細めて言った。
「まぁ、お前さんも苦労するがいいさ、こん畜生とのお付き合いでよ。取りあえず幸運を祈ってるぜ、天才児クーパー君」

そして腰をかがめるとハーネマンに何かを耳打ちする。その刹那、さっと赤みがさした白磁の顔。
それはほんの一瞬の出来事ではあったが、目ざといクーパーは見逃さなかった。

「じゃ、またな、ベルリンドール」

赤毛男は右手を挙げてひらひらさせると、現れた時と同じくらいの素早さで歩み去り、あとにはなんともいえず居心地の悪い空気だけが残された。

<3>につづく

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