bookシリーズ | ナノ


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その後キャンプ場へ戻ってきた時には、二人ともすっかり精気が抜けきっていた。

帰りがけに管理棟から色々な器具を借りてきたので、後は調理に取り掛かればいいだけなのだが、何しろやる気が起きない。


「土方さん」

「ん?」

「疲れました」

「っんなこたぁ言われなくても分かってんだよ!」


しかしこのままでは食事にありつけないわけで。

いつまでも休んでいるわけにもいかず、二人は重い腰を上げ、調理場へ向かった。


「僕サイダー冷やしてきますね」


言いながら沖田は河原へ向かう。


「んじゃ俺は火起こしでも……」


言ったはいいが、何しろ正しいやり方がわからない。

土方は頭をがしがしとかきむしった。


「適当に紙でも燃やせばいいか…」


土方は荷物の底から新聞紙を取り出すと、ライターで火をつけ、石の釜戸の中に放り込んだ。

その上に、無造作に薪をくべていくと、何故か折角ついていた火が消えていく。


「あ?何で消えんだよ………」


ぶつくさ呟きながら薪を弄っていると、サイダーを冷やしに行った沖田が帰ってきた。


「……土方さん、何してるんですか」


半ば呆れたように言われて、土方は思わずむっとした。


「何って、見りゃ分かるだろ。火を起こしてんだよ」

「僕には灰を掻いてるようにしか見えないんですけど」


代わってくださいと言われて、土方は渋々その場を退いた。


「土方さんはお米といだりしててくださいよ」

「お、おう……」


米を水に漬けながら、土方は沖田が気になってちらちらと眺めてみた。

すると沖田は器用に薪を組み立てて、その下にくしゃくしゃに丸めた新聞を入れ、そこに火を付けたかと思うと、下から団扇で扇ぎだした。


「…お前、団扇なんて持ってきてたのか?」

「当たり前じゃないですか。これなしで火起こしなんてできませんよ」


それに、薪は立体的に組み立てて下から空気が入るようにして、薪自体に火がつくようにしないといつまで経っても燃えないんですよ?

したり顔で説明されて、土方はああそうですかと頷くしかない。


「……とは言っても、全部雑誌の受け売りなんですけどね」


しかし、火は赤い火の粉を飛ばしてパチパチと燃え始めている。

火がつかなければ何も始まらないわけだし、よくやったと、土方は密かに沖田に感謝した。

それから飯盒に米をいれて火にかけると、野菜は僕が切るから土方さんは火の調節をしててください、と沖田に言われた通り、土方は燃え盛る薪の前に陣取って、団扇でぱたぱたと風を送っていた。

ったく、調節って言うけどな、コンロでスイッチ捻りゃあ火が大きくなったりする訳じゃねぇんだぞ、と土方は一人ごちる。

何が楽しいんだかさっぱりだ、と思いつつも、やはり沖田のどこか楽しげな顔を見ただけでそんな考えは吹き飛んでしまうのだから自分も相当だ。

それから土方は、沖田が野菜を選り好みしていないかを確認すると、酷く苦労をして缶詰めを開けてやったりして、バーベキューの準備を整えた。

あとはいよいよ、食材を焼いて食べるだけである。


「全く、準備だけでとんだ大仕事だな」


疲れ果てた土方が丸太に腰を下ろしながら言うと、肉を焼こうとしている沖田が振り返ってきた。


「もう、土方さんは分かってないなぁ……大変だからこそ、美味しいなぁって思えるんじゃないですか」

「あぁ……まぁ、そうなんだけどよ…」


珍しく正論を述べる沖田を、土方は珍しそうに眺める。

そこで土方は、沖田が一人で働いていることに気付いた。

休んでいる場合ではない。


「あ、悪い悪い。俺も焼くの手伝う」

「え、いいですよ。土方さんはもう座っててください」

「いや、お前一人じゃ大変だろうし……」

「いえ、土方さんが手伝うと足手纏いにしかならないので結構です」

「ってめぇなぁ……んなこと言ったら、俺だってお前がちゃんと野菜も焼くか見届けてやらねぇと落ち着かねぇんだよ」

「焼きますよ!僕のことどれだけ子供扱いすれば気が済むんですか!」


そこまで言って、沖田はハッとした。

土方に口答えはしないようにしようと決めてここまでやってきたのに。

いくら素直になれないのが定石だとはいえ、これでは本末転倒だ。


「……ごめんなさい。あ、あの、ちょっと言い過ぎました………ちょっとですけど」


沖田にしては素直な謝罪に、土方は驚いて目を丸くした。


「お前………」

「っもういいから、とにかく土方さんは休んでてくださいっ」

「急に何だよ?!何か企んでんのか?」

「ち、違いますよ!人聞きの悪いこと言わないでください!」

「じゃあ何だってんだよ?」

「うぅ〜……それは…」


沖田は何かを言い渋るように、口を閉じたり開いたりした。

土方はそれを訝しげに眺めつつも、沖田から話し始めるのを律儀に待ってやる。


「……ふ、…普段、…お世話になってるから……」

「あん?」

「今日くらい…僕が…ご飯作ろうかなって……………思った、だけで、す」

「……………」


土方はぽかんとして沖田を見た。

いやいや、どこの恋人の台詞だよそれ。

しかも何真っ赤になってんだよ!可愛いじゃねぇか!

……と叫びたいのを、神妙な顔をすることで何とか我慢する。


「いつも僕我が儘だし、今日だって疲れてるのにサイクリングさせちゃいましたし…せっかくキャンプに連れてきてもらったから……いつものお礼できるチャンスかな、とか思ったんですけどね……」


沖田はそこまで言って、ちらりと土方の方に目をやった。

相変わらず固まったまま微動だにしない土方を見て、小さく溜め息を漏らす。

やはり意外すぎた、というところか。

沖田には土方の"我慢しているが故の神妙な顔"が、"単なる呆れかえった顔"に見えたのだ。


「…思いましたけど、やっぱり僕だけだと食材が全部炭になるかもしれないんで、土方さんも………」


沖田が誤魔化して言おうとすると、不意に土方が丸太から立ち上がった。


「ありがとな、総司」


本当はそのまま沖田のことを抱き締めてしまいたい衝動に駆られた土方だったが、ここは山奥とはいえ他に家族連れがたくさんいる公共の場所であって、しかも沖田は恋人でもなんでもない。

すんでのところで踏みとどまると、びっくりしている沖田の頭を軽く撫でてやった。


「今まで俺にそんなこと言ってきた奴はお前だけだな」

「………そうなんですか?」

「あぁ、すっげぇ嬉しい。特に、お前からってのがな」

「土方さん……」

「じゃあ、早速焼いちまうか」

「え、だからそれは僕が……!」

「バーベキューなんざ、一緒にやった方が楽しいだろ?俺は、お前のその気持ちだけで十分だ」

「…土方さん………」


二人して、お互いの顔を見つめ合って。

何だかいい感じの雰囲気になってきた、ちょうどその時だった。

好事魔多し、とはよく言ったものだ。

ぷしゅーっという妙な音がして、沖田と土方は顔を釜戸の方へ向けた。


「「あ………」」


飯盒が、見事に泡を吹いていた。


「あ〜〜!!ちょっと!ご飯が焦げちゃったじゃないですか!どうするんですか!土方さんの所為ですよ!」


慌てて釜戸に駆け寄って、火の中から飯盒を救出してきた沖田が、蓋を開けて素っ頓狂な声を出す。

急に手の平を返したような態度を取る沖田に、土方はひたすら狼狽えた。

数秒前までしおらしくしていたのが嘘のようだ。


「ちょ、おま、何で俺の所為なんだよ!」

「だって、土方さんが大人しく休んでてくれないから!」

「だから、これはその所為だって言うのか?」


土方は真っ黒焦げの炭と化したご飯を見て、ごくりと唾を飲んだ。


「それに、火の管理してたのも土方さんでしょ?!だったら最後まで面倒見てくださいよ!」

「な………」


沖田の隙のない攻撃に、土方は絶句した。

今更それを持ち出されるとは。


「……………」


そうだ。

沖田はそういう奴だった。

少しでも照れるようなことがあると、すぐに攻撃体勢に入ってしまう。

照れくささに耐えられないような奴だった。

なんだかんだでいつもこういう風に収束しちまうんだよな、俺たちは。

土方は一つため息を落とすと、ご飯をどうにか処理するための作業に取りかかった。




*maetoptsugi#




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