bookシリーズ | ナノ


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土沖/子猫パロ



寒い雨の日だった。

僕はダンボール箱の中で雨にぐっしょり濡れながら、丸まって何とかあったかくなろうとしていた。

お母さんと兄弟たちと引き離されて、もう2日くらい。

そして、生まれてからもまだ一週間くらい。

沢山生まれた兄弟の中で僕だけ引き取り手が見つからなかったから、困った飼い主に捨てられちゃったんだ。

どうせなら、もうちょっとあったかくて、雨にも当たらないところに置いてくれればよかったのに。

腹ペコだし寒いんだけど。

最初のうちは誰かに拾ってもらおうと必死で鳴いたりしてたけど、もう鳴く元気もない。

ここ、人通りが少なすぎるよ。

そもそも僕、可愛げがないからね。

だから、僕だけ捨てられる羽目になった上、誰にも拾ってもらえないんだと思う。

僕はダンボールの隅っこで、おっきい毛玉のごとく丸まっていた。


……寒いなぁ。

せめてこの雨が止んでくれたら。


そんなことを思っていたら、不意に雨が止んだ。

あれぇ?と思って足の間からこっそり顔を上げようとしたのに、体が冷え切っていて動かない。


「ん…?何だこれ」


そんな何とも失礼な台詞が聞こえたかと思ったら、ふわりと体が浮かぶ感覚がした。

どうやら片手で持ち上げられたらしい。

頭が揺れるしこんな無防備な格好は本能的に警戒しちゃうんだけど、どこも感覚がなくて、体が全く動かなかった。

多分、この人が傘を差し掛けてくれてるんだろう。

だから雨に当たらない。


「お前……猫か?」


辛うじて薄目を開けると、端正な顔をした男の人が視界に映った。

あれ、僕この人知ってる。
どこかで会ったかな。


「何だ、まだ生まれたてじゃねぇか。誰だよ、捨てやがったのは」


言いながら、その人は覗き込むように顔を近付けてきた。

うん、僕やっぱり知ってるよ、この人。


「よしよし、何とか生きてるな…」


優しく頭を撫でられたかと思ったら、コートの内側に入れられた。

あったかくて、ホッと緊張が緩む。


「もう少し辛抱しろよ?すぐ家に連れて行ってやるからな」


どうやら僕は、死なずに済んだらしい。

足早に歩く男の人の胸の中で、僕は命の危機は去ったことを感じ取った。





「大丈夫か?死んでねぇか?」


マンションについてすぐ、その人は無造作に靴を脱ぎ散らかして部屋に上がると、鞄を放り出して僕をタオルでごしごし拭いてくれた。

それでも僕は震えが止まらなくて、ブルブルと小刻みに震えていた。


「…こんなに冷たくなっちまって、可哀想に」


存外優しい人らしい。

些か荒っぽく感じる手つきも、凍えきった体にはちょうど良いくらいだし、良い人に拾われたと、僕は少しだけ嬉しくなった。

…また、捨てられなければの話だけど。


一通り拭き終わると、その人は僕をタオルに包んでヒーターの前に置いてくれた。

それでやっと震えが収まってくる。


「ちょっと待ってろよ、何か食いもん持ってきてやるからな」


そう言って足早に去っていくその人を、僕は目だけで追った。

これから、この人が僕のことを守ってくれるのかも知れない。

そう思ったら、少しだけ安心できた。





「よしよし、いっぱい食ったな」


口中ミルクまみれになった僕の頭を、その人は人差し指で撫でてくれた。


「みぃー……」


そのまま喉も擽られると、それが心地良くて、僕は思わず恥ずかしい声を出してしまった。


「みゃっ、…っあん!」


クスリと笑ったその人の笑顔がとても綺麗で、僕はついその手に擦り寄る。


「……可愛い奴だな」


可愛いだなんて…初めて聞くそんな言葉に、僕はきょとんと目を見開いた。

すると再びふわっと体を持ち上げられて、僕は思わず足で空を掻く。


「んー……」


顔の高さまで持ち上げられ、じーっと目を覗き込まれる。


「……お前の目、緑色じゃねぇか」

「……みゃー?」

「はは…とんだ偶然だな。茶色い毛並みに、緑の目とは……」

「?」


僕はその人の言うことがよく分からなくて、こてんと首を傾げる。


「よし、今日からお前の家はここだからな、総司」

「……?」


そうじ、って何?

僕は耳慣れない言葉にじっと固まった。


「あぁ…いきなり分かんねぇか。総司ってのは、お前の名前だ。どうだ、いい名前だろ?」


何でそうじなのか分かんない。

だけど、そうじってその人が呼んでくれると、体がぽかぽかする。

名前をつけてもらっただけでも十分嬉しい。


「みぃ〜」


僕は手を伸ばしてその人の頬を引っ掻いた。

本気じゃなかったから傷すらつかなかったけど、その人はくすぐったそうに顔を逸らした。


「はは…気に入ったか?」

「みゃー」

「お前、俺が昔好きだった奴にそっくりだからな。だから、総司だ」


遠い目をして言うその人に、僕は再び首を傾げた。


「…にしても、本当に総司みてぇだな。お前、総司なのか?猫になっちまったのか?」

「みゃあ」


僕はまた前足を伸ばしてその人の頬に触れようとする。

するとその人は少しだけ悲しそうに笑いながら、僕のことを自らの胡座の上に降ろした。


「は……んなわけねぇよな」

「みゃ?」

「あ〜…会いてえなぁ、おい」

「?」

「なぁ、総司、お前今どこにいやがるんだよ」

「みゃあ?」


僕はここにいるじゃないか。

勝手にぶつぶつと独り言を呟いているその人を、僕はきょとんとして見つめていた。

変な人だなー、なんて思いながら。




*maetoptsugi#




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