「土方さん土方さん!見てください!」
そう言って、宗次郎が摘んできたのだというタンポポを見せてきた。
「ふぅーってすると、ふわふわってなるんです」
なるほど、タンポポの種の最大の特徴であろう。
稚拙な言葉ながら、言いたいことはよく伝わってくる。
宗次郎は、その愛らしいほっぺたを思い切り膨らませて、ふぅーと息を吹き掛けた。
途端に、たくさんのタンポポの綿毛が空に飛んでいく。
「うわあ。きれい」
見上げる宗次郎の目が、太陽の光を受けてキラキラ光る。
その時突然、宗次郎がふっと顔を歪めて、長い睫毛をしばたかせ、大きな瞳を潤ませた。
つい、と小さな手を目にやり、猛烈な勢いでごしごし擦る。
「おいおい、そんなに擦ったら目が腫れちまうだろうが」
土方は見兼ねて宗次郎の目に入った綿毛を取ってやる。
そして、生理的な涙を流す宗次郎の頭をぽんぽんと撫でてやった。
「よしよし、痛かったな」
その手を宗次郎が払い除ける。
「よしてください。僕はもう子供じゃありません!」
土方は相手にせず、ただニヤニヤと笑っている。
「まだ十にもならねえ餓鬼だろ……」
その時、舞っていた綿毛が鼻をくすぐり、土方が思い切りくしゃみをした。
「えっくしょい!」
そうなるともう止まらない。
土方は痒さに顔をしかめて、大袈裟なくしゃみを続けた。
「あはは!土方さん面白い」
顔をくしゃくしゃにし、お腹を抱えて笑っている宗次郎にかちんときた土方は、後ろから取っつかまえようと追いかけた。
「このやろ!誰の所為だと思っていやがる」
小柄で身軽な宗次郎は、ぴょんぴょん飛び回って土方から逃げる。
「土方さん、捕まえられないでしょう」
しかしそこは大人と子供の力量差。
すぐに土方は宗次郎を捕まえて、そのがっしりした腕に抱きすくめる。
「わ!苦しいです離してください」
宗次郎の減らず口を土方は一蹴する。
「やなこった。餓鬼のくせに生意気言うからだ」
「バラガキは土方さんのことでしょ」
宗次郎が腕の中で藻掻く。
土方は微動だにしない。
「っっ………くしゅん!」
一瞬その可愛らしい鳴き声が何処から聞こえたのかわからなかった土方だが、腕の中の小動物が身を捩らせてくしゃみをしているのを見て、思わず笑いがこみあげてきた。
「宗次、俺のが移ったか?」
「宗次じゃありません宗次郎です」
くしゃみが収まったばかりの宗次郎は、鼻周りが鼻水でぐしょぐしょになっている。
それでもなお生意気を言おうとする宗次郎を制して、懐紙を取り出すと、不器用で少々乱暴ではあったが、愛情を込めて鼻水を拭ってやった。
「……ありがとうございます」
俯いたまま言う宗次郎を、いとおしい目で見つめる。
「あのなあ、くしゃみが出るのはな、誰かがお前のことを考えてる時なんだぞ」
「本当?」
途端にパッと顔を輝かせる宗次郎を見て、土方は、やはりこいつは寂しいのだと納得する。
「あぁ」
「じゃあ、天国の父様や母様が、僕のことを見ていてくださっているんですね」
「あぁ勿論だ。それに、近藤さんも、みんながお前のことを考えていて、それに愛しているよ」
宗次郎の顔が綻んで、そして曇る。
「―――土方さんは?」
「おめえそりゃ愚問だよ。俺が一番、宗次郎のこと想ってるさ」
「本当ですか!」
「あたりめぇだ」
「じゃあ、僕も土方さんが一番好き」
「じゃあってなんだ、じゃあって」
二人はまた戯れあいを始める。
追って追われて、捕まって。
ーーー好きが愛に変わるのは、まだずっと先のお話。
やっぱり土方さんと総司くんの出会いは日野だから。
土沖の何がいいって、歴史が長いところもまた重要な萌え要素だと思う。
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