「おい」
不意に、パソコンに向かっていた土方が口を開いた。
ソファに座って、そこはかとなく土方を眺めていた総司は、内心驚きながら顔を上げる。
「なに?」
「それ、少しくれ」
「…それ?」
それってもしかしてこれのことかな、と総司は手の中にあるものを見つめた。
……板チョコ。
しかも、ビターじゃなくて、とびきり甘いやつ。
おまけに総司は砕かずに端からかじり付く主義なので、その板チョコにはきれいに総司の歯形がついている。
「おい、嫌なのか?」
黙っていたら催促された。
「え……あの、"それ"って、チョコであってます?」
「当たり前だろ。他に何があんだよ」
パソコンに向かったまま、少し棘のある声で言われた。
総司は腑に落ちず、一人悶々と考える。
何で急に板チョコ?
「でも、土方さん甘いものは嫌いだって言ってませんでした?」
「言った、でも今はそういう気分だ」
「…土方さんて結構気分屋ですよね」
「お前に言われたかねぇよ」
「む、そんなこと言うならあげませんよ?」
総司は仕事中毒の土方が口を聞いてくれたことを密かに喜びながら、つかつかと仕事机に歩み寄った。
そしてその背中に抱きつくと、口元に食べかけの板チョコを差し出した。
「はい、どーぞ」
「お前は普通の渡し方はできねぇのかよ」
文句を言いつつもしっかりとチョコを食べている土方に、総司はにんまりと笑みを浮かべた。
「土方さんこそ、どういう風の吹き回しですか?」
柄にもなく板チョコなんて、と言うと、土方はばつの悪そうな顔をした。
「………思い出しちまったんだよ」
「何を?」
「……………お前とのキスの味」
「…………………………」
総司はパッと土方から離れた。
「………変態」
「仕方ねぇだろ、いっつも甘ぇ味がするんだから」
「だからって……」
漸く腑に落ちた。
腑には落ちたが、どうにも気まずい。
「…本人が目の前にいるのにチョコで済ませるって、一体どういうつもりなんですか」
寂しさ四分の一、拗ね四分の一、期待半分で総司は言った。
「いや?…別にどういうつもりでもねぇが」
飄々と言ってのける土方に、総司はぎゅっと唇を噛む。
これはもう確信犯だ。
「ほんっとそういうとこ意地悪ですよね!」
そのまままた土方に歩み寄ると、回転椅子を無理やり回して、驚いている土方の頬を両側から挟み、その唇に荒々しく口付けた。
「……これで満足ですか?!」
椅子にのんびりと座ったまま、悠々とこちらを見据えている土方に、総司は怒鳴るように言った。
土方の表情からして、悪い予感しかしない。
「……たったこれだけか?」
そして、その悪い予感は的中した。
「っ……意地悪!」
総司は、悔しいというその一心だけで、再び土方に口付けた。
強引に舌を押し込んで、口の中を蹂躙してやろうとしたら、一瞬の隙をついて押し戻され、逆に舌を絡められてしまった。
「んんっ…!」
顔に添えていた手に力を込め、反抗の意を示そうとしたら、その手すら引き剥がされ、身体が密着するように引き寄せられる。
「っ……ん!」
後頭部に手を添えられ、益々深く舌が絡み合った。
土方の舌技が巧妙なことは、身を持ってよく知らされている。
たまには土方をやりこめてみたかったのに、結局気付いたら土方の意のままに事が進んでいる。
総司は悔しいのと恥ずかしいのとで、顔を真っ赤に染めた。
「、っ……卑怯者…」
口が離れた途端、総司は土方を突き放して立ち上がった。
「美味かった。ごちそうさま」
楽しそうに口角を上げる土方を、これでもかというくらい睨みつける。
すると土方は、くるりと椅子を回してパソコンに向き直ってしまった。
「じゃ、俺は仕事に戻るから」
「え……?」
すっかりその気になっていた総司は、拍子抜けして土方を見つめる。
まるで何もなかったかのように、元通りカタカタとキーボードを打ち始める土方に、総司は沸々と怒りをたぎらせた。
「っばっかじゃないの?!?!」
自分だけ変な期待をしてしまったという恥ずかしさも手伝って、総司は声を荒げて叫んだ。
「土方さんなんて、自分勝手で、意地悪で、性格が悪くて、無駄に格好いいだけのおじさんですよ!もうやだ!だいっき……」
大嫌い、と言いかけた時、不意に土方がこちらに向き直ってきた。
そのまま手を捕まれ、総司は思わずたじろぐ。
「大嫌いとは言わせねぇぞ?」
いつもならおじさんと言えば十中八九怒り出すのに、今日は何故か落ち着いたままで、顔には微笑みすら浮かんでいる。
「お前は可愛い奴だな。意地っ張りで、素直じゃなくて」
そう言って、膝の上に座らされた。
「楽しませてくれるんだろ?」
「なんでですか!土方さんは仕事があるんでしょ!?」
「いや、チョコを貰った時点で終わってた」
「えっ……」
土方の言葉に驚いてパソコンを見ると、画面はいつの間にか暗くなっていた。
「…………」
開いた口が塞がらない。
「ちょっとからかってみたくなっただけだ。想像以上にいいリアクションだったぜ」
「最低っ!」
からかわれたのだと分かって、総司は馬鹿馬鹿と連呼した。
土方はそれをも軽く受け流して、今日はどこまでも余裕綽々だ。
「で?どうなんだよ。俺を楽しませてくれるのか?」
「……僕待ってたんですからね」
「あぁ、分かってるさ。いつも仕事ばかりで悪いな」
「酷い。素直に謝られたら反抗できないじゃないですか」
「じゃあ反抗しなけりゃいいだろ」
にこりと微笑む土方に、つられるように総司も笑った。
「じゃ、たまには素直になってあげてもいいですよ」
「あぁ、頼む」
「土方さん大好き」
「あぁ、……?!」
総司の直球愛情表現は、土方の心臓には強すぎる衝撃だったらしい。
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