bookシリーズ | ナノ


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厠からの帰りに縁側を歩いていると、庭で自分より長い箒を振り回している子供が目に留まった。

否、実際は掃き掃除をしているのだが、何しろ体が小さいために、箒に振り回されているようにしか見えない。

土方はふと、勝太の言葉を思い出した。


―――今度、おミツさんのところから子供を一人、預かることになってね。


ミツというのは確か、沖田家の長女だが、自らの家に"嫁入り"するために、暫く勝太の父親のところに、養子という形で引き取られていた子だ。

詳しくは覚えていないが、土方の認識ではそんな生い立ちだった。

それが沖田家に嫁入りして、子供も産まれたというのは聞いていたが、はて、何故生まれたての子供を勝太のところに預けなければならないのだ、と思っていると、勝太に、預かるのはミツの末の弟だと言われた。

ミツの母親はミツが生まれてすぐ亡くなり、父親もまた、次女キンが生まれてすぐに亡くなったのだという。

つまり、同じ沖田家の兄弟ではあるが、血の繋がりはキンを通してしかない小さな弟のことを、ミツは自分で引き取って、ずっと面倒を見てきたらしい。

それが自分に子供が生まれたため、武家とはいえ最下級に属する沖田家では、とても弟までを養う余裕がなくなってしまったというわけだ。

それで、自分がかつて養子だった近藤周助のところに、泣く泣くまだ幼い弟を預けたらしい。

確か、まだ九つだとか勝太が言っていたなと、土方は縁側を歩きながら考えた。

九つじゃあ本格的に稽古をつけるわけにもいかないから、ああして雑用をさせているんだろう。

勝太はそんなことを言わなさそうだから、雑用を言いつけているのは、おおかた姑の仕業か……

土方は一人納得する。

両親を幼くして亡くし、さらには姉にまで見捨てられ、見ず知らずの他人だらけの道場に一人ぼっちとなると、相当寂しがってるんだろうな。

そう思って、土方は今し方通り過ぎたばかりの縁側を逆行した。

そのまま下駄をつっかけて、庭へ降りる。


「おい」


土方が自分を呼んでいることに気づいていないのか、少年はせっせと箒を動かし続けている。

ざっざっという箒の規則的な音に聞き入りながら、土方はもう一度少年を呼んだ。


「おい、――餓鬼」


すると今度は、少年は瞬時に色素の薄い頭を上げた。

翡翠のきりっと張り詰めたような瞳が、土方を射抜く。

まるで"餓鬼じゃない"とでも言っているかのようだ。

痩せてはいても輪郭は丸いし、まだまだあどけない顔をしているのだが、どこか餓鬼らしくない、大人びた雰囲気を纏う奴だと思った。

断じて屈せず、誰にも心は開かないぞ、とでも言いたそうな威嚇するような視線と、真一文字にキツく結ばれた唇は、見るものを何となく不快にさせる。

土方は、可愛げがねぇなと、心の中で一人ごちた。

いや、女のように可愛らしい顔立ちではあるのだが、何分目つきが暗すぎるのだ。


「おい、お前。庭なんか掃いたってキリがねぇぞ?」


土方が軽口を叩くと、少年はますます目を釣り上げて土方を睨み上げてきた。


「……ほうっておいてください」

「お前、名前は」

「…」

「何だよ。名前ぐらい教えてくれたっていいじゃねぇかよ。減るもんじゃねぇし」

「……そうじろう」

「宗次郎、か」

「……」

「おっめぇは本当無口だな」

「いけませんか」

「俺に質問だとか、そういうのはねぇのかよ?」

「……あなたとは話したくないんです」

「ほぉ……そうかそうか」

「分かったらあっち行ってください」

「嫌って言ったらどうする?」


土方が口角をつり上げると、宗次郎はあからさまに嫌そうな顔をした。


「っもう勝手にしてください!」


そう言って、また掃き掃除を始める。


「おい、」


土方が話しかけてもてんで無視だ。


「おい、宗次……」

「僕に構わないでくださいよっ!」


ついに堪忍袋の緒が切れたようだった。


「何だよ、勝手にしろって言ったのはお前だろ」

「…もういい。僕があっち行く」


そう言うと、宗次郎はその場に竹箒をだんっと打ち捨てて、物凄い勢いで母家の方へと歩いて言ってしまった。

途中小石に躓いているのを見て、土方はくすりと笑いを零す。

なんだ、あの全身棘だらけみてぇな餓鬼は。

見栄っ張りというか、ただ強がってみせているだけというか。

なかなか面白い奴だな、と土方は満足そうに微笑んだ。




*maetoptsugi#




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