「うわぁ綺麗!」
キャンプ場の駐車場に着き、車から降りた途端に叫ぶ沖田に、土方は眉根を寄せた。
「…何が綺麗なんだ?」
辺りは確かに山奥という様子で自然に溢れかえってはいるが、格別これと言って綺麗なものは何もない。
木々も紅葉はしているものの、絶景というわけではない。
「空気ですよ!」
すーはーと深呼吸を繰り返す沖田を見て、土方はなるほどな、とつられてたっぷり空気を吸い込んだ。
ここは一応東京都だし、大して郊外というわけでもないのだが、沖田の言うとおり、空気の澄み具合が都会とは格段に違っている。
「たまにはいいもんだな、」
沖田に言われなければ、恐らく絶対に来なかった山奥に、土方はそれなりに感銘を受けた。
便利な大都会で忙しく買い物をしたりするのもいいが、たまには自然の中で思い切り羽を伸ばすのもいいかもしれない。
大体、絶対的な人の数が少ないから、ここなら沖田も自由に動けるだろうと、土方は車から荷物をおろしている沖田を見ながら考えた。
「ちょっと、土方さん!」
「ん?」
「ぼうっとしてないで、荷物下ろすの手伝ってくださいよ!」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ」
土方は慌てて沖田の方へ歩み寄った。
それからそれなりに苦労してスーパーの荷物を全て持つと、重い、と言いながらもどこか楽しそうな沖田を連れて、土方は管理棟へと向かった。
「こんにちはー」
途中何人かとすれ違って、自ら挨拶を交わしている沖田に驚かされる。
「お前、いいのか?バレても」
「土方さん知らないんですか?山の中では挨拶が基本なんですよ?」
「いや、まぁそうだろうけど……」
「いいんです。こんなところにうるさく騒ぐような人は来ていないだろうしね」
そういうものなのかと、土方は密かに首を捻った。
それから管理棟で手続きを済ませると、渡された鍵を手にコテージへと向かう。
「あれ、チェックインですか?」
「あぁ?」
手続きと言っても、予約しておいた土方だと名乗るだけで、大した書類もなく、簡単に鍵を渡されてしまった。
チェックインには程遠いものがある。
「ホテルみてぇに言うんじゃねぇよ」
「ていうか、テントじゃないんですね」
沖田の言葉に、土方は思わず足を止めた。
「お前、テントがよかったのか?」
「いーえ。テントだったらどうしようかと思ってました」
「だよな。俺だって流石にテントは組み立てられねぇしよ」
返事にホッとして、土方はまた歩き始める。
管理棟から実際のキャンプ場まではいささか距離があり、河原まで山を半分ほど降りなければならない。
斜面が一応階段状にはなっているのだが、舗装されているわけではないため、歩きにくくて仕方ない。
その上両手の大荷物の所為で、土方は半分バテたように淡々と足を動かした。
「それにしても土方さん、よくこんなところ知ってましたね」
沖田は気力だけで頑張りながら、前を歩く土方に話しかけた。
「まぁな。大学時代に、山好きの教授に連れてこられてよ」
「へーぇ。土方さんの学生時代って、何だか気になりますね」
「大したことはしてねぇよ」
「だからこそ、気になるんです、よ」
頑張って会話を続けようとしたのだが、何しろ行程がキツいために、沖田はあえなく口を閉ざした。
ようやくコテージにたどり着いた時には、二人とも肩で息をしていた。
普段から忙しく働いている身とは言え、運動をしているわけではないのですぐにバテてしまう。
荒い息を繰り返すお互いを見て、二人はクスリと笑った。
「飯盒だの鉄板だのを取りに行かなきゃならねぇんだが、夜でいいよな?」
沖田は無言で頷くと、適当に荷物を放り出してから、コテージの床にでーんと座り込んだ。
「うっわ…ひんやりしてる」
「当たり前だろ」
土方が窓を開けながら答える。
涼しい秋風が吹き込んできて、少し汗ばんだ身体には丁度よかった。
「僕、さっき車から見たんですけどね、」
「ん?何だ?」
「この近くに、サイクリングロードがあるんですって」
「サイクリングだと?」
土方はぎょっとしたように言った。
「楽しそうじゃないですか?紅葉狩りついでに、サイクリング」
勘弁してくれ、と既に疲れた身体を持て余しながら、土方は目で訴えた。
「………したいなぁ、僕」
沖田も負けじと見つめ返す。
「けど、その後で夕飯の支度もしなきゃならねぇんだぜ?」
「じゃあ聞きますけど、それまで土方さんは何をする予定だったんですか?まさかハイキングですか?」
「んなわけねぇだろ。ただちょっとのんびりして、河原で水でもはじいてりゃいいかと思ったんだが」
「でも、せっかく来たんですよ?思いっきり疲れなきゃ損じゃないですか」
「疲れなきゃってなぁ……お前、明後日から普通に仕事だってこと、忘れてねぇだろうな?」
「うぅ………サイクリング…」
尚も紫と緑の視線が絡み合う。
結果、根負けしたのは紫の方だった。
「分かったよ、但しちょっとだけだからな」
「そう言ってくれると思ってました!」
ようやくキャンプ場に着いたばかりだというのにすぐに遊びに行こうとする沖田を、土方は溜め息混じりに見守った。
しかし嫌な気がしないのは、沖田が終始心から笑っているからだろう。
早く早くと急かされて、土方はまた延々と続く階段を登った。
さっきは下りだったから膝さえ庇えばまだよかったが、今度は否応なく体力が吸い取られる。
流石の沖田もこれには閉口したらしく、なかなか終わりの見えない丸太の階段に、何度も溜め息を漏らしている。
「やっぱり水遊びにするか?」
「………ううん」
しかし、何度聞いても意見を変える気はないらしいので、土方は黙って沖田に着いていった。
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