「なぁ、総司」
車に乗り込みながら、不意に土方が口を開いた。
このまま会話もなく家に着くのだと思っていた沖田は、少し驚いて土方を見る。
「お前さっき、暫くは許さねぇって言ったよな?」
「……言いました、けど」
なんだそんなこと、と沖田は顔を背けた。
「どうしたら許してくれるんだ?」
何でもないように言いながら、沖田のシートベルトを確かめて車を発進させる土方を、沖田はまじまじと見つめた。
「あの、………土方さん?」
「何だ」
「土方さんにはプライドとかないんですか?」
「プライドだぁ?」
「だってそうでしょ?普通、大の大人が9歳も年下の青二才に、どうしたら許してくれるんだ、なんて聞きませんよ」
「そうかもしれねぇな」
「っじゃあ何で……」
「それよりお前、青二才だっつー自覚があんなら、さっさと機嫌を直したらどうだ」
「なっ……卑怯ですよ……」
「大人は卑怯なんだよ」
何を言おうと物ともしない土方に、沖田は舌を巻いた。
これだから、鬼マネージャーだなんて言われるんだ。
少しは癇癪起こしたっていいだろうに。
年下のマネージャーをして、年下のために働いて、年下に言いたい放題言われて、振り回されて、その我が儘を逐一聞いていて、よくブチ切れないものだと思う。
自分のことを軽くいなしてしまう土方に、沖田は悔しさ半分、羨望半分で言った。
「何で……何で僕なんかのマネージャーをしてくれるんですか?」
「は?」
「もっと…いい子とか、大人とか、綺麗な人とか……この業界にはいっぱいいるじゃないですか、」
沖田が俯いたまま呟くと、土方はやれやれと溜め息を吐いた。
「何かと思えばまたお前はそんなこと…」
「そんなことって……」
「何を気にしてんのかは知らねぇが、俺はお前の担当を外れる気はねぇぞ」
「だから、何で…」
「そりゃあ、もっと素直で、拗ねたりしなくて、もっと大人しい奴だっているだろうよ」
「…やっぱり……」
「けど、お前みてぇな奴は、お前以外二人といねぇだろ?」
「え……?」
赤信号に引っかかって、車が静かに停止する。
青になるのを待ちながら、土方は沖田を一瞥した。
「俺は、お前がいいんだ」
「僕、が…」
「あぁ、他じゃ駄目だ、お前だ」
「な…」
「それとも何だ、お前は俺が嫌だって言いてぇのか?」
「違うっ!僕は、土方さん以外…考えられない、し……」
言いながら、沖田は顔が耳まで真っ赤になるのがわかった。
これは赤信号の光の所為なんです、と沖田は一人で弁解する。
「は……そうかよ」
土方はふっと安堵の溜め息を漏らした。
「なら、いいじゃねぇか。何をそんなに不安がってる」
「だって、土方さん………人気、だから…」
「俺が何だって?」
再び信号が青になって車を走らせながら、土方は間抜けな声を上げた。
「だからっ、…土方さん、も…モテる、じゃないですかっ」
「俺が、モテる、だと?」
「っ事実でしょ?さっきだって、あの女の人と……まぁ、女優さんじゃなかったけど…」
「…総司、まさかやきもちでも妬いたのか?」
「なっ……!そんなわけないじゃないですか!」
沖田がこうしてムキになって否定する時は、大概は肯定しているのと同じだということを、土方はよく理解していた。
それで口元をにやりと歪めると、わざとらしく溜め息を吐いて言った。
「そりゃあ違うよな。お前が俺に嫉妬してどうするんだ、って話だもんな」
「そ、そうですよ、」
「だがな、俺はよく不安になるぜ?」
「は?」
「人気なのはお前の方だろ、総司」
「………はい?」
「お前こそ、マネージャー候補がいっぱいだろうからな。俺なんかより優しい奴もわんさかいるだろうし」
思わぬ反撃に、沖田は防御する術を失ってひたすら狼狽えた。
「それから、そんなに気になるなら教えてやるが、あのプロデューサーとは総司のことを話してたんだぜ」
「え?僕のこと?」
矢継ぎ早に意表を突かれて、沖田の顔色が目まぐるしく変わる。
「あぁ。どうしても来週の仕事、キャンセルできねぇかって頼んでたんだ」
「キャンセルって……」
「お前、キャンプしてぇんだろ?」
「っ……!」
思わぬ土方の言葉に、沖田は息を呑んだ。
「電話してたのも、迎えに行ってやれなかったのも、他の仕事を先延ばしにしてもらったりなんだりで、スケジュール調整してたからだ」
「そん、な……」
「流石に2日しか空けられなかったんだが、来週休みを作った。もし同伴が俺でよけりゃ、キャンプに連れて行ってやるが……どうだ?」
沖田は信じられない、と言いたげな様子で土方を見た。
「僕のため、に?…わざわざ?」
思わず心の声が外に漏れる。
まさかあの仕事第一の土方が、自分のためにわざわざ二日も休みを作ってくれるなんて、思ってもいなかったのだ。
人里離れたところに行きたいというのは確かにずっと望んでいたことではあるが、実現は不可能だととっくに諦めていた。
それを、土方は実現させてくれようとしている……。
すごく嬉しくて、言葉も出ないとはまさにこのことだ。
「どうした?…俺とじゃ嫌か?やっぱり友達と一緒に行きてぇか」
「ちがっ……あ、あの………すごく、嬉しくて………信じられない、です…」
「ふ…そうか。ならよかった」
土方は小さく微笑んだ。
「まぁその代わりと言っちゃなんだが、他の日に仕事を詰め込んだからな、前後は暫く忙しくなるぞ」
「い、え……いいんです…」
ありがとうと、沖田は消え入りそうな声で言った。
「僕のために、無理してくれたんでしょ?」
一度決まった仕事をずらしたりキャンセルしたりするのがかなり迷惑であることは、いくら沖田でもわきまえている。
不安そうに聞くと、土方はふんと鼻で笑った。
「おいおい、お前は俺を誰だと思ってんだ。みんなが一つ返事で頷くように、上手く処理したに決まってんだろ。みんな総司が倒れたら困るからって、笑顔で休みを作ってくれたぜ?」
得意気に言う土方に、沖田は脱帽した。
「すご……」
「ったりめぇだろ?そうじゃなくてお前のマネージャーが務まるかってんだ」
「う、ん………」
沖田は隠れるように益々シートに沈み込んだ。
「だから、もう許してくれねぇか?」
「ぇ……?」
「拗ねられたままでキャンプなんか行っても、気まずいだけだろうからな」
「……気のせいですよ」
「は?」
「いつ誰が拗ねてたんですか?きっと土方さんの勘違いですよ」
「な……」
「……だから…連れてって…ください」
思わずむっとした土方だったが、消え入りそうな声で呟いた沖田に、怒る気が失せていく。
「あぁ、まぁ……そうだな、そういうことにしといてやるよ。来週、行こうな」
沖田は返事こそしなかったものの、密かに笑みを漏らした。
それから鼻歌でも歌い出しそうな勢いで土方をちらりと見てから、また前を向いた。
(来週か………)
思えば、土方と出掛けること自体が久しぶりだ。
最後に一緒に出掛けたのはいつだったかと、沖田は考えを巡らせる。
(買い物、しに行った時かなぁ)
確か荷物持ちをさせた上、アイスクリームを奢らせたのが最後だ。
アイスなんざ家でも食えるだろ、と眉間に皺を寄せた土方に、ソフトクリームは家にはないと我が儘を言って、フードコートのソフトクリームを買ってもらったのだ。
別に奢ってもらうつもりはなかったのに、お前は目立つからじっとしてろ、と無理やりベンチに座らせられて、そのまま買ってくれてしまった。
それくらい払うと沖田も聞かなかったのだが、奢らせろと怒られて渋々引き下がったのを覚えている。
何だかくだらない言い合いだったなぁと、沖田は自嘲の笑みを浮かべた。
いつもそうだ。
土方には散々お世話になっているし、お礼の一つや二つ、いや、十も二十もしたいと思ってはいるのだが、一旦口を開くと何故か文句ばかりが飛び出してしまう。
いけないなぁと思っても、最早それは反動のようで、無意識のうちにつんけんした態度を取ってしまうのだ。
(素直にありがとうって言えたらなぁ…)
そうしたら、自分も少しは可愛くなるだろうか。
(なんか、お礼したいのに)
沖田はぎり、と唇を噛んだ。
自分一人では、何かきっかけがないと何も働きかけられない。
そうなると、来週のキャンプは久しぶりに2人きりで遠出ということになるわけだし、絶好のチャンスかもしれなかった。
(……よし、やってやる)
でも何を?という疑問は無視して、沖田は密かに決心したのだった。
2011.10.15
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