bookシリーズ | ナノ


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今回の仕事はなかなか楽しいものだった。

体調不良で来られなくなったタレントの代わりということだったが、これならまたやってもいいかな、と密かに思ったくらいだ。

投稿されたVTRは割と面白いものばかりだったし、司会者からたまに話題をふられることがあっても、半分はカンペが助けてくれたし、芸人さんも盛り上げてくれるので何も困らなかった。





ようやく収録が終わると、沖田は共演者全員に律儀な挨拶をした。

そして足早にスタジオを出ようとすると、共演者の一人に声をかけられた。


「あっ、総司!」

「あ、新八さん。今日はお疲れ様でした」


永倉とは何度か一緒に仕事をしているし、なかなか気の置けない仲である。


「あぁ、お疲れ!総司、この後一緒に打ち上げに行かねぇか?」

「打ち上げ、ですか……」


沖田はちらりと壁の時計を見上げた。

既に日付が変わっている。


「いや、あの…悪いんですけど、遠慮しておきます」

「何でだよー、つれねぇな!」

「あはは……ちょっと、もう疲れちゃって」

「本当に来ねぇのか?ちょっとだけでも顔出して……」

「でも僕飲めないし、未成年はお家に帰った方がいいと思うんですよ」


にこにこして言ってみると、永倉はそれじゃあ仕方ないと肩を竦めた。


「誘ってもらったのに、行けなくてごめんなさい」


沖田はしおらしく頭を下げる。


「いや、いいっていいって!疲れた時は休むのが一番だしな……まぁ、俺には酒が一番なんだけどよ」


永倉は快活に笑った。


「また今度誘ってください。楽しんできてくださいねー」

「おう!またな、総司」


沖田はひらひらと手を振って、今度こそスタジオを後にした。


(土方さんどこだろう……)


テレビ局の廊下をキョロキョロと見回してみる。

いつもなら収録が終わる頃を見計らって向こうから迎えに来てくれるのに、今日はどこにも姿が見えない。


(……喫煙室かな)


あそこはこれでもかっていうくらい空気が悪いから、できれば近づきたくないんだよね、なんて思いながら、沖田は喫煙室へと廊下を歩く。

途中何人か顔見知りのテレビ局員とすれ違って、笑顔で挨拶することも忘れない。


(あれ……いない)


ガラス張りの喫煙室は、遠くからでも中が見渡せる。

中に誰もいないのを確認すると、沖田はおもむろに携帯を取り出した。

自分から土方に電話することなど、数えるほどしかない。

必要がないというより、必要になる前に、必ず土方の方から連絡をくれるからだ。


土方は、いつも沖田が必要とすることを、沖田が言う前にさり気なく用意しておいてくれるような、行き届いたマネージメントのできる人だった。

そして沖田はいつも、そういう土方のさり気ない優しさに甘えてしまうのだ。

それは頭では分かっているのだが、認めてしまうのは悔しいし、増してや本人にありがとうと伝えることなどありえない。

沖田は益々むくれながら、履歴の一番上に『鬼マネ』の名前を見つけると、力任せに通話ボタンを押した。


「………っもう!何で出ないの!」


聞こえてきた通話中を告げる音に、沖田は苛々して携帯を無造作に耳から離す。

そして土方に簡単なメールを打つと、今度は必死になって廊下を走り回った。


「あれ、総司くん?」


そんな時に声をかけてくれたのは、知り合いのADだった。

呼び掛けられて顔を向けると、そのADはほっとしたように笑顔を浮かべた。


「あ、やっぱり総司くんだ。どうしたの?」

「あ……土方さん…いなくて、」

「あぁ、土方さんね」


ADは暫し考えてから、はっと閃いたらしくこう言った。


「確か、さっきラウンジで電話してた気がするな」

「ラウンジ?」

「うん、後ろ姿だからよく分かんなかったんだけど、よくよく考えれば、あのよく通る声は土方さんだったなぁ」

「ありがとうございますっ!」


沖田は挨拶もそこそこに踵を返すと、すぐさま走り出した。

階段を駆け下りて、ラウンジに直行する。


「っひじか……」


ラウンジに目指す人の姿を認めて、沖田は咄嗟に名前を叫びそうになるのをぐっと堪えた。

土方が、見たことのない女性と会話中だったからだ。


(だ、れ……?)


見事にウェーブした茶色い髪を胸元まで伸ばし、いかにもキャリアウーマンという感じのきびきびとした雰囲気を纏った女の人。

しかし口元には柔らかな笑みを浮かべており、その顔は非常に美しい。

あんな女優さんいたっけ?と沖田は首を捻った。

そもそも土方が女優と話していること自体が珍しいし、それに、自分を放っておいてのこの有様は何だか癪に障った。

マネージャーとて仕事があるのだから、別に誰と話していてもいいはずなのに、何故か言いようのない嫉妬を感じる。

沖田は機嫌を急降下させながら、ゆっくりと二人に近づいて行った。


「それじゃ仕方ないわね……って、あら、総司くん」


先に沖田に気づいたのは女性の方で、視線を沖田に移すとにっこりと微笑んできた。


「あ、総司……終わったのか」


続いて土方も沖田を振り返ってきた。

あ、総司終わったのかじゃないよ!と怒鳴りたいのを、沖田は必死に我慢する。

目の前の女性の正体が分からないため、営業向けの笑顔でいなければならなかったからだ。


「あの、……」


どちら様ですかと聞こうとすると、その女の人が沖田の言葉を遮った。


「じゃ、私はこれで。残念だけど、今回は折れることにするわ」

「あぁ、悪いな」


土方と短く挨拶を交わすと、その女の人はさっさと歩いて行ってしまった。


「……誰ですか、あれ」


女の人の姿が見えなくなってから、沖田は不機嫌丸出しの顔で土方に尋ねた。


「誰ですかってお前、ありゃあ今度の仕事のプロデューサーじゃねぇか」

「…知りませんよそんなの。それより、何で終わりの時間に迎えに来てくれないんですか?」


女優じゃなかったのか、と拍子抜けしながら、沖田は相変わらずつんけんしたまま言う。


「何でいっつも来てくれるのに、今日に限っていないんですか?」

「総、」

「僕がどれだけ探し回ったと思ってるんですか!電話もしたしメールもしたし、色んな人に聞き回ったんですからね!」


少しだけ話を盛りながら、沖田は土方に向かってまくし立てた。


「もうほんと信じらんない!それでも鬼マネージャーなのっ!?」

「お前、もしかして拗ねてんのか?」


少し笑いながら言う土方に、沖田は益々機嫌を損ねる。


「拗ねるも何も、僕は怒ってるんです!本当にあちこち探したんだから!」

「あぁ、悪かったよ」

「…………土方さんのばか」

「すまなかった」

「許しませんよ、暫くは」

「そうかよ」


何故かくすくす笑っている土方を、沖田はぎろっと睨みつけた。


「……早く帰りたい」

「あぁ、そうだな。帰ろう」


沖田は尚もぷりぷりしながら、土方について駐車場まで歩いていった。




*maetoptsugi#




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