bookシリーズ | ナノ


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陳列棚の間をふらふらして、メモしてきた目的の品を探していると、広い通路の方を小さな男の子が横切るのが目に入った。

見間違えかと思って、半分無意識で通路に出てみる。

すると、茶色い猫っ毛の男の子が、ひょこひょこと歩いていく後ろ姿が確かに見えた。

なんて場違いなんだろう、と土方は思う。

ここは小さい子が来るような店ではないし、――というのは、店の立地場所の柄の悪さや、置いてある商品が子供の喜ぶようなものではないことによるのだが――それに何と言っても、時刻は夜の11時を回っている。

あんなに小さな男の子が、一人でふらついていていい時間では到底なかった。

かなり気になったものの、もしかしたら親がいるのかもしれないと考えて、土方はまた陳列棚を物色し始めた。


「お、これだな」


多種多様な商品の中から、ようやく目当ての物を探し当てる。

社長に、金曜日だと言うのに残業を押しつけられた上、来週までに必要だからと、文具だの何だのを買っておくように言われたのだ。

土方は新入社員だから、そういうことに対して文句は言えないが、ネットでまとめて注文したり、他にいくらでも手はあった。

しかし、あの店にしかないものだからとか何とか言われて、結局言いくるめられてしまったのだ。

土日にわざわざ赴くのは憚られたので、土方は疲れた身体に鞭打って、わざわざ指定された店までやってきたのだった。

やっと帰れる、と思ってレジへ向かおうとしたところ、しゃがんでいた自分のすぐ横に、小さな気配を感じた。


「……………」


それは、先ほど見かけた男の子だった。

自分のすぐそばにいたことや、先ほどと同じく一人でいることに驚いて、土方はとりあえず話しかけてみることにした。


「こんばんは」

「こ、ばんわ!」

「………お前、パパとママはどうしたよ」


まさか一人なわけはあるまいと思って聞くと、その子はふるふると首を振った。


「…いねぇのか?」


今度は、首が縦に動いた。


「はは……まさか、んなわけねぇだろ」


どうせ餓鬼の戯言なんだろうと思って、土方はゆっくりと立ち上がる。

途端に、子供と土方の顔の距離がぐんと広がった。


「ほら、早くパパとママんとこへ行け。こんな時間に一人でいたら、誘拐されちまうぞ?」


そう言って立ち去ろうとして、不思議そうに見上げてくるその子を、土方は困ったように見下ろした。


「……それとも、お前もしかして迷子なのか?」


仕方なく土方はもう一度しゃがみ込んで、目線の高さを同じにして聞いてやった。

すると、その子は違うと首を振る。


「じゃあ何なんだよ」


疲れているのにと、土方は溜め息混じりに言った。

先に話しかけたのは土方の方だが、こんなに幼い子が一人でいるのを見たら、ここが昼間のスーパーだったとしても、誰もがそうしていただろう。

それほどに、子供が一人でいる光景は異様だったのだ。

それにしても一向に埒の開かないこの状況に、土方は段々苛々してきた。

子供は言われている意味が分からないのか、きょとんと首を傾げている。


「お前、ここまでどうやって来たんだ?」


試しに聞いてみると、その子は初めて口を開いた。


「あるいた」


その、幼さ故に呂律が回っていない口調に、土方は思わず苦笑する。


「お前いくつだよ」

「んと、」


その子は時間をかけて、ゆっくりと三本指を立てた。


「3歳か」

「ん」

「名前は?」

「なま…?」

「……分かるか?俺は、土方歳三って言うんだ。お前は、なんて言うんだ?」

「ぼくはね、そーじ」

「そ、う、じ…?」

「そ、お、じっ!」


嬉しそうに笑うその子を見ながら、土方はどうしようもない既視感に捕らわれていた。

待てよ、確かこの笑顔はどこかで見たような……

それに、『そうじ』という名前にも聞き覚えがあった。


「そうじ…そう……っ!」


土方ははっとした。


「お前、まさか沖田総司くんか?」

「ぼく、おきたそーじだよ」


またきょとんとして答えるその子に目をやる。

着ている、というより服に着せられている、という感じの、膝下までの少し大きなズボンと、有名なモンスターのティーシャツ、そしてその上から羽織っている、チェックのシャツ。

色素の薄い髪も、大きな翡翠の瞳も、何もかもが、数日前にニュースで見た特徴と一致していた。

仕事に行く前、見るわけでもなく、ただつけていたニュースで報道していたその内容は確か、3歳の男の子の行方が分からなくなっている、というものだった。

警察は誘拐と睨み捜査していたが、あまりにも進展がないので公開捜査に踏み切った、と言っていたはずだ。


「お前本当に、沖田、総司くん、か?」

「そだよ」


子供が自分の名前を偽るわけがないとは思ったが、とにかく、俄には信じられない話だった。

何しろ、誘拐されたはずの、警察がどんなに探しても見つからなかった子が、目の前にいるのだ。

そんなのは現実的でないし、嘘だと思うのが当然だ。

しかし、あまりにも特徴が一致しすぎているため、どうやらこの子が行方不明だった沖田総司だと、信じないわけにはいかないようだった。


「お前、どうしてこんなとこにいるんだよ?!」


もしかしたら、誘拐犯が近くにいるのかもしれない。


「まさか……逃げてきたのか?」


土方は警戒して、とりあえず目の前の子供の手をしっかりと握った。

すると、その子は嬉しそうに言った。


「おにーさんも、おててつなぐの?」

「"も"って………」


家族によく手を繋いでもらっていたということなのか、それとも、誘拐犯が、こうして連れて行ったということなのか……。

土方は眉を顰めて男の子を見つめた。


「お前、一人か?」

「うん」

「誰かとはぐれたのか?」

「うん」

「誰だ?お前の親か?」

「ううん」


冷や汗が吹き出した。

とりあえず、この子を保護して警察に連れて行くべきだと思った。

詳しいことは分からないが、誘拐されたらしい子が見つかった、という尋常ならざる事態に巻き込まれてしまったことは確かだ。


「お前、俺と一緒に警察まで行けるか?」

「けーさつ?」

「ほら……おまわりさんだよ……ピーポーピーポーいう車の…」

「あ!いく!」


また満面の笑顔で答えるその子に、土方は眩暈を覚えた。

どういう教育を受けてきたのかは知らないが、警戒心がなさすぎて、これでは誘拐されても仕方ないと思う。

土方は手にしていた商品を置くと、総司の手を引いて店を後にした。






アンバーアラートっていうのは、アメリカで以前誘拐されたアンバーちゃんの名前をとって利用されている、幼児誘拐の際に発せられる緊急警報のこと。

続きを書きたいけど、どうにもならない気がする。




*maetoptsugi#




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