bookシリーズ | ナノ


[3/15]



「おはよーございます!」


所謂"仕事向け"の笑顔になった沖田が、元気よく挨拶する。

すると、既にその場に集まって、機材をセットしていたスタッフたちが、一斉に振り返った。


「あー、総司君おはよう」

「今日も絶好調にイケメンだねー」


カメラマンとは以前も仕事をしたことがあったが、取材担当とは、今日が初めての顔合わせだった。


「はじめまして、総司君。今日取材させてもらう、大鳥です」

「はじめまして。沖田総司です」


にっこり微笑む沖田に、土方は眉を顰める。

総司は、先ほどまでぶうたれていたのが嘘のように、満面の笑みを浮かべている。

土方は思わず、嫌ならはっきり嫌だと言えば仕事も来なくなるんじゃねぇか、と縁起でもないことを考えた。


そのうちに、ロケバスの中に沖田が消えていき、メイクやスタイリスト担当者が後に続く。

土方がそれをぼんやり眺めていると、不意にカメラマンに声をかけられた。


「土方さん、毎度お疲れ様です」


何度も一緒に仕事をしているだけあって、割と気の置けない仲である。


「いえ、こちらこそいつもお世話になって、どうもありがとうございます」

「いやぁ、総司君は良い絵が撮れるからね。こちらとしても満足ですよ」

「それは島田さんの腕がいいから…」


一応、カメラマン――島田の顔を立てておく。


「土方さぁん!」


その時、ロケバスの中から沖田が飛び出してきた。


「どうした、総司」


沖田は撮影用の衣装に着替え、メイクやヘアスタイルもすっかり整えて、準備万端というところである。


「あのねー、さっき土方さんがいじった所為で、変な癖がついちゃったって、お千ちゃんが………」


お千ちゃんというのは、沖田のメイクなどを手がけている、これまた敏腕のスタイリストである。


「あぁ?んなもんお前が癖っ毛な所為だろ」

「ひっどーい!自分のことは棚に上げてさ。ほら、ここ見てよ……」


ここ、と頭を近付けられて土方が見やると、なるほど、確かに髪の毛が一房、明後日の方向に跳ねていた。


「良いじゃねぇか。多少愛嬌があって」


そう言って、土方がその髪の束を引っ張ってやると、沖田はまたぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。


「あーまたいじった!この鬼畜!綺麗に写らなかったら土方さんの所為ですからね!」

「あっはっは。二人は仲がよろしいんですね」


傍で見ていた島田が、にこやかに笑う。

すると沖田は島田に近付いていって、早く撮影を始めようと急かした。

おくびにも出していないが、沖田はこれで、早く帰りたいのを必死に我慢している。

土方もそれが分かっていて、それ以上は引き止めずにさっさと沖田を送り出した。


少し離れたところから撮影している沖田を眺めて、土方は今日の取材担当の大鳥と会話をかわす。

大鳥とは切手も切れない仲で、沖田を担当する以前から、多くの仕事を共にしてきた。

気の知れた相手である。


「総司君はいつもあんなに明るいの?」


どうやら、第三者からも話を聞くと、本人のイメージや書き方がまとまりやすいらしい。


「まぁ、大体あんな感じだな」

「いいね、明るい子は」


沖田の実情は、本当に限られた者しか知らない。

そして大鳥は、知らない側の人間だ。

どこかから漏れて週刊誌などに書かれる分にはまだ、ただのガセネタだと誤魔化せるが、実際の関係者に知られたら誤魔化しようがないし、心証も悪くなる。

その点は、土方も沖田も心得ていた。


「そうか?」

「いいじゃないか。子供らしくて、純粋で」

「ただの餓鬼なんだよ」

「またまたぁ……ところで、普段から二人は仲がいいの?」


カメラに向かって笑顔を浮かべる沖田を見ながら、土方は返事を考えた。


「さぁ、どうだかな」

「人によっては、事務連絡以外の会話をしないところもあるし、マネージャーが三人も四人も掛け持っていて忙しいところもあるし……って、まぁ総司君の場合は、一人で十分忙しいかな」

「まぁそれは……嬉しいところだが」

「で、どうなのかい?」


そんなことを聞いて何かの役に立つのかと、土方は訝しんだ。

しかし、今日の取材では恋愛についても聞く予定だから、と説明され、人との接し方でも知りたいのかと思って、慎重に口を開く。


「会話はするさ……一緒に出掛けたりもするし……というか必然的に、ほぼ毎日、24時間一緒にいるんだ。なかなか友達とも都合が合わないだろうし、必然的に、俺が相手をすることになるんだよ」


すると、大鳥は少し驚いたような顔をした。


「そうなんだ……何だか意外だなぁ」

「意外?」

「だって土方君って、今までの担当の子とそういうことしてなかったよね?」


土方は心の中で舌打ちをした。

良くも悪くも、大鳥との仲は浅くないのだ。


「まぁ……アイツらは友達とよく遊んでたから」

「なら総司君だって……」

「いや、俺もここまで忙しいのは初めてなんだよ」


本当は、沖田にだって友達と遊ぶ暇くらいあるはずだ。

しかし、沖田はそれを嫌がった。

自分がもう普通ではないことを、ひしひしと感じてしまう、とか何とか言っていた。

それを今大鳥に言うわけにはいかないので、土方は適当に取り繕う。


「あれ、もしかして土方君、男の子担当するの初めて?」

「あぁ」

「男の子だと、やっぱり楽?……揉め事が起こらなくて」


にやりと笑いながら言う大鳥に、少しだけ土方は苛立った。

恐らく、男子だったらもう言い寄られたりすることがないだろうからという打算があって、土方が沖田の担当になったことも知っているのだろう。

まさか、沖田が今までで一番面倒だと言うわけにもいかず、土方は溜め息を吐いた。


「やめてくれよ、大鳥さん」

「あはは、つい…ごめんごめん。職業病かな」

「いや、別にいいけどよ」

「でも普通、嫌いな子とは一緒に出掛けたりしないよね?」


まだ聞いてくるのかと、土方は閉口した。

そんなことまで知って、一体どうしたいのだ。


「つーか、俺は総司のことが嫌いじゃねぇよ」

「じゃあ、仲良しなんだ」

「そうかもしれねぇな。実際、総司はいい子だよ」

「僕が、なに?」


急に後ろから声を掛けられて、土方はぎくりとして振り返った。

いつの間にか大鳥に集中していた所為で、沖田のことが視界から消えていた。

どうやら撮影が終わったらしい。


「ねぇ、僕がなに?」


「……何でもねぇよ」

「むぅ!言ってくれてもいいじゃないですか!ケチ!」

「口の減らねえ餓鬼だって言ったんだよ」

「わー酷い!じゃあ僕も土方さんのこと、口の悪いおじさんって言いふらしますからね!」


土方は困ったように大鳥を見た。


「ほら、こんなもんだよ」


すると大鳥は、おかしそうに土方を見た。


「なるほどね。仲、良さそうだね」


土方が何かを言おうとする前に、大鳥は沖田を連れてテラスの方へ行ってしまった。

再び遠くから、インタビューを受ける沖田を眺めて、果たして仲が良いのかどうか、土方は深々と考えあぐねた。





「総司君、土方さんとはどう?」

「どう、って?」

「仲良し?」

「仲良し………うーん、仲良し、…だといいな、ははっ」


答えたことは一言一句そのまま……多少脚色されて雑誌に載せられてしまうので、沖田は慎重に言葉を選びながら話した。


「仲良しだといい、の?」

「はい。だって、土方さんってすっごくいい人なんですよ?」

「そうなんだ。どういうところが?」

「えぇと……おじさんなんだけど、僕のワガママにも付き合ってくれるし、土方さんのおかげで僕が成り立ってるようなものだし」


そう言う沖田の表情は、心なしか柔らかい。


「じゃあ、すごく好きなんだね」

「好き?…………好き、なのかなぁ…」

「そう言えば、総司君の好きなタイプって、どんな子なの?」


沖田は暫し俯いて考えた。


「うーん……あ、優しい人がいいです。あ、でもやっぱり包容力のある人かな……」

「あ、もしかして、リードされたい方?」

「いや、あの……あんまり考えたことなくて…最近は仕事ばっかりだし…」

「ふぅん……あ、じゃあさ、オフの日に行きたいところってある?」

「オフの日………あ、僕ずっと行きたいところがあるんですよ」

「え、どこ?」

「ふふ。実は……キャンプに行きたいんです」

「き、キャンプ?」

「はい!だって、自然の中で、一人で自給自足してのーんびりできたらいいだろうなって、すごーく思うんですよ」

「ああ、それは確かにいいかもね」


「ほんとは思い切って南の島とかに行っちゃいたいんですけど、日本でも、避暑地でキャンプできるならいいかなって」

「これからのシーズンにぴったりなんじゃない?」

「そーですよね!だから、長いお休みが取れたら、キャンプしたいです!」


沖田は満面の笑みを浮かべた。

その間にも何回かフラッシュがたかれ、シャッターが下りる。

沖田は、どこかに電話をかけながら自分を待っている土方の姿を遠くの方に認めると、ふっと笑みを漏らした。





それから小一時間ほど取材が続いたのち、今日の仕事はようやく終わりとなった。


「土方さん疲れたー」


呼びつけたタクシーに乗るやいなや小言を漏らし出す沖田を、土方は呆れ顔で見た。


「お前、そういうとこは徹底してんのな」

「そういうとこ?」

「あぁ。最後まで、スタッフの前では笑顔を振り撒き続けてたじゃねぇか」

「だってそうしないと、困るのは土方さんじゃないですか」

「いっそのこと、もうやだって散々言いたい放題言ってみりゃ、仕事も減るかもしれねぇぞ?」

「だからぁ、言ったでしょ?例え仕事がなくなったところで、もう元通りには戻れないって」

「案外違うかもしれねぇだろ?」

「……もういいんですっ!」


それきり沖田は黙り込んでしまった。

また拗ねているのかと思って土方が顔を覗き込むと、沖田はすうすうと寝息を立てて眠っていた。


「……ったく」


土方がやれやれ、と溜め息を吐いたとき、タクシーが大きくカーブした。

それと共に沖田の頭が揺れ、土方の肩にこてんともたれかかってくる。


「……………」


一瞬驚いたが、すぐに微かな笑みを浮かべると、土方は沖田の頭にそっと手をやり、自分の方へと引き寄せたのだった。



2011.09.10




*maetoptsugi#




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -