bookシリーズ | ナノ


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一緒に夕食を食べ、取り留めのない昔話をして笑い、静かに時が過ぎていく。

刻一刻と近付く永訣の時に、心臓は生き急ぐようにバクバクと脈を打った。

土方さんがいなくなったら、この心臓は止まったも同然だ。



―――星を見たい。

そんな我が儘を言った僕に、土方さんは快く頷いてくれた。

てっきり縁側に座って眺めるんだと思っていたら、体が冷えたら良くないと、縁側ギリギリまで引きずってきた布団に寝かされてしまった。


「これでよく見えるだろ?」


そう言って、土方さんも隣の布団に寝そべる。

確かに寝ながらでも、濃紺の空に輝く数多の星は沢山見えた。


「昔、よく眺めましたよね」

「あぁ。試衛館の屋根に登って怒られたこともあったな」

「雲も眺めましたよね」

「そうだったなぁ。何の形に見えるかって、散々言い合ったよな」


軒下から覗き込むようにして星を眺める。

星が動いていくのが分かりそうなほど、ゆったりと時間が流れていく。

交わされる昔話もあいまって、僕は益々宗次郎に戻ったような気分になった。


「本当はね、」

「うん、」

「最初から好きだったんですよ」

「………星がか?」


近藤さんを取るから嫌いなんて、取って付けた無理やりな理由だ。

近藤さん以外の人に優しくされたことなんかなかったから、戸惑ってどうしたらいいか分からなかっただけだった。

小さい僕を思い出して、ふと笑みが漏れる。


「僕が死んだら、星になるのかな」

「おい……」

「井上さんとか山崎くんとか、みんなあそこにいるから、こんなに綺麗に見えるんですかね」

「総司…」


土方さんは困惑したように名前を呼ぶ。


「向こうに逝ったら会えると思います?」

「総司、いい加減に…」

「でも、僕いっつも意地悪ばかりしてたから、受け入れてもらえないかもしれないですね」

「…………」

「あぁ、そっか。そうしたら父上や母上に構ってもらおう。小さい時に遊んでもらえなかった分、いっぱい遊んでもらおう」

「…………」

「ねぇ、僕のこと、立派になったなぁって、誉めてくれると思います?」

「…………」


土方さんはむっつりと黙り込んでしまった。

相当機嫌を損ねてしまったようだ。

だけど怒ってこないのは、今日が最後の日だから、……かな。


「……ごめんなさい。怒らせたいわけじゃなくて…ただ、久しぶりに話し相手ができて、嬉しかったから、つい…」


つい、なんだと言うのだろう。

空気はすっかり淀んでしまい、僕は黙って星を見上げた。

視界が滲んで、星が全部繋がって見える。


「総司、もう寝よう」


暫くして気持ちを切り替えたのか、土方さんが襖を閉めた。

遮断された星空を名残惜しく思い浮かべながら、そっと抱き寄せてくれる土方さんにすり寄ってみる。

胸に耳を当てれば、どくどくと脈打つ心臓の音が聞こえてきた。

いつもの耳障りなほどの静寂が追いやられてホッとする。

ついでに、顔を上げれば見えるのは土方さんの整った顔ばかりで、今日だけは天井や壁と睨めっこをしなくて済むのだと思うとただひたすら嬉しかった。

―――その後に待つ孤独への恐怖に、押しつぶされそうになってはいたけれど。

優しく頭を撫でる手と体温に何度も意識を飛ばしそうになりながら、それでも必死で目を開ける。


「…ねむりたくないです」


僕はごねて土方さんを困らせた。


「何でだよ」

「眠ったら、朝がきて、土方さんは行っちゃうんでしょ?」

「そうしたらまた来ればいい話じゃねぇか」

「本当に来てくれます?」

「…あぁ」


そうやってまた一つ、僕は土方さんの嘘を受け入れる。


「だから、安心してもう寝ろ」

「やだ……」

「大丈夫だ、ずっとここで添い寝しててやるから」

「でもやだ…」


僕は必死で土方さんにしがみついた。

胸に顔を押し付け、着物を千切れるほど握り締める。


「大丈夫だ、総司…」


暫くして、土方さんはしっかり僕を抱きしめると、突然何かを口ずさみ始めた。


「あ…それ……」


とんとんと規則正しく背中を叩きながら、土方さんはよく通る穏やかな声で歌い続ける。

その旋律は、僕の中に古い記憶を呼び起こした。

寂しくて、辛くて、なかなか寝付けない夜。

そういう日には、土方さんの部屋に行けば必ず、子守歌を歌ってくれた。

土方さんが母親を亡くしたばかりの頃に、お姉さんが毎晩歌ってくれていたものだという。

幼い僕は、それを聴けば安心して眠ることができた。

背中を叩く手は今も昔も変わらない。

数々の女性を魅了した心地よい歌声も、相変わらず達者なままだ。

今更子守歌を持ち出すなんてズルい。

眠りたくないと思うのに、どんどん瞼が降りていく。

やがて僕は、心地よい眠りの淵に落ちていった。






翌朝目覚めた時には、案の定というか、土方さんはもういなかった。

きちんとした別れもさせてくれないのかと、僕は布団に顔を埋めて泣いた。

頭の中には子守歌がずっと流れていて、きっと永眠に就く時も僕を守ってくれるんだろうと思うと、また涙が出た。

きっと、死ぬその瞬間まで、僕は二人で過ごした最後の日を思い起こしているんだと思う。

二人で見た星空も、土方さんの温もりも、優しい笑顔も、柔らかい話し声も、五感全部で土方さんを思って、そうして眠りにつくんだろう。

大好きな人の思い出に浸って、幸せに、安らかに眠る。

それって、案外最高の終わり方かもしれないな。

そう思ったら、僕はようやく笑うことができた。




*maetoptsugi#




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